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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
中等部編
42/110

38 攻略対象⑤

 三階の第三実験室。

 さして生徒数も多くない初等部中等部の校舎に、どうして第三、ほどの実験室が必要なのだろう。魔法的な繋がりから道具や薬を作るにしても、そういうのは高等部へ進んでからだ。中等部ではあまり活躍の場はないのではないか。

 と、そんなことを取りとめもなく思いながら、わたしは三階へとたどり着いた。

 他の生徒は各々、指定された教室へと向かっている。授業の時間割は自分で組むようにできているため、そこんとこの動きは皆バラバラだ。わたしは魔法の類しかとっていないので、スケジュールゆっるゆるだけどね。


 第一、第二と書かれた部屋を通り過ぎ、ちょうど突き当たりにある実験室の前で立ち止まる。

 実験室といえばどうにも理科の教室を思い出してしまうが、当然ファンタジー的に洋風な作りである。茶色に金の装飾が絡む扉に、わたしは拳をくっつけた。

 こんこんと音を鳴らす。


「――ああ、入って」

「失礼します――」


 ノブを回して、扉を押し開ける。目立った開閉音もなくスッと開いた扉の先に、人影が見えた。

 扉を閉めて、石造りの床を歩いていく。実験室というわりに、めちゃくちゃ豪華な作りじゃないか。

 実験室は、周りに結界や用途不明な魔術具が飾られている。規則的に並んだ机と椅子がなければ、教室というよりは、もはやどこぞのお屋敷の一室のようだった。

 きょろきょろと見回しながら、部屋の真ん中で椅子に腰掛ける人物に近づく。


「おはようございます。今日からお世話になります……」

「ああ、ハリエットちゃんだよね。おはよう、そしてよろしく」

「……」


 唖然とした。

 この尋常じゃないエンカウント率は何なんだ?! 運か?! ラック値がべらぼうに低いのか?! それとも高いのか?!


「そんなに緊張しなくってもいいよ。――白い子猫ちゃん」


 うああああああああああ!!!!! ああああああああ!!!!!! ひいいいいいい!!!!


 やばい。鳥肌が止まらん。唐突に体中を掻きむしりたい衝動に駆られたわたしは、必死に手の甲を抓った。

 よもや生きている(一回死んでる?)うちにリアルでこんな台詞を聞くことになろうとは。いや、ここはゲームを模している。いわばゲームとの融合体だ。完全なリアルではないのかもしれない。

 いやでも、ここがわたしにとっての現実リアルには違いないんだよ。

 現実逃避にそんな考えを巡らせてみたものの、目の前の男が消えるわけではない。必死に微笑みを浮かべて、わたしは目の前の男と対峙した。


「ど、どうも……クライン先生」

「おや、知っていてくれたんだ。嬉しいな」


 そう言ってユリエル・クラインは、長い紫黒色の髪をさらりと払った。穏やかでやや女性的なその顔には、特徴的な片眼鏡モノクルが嵌っている。そして、すらりとした長身が羽織っているのは馴染みのある、いたって普通の白衣。

 中世と括るよりは、もはや科学が一切ない現代と言ったほうがいいほどの文化の雑多っぷり。眼鏡もあったしな。ゲーム的に言うなら、別に中世と明言されたわけでもないんだけどさ。

 そんなユリエル先生は、ご覧の通り攻略対象である。


 もともと、尋常じゃないエンカウント率とは言ったものの、今まではわたしから接触していたことも大きいだろう。そんなに生徒数もいないわけだし。

 それがまあ、ユリエルは全くノータッチだったはずだ。 結果的に、わたしが今まで一切関わってこなかったキャラクターだったのだが、一体やつは何故ここに。

 この巡りあわせには、神の意図を感じざるを得ないかもしれない。


「そんなところでボーッとしてないで、お座り?」


 微笑むユリエルは、教師キャラだ。いわゆる天才で、飛び級で教師になっている。他にも引く手数多だったというが、本人は学園の施設で研究がしたかったとか。

 彼に促されるまま席について、わたしは反対に立ち上がったユリエルを見上げた。


 正直、黒幕以上に会いたくなかったかもしれません。


「さてハリエットちゃん。私ときみの出会いはただの偶然ではないんだよ。分かる?」

「わ、わからん」


 思わず素で答えてしまったが、ユリエルは気づく様子もなくふふふと綺麗に笑った。その細く白い指先が、わたしの唇辺りにそっと触れられる。

 わたしは上手く笑えているだろうか。

 この鳥肌とはやる鼓動をどうすればいいんだ。ぼっちには厳しい接触。ああ駄目だ。


「これ、なーんだ」


 ユリエルは空いている方の手で、白衣の影から何かを取り出した。

 目だけで追うと、ユリエルが実に嬉しそうにそれを目の前まで持ってくる。


「……あ、その本……」

「見覚えあるよね。これが、私ときみとの赤い糸、運命の導きかな?」


 でた、電波発言。

 そっとその意味不明な発言をスルーして、ユリエルの持つ本を見つめる。それは、いつだったかわたしが大変に活用させてもらった、著者不明の本。

 初等部の頃、アルフと学園を抜け出すために使った、結界抜けの記された本だった。


 王都に行く前に図書館へ返したはずのそれが目の前に現れたことで、わたしは一つの答えに行き着いてしまった。

 記されるはずのない結界抜けもろもろの書かれた本。図書館へ紛れ込ませるようにして置いてあった本。

 目の前には、かの天才であるユリエル。


「これを書いたのはね、私なんだ」


 ユリエルは得意気にそう言って、またどこからか図書館の貸し出し名簿を突きつけてきた。

 そこに記されたありふれた本のタイトルと、わたしの名前。貸出日は、今から五年は前のこと。

 ですよね。

 わたしは彼の言葉に顔を覆った。何が全くノータッチ、だ。完全に初等部の段階で繋がり作ってしまっているじゃないか。

 ユリエルがそれを書いたとすれば納得だし、わたしの名前を知っているのも分かる。そして、だからこそお姉さんの要請に揚々と中等部までやってきたんではないか?

 それを裏付けるように、ユリエルはその美しい声で囁くように言った。


「まさか、ちょっとしたお遊びだったのに、これを初等部の生徒が理解しあまつさえ実行してしまうなんて! ああーっ、これが神の導きかい? いや、きみはそういえば闇属性だったね。そう、それならやはり私ときみは結ばれているのかも。定命の通りにっ!」


 ああ、ユリエルがゆんゆんしている。ユリエルがゆんゆん。あんまりうまいこと言えてないな。


 わたしは馬鹿なことを脳内で何度も繰り返しながら、くるくると回るユリエルを前に脱力した。

 こいつは天然で変人で天才で、そして「子猫ちゃん」とかそういうことを平気で言ってしまえるほどに軟派で、その発言が通用してしまうくらいに美人で、そして。

 通称、電波ちゃん。


 ファンの間で電波ちゃんだの電波先生だの言われた彼は、もう意味がわからないのだ。乙女ゲーらしくそのスペックと外見は素晴らしいものだが、ルートがよく分からない。

 そもそもわたしがノータッチでいたのだって、こいつにはトラウマらしいエピソードがないからなのだ。ただヒロインに天然で言い寄って、実験の助手扱いして、振り回されて、何だかんだでいつの間にか恋仲になっている。

 無心でやるには恥ずかしい台詞が多すぎたが、一番明るいルートでもあった。ヒロイン瀕死になるけど。


 つまりまあ、わたしがこいつにすることはない。だからそこ関わっていなかったのに、まさかあの本が罠だったとは。

 お姉さんが紹介しなくとも、貸し出し名簿に名前がある時点で詰んでいたわけだ……。

 わたしは大きく息を吐いて、未だ踊るユリエルを呼び戻した。


「あの、先生。授業の方は……」

「おっと、そうだねハリエットちゃん。さあ、始めようか。大丈夫、私を信じて、その身を委ねてくれればいいよ」

「う、うっす」


 輝かしい微笑みを前に、わたしは無力だった。





 コミュニケーション的にものすごく不安のあるユリエル先生だったが、彼の頭脳は本物である。

 ユリエルはわたしの前にいくつかの本を積むと、そのおおよその内容をかいつまんで説明してくれた。わたしが読んだことのあるような本は避けて、闇属性に関わらず、深い内容のものを選定していく。


「ところで、ハリエットちゃんは過去どのくらいの授業を受けているんだい?」


 本を捲り、わたしに見せながらユリエルが言う。世間話のようなものだろう。教師として、ユリエルはこなれている。それとも、やはりこれも天然なのか。

 わたしは見せられたページの内容を読みながら、ユリエルの問いに首を傾ける。


「うーん……過去の教師は同じ闇属性だったので、理論より実技が多かったでしょうか。基本的な理論と、あとは古代魔法の類いが多かったですね」

「古代魔法! まだ使える人がいるんだ! ああ、ああー、きみはやはり運命に愛されているっ!」

「ど、どうも」


 紹介してくれと言い出しかねないほど興奮したユリエルから、背を反らしてちょっと距離を取る。頬を微かに上気させた目の前の青年は見た目麗しいが、そのよく分からん上にこっぱずかしい発言は嫌だ。

 ちなみに古代魔法だかなんだかは、ニールが模倣して覚えろと言ってきたやつだ。結局二人でドンパチやることが常だったので、正確に覚えているかは怪しい。

 古代魔法はしかもなんか、すげーグロいし。攻撃的だし。精神的なものになると、洗脳破壊とか常套手段だし。今の魔法は、やはり危険なものが淘汰され、利便性の優れたものに特化している。

 はからずもゲームでの自身ハリエットが古代魔法によって洗脳されるということに気づいてしまって、その日はずっとニールを睨んでいた。


「……ふう。きみの教師は随分優秀らしいね。どんな人なんだい? ハリエットちゃんのように可憐で美しいのかな。まるで花のようにね」

「いや、男……」


 可憐で美しい花のようなニールを想像して、わたしはげんなりした。

 やつを花に例えるなら、百歩譲っても食虫植物だ。人を騙して誘い込んで食い物にするあたり、ニールにそっくりではないか。


 わたしの言葉に肩をすくめたユリエルは、「残念だ」と呟いて唇を尖らせる。天然でも何でも、女好きには違いないわけだ。


「でもそうですね、先生とは正反対かもしれません」

「へえ……私と? よく分からないな」

「頭がよくないと言うわけじゃないですけど……教えるのはどうにも苦手のようで。先生と違って実力行使、実技ばっかりで、しかもこれがまた、人を馬鹿にしたような態度ばかりで……物覚えの悪いてめーが悪い、みたいな」


 思わず、浮かんできたニールの嘲笑に右ストレートを決め込む。わたしの脳内のニールは三メートルほど吹き飛んで、その顔を情けなくしかめている。

 幾分スッキリした。

 一気に捲し立て、ふーっと息を吐き出したわたしに、ユリエルは微笑んで頭を撫でた。その一つの動作だけでも、脳震盪の心配があるほどがしがしするニールとは大違いだ。

 平たく言うと、撫でるの下手なんだよね。ニール。ユリエルの方はそのなんとも言えない絶妙な力具合が、逆にくすぐったい。


 最後に毛先を掬って深緑の瞳を細めたユリエルに、わたしは何度目かの鳥肌を立たせる。あかん、これは慣れない。


「そう……なかなか厳しい先生のようだね。私は、ハリエットちゃんにそんなことはしないかな。一緒に星空を泳ぐように、魔法学問の煌めきに酔いしれよう」


 もう少し分かりやすく端的に、とは言えなかった。脳内でニールが「意味わかんねェ!」と爆笑している気がする。

 全く正反対の教師を前に、わたしは不安で仕方なかった。

 とりあえず、ニールとユリエルは絶対的に合わない。

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