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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
中等部編
40/110

36 攻略対象④

 仕方なくびっしゃびしゃのまま部屋に戻って、さらに露出の多くなった淡い色のワンピースに着替えた。露出の少ない順に着ているので、それが駄目になると段々と布面積が減っていく仕様になっております。もうちょっとナイスバディーなら、着こなせる自信があるんだけどね。

 そんでその格好のまま、学食を貰って部屋で食べた。食堂で食べても良かったが、何となくお祈りとかするらしいからね。したことないわたしは浮くだろうし、 貴族様が多そうなので。


 その後することもなくなったわたしは、部屋で魔法を浮かべながら遊んだりしていた。腕が鈍る気がして、公にできない分、部屋で十二分に魔法を使っているのだ。


「ほい、ほい、ほいっと。そんでこれをどーん」


 ほい、で黒い靄の玉が浮かんで、それを壁に立てた棒に当てる。上手く棒だけを消すことができれば、成功だ。人の持ってる武器とかに当てて、それ持ってる手にまで影響したら大変なことになるからね。

 具体的に言うとえぐれる。そんなわけで、コントロールを重視して特訓しているのである。


 三つ浮かんだ黒い玉は、二つが命中したが、一つが外れた。壁を削る前に慌ててそれを消す。消すというより、魔法の解除といった方が正しいか。

 もう少しで壁を削るところだったそれに、思わず浮かんだ汗を拭う。危なかったー。

 さすがに、お姉さんに用意してもらっている部屋だ。家の部屋みたいに、ぼこぼこ削っていいものじゃない。

 それを何回も何回も繰り返して、飽きてきた頃に止めた。魔力が減っているせいか、妙に怠くなる。なかなか新鮮な感覚だ。

 だるくなってきたので、大人しくそのまま寝ることにした。





 今日もいい朝だ。目覚めたわたしは、恒例になるであろう露出の少ないワンピースの選定をし、それを身に付けた。ボックスプリーツがあるとか、やっぱりこの世界の文明はよくわからんな。

 さてすっかり身支度を整えたところで、わたしは意気揚々と部屋から足を踏み出した。


「――ハリエットさん」

「うぉ!?」

「ひゃあ!?」


 デシャヴ。

 いきなり声をかけられて、勢いあまって飛び退いてしまった。それに驚いたらしい声が聞こえて、さらにばさばさという何かの落ちる音が響く。

 慌てて振り返ると、そこには魅力的なお尻があった。――失礼、盛大にずっこけたらしいお姉さんがいた。

 この人、水がなくても転けるのかよ。


「……マデレーン様、大丈夫ですか?」

「いたた、あー、手紙がっ!」


 慌てて四つん這いのまま手を動かすお姉さんに、わたしはさっきの音の正体を見た。ぴかぴかの廊下に散らばるのは、お姉さんが持ってきたらしい、大量の手紙だった。

 わたしの足元にまで散らばったその一つを拾って、何となく目線をやる。


「……『ハリエットへ』? え、これ、わたしの?」


 少し斜めに傾いた筆跡に、慌てて手紙を捲る。封筒の裏には蝋が垂らしてあって、さらには印璽が押してある。何の紋章なのかわたしにはさっぱりだが、これは貴族のやり方だ。

 お姉さんがかき集めるほどにある手紙をもう一つ拾うと、こちらは糊で貼っただけ。差出人の名前は、サディアス・カルヴァート。

 どちらとも、わたしの名前がかかれたその上に、あるべき宛先はかかれていなかった。


「マデレーン様、これは……」

「オルブライトさんと、カルヴァートさんから預かったものよ。本当は、届けてほしいって言われていたんだけど……」


 立ち上がったお姉さんは情けない顔をして、かき集めた両手一杯の手紙を差し出してきた。

 何も言えないわたしに、強引にそれを押し付けてくる。決して重たいとは思えないそれは、五年分の想いだった。


「今ごろ渡されても、どうしようもないとは思うけれど。ハリエットさんの手に渡ることが、あの子たちの願いだったと思うから。それをわたくしが処理することは憚られたの。大丈夫、中身は見ていないわ」


 抱え込むほどにある手紙の中には、見覚えのある几帳面な字もうかがえる。アルフとサディアスだけでない、わたしが王都の宿を去ってからのものだろう。彼には、その住所しか教えていなかったから。

 大量に抱えた彼らの想いを前に、わたしはやはりどうすることもできなかった。


「それと、今日は授業があるから、忘れないように。もう待っているはずだわ」

「あ……」


 お姉さんは、未だに散らばっていた残りの手紙を抱える上へ積んで、ちょっとだけ微笑む。

 それはいつもの可愛らしい笑みでも、どこか苦しげな笑みでもなく、子供を慈しむような微笑みだった。


「……どうしよう、これ」


 去っていくお姉さんの後ろ姿を見つめながら、わたしは足元の見えない紙の塊に立ち尽くしていた。



 この量からするに、やはりアルフが忘れているというのは間違いなのかとか、今さらでも返事を書いた方がいいのかとか、思うことは色々あった。しかし、五分も立ちっぱなしでは、さすがに頭も冷える。

 幸いにも部屋は近い。つーかすぐ後ろ。

 今日は新たな先生を迎えての授業だし、呆けている場合ではない。手紙を読むのは後回しにした方が賢明だろう。

 わたしは抱え込んだ手紙に視界を遮られながら、よたよたと後ろを振り返った。


「――そこの女生徒」

「うぉっ……」


 わたしの部屋の周辺では、いきなり声をかけるのが流行っているのか!?


 お姉さんのように転けるとはいかなくとも、肩を震わせたわたしの腕から、ばさりと手紙が落ちる。

 磨かれ清掃された廊下は綺麗だが、皆土足だからなあ。あんまり落ちていいものではない。

 でも今、わたしの両手は塞がっている。


「驚かせたか」

「いいえ、大丈夫です、すみませ――」


 ん?


「すごい量の手紙だな。これは……」


 わたしの両手が塞がっているのを見て、そいつは足元に散らばるいくつかの手紙を拾い上げた。後ろで結われた艶のある金髪が、窓からの朝日を受けて輝く。

 手紙に視線を落としたその瞳は、冷たい灰色をしていた。


「ど、どうもありがとうございます――グレンヴィルさま」

「いいや、構わない」


 ヴィ、ヴィクタ――ッ!! よりにもよって、お前かよ!


 できる限り目を合わせないように伏せた瞼のその先で、ヴィクターが手紙を触る音が聞こえる。正直言えば、昨日の今日で会いたくなかった。むしろ何故会った。ヒロイン補正なぞわたしにはない。

 いやに礼儀正しいヴィクターに感動しつつ、わたしは早く部屋へ引っ込みたかった。


「……これは?」


 が、そんな思いはヴィクターの声に掻き消される。

 笑みを浮かべたままもはや菩薩と化したわたしに向かって、ヴィクターは眉を寄せた。そのまま、拾った手紙の一枚をこちらへつき出される。


 クリーム色の上質な封筒。押された印蝋。几帳面な文字。

 書かれた宛先と、空白の宛名。


「これは、僕があの人に送ったものだ……」


 その整った爪先でなぞられた差出人ヴィクターの文字に、わたしは思わず頭を押さえた。またも廊下に、紙が広がっていく。

 しかしそれすら気にならないというように、ヴィクターはその灰色をわたしに定めていた。





 ――いやね、簡単に言うとさ、手紙を送ってたんだよ。

 家庭内不和からひねくれ我が儘ダメ坊っちゃんになる、ヴィクターに。

 立場上、わたしが直接ヴィクターと接触するのは不可能に近い。まだわたしが貴族ならワンチャンあったが、平民だし。ヴィクターが入学してくるのは中等部からで、そのころにはもう我が儘ダメ坊っちゃんっぷりは形成されているはずだし。

 となると手紙などの媒体が必要になる。

 しかし、学園からだとどうしても簡単な検査が入るため無理。しかもわたしはヴィクターの住所すら知らないために、手紙を送るのは困難だ。


 これは打つ手がねーな、まあしゃあねーな、わたしも全能ではないんだし。ニールが軟化して来たから、最悪死亡フラグはなさそうだし。あとはヒロインちゃんに任せるか!


 と、知っていながら見捨てようとしたわたしを誰が責められようか。いや、責められない。

 わたしの当初の予定は『死亡フラグを折るために攻略対象をモブる(造語)!』であって、「大好きなキャラクターたちをアテクシが救っちゃうゾ☆」ではなかった。

 そりゃまあサディアスのときのように、手を差しのべられる状態で見て見ぬふりはできない性分だが、ヴィクターの場合は別だ。

 知っていながら、という点において罪悪感があるけれども、わたしに尽くす手がない以上、彼の救出は困難なわけで……。


 と考えていたわたしに訪れたのが、五年に渡る王都生活だった。

 王都なら手紙の検査は厳しくない。そこで、当たって砕けろの精神で、わたしはアルフにあることをお願いした。「帰ったときはこれも頼みたいんだけど」とかなんとか別れ際に半ば押し付ける形で、ヴィクターへの手紙を託したのだ。

 オルブライト家は偉い。すごく偉い。爵位がどうとかは相変わらずよくわからないが、ゲームの中でもグレンヴィル家とそう変わらない感じの雰囲気はあった。

 アルフが家に帰ったとき、必ずヴィクターと顔を合わせる時がくるだろう。何せ、ゲームではそうだったから。


 それで返事が来たら儲けものだし、ゲームとは違って会わなくてもまあ仕方ない。あんな怪しい手紙に返事を出すか、文通できるかも定かじゃないし、結局は『ないよりまし』程度の策に過ぎなかったのだ。


 それがまあ、予想以上に立派になっちゃって。



「どうしてきみがこれを持っている?」


 問いかけるヴィクターは決して優しくないが、脅すような怖さもない。ただ純粋に、疑問を投げ掛けているだけだ。むしろこちらが萎縮しないよう、言葉少なな感じもする。

 いやはや、すごくない? 馬鹿にするわけではないが、たかが手紙でここまで立派になるなんて。わたしがすごかったのか、それともヴィクターがそれほど家庭に追い詰められていたのか。

 思わず親戚の子供を見るような(いないけど)目でヴィクターを見てしまって、訝しげな視線に晒された。


「……それは、マデレーン様がお持ちになったものです」


 とりあえずぼやかす。できれば、その正体不明の手紙の主がわたしだとは、知られたくはなかった。

 理由はまあフツーに、偉そうにべらべら綴ってきたやつが同い年の平民とか、嫌じゃない? っていう話だ。しかも女。

 ヴィクターはわたしの言葉に、眉を寄せる。

 成長期はまだなのか、わたしと背丈はあまり変わらなかった。そのせいで、双方顔がよく見えることだろう。

 とりあえず笑っとけ。


「……そうか」


 何かを確信した様子のヴィクターに、変わらぬ笑みを向け続ける。

 この大量の手紙に、あのおっちょこちょいなお姉さんが混ぜてしまったとか、そういう展開を想像してくれ! 頼む!

 わたしがあれを書いていたというより、よっぽど説得力があるだろう。それほどまでに、お姉さんはドジだぞ!



「――きみがあの人だったんだな」


 闇を持つわたしの祈りはやはり、神には届かなかったようだ。

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