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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
プロローグ
6/110

04 攻略対象①

 このゲームの主人公ヒロインについて、特徴を挙げておく。


 ・孤児で、アカデミーに編入してくるまでは教会で魔法の知識を学んでいた。

 ・光属性の持ち主で、人の心を癒したり傷を治癒したりできる。

 ・反面、攻撃には向かない。

 ・小さい頃に別れた幼馴染みがいる。


 そして――びっくりするほど喋らない。


 その設定が孤児という設定からなのか、それとも成長途中でなにかあったのか、プレイヤーが自己投影できるようにかは分からない。

 ただ、それほどまでに主人公ヒロインという存在は頑なだった。

 主人公のビジュアルは設定されていたが、ボイスはなし。というかあってもほとんど聞くことはないだろうこれ、というくらい喋らない。

 唯一喋るのは選択肢の場合だ。

 主人公を嫌いまくっていた攻略キャラが、涙ながらに過去のトラウマを告白するシーン。話終わったキャラに「無理はしないで」「(黙って隣にいる)」「本当なの?」という選択肢があるとしよう。

 ちなみに好感度が上がるのは「(黙って隣にいる)」である。


 ――そう、大抵の選択肢の正解は、主人公が喋らない選択肢なのである。

 攻略サイトをみながら思わず「公式ェ……」と呟いてしまったのも、無理はない。


 だが、今注目すべきはそこではない。

 主人公ヒロインの公式設定、恐らく一番始めに説明されること。主人公が孤児であり、教会で育った。

 そして『小さい頃に別れた幼馴染みがいる』。

 別れた時点で幼馴染みじゃないだろってことで、正しくは小さい頃に別れた男の子がいる、だが。

 お察しの通り勿論フラグだ。


 簡単にいうと、物心ついた頃から教会で育った主人公は同い年の男の子と仲良くなりとある秘密なんかを教えてもらったりして「大きくなったら二人でいろんなものを見に行こう」「うん!」というどでかいフラグを建設し、しかし実はその男の子は貴族かなんかの血筋で偉い人が引き取りに来て二人は離ればなれに――という。

 攻略キャラの中でもメイン的な扱いだけあって、設定自体はかなり王道である。


 その男の子が目の前にいるんだけどな!


「……」


 これが面白いくらいにわたしを無視だ。

 アカデミーのシステムは、小学校というより大学に近い。授業は基礎が終われば選択式で、席も自由らしい。


 一番前のはしっこに腰をおろした男の子(攻略キャラ)を見て、これはもうバチッときた。カラーリングも面影も、わたしの前世の記憶と合致する。


「ねえ、アルフくん」

「……」


 さっきから窓の方を見たままぴくりともしやがらない。


 アルフ・オルブライトは、わたしが見知った姿よりもずいぶん小さかった。紅葉のように赤い髪に、生意気そうな顔。これがもう少しするとイケメンになると。

 男の子の成長期ってちょっと遅いから、多分もう何年かは代わり映えしないだろう。質のいい服に身を包んだ彼は、赤い髪を揺らしながら遠い目をしていた。


 わたしは確信している。

 アルフはこれからの十年間をずっとこうやって過ごす。引き裂かれ、教会に置いてきてしまった彼女ヒロインのことを思い続け、約束を胸に十年間を生きていくのだ。


 でも、そうして過ごした十年間は、彼にとってとてつもなく重い――

 ――重すぎて、主人公への愛が大変なことになる。


 重いといったって、別に病むわけじゃないのだ。いや、あれは病んでいるのか?

 ……とにかく、アルフが主人公に再会してからは、ものすごく「過保護になる」。それに尽きる。

 なにかと世話を焼きたがり(言い方を変えれば管理したがり)、そして主人公と敵対するもの全てを凪ぎ払う。その姿はまさに獣の如く俊敏にたやすくわたし(ハリエット)の命を奪う。

 あんまりだ。プレイしていたときはヒロイン側だったから噛ませ犬なんてなんとも思わなかったが、今こっちの立場で考えると理不尽。


 つまりはこいつが一番の危険人物なのだ。

 攻略対象の中でもアルフが一番破壊力が高く、一番主人公(ヒロイン)命。わたし=主人公の敵ということになった時点で、未来はないと思え。


 だからこそ、まずはアルフを陥落(モブ化)させる。


 第一の目標として、「執着男脱却」。

 多分、周りなんて一度も顧みずに十年間を突き進んだに違いないアルフ。そんな彼にちょっとでも周りを認識させ、「主人公の敵=絶対的な死」という脳筋みたいな公式にワンクッション「主人公の敵→理由は?」を、挟めたらな……というわたしの希望的な目標だ。

 次に第二の目標、「ぼっち脱却」。

 周りに目を向かせるなんて大それたことはできなそうだが、せめてわたしだけでも視界の端に入れといてくれ、という目標。早い話が友達になるから殺すの躊躇してくれ、ってことになる。

 主人公の百分の一でいいからこっちに気を向けてくれれば、彼も劇的に変わると思うのだ。

 この二つについての作戦はめちゃくちゃ簡単、一つだけだ。


「アールーフーくーん」


 ひたすら付きまとう。


 大概の人間は、近づくなオーラを発する人間にわざわざ近づくことはしない。たまに空気の読めない人間が話しかけたりはするが、あからさまに無視をされたらそれ以上は近づけないだろう。無視をされたら傷つくものだ。

 ――だから、アルフの十年間もきっとそうなってしまったのだ。


 その点わたしは無視をされるのを前提で話しているので、あんまり傷つかない。一人で勝手に喋って笑っている。


 それどころか段々と、なんだか楽しくなってきた。

 これはあの、落としたい女の子のもとへ延々と通うギャルゲーに似通ったものがある。

 昔にやった学園もののギャルゲーで、昼休みになると各場所に女の子がいて、そこに通うことで好感度をあげていくのだが――「なんで皆可愛いのにぼっちなんだろう」と、わたし(リアルぼっち)は思わず動揺してしまったことがある。


 そうだ。わたしがもう何年ぼっちをやっていると思っている。

 「ご飯一緒に食べていい? 良いよね、うん」とアルフの目の前に昼飯を広げながら、わたしは密かに燃えていた。


 わたしが昼飯を広げても、アルフは全く気にすることなく自分の昼飯を取り出した。

 さすがはお金持ちだ。学食で売ってる一番高いやつを持ってきやがった……。


「わお……」


 わたしの視線も気にせず、アルフは淡々と口に運んでいく。あんまりにも不味そうに食べるので、わたしもなんだかあまり興味がなくなった。

 これはアルフによって風評被害が起きているぞ。


 対してわたしの昼飯であるお弁当は、全体的に手抜き感がすごい。

 これは決してわたしが下手なのではなく! 考えてみてもほしい。綺麗なお弁当やらキャラ弁やらは、あくまでも「作る側向け」なのだ。

 どうして自分で食べるものに、いちいち顔をつけたり飾り切りをする必要があるだろうか。そんなことをしたって「あー頑張ったわーこれー」くらいしか感想を抱かないうえ、味は変わらない。むしろおにぎりの上の海苔! なんでこんな細かいの! 食べにくい! とかなるかもしれない。キャラ弁なんか作ってもらったことないけど。


 だからわたしのお弁当はこれでいいのだ。

 味はうまい。


「アルフくん、卵焼き食べる?」

「……」


 拒絶より無視の方がこたえるというのはマジだ。アルフはまるでわたしをいないもののようにし、つまらなさそうな目を遠くに向けていた。


 ……ま、負けない。

 わたしは絶対にアルフを懐柔してみせる――



 ――という、夢を見たんだ。

 果てしない夢だった。


 あれから一ヶ月間、毎日アルフを追いかけ回した。だかしかし、全く進展がない。一ヶ月。一ヶ月も追い回して成果なしだ。

 わたしはすっかり疲弊していた。


 アカデミーに授業がない日だから、わたしは「男装の麗人ハリー」と称して男子寮に忍び込み、(別に男装なんかしなくても、行き来は基本的制限されていないけど)アルフの部屋のドアの前で、ひたすらガチャガチャとドアノブを回し続けた。


「アールーフーくーーん」


 ――ひたすら。


「アールーフーくーん」


 ――ひたすら。


「ア、アールーフーくーん」


 ――ひたすら……。


「ア、アルフくん……」


 寝てんじゃねえかな、これ。


 仕方なくドアの前にしゃがみ込む。ごんごんと後頭部をドアに打ち付けながら、わたしは思った。

 できれば考えたくなかったが、最近は嫌でも頭をよぎる。

 もしかして、攻略対象キャラクターを更生することは不可能なのか?


 さすがに一ヶ月間も付きまとってなにも進展がないと、嫌になってくる。いやまだ十年も猶予があるのだが、その間ずっとアルフを追いかけるなんて絶対にごめんだ。わたしの気が狂うし、そこまできたらアルフも慣れている気がする。


 この世界はゲームではないと思ってはいる。

 第一としてヒューやおじさんの存在だ。あんな凝ったのがハリエットの背景として設定されているわけないし、この学園だってそうだ。初等部なんか設定しても意味がない。

 それに、言語が違う。

 ゲームなら独自の言語なんてややこしい設定になってない。ボイスが日本語なんだからそのままのはずだ。

 つまりここは、ゲームを盛り込んだ異世界――のはずだ。多分。

 ここまで考えても、どうしても確証は得られない。

 それどころか、考えるたびにシナリオがゲームのように決められているのだと思ってしまう。


 大きなため息が零れた。


「……なにしてんの」

「うわっ?!」


 暇すぎてネガティブ思考していたわたしの前に、アルフが現れた。

 てか最初から不在かよ!

 わたしの顔を見るなり、盛大にしょっぱい顔をするアルフ。わたしにそんな顔をされても、無意味だ。むしろアルフから喋りかけてきたことに、わたしは今ちょっと泣きそう。


「……お、おかえり」

「なにその格好」


 声変わり前のアルフの声が、わたしに向かって吐き出される。

 一ヶ月間頑張ったかいがあったのか、それともわたしのこの格好が効いたのか。

 最初の言葉は「なにしてんの」だったが、これはとんでもない大進歩である。許されるなら転がりまわりたいほどだ。


 さてこの格好というのはズバリ命名「男装の麗人ハリー」のことだ。

 髪をひっつめ男物の服(ヒューのお下がりを貰った)に身を包んだわたしは、どこからどうみても成長期前の少年そのものである! 立ち上がって見せつけるように身をくねらせると、アルフは黙ってドアノブに手をかけた。


「ストォォォップ!」


 ドアを押さえつける。このままガチャり、バタンで会話終了というのは実に勿体ない。この機を逃してはならないと本能が告げている。

 一度喋ってしまえば、アルフもわたしに対して口が軽くなるだろう。しかし時間がたてばまた元の距離に戻ってしまうかもしれないのだ。


「……」


 無言で睨まれるが、尻をどけるつもりはない。

 わたしのたれ目を最大限に吊り上げようと格闘していると、アルフはやがて根負けしたようにため息を吐いた。


「退いて」

「えーとー、アルフくんの部屋ってどうなってるの気になるなー」


 ちなみに鍵は本人の魔力を流すと開くとか、やけにしっかりしたセキュリティを誇っている。


 アルフは下を向いたまま盛大に舌打ちをすると、「……いいよ」と言ってドアノブを回した。その言葉を疑うわけではないが、隙間に滑り込むようにして中に入る。アルフはまたちょっと「げ」とかいいそうな顔になった。

 おんなじ年頃の女の子なら気にしたかもしれないけど、あいにくアルフの三倍以上は生きてる。可愛いもんだ。


 アルフの部屋は、一言で言えば「無」だった。


 さすがにクローゼットに服の類いは入っているだろうが、それ以外はまったく何にもなかった。 一体休日は何をしてるんだろう。


 ……おそらくぼーっと主人公のことを考えたりしているに違いない。

 間違いない、この男かなり病んでいる。


 想像で身震いしていると、アルフは側にあった椅子に腰かけた。わたしを見定めるように睨み付けてくる。

 だからわたしは、いつも通りに話しかけることにした。


「ねえ、アルフくん。わたしの『秘密』教えてあげよっか」


 初めて口をきいてくれたのは嬉しいが、しかしこの分では安定するまで何ヵ月かかるか分からない。他にも釘を指したい相手はたくさんいるのだ。


 もう、あの手を使うしかない。


 アルフの口から主人公ヒロインにしか語られていない秘密が、彼にはある。

 それをわたしが知っているのが、彼にどれほどの影響を与えるのか。

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