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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
中等部編
41/110

37 恩人だと言うけれど

 ヴィクターの言葉に、わたしの笑みがひくりと引きつる。それを見ていたのかヴィクターはちょっと笑って、さらに落ちていた手紙をわたしの腕へ戻してくれる。

 わたしの方は、それを見ているしかできない。


 なんと声をかけるべきか。バレたんだから手紙のようにするべき? やたら丁寧になってしまうわたしの文面、あれが素だと思ってほしくはない。

 でも普通に接すると不敬確定なんですけどー! ていうかヴィクターは手紙の主がこんなでどうお思いか? やばくない? また我が儘ダメ坊っちゃんに戻っちゃう?


 とまあフル回転するわたしの思考に構うことなく、ヴィクターは手紙を積み終えるとそのうち一枚を取った。


「ハリエット……か。今日訪ねたのは、昨日の件で話があってな。昨日、魔法の練習だなんだと言っていたのは嘘だろう?」

「へ……ああー、ええと」


 普通に話しかけられて、気まずさから答えあぐねていると、ヴィクターは整った無表情を緩めた。堅苦しいほどの真面目さが抜けて、年相応の少年が覗く。


「誤魔化さなくてもいい。あのあと他の女生徒が追いかけてきて、聞いてもいないことを嘘混じりに喋ってくれてな。おおよその検討はついたよ」

「は、はあ……その、彼女たちもあんまり酷いことはしなかったので……」


 というか、もとを正せばわたしの肘打ちが悪い。貴族のお嬢さんとして育てられた彼女たちからすれば、そんな野蛮な行為は全くもって受け入れられなかっただろう。それを水かける程度で止まったのだから、どっちかというと優しい。

 うん、優しい。未だ何の謝罪も要求してこないアルフも優しい。会いに来ないということだけど。

 女子の一人に髪の毛引っ張られて連行された件については、ちょっと思うところがあるものの。


 ヴィクターは分かっていると言いたげに口角を上げて、わたしを真っ直ぐに見た。


「権力を振りかざすつもりも、それを盾にするつもりもない。謙虚さが嬉しいと、貴方に言われたからな」


 お、おう。


 どう反応するのが正解なのでしょうか。

 曖昧に微笑んでいるのにも、疲れてきた。わたしは微笑みを貼り付けるのをやめて、至って普通にヴィクターと対峙した。

 彼は真っ直ぐな目をわたしに向けてくる。そこに、手紙の主に対する過剰な憧れや信仰なんて、微塵もなかった。

 同い年で平民で貧弱なわたしがあの手紙の主でも、ヴィクターは受け入れてくれるのだろう。


「……手紙、返して頂いてありがとうございました。返事、返していなくてごめんなさい」


 腕に余る手紙を抱えたわたしが苦笑を浮かべると、ヴィクターも笑った。



 とりあえず手紙を下ろすついでに、ヴィクターも部屋へ押し込もうとしたのだが、それについては本人に「交際していない女性の部屋へ入るのは」と断られた。紳士だ。

 まあ確かによからぬ詮索ゲスパーをされても、ヴィクターの家的にまずいだろう。わたしの身分もアレだし。

 考えなしだった自分と、しっかりしているヴィクターに何度目かの感動をしつつ、わたしたちは校舎にある食堂へ向かった。

 寮にも一応備わってはいるものの、女子寮ではヴィクターはかなり目立つ。それもわたしと一緒じゃ、よからぬ噂程度じゃすまないかもしれない。

 そういうわけで、校舎の食堂の扉を開く。


「どうしてわたしがあの手紙を送ったと分かったんですか?」


 こっちの食堂で朝食を食べる生徒は、あまり多くない。ヴィクターと奥の席へ歩きながら、わたしは思っていた一番の疑問を問いかけた。

 どうにも、ヴィクター相手だと文通のような言葉遣いになってしまう。それを崩そうと、あるいは保とうとして、普段の言葉と混じって妙な口調になってしまうのだ。

 ヴィクターは、奥の席へ腰掛けながら嬉しそうに言った。


「きみ――ハリエットから手紙が届かなくなったのは、半年前。その後俺もすぐにこの学園へ入学したから、ハリエットに送った手紙はあまりないんだ」

「へえ……そうだったんですか」


 一人称がすっかり「俺」になったヴィクターは、やや粗い動作で長いテーブルに肘をつく。これが素で、やはり昨日のヴィクターは作っていたんだろうか。

 観察しつつ耳を傾けるわたしに、ヴィクターはいたずらっ子のような表情をする。


「そこでオルブライトの長男と再会した」


 ――アルフのことだ。

 早くなった鼓動を悟られないよう、わたしは話に集中する。まさか、忘れているアルフが手紙の主がわたしだと話すとは思いがたい。


「アルフは妹がいてな。彼女は俺よりもっと前に、編入していたらしい。そんな妹が、編入、ないしはオルブライト家に養子にいくきっかけになった人がいたと。それを本人に聞いた」

「……カレンちゃんと知り合いだったんですね」

「彼女もオルブライトの令嬢だからな」


 話を聞く限り、アルフはわたしの別れ際の言葉を覚えていたのだろう。だから、オルブライトの当主はカレンちゃんを養子に迎えたのだ。それだけの力があると分かったから。

 アルフに別れ際伝えたのは、友達を作ること、手紙を渡してほしいこと、カレンちゃんのこと。全部、全部アルフは実行していてくれたのだ。

 それがとても嬉しいと同時に、今あいつがわたしを覚えていないことが悲しいような気もする。

 アルフがうまくいっているなら、わたしに死亡フラグがないのなら、彼とわたしが『親友』である必要性は全くないのになあ。どうして悲しい気がするのか、わたしには分からない。


「聞いてみれば、その恩人は同い年だという。しかも今は、どこかへ行っていて学園にはいない。もう四年になると、彼女は言っていたな。……そして先日、彼女が帰ってくるとも」

「帰ってくるって、知ってたんだ……」

「カルヴァートにも言ってたぞ。あいつ、迎えに行ったんじゃないか? 知り合いなんだろう」


 その言葉に、思わず固まる。

 思い返してみれば、サディアスは宿泊寮にいたな。しかも、あんな長い階段に用があるとは思えない。

 もしかして、お姉さんに会いにいってたんじゃ。無論、目的はわたしがいつどこに帰ってくるか聞くために。

 うーん、あの忠犬っぷりを味わったあとでは、あり得ないことではない。むしろ、わたしの帰還を知っていたならあの場に居合わせたことも頷ける。

 考えるわたしがよほど面白かったのか、ヴィクターはくっと声を漏らした。


「会ったみたいだな。あいつ、強いわりに、他はてんで駄目だからな」

「……もしかして、サディアスが模擬戦で最後に戦ったのって、グレンヴィル様ですか?」


 背の低い、金髪。しかも雷。アルフとは思えぬその特徴は、目の前のヴィクターにばっちり当てはまっていた。

 頷くヴィクターに、思わず遠い目になる。ヴィクターは名前覚えてたんだから、サディアス、お前も覚えとけよな……。


 それにしても、作中最強を争うほどのスペックのサディアスと、我が儘ダメ坊っちゃん程度のスペックのヴィクターが、よくぞ最後に残ったものだ。しかも、あのサディアスの言い分では、ヴィクターは強い。

 元を知っている分、彼の努力がよく分かる。

 今目の前の自信に溢れたヴィクターは、その努力のもとに立っているのだろう。

 わたしの手紙がすごいんじゃなかった。わたしの拙い言葉にでも、すがり立ち上がるヴィクターがすごかったのだ。

 わたしはその模擬戦が見られなかったことを、とても後悔した。


「カルヴァートはそんなことまで話したのか……俺は、あまり情けない話をハリエットに聞かせなくなかったんだが」

「情けなくないです。剣も魔法も苦手だと言ったグレンヴィル様が、あのサディアス相手に戦っただけで、貴方のすごさが分かる」


 我ながら臭いことを言ったが、紛れもないわたしの本心だ。ヴィクターはその言葉を噛み締めるように目を閉じて、しかしちょっと頬を赤くした。

 照れるな、照れるな。


「笑うな。……あと、俺のことは名前で呼べよ。姓を知らないと言ったのは貴方じゃないか」


 確かに、わたしはヴィクターの苗字を知らなかった。カレンちゃんの名前デフォルトネームも覚えてなかったわたしだ、攻略対象の苗字を覚えてなくとも仕方ない。いやこのゲームめちゃくちゃ好きだったんだけど。

 しかし、ヴィクターを呼び捨てにするのはまずくないだろうか。

 身分差は怖い。そう思えば、アルフを呼び捨てにしているのも駄目なんだろうか。なんせやつはわたしとは関わりない人物なのだ。


 頷かず思案するわたしに、ヴィクターは眉を寄せた。

 呼びたくないわけじゃないです。


「じゃ、じゃあヴィクターさま、で」

「ああ。ハリエット」


 わたしはもとより口が悪い。ヴィクター様呼びに敬語なんて、虚勢を張って無理なことをしてしまった気がする……。

 話を戻そうと咳払いするヴィクターを見つつ、わたしは内心で頭を抱えた。慣れるしかない、慣れろ。


「で、だ。そんな素晴らしいカレン嬢の恩人と、四年も学園外に事情があって出ている人物と、カルヴァートの盲信する相手。そんな人が俺の手紙を持っていて、なおかつそのカルヴァートとオルブライトの手紙も山のように持っている。ハリエットがあの人だと、気づかないわけないだろ?」


 五年間に築かれた他の人の関係を、全く視野に入れていなかった。カレンちゃんとヴィクターが入学を早めたのも、サディアスが不良でなく恐れられていないのも、皆がそれ相応に親しくなっているのも、わたしは全く考えていなかったわけだ。

 その結果早々に正体が暴かれることになったので、わたしはちょっと項垂れた。動くことよりは考えることが得意だったはずが、なんだろう脳筋になっている。


「なるほど……」

「俺は、ハリエットがあの人だったことが嬉しかったよ。勿論、驚きはしたが」

「え?」


 隠そうとしたわたしを分かっていたらしく、ヴィクターはそう言った。驚いて顔を上げたわたしに、気恥ずかしさからどこか視線をずらして、ヴィクターは続ける。


「カレン嬢もカルヴァートも救った人物だ。救われた俺が、誇らしいよ」

「……ヴィクター、様」


 そんな誇れるような人物ではないと、言えたらどれだけ良かっただろう。

 秀麗なヴィクターの晴れやかな顔を前に、わたしはただ曖昧に微笑んだ。柔らかい灰色の瞳と目を合わせることが、妙に恥ずかしかった。





 ヴィクターとわたしはその後、食堂で一緒に朝食を食べた。いつかアルフが言っていた、食堂ではお祈りをするというそれを直に目にして、ちょっと居心地の悪い気分になった。わたしもノリでやっておいた。


 ヴィクターは皆を救ったと言うけれど、わたしはそんな彼らに忌むべき属性を秘密にしている。これがまた裏切りのようで、わたしの良心をちょっとずつ蝕んでいくのだ。

 いっそ、アルフみたいに打ち明けるのはどうだろう。少なくともいきなり殺されたり罵倒するような、そんなひどい人間ではない。

 うーんと考えながら、廊下を歩く。


「打ち明けるにしても……ニールに聞いてみようかなあ」


 自分の口から飛び出した言葉に、はっと息を呑む。

 四六時中一緒にいたせいか、何となくニールが頭に浮かんだ。

 いや、別に信頼しているとか頼っているとかそういうんじゃない。五年間ずっと隣にいたせいで、意見を求めるのが常になってしまっているだけだ。間違っても、ニールが一番に浮かぶとかない。ないわー。

 ぶんぶんと頭を振って、やつの顔を消し去る。


 さっきの思考をなかったことにするように、まとめて脳内のごみ箱に放り込んで、わたしは足早に廊下を抜けていった。

 人もまばらな階段を登りながら、三階を目指す。


 クソ、何かニールに笑われている気がしてきた。

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