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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
中等部編
55/110

51 帰ろう!

 がたごとと、馬車が揺れること、何時間か。

 もうどうなっているのだか、わたしには分からない。むしろ説明してくださいと土下座したい気分だ。



 ヒューが学園に襲来してきてからしばらくして、わたしは無事に中等部を卒業した。

 そのあとは、より専門的な魔法の知識を深めたい人間が進学することになっている。ここで婚約の決まっている女子や、進路の決まっている男子はそれぞれその役割に向かって進む道を違えるわけだ。

 わたしはゲームという大きな流れがある以上、進学するつもりである。学費免除は高等部まで適応されているし、結婚も進路も未定だからね!


 そこまではよかった。問題はそのあと、さて里帰りしようかと腰を上げた時だ。

 マア、なんということでしょう。そこにはどや顔のカレンちゃんと、心底疲れ果てているようなアルフがいたのです。


「な……なんで」


 冷や汗をたらたらと流したわたしに、カレンちゃんが親指を立てる。近年希に見る、良い笑顔だった。


「里帰り一緒にしにきました」

「……右に同じく……」


 隣でげっそりしているアルフは、どうやら説得に破れたらしい。や、役に立たねえ!


 そんなわけでお供二人を従えててこてこ歩き出せば、またも立ちはだかる大きな人影。

 正直これは、予想していたというか、当然というか。むしろ巻き込んだのはこちら側であるから、始末が悪い。

 目の前に立った水色頭の大男は、右目の傷を撫でながら言った。


「ハリエットさんのお兄さんに招かれた」

「はい、一名様入りまーす……」


 ヒューのクソ野郎。サディアスは律儀に手土産なんぞ持って、わたしにも礼を述べた。

 さらに一人メンバーが増えて、これはもはや桃太郎状態。故に次に来る相手は、恐らくは鬼なのだろう。

 今から行くのは島ではなく、普通に少し離れた田舎なのだが。


 さてここまでくれば次の流れは分かるだろう。後ろに可憐な少女と赤毛の美青年、目付きの悪い騎士もどきを連れて、わたしはてこてこ足を進める。

 門の外、しばらく歩けば外にはあらかじめ言いつけてあった馬車が止まっている。この時期は学園から帰省する生徒で溢れ返るため、御者が儲かるのだ。

 さてそこにも、見慣れた男が。

 先程言った通り、会うなら鬼だろうか。鬼は鬼でも、言うなれば天の邪鬼ではあるが。


「あの女の世話になるのは癪だから、住ませろ」

「……あんたはもっと前に言えただろ」


 ニールがそっぽを向く。わたしはもはやぎっしぎしのぎゅうぎゅう詰めになってしまった馬車に揺られて、ひたすら目を瞑った。

 お尻の痛さなど、この魔空間の辛さに比べれば屁でもない。

 本当に、何という混沌とした顔触れでしょうか。

 家につくまでの間、その拷問とも呼べる時間を、わたしはアルフと共有した。無表情のカレンちゃんとサディアス、そしてすっかり借りてきた猫モードのニールとは、この苦は決して共有できなかったのだ。

 案外、その鉄の仮面の下では悶え苦しんでいたのかもしれないけど。





 いつものように、すっかりケツの感覚が失われたところで、馬車の旅は終わりを告げた。

 御者に気持ち多目の金を握らせて、馬車を降りる。ここからしばらく丘を上れば、懐かしの我が家があるだろう。

 町とは離れたところにあるので、逆に迷うことがなくて良かった。さすがにこの面子を連れて、町付近をふらふらする勇気はわたしにはない。チームワーク的な意味で不安すぎるからね。


「……さて、じゃあ皆さん、歩きますよ」


 平気そうな顔の三人と、わたしと同様のグロッキーな状態になったアルフに告げる。

 あの馬車の中で全く会話が成立しなかった四人は、やっぱりどこで見ようとも組み合わせがおかしい。

 とりあえずニールがダメなんだと思う。こんなかで唯一、誰とも面識がない。

 いや正確に言えばアルフとはエンカウントしたことがあるのだが、真っ当な出会い方ではないよね。


「ああ……分かった。でも、いきなりこんな、人数で大丈夫?」

「うち、結構広いから大丈夫……だと思う」


 アルフの気遣いにほろりとしながら、足を進める。わたしの家なのでわたしが先頭だが、隣にはぴったりとニールがいる。人見知りすんな。

 カレンちゃんと並んだアルフは、わたしの言葉にそうかと頷いた。まあ足りなかったら、わたしとヒュー、カレンちゃんとアルフを同室にしてしまえばいいのだ。

 客のもてなし方など、ぼっちを拗らせたわたしの知ることではない。家に友達なんか、呼んだことないんだよ。


「はー……」


 それにしても、ヒューはともかく、お父さんはこれを見てどう言うだろう。

 つく前からそんなことを考えて、わたしの胃はきりきりと痛み出すのであった。



 そうして、相変わらず花の咲き乱れる庭へとたどり着いた。成長してあらためて見てみると、うちの家は平民ちゃんとは思えないほど立派である。

 予想外だったのか、アルフとサディアスがそれを見上げて突っ立っている。カレンちゃんは女の子らしく、咲き誇る花を見て微笑んでいた。

 ニール? 始終にこにこしているよ。張り付けたような笑みで。


「……でかいな、家」

「だから言ったでしょう」


 正直わたしも、家なんかろくに覚えていなかったけどね。とりあえず胸を張って、一人扉を叩く。叩きつつ、普通に自分で開ける。

 いくら家がでかくても、使用人なんか一人もいないのだった。客人たちを招き入れながら、一礼してみたり。


「――おかえりいいいい! ハティッ!」

「ぐっ」


 顔をあげれば、そこにいたのは見慣れた四人ではなく、汗を流したヒューだった。きらきらの瞳でこちらを見るやいなや、随分と逞しくなった腕がわたしの首に入る。

 ラリアット。


「ぎぶぎぶぎぶぎぶ」

「……あの、お招きありがとう、ございます、お兄さん……」


 そのまま絡み付くヒューと、必死に腕を叩いて訴えるわたしに、四人は玄関先で固まった。

 唯一ヒューを知るサディアスだけが、恐る恐ると言った感じに挨拶する。偉い。お前は偉い。

 サディアスのその声に、ヒューの抱擁という名の攻撃はようやく終わりを迎えた。すっきりした顔のヒューが、立ち尽くす四人を見て破顔する。


「やあ、いらっしゃい」


 にこりと微笑んだ兄の姿に、サディアス以外の三人が別の意味で固まる。ニールの微笑がちっとも崩れていないのはさすがだと思うけど。

 この沈黙の意味を、わたしは理解しているぞ。

 お前ら、似てないって思っただろう。


「……あ、あの、お兄さんですか」

「ああ……これは失礼しました。ハリエットの兄のヒューと申します。ふつつかな妹ですが、どうか」


 アルフとカレンちゃんを見て、偉いとこの子だと気づいたのだろう。かしこまって挨拶したヒューと同じく、わたしも頭を下げておく。

 みんなから視線は外れたものの、困惑している空気は十分に伝わってくる。特に、ヒューが兄だと名乗ったときの微妙な雰囲気はくるものがあったぞ。

 わたしは母親似なんだちくしょう。



 四人をそれぞれ空き部屋に押し込んで、わたしも自室へと荷物を下ろしにきた。とはいっても、ほとんど手ぶらで帰ってきたわけだが。

 久しぶりの自分の部屋は、ヒューが掃除してくれていたらしく、壁紙もベッドのシーツも、新しくなっていた。


「この間会ったときにね。ハリエットに似合うようにしたんだ」

「……ありがと、お兄ちゃん」


 照れながら笑うヒューを労ってやって、わたしはベッドにぼふんと沈み込んでみた。大きなベッドを買ってもらったわけだが、今は丁度くらいの大きさである。

 懐かしい匂いがして、ほっと旅の疲れが和らぐ。

 力を抜いたわたしに、それを見ていたヒューは満足そうに笑った。


 荷物を下ろしたあと、わたしは懐かしの書斎に降りていった。お父さんに挨拶するためだ。

 わたしが十六なら、お父さんはもう五十を過ぎたところだろうか。多少健康寿命が長いとはいえ、ここは医学の発達した世界ではない。

 近頃は、書斎に閉じ籠り気味らしい。

 ハティと同じようなものだね、とヒューは涙ぐみながら笑っていた。

 広々とした書斎の、大きな扉をノックする。


「お父さん。わたし、ハティだよ」


 手をかけて開ければ、埃の匂いが広がった。足を進めると、懐かしい本棚の大群がわたしを出迎えてくれる。

 その真ん中に、椅子に腰かけたお父さんはいた。


「お父さん、ただいま」

「――おかえり、ハリエット」


 振り向いたお父さんは、すっかりシワは増えたが、懐かしい笑顔をしていた。その不器用な微笑みに、わたしも自然に笑い返すことができた。

 前世ではできなかったことばかり、できるようになる。


 お父さんは別段病気というわけでもなく、ただ衰え故に歩き回ることをやめたらしい。そこで趣味である読書に没頭していたというわけだ。

 ヒューも言っていたけど、わたしとマジで変わらないな。

 驚くことに、書斎の蔵書は減るどころか、増えてさえいた。ここでわたしのお家の、というかお父さんの仕事が本屋的なあれだと知るわけだが、本って結構高いよね。

 道理で家がでかいわけだ。

 お父さんには、うちに来た四人の説明をちょちょっとして、退室することにした。お父さんとしても、偉いとこの子に会って気を使うより、籠ってた方が楽だろう。わたしがそうだし。


「だから、まあ夕食のときに顔見せる感じで大丈夫よ。怒るような子たちじゃないし」

「ああ。……分かった」


 微笑むお父さんは、……いっちゃ悪いがやっぱかっこいいや。

 わたしは手を振って、扉を閉めた。





 夕食はというと、わたしとヒューが作りました。

 お父さんとヒューの二人のときは、もっぱらヒューの専門だったらしいが、わたしだって料理くらいはできる。ヒューは疲れているだろうと遠慮していたが、妹の料理が食えないのかと言えば黙った。


「じゃあ、食べよっか!」

「わざわざ、悪い。ハリエットさん」


 サディアスが申し訳なさそうに席につくので、わたしはにやりと笑った。そのまま、同じく席についた面々を見渡す。


「その言葉は、メニューを見てから言ってください」


 というわけで、質素なメニューができた。パンと野菜とスープ。ちょっと肉。

 寂しい食卓のできあがりである。

 いや、これでも豪華なんだけど、うちの食事が学園以下だって忘れていた。まだカレンちゃんとニールはいいとして、食べ盛りのサディアスとアルフには物足りないだろう。


「……ありがとう」


 配膳される食事に、律儀にお礼を言うアルフ。おおお、しかしその目はちんまりと芋の浮いたスープに釘付けだ。

 ごめん、でも来たのはそっちだ!

 華麗な責任転嫁を決め込んで、わたしは作ったスープを皿に流し込む。ヒューがなれた手つきで運んでいく。

 イケメンが配膳するだけで、ちょっと格式高い感じするな。


 あ、ちなみにニールはいません。体調不良と言うことにしてあるが、実質ただの人見知りである。

 相変わらず、知らない人と飯が食えないらしい。あとで持っていってあげなくちゃならん。まったくもう。


「さて、それじゃ……」


 すっかり配膳を済ませたヒューが、椅子に座る。隣にはわたしとお父さんだ。

 そのまま並べられたスプーンを取ろうとしたところで、向かいに座る三人が目を閉じる。


「――の名の元、輪の中で……」


 わあ、祈ってる。

 それはいつも学園の食堂で聞いていた、食前にするお祈りだった。わたしが何となくニュアンスで合わせてるやつ。

 声を揃えた三人の前で、わたしとヒューは顔を見合わせた。そういえば、わたしが闇属性なせいで、この家で祈るという習慣はなかったのだった。

 ヒューがわたしに肩をぶつけて、小声で聞いてくる。


「……もしかして、知らないの?」


 わたしが闇属性であること。

 わたしはここにニールがいなかったことに安堵しながら、小さく頷いた。

 それを隠しているということが、悪いことなのか、結局判断がつかないままなのだ。





 食事をつつがなく終えたあと、わたしはニールに食事を届けてそそくさと部屋へ戻った。

 ベッドに飛び込んで、大きなため息を吐く。

 久々の馬車は、わたしの体力やら気力をガリガリと削ってくれた。正直、よく半年も荷馬車に乗れたものだと、過去の自分を誉めたい。


 ごろごろと回転しながら、懐かしの我が家を堪能する。机の位置もベッドの位置もそのままだが、デザインだけがおとなしめになっている気がした。

 まあ、例に漏れずまた青色で固めてあるんだけど。これはもう慣れてしまったし、わたし自身嫌いじゃないから良いだろう。


「あ、そういえば……」


 勢いをつけて起き上がって、少ない荷物をひっくり返す。しかしながらあるのは着替えと小銭くらいで、目当てのものはない。

 探していたのはあの、いつか市場でもらった金色の欠片だ。眉唾もののよくわからないやつだが、好きな人にあげると良いことがあるとかなんとか。

 せっかくだからヒューにでもやろうと思っていたのだが、持ってくるのを忘れた。まあ、存在自体忘れ気味だったし、今ごろどっかのポッケの中だ。

 ひっくり返した荷物を詰めながら、そういえば繋がりにもうひとつ、思い出す。


 そのままになっている机を引っ掻き回して、目当てのものを探し出す。ヒューが下手に弄っていなければ、こちらは絶対にあるはずだ。

 引き出しに手を突っ込んでがさごそすれば、布が指先に当たる。


「――あった! ディスク!」


 思わず声が出てしまったのも気にせず、わたしは布に包まれた円盤を掲げた。

 柔らかい布から飛び出したのは、銀色の輝きを放つわたしのゲーム。二度目の失踪と相成らなくて良かった。

 真ん中に指を突っ込んで、くるくるしながらそれを観察する。この人工物らしい輝きは、こちらではお目にかかれないものだ。

 ふと懐かしさに教われる。わたしのワンルームの、やっすいオンボロアパート。給湯器はすぐ故障するし、壁は薄いし。

 狭い駐車場では、いつもゆーくんたちが遊んで怒られていたな。前世では気にも止められなかったことを、今なら思い出せる。

 わたしも、変わったのかな。


 銀色の円盤を布にしまい、机の上に置く。

 眠くなってきたし、もう寝てしまおう。馬車の旅の疲れは、ここで癒しておかないと。

 わたしは着替えを済ませて、ベッドに横になった。月明かりが薄ぼんやりとしている中、目を閉じる。

 ――――ああ、何だか、良い夢が見られそう。

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