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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
中等部編
50/110

46 騎士もどき

 模擬戦当日。

 学園内の闘技場らしき場所は、集まった生徒たちで大変賑やかなことになっていた。観覧席には着飾った女子の姿が多く、一人につき広々としたスペースが割り当てられている。勿論日除けつき。

 他にもどこかの偉い人や偉そうな人たちが、高みの見物と洒落込んでいる。学園の必要性とか、優秀な人材の発見とか、そういう目的があるんだろうな。


「さて、と……」


 しかしながらわたしは、このお祭り騒ぎに参加することはできない。手元にある紙に目を落として、再度確認する。

 学園は、二つの校舎と宿泊寮、男女寮、他必要設備で構成されている施設だ。初等部兼中等部の校舎は緩い柵で囲まれているのみだが、必要設備と高等部の方向には壁が作られている。

 アルフが残した『地面が変だ』というメッセージは、果たしてどこの地面のことを言っているのだろう。

 普通に考えれば、彼の活動範囲である中等部校舎。しかしながら、初等部と中等部は同じ校舎を使っている。今さら急に気づくなんてことは考えにくい。おんなじ理由で男子寮も(ついでに女子寮も)除外だ。

 そして、恐らく闘技場でもない。模擬戦の日に人がいなかった場所が怪しいのだ。

 となると、残りはいくらかの必要設備と、宿泊寮、そして高等部校舎になる。


「んー……とりあえず宿泊寮辺りから……」


 喧騒から遠ざかるように、てこてこと足を動かす。

 でも……宿泊寮を調べるのはいいが、アルフの言う違和感がわたしに分かるとは思えないのがネックだ。

 分かりやすい怪しさがあればいいが、みんなが気づいてないんじゃ、それも期待できない。わたしが見落としてしまう可能性も十分ある。

 ここへ来て、改めて範囲の広さを嘆いた。





 残念なことに、宿泊寮についた時点で、ここは違うとはっきり分かった。思わず見取り図を持った手に力が入ってしまい、くしゃりと音をたてる。

 宿泊寮は、模擬戦を観覧しにきた人たちの出入りでいつもよりうんと人の気配が多い。

 人が少ないところに当てはめるなら、ここでもない。わたしは落胆しつつ、見つからないようにこの場を去ることにした。

 誰かに引き留められたら厄介だ。そもそも、わたしみたいな平民をわざわざ引き留めるような知り合いはいないわけだけど。


「はーあ…………ん?」


 大きくため息を吐いて踵を返すのと同時に、視界に見たことのある人物を捉えた。

 冷たい朝の風に、小豆色のコートとくすんだ水色の髪が揺れている。誰かと話し込んでいる様子だが、その姿は物語の騎士のようだ。

 つーか、サディアスじゃん。

 こっそり観察してみると、何か偉いっぽい人たち数人に囲まれている。昔はそうやっていじめられていたが、どうもそういうわけではない。

 むしろどちらかと言うと、誉められてる?


「カルヴァート、学園を卒業したらどうするつもりだ?」

「……まだ、何とも」

「是非ともうちの娘と婚姻を……」

「いやはや、魔術師という選択も、なあ? どうだい」

「……」


 困ってる。

 サディアス、めっちゃ困ってる。

 後ろ姿からでも分かるくらいに、困惑している。どうにも彼は敬語慣れしていなかったように、こういう偉い人との付き合いは苦手らしい。分かる、わたしも腹芸みたいなのは苦手だ。

 サディアスのそよそよと揺れる髪の毛と服に、何故か言い知れぬ哀愁を感じる。いつかのように助けてやりたいが、しかしあんな偉い人たちの間に割って入ることはできようもない。

 あれは相手も子供だったからできたことだ。人って大きくなるたびにできることが減っていくような気がする。

 さてどうしよう。わたしにはやらなきゃならないこともある。


「…………さ、サディアスくーん……」


 一、こっそり呼んでみる。

 聞こえたらわたしを理由に切り上げることができるだろう。

 多分絶対聞こえないけど。


「……ハリエットさん?」


 振り向かれた。聞かれた。嘘やろ。

 そのままサディアスは、偉いっぽい人たちに二、三言交わすと、まっすぐこっちに走りよってきた。振り向かれて見てから、今日はいつもより豪華な装いをしていることに気づく。

 模擬戦の前回チャンピオンだからかしら。


「ハリエットさん、どうした。模擬戦ならもう始まっているはずだ」

「え……いや、うん」

「……迷った、か?」


 そりゃあわたしがこんなところにいたら変ですよねー。

 勝手知ったる学園内を迷うわけがないが、サディアスからすればわたしは五年ぶりに帰ってきた、いわば転入生のようなものである。曖昧に頷いて、とにかくここから離れることにした。

 人気のない場所、人気のない場所。とりあえず校舎の影にでも移動しよう。

 困惑するサディアスの手をぐいぐいと引いて、わたしは校舎へと早足で向かった。





「ちょ、と、ハリエットさん。一体、何なんだ」


 手を引かれるがままついてきたサディアスだったが、しばらく歩くととうとう質問が飛び出した。無言で拉致られたのだから、当たり前だ。

 わたしは周囲に人気がないことを確認して、彼の手を離した。


「……いやあ、ごめんごめん、ちょっとね」

「どうして、あんな場所に? 模擬戦はもう始まっている」


 その質問には答えにくい。曖昧に笑って、とりあえず髪を整えるように撫で付ける。

 サディアスは相変わらず鋭い目をこちらへ向けたままだが、別に怒っているわけではない。彼はいつもこんな顔だ、多分。問題ない。多分。


「それよりサディアスくんこそ、なんで寮の方に? 模擬戦出るんでしょう」

「俺の出番まで、まだ時間がある。……話しかけられて困っていたから、あなたがいて助かった。ありがとう」


 むしろ聞こえるとは思わなかったんだけど。あれで気づかないようなら見捨てる感じだったんだけど。

 そう思っていたからこそサディアスのお礼は受け取りにくくて、わたしはまたもや曖昧に笑っておくことにした。そもそも声かけただけだし。

 そうだ、わたしにはなすべきことがあるのだった。


「それじゃ、わたしはここで。頑張ってね、サディアスくん」


 握り締めていた見取り図を確認して、背を向ける。宿泊寮が違っていたということは、残るは小屋とかの必要設備と、あと高等部校舎。

 高等部の見取り図を見つめながら、ふと、頭の隅でじんわりと液体が広がるような感覚を受けた。


 ――――そういえば、高等部の校舎には地下室がある。


 表向きはただの地下倉庫で、そんな広さもないはずだ。……表向きは。

 ニールが黒幕の事件を起こしたときには、改装されニールの隠れ家となっていた。そこでハリエット(わたし)は討たれ、ニールはヒロインに許される。

 地面。地下。

 でも、どうして。ニールはもはや黒幕ではないはずなのに。


「……ハリエットさん、」


 背にかけられた声に、はっと顔を上げる。慌てて何でもないように振り向けば、 存外近い位置にいたサディアスの胸板とぶつかった。

 いてえ。かてえ。

 ぶつけたでこを擦りながら、一歩だけ下がる。額って、人の体の中でも固い部分のはずなのに、サディアスに痛がる様子はなかった。解せない。


「った……何、サディアスくん」

「……俺は」


 言いにくそうに眉を寄せたサディアスに、暫しの沈黙が訪れる。こうやって向かい合って話す機会はあまりなく、中庭とは違う状況に、わたしは少しだけ緊張した。

 サディアスの右目に刻まれた傷を見つめていると、ようやく彼の口が動く。


「俺は、あなたに感謝している。あなたは何も特別なことはしていないと思うかも知れないが、俺の人生は変わったんだ」

「お、おう」


 人生を変えたとは、いささか大事過ぎないだろうか。いや、ゲームのことを考えれば、そりゃびっくりするほど変わっているけれども。

 彼らはゲームの中身プログラムではないことは、もう分かっている。理解している。彼らのゲームの筋書きこそが運命だとは、わたしはもう思っていない。

 わたしの戸惑いに構わず、いつになく強引な口調でもってサディアスは続けた。


「だが、俺は、あなたのことは何も知らない」


 だいぶと上にあるはずのサディアスの顔が、何故か見下ろせる。

 髪よりも幾分鮮やかな水色の瞳は、こちらをまっすぐ射抜いていた。


「どうか恩義に報いらせてくれ。あなたを知り、あなたのためになりたい」


 そう言って跪く彼は完全に騎士の格好だが、言ってることも完全に騎士のそれだが、ちょっと不味い。いやだいぶと不味い。平民に騎士は要らんのだ。

 わたしは慌ててしゃがみこむと、目線をおんなじにして懇願した。


「と、とりあえず立とうか?」


 なんだろう、恩が重いよ。





 とりあえず落ち着いたところでサディアスの話を要約すると、「助けてもらったってめっちゃ思ってるから、何かお礼させてほしい」ってことらしい。

 あんな仰々しくすることはないと言ったが、サディアスには首をかしげられただけだった。素かよ。なお悪いわ。

 ともかく、何か覚悟を決めたっぽい剣幕のサディアスに敵うわけもなく、わたしは彼の望むようにすることにした。別に、形相に負けたわけではない。


「で、えーとじゃあ、わたしのことだっけ? 何か知りたい?」


 まさか自分が誰かに興味を持たれるなんて、今までの人生で思ったこともなかった。

 こくりと頷いたサディアスに、わたしはしばらく考える。何を言うべきか。彼は信用に値する……んだろうな、こんな性格だし。

 一本道というか、筋が通っているというか。わたしの軽い恩に対しておっもい忠義だったが、悪い気分ではない。

 きっと、打ち明けても悪いようにはならない、はず。わたしは自問自答で自分を納得させて、目の前の男に向き直った。


「その……今、さ、調べてることがあって。話すと長くなるんだけど、どうにも学園がきな臭いわけで」

「……学園が?」

「規模のでかい話だよね。まあ、話し半分で聞いといてくれればいいんだけど。なんかこう……色々あって、今地下が怪しいかなって思って。こうして祭りに乗じて調べているところなのです」


 あらためて人に話してみると、話の荒唐無稽さが分かる。アルフの不自然な記憶喪失と手紙という証拠はあるけれど、それがどう学園に繋がるのかは、普通に見れば不明だ。

 それでも、嫌な予感というものはする。ゲームの地下室。何もないなら、そこはただの物置のままなはずだ。

 確かめてみるべきだろう。それだけでもする価値はある。

 サディアスに話したことでより強固になった疑惑に、一人頷いていると、彼はすっと尖った視線をこちらへ向けた。真剣な顔をしていると、本当に迫力があるものだ。


「俺も同行したい。恩を返す。ハリエットさん一人より、いいはずだ」

「……信じるの? てか話、分かってる?」


 分かんないよね、あんな説明では。サディアスは案の定首を振ったが、それでも同行を希望した。

 正直、恩義に報いたいという時点で、予想はしていた。信じてくれるなら、きっと一緒に来てくれると思っていた。

 サディアスなら戦力としても申し分ないし、巻き込むのにも多少の安心感がある。何せ二強だ。アルフの記憶という不安要素はあるが。


「じゃあ……行く?」


 つまんないよと予防線を張ってみたが、サディアスは微笑んで頷いた。彼が一緒だと考えてみると、思ったよりずいぶんと心強い。

 ここで初めて、わたしもちょっと心細かったのだと気付いた。


「ああ、仰せのままに」

「……なんだよそれ、もう」


 面白がってそう冗談を言うサディアスに、わたしは脇腹をつつくことで応戦した。さすがにサディアスも脇腹は弱いのか、ぐっと笑ったのでよしとする。


 願わくばこれで、地下がただの物置であればいいんだけど。

 物語ゲームの舞台である高等部の校舎を前にして、わたしは少しだけ不安を感じていた。

 あんなに好きだったはずなのに。

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