35 脇役会
教室にいたのは、複数のきらびやかーなお嬢様方。――の中に、ある意味で見慣れた顔が数人。
「貴方、いったいどういうつもり?」
「……ていうか、こんな子いましたっけ?」
あっ、活発な後輩と姉御肌の親友! まさしく、カレンちゃんの友人キャラ二人。ついでにサポートも担当しています。
友情エンドもあるそんな可愛い二人が、わたし向けているのは鋭い視線。むしろゲームではもっと質素な格好をしていたと思うのだが、今は過剰装飾が流行りなのか、周りのご令嬢と変わりない格好をしている。
「なんとか言いなさい」
ああっ、アルフルートの当て馬! まさしく、アルフルートで出てくるお嬢。確か、時期によってはアルフと婚約話まで持ち上がるお方である。
すごい、ゲームの脇役ばっかじゃん。勿論他にも普通の生徒らしき人が数人いるが。脇役会にでも呼んでくれたのかな? ん?
「何の用なんでしょうか?」
一応そう聞いてみる。明らかにモブパーティどころか険悪な雰囲気だが、見に覚えが全然なかった。アルフルートの子がいるってことは、アルフ関連だとは思うんだけど。初等部の頃ならいざ知れず、今、わたしとアルフはほとんど関わりがない。向こうなんか忘れていたりするのだ。
「何の用、ですって?」
「――あなたがオルブライト様に暴力振るったところ、みんな見てるんですよ!」
「ああ……」
活発な後輩ちゃんが叫んだ声に、ようやく合点がいった。むしろなぜ気づかなかったんだ。あんなギャラリーの多いところで、あのオルブライト家の跡取りに肘打ちぶちかましたなんて、そりゃ問題になるわ。
ベル家存亡の危機だよ。
さもいま思い出したかのような反応に、周りのボルテージが上がっていくのが分かる。
どうすべきだろう。前世の知識はあてにならない。こっちの身分制度はいささか厄介である。大体、あんなとこであんなことやったら、何のごまかしも講じられないよなあ。後輩ちゃんの口ぶりでは、かなりの人が目撃していそうだ。
「すいませんでした。――じゃ」
脱兎のごとく逃げようとしたのに、鍵を開けるのにてこずった。つーか、鍵を開けてる間に手首を掴まれた。
「待ちなさいよ、まだ話は終わってないわ」
「貴方みたいな子が、近づいていい人じゃないのは分かってるでしょう?」
「あい分かりましたそれじゃ」
――手が振りほどけない!
明らかにわたしより細腕のか弱そうな外見なのに、意外と力が籠っていた。恨みか? 恨みの馬鹿力か?
そう思われていたとして、わたしを恨むのはお門違いじゃないだろうか。加害者はわたしで被害者はアルフに間違いないが、このお嬢さん方は外野だ。そもそも、ライバルキャラはともかく、なんでこんなに外野がいるのかと言う話になる。後輩ちゃんと親友ちゃんはなぜここに。
「真面目に聞きなさいよ」
「大体、あなた何なんですか? 馴れ馴れしく声かけて、あげく暴力なんて!」
「はい……」
あらためて聞くと、返す言葉もございません。アルフおよびその周りからすれば、わたしは変人認定されてもおかしくない。あいつは家に頼ることないだろうから、代わりにこの子達が断罪してるってことだろうか。
それにしてもアルフ、いつの間にこんなにファンを増やしてしまったんだろうか。少なくともゲームでは、こんなことはなかった。アルフがヒロイン執着数年目で、周りはもはや声をかけるのも躊躇われていた。なんせ相手にされないから。それに、乙女ゲーだから他にいっぱい愛想のいいイケメンいるし。
であるとすれば、アルフは愛想よく周りに接しているのだろう。見たときも周りの男子生徒と話していたし、人間関係は良好に見えた。
例え忘れられていても、こうして自分が起こしたことをみるのは気分がいいな。
「な、なににやにやしてるのよ」
「すいません」
顔に出ていたらしい。慌てて引っ込める。
しかし、困ったことになったなあ。謝るとしても、謝罪すべきはこの子たちじゃなくてアルフ本人だろう。が、もはやわたしが本人に近づけることなんてないんじゃないだろうか。
黙りを決め込むわたしに、周りはねちねちと嫌味を言ってくる。そんなものに傷つくわたしではない。
というか、こういう呼び出しって、呼び出された方がまだましなんだよね。普通に日常生活送るところでひそひそされた方がよっぽど精神的ダメージくらうのだ。自分のはかり知らないところで悪口拡散してる気がして。ええ、経験則ですとも。
じっとその嫌味に耳を傾けていると、だんだんと周りが盛り上がってしていくのが分かった。もちろん悪い方に。
わたしが涙を流して怯えれば、彼女らも気が済むのだろうか。こんな態度がさらに彼女らの怒りを増幅させているとしても、泣くのはさすがにできません。目薬でもあれば喜んでやるんだけど、瞬時に泣けるほど器用じゃないのだ。
せめてわたしが、水魔法でも使えたら――
「~~もう我慢できないっ!」
――ばしゃっ。
は?
なんか今朝聞いたばかりの水音が聞こえた。わたしの髪から滴る水が、ぽたぽたと床に落ちていく。
さっき声を上げたのは、おそらく今はまだ初等部である後輩ちゃんだ。まさか、今朝のもお前が犯人か。
再度呆然とするわたしに、教室内は静まり返っていたが。やがて誰かがくすくす笑うと、伝染するように笑いが起こる。
まあ、ただの水なのでわたしもあまり起こっていない。ただ脱力感はすごい。
「いい気味。少し頭を冷やしたらどう?」
肘打ち食らわせたあの時のわたしにぶっかけて欲しかった。その言葉と共に。そうすれば今のわたしもよっくり昼食が食べられていたはずだ。
そういえばびっしゃびしゃだが、これで肩でも震わせれば泣いてるように見えるかもしれない。やれるか、わたし。精神年齢的に嘘泣きはきついぞ。
くすくす笑いが蔓延している中、わたしは下を向いて肩を震わせた。これ一緒に笑ってるように見られないよな。なんて不安もあったのだが、肩を震わせるわたしを見てお嬢様方は笑うのをやめた。
「……」
「っく、う……っ」
やべえ恥ずかしい。再び静まり返った教室に、思わず苦悶の声が響いてしまった。嗚咽だと勘違いしてくれることを祈る。
そのまま俯いたままでいると、なにやら彼女らはひそひそと話し合っているようだった。なんだろう、次は突風が来るんだろうか。濡れたあとでは地味に嫌な魔法だ。火と雷については勘弁してくださいとしか言えない。
こっそり聞き耳をたててみる。
「……どうしよう、泣いてますわよ」
「やりすぎたんじゃないの、あんた」
「ええっ、あたしですか……?! 水かけろって言ったの先輩じゃないですか……!」
「……それは朝の話でしょ」
なんだよ、いい人か! やるならやるではっきりしてくれ!
あのアルフに肘打ちなんかしたから、めっちゃ強そうな人でも想像してたんだろうか。魔法のある世界でただの水ぶっかけるだけなんてぬるいと思っていたが、そういうことなのか。これは間違っても火や雷が襲いかかってくることはないな。
ひとまずひと安心したが、この微妙な雰囲気をどうしてくれよう。わたし今泣いてるていだから声かけられないしなあ。
と、彼女らの困惑したひそひそ声とわたしの苦悶の声が響き渡る中、唐突に扉が開いた。
「――お前たちはここで何をしてるんだ」
それは存外高い声だった。
唐突にこの空間を破壊したその人物は、わたしたちを眺めるように見回して眉を寄せた。さっとお嬢さん方の顔色が悪くなる。今この瞬間だけ見たら、完全に悪者だからね。そら、やってることは悪いことだけど。
わたしはお嬢様方から顔を背けるのと同時に、扉の前に立っているであろう人物に向けて笑顔を作った。
「魔法の練習でーす!」
「……は?」
「いやー、わたしの魔法がうまくいかなくて見てもらってたんですけど、失敗してびっしゃびしゃですよー。すみませ――」
ん?
「……そういうことならいい。女子生徒がこんな空き部屋に集まっていると聞いたから、気になっただけだ」
不自然に途切れたわたしの言葉を気にすることもなく、その男は束ねた金髪をなびかせて背を向けた。
沈黙していたお嬢様方が、弾かれたように扉の方へ駆けていく。青い顔のまま。後輩ちゃんと親友ちゃんは、どことなくこっちを気にしながら。
「グレンヴィル様っ!」
「あの……っお待ちください!」
ばたばたとお嬢らしくなく駆けていったところで、わたしは呆けたようにそこにつっ立っていた。
ヴィクター・グレンヴィル、本当にお前か。
あの我が儘こじらせ坊ちゃんのヴィクターが、あんな。あんな有能そうな雰囲気出してるなんて。
灰色の目に束ねた金髪も、幼めな容姿も間違いないと思うが。まずヴィクターなら、あんなお嬢様方に追いかけられたら喜んで相手をする。「そこで馬の真似してみろ」とかゲスいこと普通に言う。そのくせすぐ飽きる。ていうかまず女子生徒が空き部屋に集まってるって聞いても流す。
……本当に届いてたのか。
いまだにヴィクターの変化にびっくりしつつ、びしょびしょのまま教室から出た。
このままじゃご飯にさえありつけないから、また着替えなくてはいけない。
……あの服かあ……。