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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
中等部編
49/110

45 準備

 それからわたしは、本を読んだ。

 ユリエルに貸してもらった呪術の本を読み、図書館で借りた本を読み、またアルフの手紙を読んだりしながら、日々を過ごした。

 ユリエルに教えてもらった呪術は、簡単に言うと「暗示」に魔法を足したものだということだった。催眠術とかそういうものは、自分が鳥になったと思い込むことがある。呪術は言わば、それに実際体に翼を生やしたりしてしまうものらしい。

 これは例え話で、実際のところは、何かを繋ぎ止める、縛り付ける、そういったこと専門の術らしいけど。呪いというだけあって、鳥になれるような美しい術ではないのだ。


「……というわけで、これ、ありがとうございました」

「ううん。可憐でいじらしいきみのためになれたなら」

「理解しやすい内容で読みやすかったです」


 ユリエルに貸してもらっていたいくつかの本を返すと、彼は嬉しそうに頬を赤らめた。わたしの言葉に「そうだろう!?」と頷いて魔法のあれそれを語る様子は、相変わらずだ。

 彼との授業も、もう数えられないくらいの回数になっていた。相変わらず電波ちゃんで手がつけられない軟派野郎だが、やはりユリエルの知識はわたしのためになる。


「何か、確証は得られたのかな。きみの知りたかったこと」

「……恐らく、多分、ちょっとは」


 わたしの曖昧な言葉に、ユリエルは苦笑した。

 稀少な本を山ほど借りておいて嫌な話だとは思うが、わたしにも事情がある。アルフの記憶は奥底に縛り付けられていたと仮定して、しかしそれを解除する方法がないのだ。

 そもそもが、呪術はとっくに失われたはずの方法であり、もう実践できる人は生きてはいないということ。お姉さんみたいに魔力のとんでもなく多い人は、外見が老いにくいらしいが、それでも長くを生きるわけではない。

 解決策としては、その呪術を使った人に解いてもらうほかなくなったのだ。それって、なんて本末転倒だよ。

 そういうわけで、アルフについての調査は難航中である。思わずため息も漏れてしまう。


「知の迷宮は牢獄だね。しかし、元気をお出しよ白猫ちゃん? 私は憂いよりも、輝く花が好きだよ」

「はあ……あざっす」


 慣れてきたので対応もそれなりにおざなりだ。


 ユリエルは気にすることもなく、肩にかかった髪を払いながら笑顔を見せた。彼の発言は何も意図するところはなく、ただ単に話す言葉が全部意味不明な装飾語がついてしまうだけなのだ。

 それになまじいい顔といい声がついているというだけで、職場の女性たちは大乱闘らしいが。げに恐ろしきは女の執念。

 目の前のにこにことした男は、そんなことなど全く分かってはいないご様子だ。


「そうそう。今年の模擬戦、きみは出るのかな? 出るのなら是非とも、夜空の輝きを纏わせてほしいものだ……」


 笑顔のユリエルから放たれた言葉に、一瞬固まる。意味がよく分からなかったからである。

 えーとなんだっけ。


「……模擬戦。もうそんな時期ですか」


 模擬戦という単語で判別をつけて、何とか会話を繋げる。

 サディアスの話では、年一の行事らしいそれ。その年に自分がどれだけ頑張ったかを知らしめる発表会的な行事であり、魔法と剣術なんでもありな演習科目である。

 去年はサディアスくんが優勝したらしい。準優勝がヴィクターという大健闘な戦いだったそうな。

 中庭での話を思い出して、わたしはようやくユリエルの意図することが読めた。渋面で叫ぶ。


「出ませんよ。何が夜空がどうとかですか、闇属性だと公表する気はないです!」


 どんなにいい例えをしても、闇属性は闇属性だ。それが悪いのではなく、評判が悪いのです。

 ユリエルはわたしの叫びにわざとらしく眉を下げた。一見儚げなユリエルの容姿では、ただの悲しみも悲壮感増し増しだ。

 こいつ……自分の外見の使い方を心得ている……。ちょっとだけ、悪いことをした気分になってしまったじゃんか。


「えー……何も、別に魔法を使えと言ってるわけじゃないじゃないか。きみは剣の心得もあるんだろう?」

「ないですないですでないですっ」


 早口で言って、そっぽを向く。右側から何やら未練がましい視線を感じるが、何を言われてもわたしが出ることはない。いや、フラグでなく。

 魔法も剣もありな戦闘で、魔法が使えない貧弱モヤシなわたしが勝てるわけないだろう。

 魔物相手にぶすぶすしたのとはわけが違う。相手にも考える頭というのが付いているわけで。


「大体、なんでそう勧めるんですか? わたしの実力なら先生も分かっていると思いますけど」


 いくら技量がましでも、その魔力量と才能は大きく及ばない。もともと人前で使えないこともあって、わたしの魔法は同年代の人よりいくらかしょぼいレベルだと言えるだろう。

 本の中身と技量でなんとか構成されたわたしの魔法は、言うなれば頭でっかちなのである。それを先生であるユリエルが、分からないわけない。

 わたしの質問に、ユリエルは悲壮から一転、怪しいくらいの愛想笑いをした。


「……ははは! まあ、いいじゃないか。私のちょっとした我が儘だよ。お姫様にはすげなく断られてしまったようだけどね」


 はっはっは、と頭まで掻く様子に、ジト目を向ける。怪しすぎる。怪しいことこの上ない。なんだその中身のない言い訳は。

 わたしの視線を受けて、ユリエルは愛想笑いのまま九十度向きを変えた。その間も口元は綺麗な弧を描いていたが、しかし。

 見えた頬には汗の筋が何本も伝っていた。

 どんだけ焦ってるんだよ電波ちゃん。飄々としたイメージがでかいだけに、ユリエルのその姿は滑稽さよりもある種の微笑ましさが勝る。


「……まあいいですよ、もう。出ませんけど。それより授業の続きをどうぞ」

「ああ、ああそうかい? 残念だがきみが言うなら仕方ないね。さあ幕を上げようか。うんうん」


 追及をやめた途端、ユリエルはぱっと顔を明るくして机の前に立った。白衣の袖で汗を拭うのを見て、思わず笑いが漏れる。

 結局どうしてユリエルが模擬戦激プッシュだったのかは不明だが、これ以上聞くのも可哀想だろう。わたしは本を開きながら、その疑問を遠くへ放り投げた。





 アルフたちとなんやらなんやらあったあと、その丁度三ヶ月後。ユリエルの言っていた通り、その日に模擬戦が始まるらしい。

 わたしはもちのろんで出ることはないが、校舎の廊下に張り出された紙には、見知った名前がちらほらと綴られていた。

 ユリエルとの授業の帰りに、その掲示物に目を止める。


「ふーん……アルフに……サディアス、ヴィクター……」


 あ、ギータ……どっかで聞いたことのある名前だなあ。

 他にも結構な名前が書かれていたものの、やはり女子と思わしき名前はほとんど書かれていなかった。勿論わたしも、カレンちゃんの名前もない。光属性は物質に効果がないわけで、そうなると戦闘においては闇属性以下だからだ。

 それにカレンちゃんは貴族の養子になったので、わたしのように魔物ぐっさりの経験もないだろう。教育として剣習ったりくらいはしてるのかもしれないけど。

 まあ彼女にはアルフという名のセ○ムがついてるから、大丈夫だろう。戦闘力チートだし。


「このメンツだと誰が勝つかなあ。アルフ出てるし」


 今回はアルフも出るのだ、サディアスとアルフの二強が残るのか。それとも、わたし的ダークホースのヴィクターがまたも大健闘なのか。

 間近に迫った模擬戦に、わたしの心は浮き足立っている。賭け事とか駄目だろうか。気分はさながら、馬券を買うお父さんだ。


「……あ、」


 すっかりお祭り気分のわたしに、冷静さが戻ってくる。初めての行事に興奮していたが、わたしにはそれよりも先に成さねばならないことがあったのだった。

 アルフはこの日、どこかに行ったのだ。


 よくよく彼の手紙を読み返した。何度も読んだ。直接的なヒントになりそうなことは、『地面が変だ』という言葉。

 この学園がおかしいのだとも書いてあった。それが地面だとすると、今この立っている廊下にも、違和感はあるということだ。

 わたしにはさっぱり分からない。アルフは記憶が封じられている。気づいているにはいるが、それが本人に分からないのだから同じことだ。

 それ以外だとすると、お姉さんやユリエルなら、分かるだろうか。でも、二人とも純粋な味方だとは言えない。むしろ分かっていて言わないのだとしたら、敵である可能性の方が高い。


「……調べるか。その日……」


 アルフと同じように、賑わいに隠れてその場所を探す。見当がついていない分、アルフよりも計画はめちゃくちゃなもんだが、構ってはいられない。

 とにかく、地面を調べなければ。


 掲示されたアルフの名前を指で撫でて、わたしはその場をあとにした。





 それから、数日経った日の真夜中。

 わたしはいつものように窓を開けて、そこから訪れるものを待っていた。

 みんなが寝静まった頃に、見慣れた茶髪が暗闇に紛れてやって来る。冷たい夜風を含んだマントが、ふわりと窓枠を潜り抜けた。

 その本人はというと、超絶に嫌そうな顔でわたしの前に立っている。


「――で、これでいいのかよ。俺を顎で使うたァなあ……」


 乱れたオレンジ混じりの茶髪を撫で付けながら、ニールがわたしを睨む。

 別段わたしは頤使したつもりもないのだが、彼は不本意そうに鼻を鳴らした。こないだ訪れた時に、むしろめちゃくちゃ頼み込んだ気がするのに。

 ニールの中では、 わたしは偉そうにふんぞり返っていたらしい。


「うむ、くるしゅうないぞー」

「……クソガキ」


 試しに言ってみただけなのに、頬をつねられた。

 いくらニールが貧弱でも、わたしの頬にはくっきりと赤いあとがつく。

 あんまりだ。


「いひゃい……」

「うるせえ。で? なんでいきなり学園の見取り図なんざ必要になったんだ」


 ニールの言葉に、わたしは自分の手元に目を落とす。ニールが持ってきてくれた、この学園の敷地の見取り図である。

 可能な限りお姉さんには知られないように手に入れてほしいと言ったが、ニールは守ってくれただろうか。


「ちょっと調べてみようと思って。なんかあるみたいだから」

「何かって?」

「さあ……」


 わたしの答えに、ニールはやれやれと肩をすくめた。そういう反応をされても、わたしにも分からないものは仕方がない。

 ただ、呪術か闇属性が関わっている可能性が高く、またあのアルフがあれだけ気にしていたということなのだから、決して小さいことではないだろう。

 ニールが言っていたように、お姉さんが「わたしとニールを学園から追い出した」ことにも繋がるかもしれない。王都に信者が来たことにも。

 今はまだ何も掴めてはいないが、それでもわたしはできる限りやりとげなければならない。

 うん、できる限り。


「そういえばニールはさ、模擬戦見るの?」


 見取り図に視線を下げたまま問いかければ、いつのまにか我が物顔でベッドに腰掛けていたニールが、気の抜けた声をあげた。そこで寝られるとわたしの寝る場所がなくなるので、勘弁してほしい。

 頼むから寝ないように。


「あー……? 模擬戦ってあれか、明後日の。やだよ、んなガキの遊びなんて」

「そう? つか、今ニールなにしてんの? わたしの教師でもないし」


 悪い予感の通り、すっかりベッドに寝そべったニールに問いかける。このだらけっぷりは、いささか問題ではないだろうか。

 果たしてこいつは日中何をしているんだろう。

 まさか、働いてないとか言わないよな。お姉さんを警戒してるくせに、お姉さんに養ってもらってるとかネオニート、いやヒモだ。

 一気に疑心に満ちたわたしを察したのか、ニールがもそりと肘をついて身を起こす。


「……んだよその目は。俺だって色々やってるよォ」

「例えば?」

「……魔術具の開発とか」


 チョーカー型の魔術具を触りながら、ニールがぽつりと言った。思ったよりまともな仕事の内容に、思わず目が点になる。

 それを受けて心外だとばかりに眉を上げたニールに、慌てて笑みを作った。危ない危ない。

 しかしながら、ちゃんとニールが働いているとは思わなかった。感心のため息を漏らしながら、人知れず頷く。

 そういえば、お姉さんとユリエルは魔術具を生み出す金字塔らしかったな。散々合わない合わないと思ってきたが、ニールとユリエルにも面識あったりするんだろうか。どうにも、ニールが人と接しているところが想像しにくいけど。

 ま、とりあえず一安心だ。


「偉いじゃんニール。すごいすごい!」


 とりあえず、大袈裟に誉めておこう。

 にっこりと笑顔を作って顔をあげれば、ニールはベッドで寝ていた。

 聞きなれた寝息。

 あどけない寝顔。

 わたしのベッド。


「……おい」


 お前はのび太くんか。

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