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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
帰省編
56/110

52 前世

 むかしむかし、とあるゲームにはまった哀れな乙女ぼっちがいました。


 彼女ぼっちはある日、いつもと違うベッドで目を覚ましました。

 それは彼女ぼっちが、いつもの平凡な日々に区切りをつけ、その世界リアルの意味を知ることを告げていました。


 なぜなら目覚めたぼっちの隣には、いつかなくした宝物ディスク――の代わりに、見知らぬ少年がしっかりと寄り添っていたからです。



 ――なんて、そんな馬鹿な。

 わたしはのっそりとベッドから体を起こすと、隣で休日のお父さんのように寝そべっている少年を見た。

 彼は銀だか白だかの髪から、よくわからん色の瞳をちらちらと覗かせて、そしてにやにや笑っていた。あどけない顔でなければ、一発お見舞いしたいくらいのどや顔。


「……どちら様?」


 とりあえず聞いてみよう。

 はて、わたしは寝付くまでに良い夢の予感を感じていたのに、なんということだろう。それともわたしにはショタコンの気があったりするんだろうか。深層心理か。

 少年はわたしの問いによっこらしょっと体を起こすと、あぐらをかいてわたしの方へ体を向けた。

 ベッドが狭いから、距離が近い。見知らぬ人間と接するには、明らかに近すぎる距離だ。

 少年は笑う。


「おはよう」

「……あ、おはよう……」


 なんだこいつ。

 と、思いながらも、ぺこりと頭を下げる。少年はただ笑って、ともすれば偉そうな感じに手をひらひらとさせた。

 憎たらしい感じが、ちょっとゆーくん(近所の悪がき)に似ている。


「ちょっと予定が狂っちゃったけど、おおむね上手くやってるみたいだね。■■■(ハリエット)?」


 少年に当たり前のように呼び捨てにされて、どうにも言えない気分になる。わたしはあれか、ショタコンの上にマゾだとでも言うのか。やるせねえ。

 微妙な顔のまま、微妙に噛み合わない話を続ける。何となく、続けなければならないような気になった。


「で、どちら様なの? あなた……」

「さあ。神様とか天使とか悪魔とか好きなように呼んでみたら?」

「……なにその、ありがちな」


 というわたしの発言は、少年の微笑に掻き消された。

 ていうか、そりゃありがちよね。わたし、転生しているのだから。それもゲームに似た世界という、よくわからないものに。

 それなら目の前の少年は、本当に神様とか天使とか悪魔とかそういう設定の説明くんなのだろうか。

 だんだん冴えてくる意識に、もしかしたらこれは夢ではないのかもしれない、という考えがよぎる。


「……じゃあ、わたしがここにいるのって、あなたのせい?」

「おかげ、じゃなくてせいときたか。その通りだよ。言うなれば僕は幸せを運ぶハコビヤなのさ」


 気取って言う少年に、わたしは脱力する。

 ゲームが失踪して、探して、ふて寝して。起きたら異世界ってどうよ? ……いや、でもハリエットはもともと、わたしだった。

 乗っ取ったわけではない。記憶の激流に呑まれてしまったが。


「わたし、ただ寝たつもりだったんだけど」


 あの日、わたしは確かにふて寝したのだ。それ以上の記憶が、どうあがいても降ってこない。思い出す前のハリエットの幼い記憶でさえ、おぼろ気だが残っているのに。

 少年はよくわからない色の目を丸くして、大袈裟に首を傾げた。その馬鹿にやるような行動をやめてほしい。

 わたしは不快感を味わいながらも、少年と向かい合った。


「そうだね。眠るように死んだね、きみ」

「マジか」

「突然死って就寝中が一番多いんだよ」


 あの時、わたし死んでたのか。

 当たり前だが、寝ていたから自覚がない。そうか、それで死んだのをこの少年がなにかしらして? ここに転生したと? そういうわけなのだろうか。

 あの時死んだなんて、全く信じられない。信じられるわけがない、少年の話が正しければ寝ていたのだから。

 それにしても、突然死か。不摂生だった自覚はあるけど、まだ三十も過ぎてないくらいだったのに。脆すぎる……。

 ……本当に、「わたし」は死んだのだろうか。


「……ちなみに、それ、本当?」


 少年は、わたしの問いかけに動きを止めると、さっきとは随分と違うようにきょとんとした。こちらが素の表情みたいだ。

 そのあと、疑う言葉に怒ることもなく、それどころかとんでもなく嬉しそうに笑った。


「僕が殺して、ここへ連れてきたって? そう言いたいの、■■■(ハリエット)。心外だよ、そんなことするはずないじゃない」


 両手を広げて大袈裟にそう言うが、その笑顔は悪がきそっくりだ。良からぬことをしているときに浮かべる笑顔。

 大体、わたしはこの少年を「よくわからないもの」としては認めるが、神やら天使やらのように善のものとして信用しているわけではない。

 彼は自分を幸せを運ぶハコビヤだのなんだのと言ったが、彼自体のしたいことは全く謎のままだからだ。言っていることが本当なら、わたしをここへ連れてきた意味も、なにも知らない。


「大体さあ、きみには僕の言葉を確かめる術もないよ。どうする? 僕がきみのいた世界は滅んだって言って、それの真偽をきみは判断できる?」


 できない。断言できる。

 ここは地球でもなく、また異世界との行き来ができるわけでもない。今、あそこが滅んでいてもつつがなく続いていても、エイリアンが襲来していたって、わたしには何も分からないのだ。

 だから、わたしが本当に死んだのか、死んでいないのかすらわからない。


 口をつぐんだわたしに、少年はまるで勝ち誇ったように目を細めた。足元見てやがる。

 思わず睨んでしまったわたしに、その相手は獲物を見つけた猫のように目を開いた。わたしは、目の前の少年が神でも天使でもないということを確信する。

 こんな性格の悪そうな神はいらない。

 わたしの考えを見透かすように、少年はその口を開いた。


「まあ実際、きみはあの時に死んだんだよ。酷いものだね。見つかったのは三日後、連絡が入った両親は葬式代に苦い顔をしていたし、仕事先の人はきみの後続を探すのに手一杯。きみが死んだのなんか、どうでも良いんだ」


 歌うように放たれた言葉に、頭の回転が止まる。少年の、何とも形容しがたい不思議な声だけが、わたしの脳をかき混ぜていく。


「誰とも繋がりが薄いから、連れてくるのは簡単だったよ。ああでも、そんな世界要らなかったんだよね? こういう……ゲームみたいな世界じゃないと」


 くすくすくすくす。少年の笑い声はだんだんと大きく、肩を揺らし出す。耐えきれないというふうに口を押さえた少年は、ベッドを叩いて転がった。

 ひどく馬鹿にされているのだけ、わたしの頭は処理する。それ以外の、言われていることに対する理解は、まだ追い付いていない。

 その侮辱に対する反論をしないと、息ができないのだけは分かった。


「……こ、こは、ゲームじゃない……」


 そう、ゲームじゃない。ここには意思を持つ人がいて、世界が回っている。誰かが幸せになれば誰かが不幸になるはずだし、良いことばかりじゃない。

 少年は、笑うのをやめるとふうと息を吐く。神とか、そういうものを騙ったくせに、呼吸はしているのかと妙なことを考えた。


「でもそっくりだったでしょ? ゲームの中身は楽しかった?」

「……それは」


 ゲーム。わたしの一番好きだったゲーム。

 展開も覚えているし、そのキャラクターも全部、覚えている。

 そのキャラクターの葛藤に一緒になって苦しんだし、幸せそうなエンディングに幸せになった。普通のゲームの楽しみ方をした。

 それを壊したことに対して、後悔していない。わたしは何もプレイヤーではなく、ただここに生きている人間として、生きていただけなのだから。


「こんな世界じゃないと、きみは生きていけなかったんだよね。ここがゲームだって思っていたから、普通の人らしく、人助けなんかしちゃったりしてたんでしょ。あいつらの腸の中身まで知れてるから仲良くできた、そうでしょ?」


 少年は距離を詰める。

 彼の暖かい吐息がわたしを追い詰める。


「ここがあのゲームに似通ったりしていなければ、きみはまた一人ぼっちだったろうよ」


 その見透かしたような発言に、彼は分かっているのだろうかと、馬鹿なことを思う。まるで見てきたかのような発言に、わたしはもう何も、反論さえ吐き出すことができなかった。



 自分が人の未来を知っていることについて、どう思うだろうか。自分が好きで好きでたまらなかった世界の人間の、全てを知っている気分は。

 ――――わたしはそれが、たまらなく嬉しかった。

 彼らの、痛みも絶望も、それをゆく希望も全て、わたしは理解できる。共感できる。分け合える。慰められる。

 なんという全能。なんという快楽。


 それさえあれば、わたしはもう一人ぼっちにはならないのだ。

 人を人として、他人を自分として、同じものとして思えなかったわたしが、彼らを自分と同じとして、時間を共有できる。


 そんな薄暗い気持ちに気づいたのは、いつからだっただろう。少なくとも、お父さんやヒューと暮らしていた頃には、そんなこと一つも思わなかった。

 ただハリエットとしての家族への気持ちと、わたしとしての気持ちが一緒になって、それで決意をしただけだった。関わるために、ゲームを犠牲にしようって。

 ただ明るく、ちょっと悪どいことを考えながらも、どこかのんきにこの世界を歩いてきた。

 きっと、彼らを「ゲームとは違う人間キャラクター」にしてしまったときから、わたしの均衡が崩れたのだ。今まで無意識的に優位に立っているというほの暗い悦を、自覚した。

 紙とは言わずとも、テレビの中の有名人みたいに思っていた彼らが、わたしのもたらしたことによって変化して。

 それで…………。


 わたしは心のどこかで彼らのこと、ゲームの中身と同じように見ていたけれど。それを自覚してから、自分が汚く思えてしまったけれど。

 ゲームとは違ってしまった彼らのことも、わたしは好きだ。



「……それで、わたしの知っているのとは違うような人になって、それでもわたしは彼らのことを知りたいと思う!」


 わたしは、泣いていた。

 ヒューと変わらないくらい、ぼたぼたと頬を水が流れていく。

 泣いたのなんて、いつぶりだろう? 生まれてから、生まれる前から、わたしは人の何かに涙を流すような人間ではなかった。


「みんなが好きだし、みんなを理解したいと思う! 悩みがあるなら相談してほしい、一緒に悩みたい、それが解決できたら、自分のことのように喜びたい!」


 それが、わたしの思う普通の人間としての感情だ。

 これさえあれば、わたしは前世むかしも一人ぼっちにならずにすんだのではないか。

 わたしはもう死んでいるのだから、この感情はハリエットのものだけど。決して、わたしが掴んだものではないけれど。


「だから、わたしは彼らを決して、ゲームの中身だからとは思ってない! 普通の人みたいに、友達みたいに思ってるはずだ――――」


 わたしはもう、怒ってるのか泣いているのかわからない状態だった。ただ見えた光を、目の前の少年に向かってわめき散らしている。

 涙で滲んだ視界に、しかし少年が笑っているのがはっきりと分かった。にやにやと、それはもう楽しそうな笑みだ。

 人をおちょくるときの。


「それはハリエットの正しい感情であって、前世のきみは死んでも分からないはずのものだけどね。共感能力っていうの? 自分でも分かってたんでしょ?」

「うるさい、クソッ、神とかなんとか言うくせに、意地が悪い……」


 わたしは涙を袖で拭うと、目の前の少年を睨み付けた。こいつは人の古傷をねちねちといじり回して、どこが幸せを運んでいるというのだ。

 でも、泣いたらすっきりした。


 ――ああ、認めよう。前世のわたしは人に全く共感しないで孤立しても平気平気の、社会的にダメ人間だった。ぼっち万歳! 友達がいたのは小学生まで! 仕事さえやっときゃいいだろう! だった。

 共感しなくとも理解はできるから、接客とか営業とかにも問題はない。ただどうしても、友達とか家族とか、そういうものからは遠ざかっていたけれど。


 でも、ハリエット(わたし)はそんなことはない。確かに未だにひねくれてるし悪どいことをしたりするし、年相応の少女とはなんか違うが。

 それでも少年の言う通り、わたしはもう一人ぼっちではないのだ。

 それをちゃんと自覚した今、わたしは何だかすっきりした気分でいた。相変わらず、目の前の少年は気に食わないものの。


「僕の意地が悪いぃ? 全部、ただの事実じゃない? 僕はそれを非難しているわけではないよ、していると感じるなら、それはきみ」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 その飄々とした態度に、わたしは歯を噛み締める。登場して数分でわたしを泣かせた挙げ句、前世のわたしまでボロクソにいいやがって。

 彼の言うことが本当に全て、悪意や意地悪なく言っているとしても、わたしはこの少年とは馬が合わないと思う。

 これが神だと言うのなら、わたし、神様きらい。

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