33 二人女子会
ありえる……ありえるぞ。
わたしがアルフへ別れ際言ったのは、「父親にカレンちゃんの属性を話せば悪いようにはならない」ということ。
それをアルフが素直に実行していたとしたら、あの父親のことだ、アルフとカレンちゃんの結婚を強行してもおかしくない。なんせ貴重な光属性なのだから。いや、強行とも限らない。一緒にいられるようになって、二人とも満更じゃなかったのかも。
そこまで考え付いてカレンちゃんを見れば、彼女はいつものきょとんとした顔で小首を傾げていた。
「……結婚?」
「え、だって、オルブライトって……」
そういうと、彼女はぽんと手を打った。
「違います。私、アルフの妹に、なったんです」
……妹。
妹。いもうと。
――なるほど、そっちか。
考えてみれば、わざわざアルフと結婚させるより、養子にした方が何かと都合がいい。それぞれ別にまた有力な相手と結婚させられるのだから。
それに、カレンちゃんは美人だからなあ。地味系ヒロインでなく、普通に可愛いデザインだった。貴族の出じゃなくとも、属性と外見で引く手数多だろう。
「な、なんだー……びっくりした」
ほっと息を吐くと、ぽかんとしていたカレンちゃんがクスクスと笑った。
「オルブライト家に養子に入って、アルフと一緒に過ごせるようになって。ハリエットさんのことも、良く聞いていました」
「え、嘘。だって、アルフ……」
わたしのこと忘れてたよ。
そう口を開く前に、カレンちゃんに手を取られて固まる。彼女の手は暖かくて柔らかい。そういえば、全体的に初めてあったときより、肉付きも良くなったようだった。
ちなみに、わたしの手には短剣握りすぎてタコができております。庶民の手です。無念。
無駄に無口で行動派のヒロインカレンちゃんは、わたしの手をそっと握って、ほんわり微笑んだ。その自然な微笑みはどうやったら再現できるのか!
「良かったら、一緒に話しませんか」
「いいの?」
「話したいと、思っていたので。よければ」
「それじゃ、勿論。わたしも、カレンちゃん……でいいよね? 話したかったんだー」
ぐっと手を握り返すと、彼女はさらに嬉しそうに微笑んだ。
あんまりこんな経験がないのだけれど(ぼっちだから)、不思議とカレンちゃんを相手にしても緊張はない。きっと、見慣れているからだろう。色々と。
彼女と攻略対象の恋に萌えていたのだから、むしろわたしもカレンちゃんを可愛がりたい。二次元にしか存在しないであろう『女の子』なのだ。現実の女学生にこんな子はいねーぞ。
そんなことを思いながら、わたしはカレンちゃんに手を引かれ、彼女の部屋へと向かった。
中等部から編入してきたというカレンちゃんの部屋は、わたしの部屋とは離れたところにあった。わたしの部屋も重要なお貴族様からは遠く弾かれているのだが、カレンちゃんはさらに反対の端だ。光属性なのにこの扱い。明らかに空き部屋だったんだろうけど。
カレンちゃんは繋いでいない方の手を鍵に触れさせて、かちゃりと開ける。
覚えてますか、本人の魔力を流さないと開かないあのシステムです。
「お邪魔しまーす……」
見たことある内装。
完全にゲームで出てきた背景だ。
あまりにもそのままなので、興奮してキョロキョロ見回してしまう。薄ピンクの壁紙とか、質素な家具とか。……あ、でもベッドはなんか豪華だな。カーペットも、なんか違う。
思えば、今カレンちゃんは貴族のご令嬢の扱いだもんな。そりゃあ調度品も豪華になるか。そのわりに、端の部屋なのはなぜ。
わたしがキョロキョロしている間に、カレンちゃんはさっさとテーブルにティーセットを並べ始めた。慌てて「手伝うよ!」と申し出たのだが、黙って首を振られた。
……わたし、ザ庶民だから。カレンちゃん、恐らく養子になってから教養を身につけた模様。紅茶を注ぐ動作がめっちゃ優雅なんだけど。
「……はい、どうぞ」
「おお、ありがとう。――あ、いい匂い」
可愛いカップに注がれた紅茶から、仄かに甘い香りが漂ってきた。
長いこと王都で狩った肉とか、年季の入った定食屋 とかで食べてきたせいで、こんな優雅なティータイムとはとんと縁がない。勿論前世でも。
湯気の立つカップをそっと傾けて喉を潤す。
よく分からんけどうまい。
「美味しいよ、ありがとう」
「よかった」
カレンちゃんはわたしが口をつけたのを確認すると、胸を撫で下ろして自分の分の紅茶を注いだ。こっちは年中涼しいから、温かいお茶の方が需要があるのよね。
「ふー……それでさ、えっと……まあいいや。あらためて、ハリエット・ベルです。ハティでもエッタでも、好きに呼んでね」
「じゃあ、ハティちゃん。私は、カレン・オルブライト、です」
「うん、よろしく、カレンちゃん」
「うん……ハティちゃん」
紅茶で気分も空気も和らいだところで、わたしとカレンちゃんはあらためて現状を確認することにした。とはいっても、わたしは五年ほどの空白があるので、王都でワイルドな生活をしていたくらいしか話せない。あとは馬車であった出来事とかー、言うなればニールの話くらいしか。
カレンちゃんには引率の先生的な説明をして、ニールとの様々なエピソードを話す。ニールの性格は、ちょっと増し増しで。
正直あまり面白くもなんともないと思うのだが、カレンちゃんは喜んで聞いてくれた。ときどきいいタイミングで相槌を打ってくれるので、かなり話しやすかった。カレンちゃんは無口なりに聞き上手である。
「――でさあ、まあそんな傲岸不遜のニール様が、あの時は本当に怒ってさあ」
「ふふふ……」
「面白いでしょ? ……それで、まあ色々あって、五年経った今、戻ってきたわけだよ」
すっかり冷めた紅茶を一気に煽って、ふう、と息を吐く。五年分の愚痴だかなんだかを、一気に吐き出した気分だ。
カレンちゃんが淹れ直した紅茶を、わたしのカップに注いでくれる。息を吹き掛けて少しずつ味わいつつ、彼女の方へ目を向ける。
「そんで、カレンちゃんの方はどうなの? ほら、養子、とかさ」
それが気になっていた。
彼女をオルブライト家の養子にしてしまったのも、わたしのせいだ。曲がりなりにも貴族だし、言い方は悪いが、彼女には利用価値もある。しかもあの過保護なアルフがいるのだから、悪い扱いは受けてないとは思うのだけども。
もし、カレンちゃんが嫌々その生活を続けていたとしたら、アルフに助言したわたしが悪い。あの時は時間がなかったとはいえ、なんの責任も持たずにあんな発言をしてしまったのだから。
贖罪の意味も込めて彼女を見つめるが、わたしの気持ちに反して、カレンちゃんはいつものごとく真ん丸な目をしばたたかせるだけだ。
「アルフと、一緒にいれて、美味しいご飯が食べられて、幸せだよ。みんなにも、よかったねって言ってもらえたし」
「……そっか。そっか、それならいいんだ。アルフも会いたがって抜け出しちゃうくらいだしね!」
良かった。これは悪い改変ではなかった。
安心してカレンちゃんに笑いかけると、事情を知らない彼女は首を傾げた。知らなくても、こうやって向かい合ってお茶を飲めていることが、わたしにとっては幸せだ。
そう思っていたのだが、ふと彼女は何か思い付いた様子でその小さな口を開いた。
「そうだ、アルフ、ハティちゃんのこと、たくさん話してたよ」
「あ、それ! それ嘘だよ、だって、あいつさっきわたしのこと誰って言ったんだよ。ありえねーちくしょう」
後半思わず本音が漏れた。
にわかには信じられない話だ。わたしのこと話していたなら、当然覚えていて当然なのに。それなのに、あの馬鹿は「……誰?」とか言いやがって。こっちは五年間やつの生活を心配し続けていたのに。
ぷんすこしている気持ちがカレンちゃんにも伝わったのか、それともさっぱり伝わっていないのか、彼女は腕を組んで難しい顔をした。
わたしもそれにならって、腕を組んでつんとしてみる。カレンちゃんの部屋にある姿見から自分が見えたが、うん、微妙な表情だ。垂れた目が上がってないから、怒っているのか微妙。むしろなんか可愛くない。
この差だ。噛ませと主人公の違い。
わたしがそうやって鏡と格闘している間に、カレンちゃんは腕組みを止めてこっちを向いていた。うわ、変なところを見られた。しかもスルー。
諦めてわたしも彼女に向き直ると、ようやくカレンちゃんはたどたどしく話し始めた。
「……アルフが、覚えてないはずないと思う。いっつも、ぼんやりした顔の時は、決まってハティちゃんの話するから。変な料理作る~とか、変な服装する~とか、無駄にしつこい、とか」
なに話してくれてるんだあいつ。
「だから、たまたまよく、見えなかったとか。なにか理由あるのかも。間違っても忘れたりなんか、してないよ」
「……そう思う?」
そんな希望をちらつかされても、困る。やっぱり普通に忘れたりなんかしてたら、わたしは正直立ち直れないかもしれない。本音を言うと、今度こそ肘打ちじゃ済まさない。
それでもそう言われると信じてみたくなるのが人の性というもので、わたしはすがるようにカレンちゃんに問いかけた。
「…………多分」
「そこは確信持って言ってよ!」
盛大にずっこけた。
時間もいい頃合いになったので、わたしはカレンちゃんの部屋からおいとますることにした。
最後にあらためてお茶のお礼をして、部屋をあとにする。カレンちゃんがまた来てほしいと言ってくれたので、また近々お邪魔することになりそうだ。手土産とかいる?
何だかんだ次回のことを考えながら、浮き足だった気分で部屋へ戻った。そのあと飯食ってすぐに寝た。
アルフのことは、また明日考えようっと。
――なんて、のんきに考えていたのがまずかったのか。