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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
中等部編
34/110

30 剣



 仕方なく、このギータ・ビヴァリーという少年の案内をすることになってしまっていたわたし。先行して歩いているが、後ろにはふんぞり返って歩くギータの姿がある。


 どうしてこうなった。

 誰に見せるでもない笑みを貼り付けながら、わたしはこっそりと心の中でため息を吐いた。

 こうなるならニールについていくべきだったかも。後で聞こうと思っていた信者や教会のこと、あとサラさんたちの足取り、その他諸々聞けたかも知れないのに。


「おい、お前。そう言えば名前はなんだ」


 後悔に苛まれていると、後ろから偉そうな声が飛んできた。わたしが貴族でないことは、多分服装や出で立ちから分かっているのだろう。そこまで短くしてはないが、貴族の娘は髪を伸ばすものだしね。


「ハリエットと申します」

「ふーん……」


 自分で聞いておいて、全く興味なさげな返事だ。わたしはギータに笑みを見せつつ、黙って歩みを早めた。

 多少ふくよかだとか、もう知らん。勝手についてきて下さい。

 四年間の冒険生活は、わたしの体力をかなり底上げしてくれた。さすがに追い付けはしないけれど、今ならきっと、アルフも馬鹿にはしないだろう。

 それどころか、きっと驚くに違いない。



 そうしてしばらく歩くうちに、わたしとギータは宿泊寮へと着いた。

 文句を言われないであろうラインぎりぎりで歩いていたせいか、ギータは多少息を弾ませているだけだった。ちっ。


「ここが宿泊寮です。ではわたしはこれで」


 バスガイドよろしく手を上げて案内して、さっさと踵を返す。こんなお貴族様に構っている暇はない。わたしにはお友だちに会うという使命があるのだ。


「おい待て。私は『マデレーン様のところまで』案内しろと言ったんだ。続けろ」


 マデレーン様がいる場所なんか知らねえよ! 勝手に探せ! クソ坊っちゃん!

 と、ニールのごとくそう言えたらどんなに良いだろう。だけれどまあ、当たり前にそんなことは言えない。

 貴族に逆らってどうなるか知らないが、厄介ごとになるのは目に見えている。ギータの威張り具合を見るにそれはもう、いじめが起きるかも知れない。闇属性のわたしにとって『目をつけられる』というのはそれだけで厄介なのである。

 わたしは笑みを絶やさず、とりあえず宿泊寮へと足を踏み入れた。


 この中で知っている部屋なんて、実習室と談話室、あとニールに指輪をもらったあの部屋くらいしか知らない。お風呂もあるけど。

 そして、宿泊寮は入り口に案内板があるような、親切設計ではない。

 とりあえず、上行ってみる?



 残念なことに、三階ほど登った辺りで、ギータはキレた。


「一体いつ着くんだ!」


 顔を赤らめてそう怒鳴るギータは、ぜーはーと肩を弾ませていた。

 いやね、もう案内することは諦めた。場所を聞くという手もあったが、ぼっちにはレベルが高いんだよ。しかも、わざわざギータのためなんか。

 というわけで、もうひたすら階段を登らせた。もはや嫌がらせである。


「申し訳ありません。ギータ様が分からないことを、わたしなんかが分かるはずもなく……。ですが、きっとこの先だと思うんですよね!」


 多分、偉い人の部屋っていうのは上にあると思うから。

 最高にいい笑みを浮かべてギータを見れば、彼は更に眉を吊り上げた。

 そして、手を出した。


「この愚民が!」


 ドン、と突き飛ばされる。

 わたしは避けることもなく、無様に尻餅をついた。固い床に倒れる。

 さすがに、とっさに避けるとかそういう反応はできなかった。間違ってもわたしは、元はどんくさいモブ(しかもぼっち)なのである。


「……申し訳ありません」


 顔を上げて、しかし微笑んだままそう告げる。この程度で凹むほど、少女らしく育ってない。社会で生きていけば、こんなのよりメンタルにグサッとくる事案は数多く発生するのだ。

 わたしとしてはこれ以上ないほど完璧な対応をしたと思ったのだが、ギータはますます顔を赤くして怒った。


「――ッこの――!」


 営業スマイルは万能だと思っていたのに、読み違えたか?


 降り下ろされる肉のついた平手に目をつむれば、次の瞬間には頬に鋭い痛みが――――。






 こなかった。


 頬を打つ音が聞こえない代わりに、布の擦れる音と、誰かの声が聞こえた。目を開けてみれば、わたしとギータの間には、一人の男が立っているではないか。

 なにこの展開。


「……んなっ、なんだ貴様! どけ、離せっ」


 ギータが暴れると、男は彼から離れてわたしを背で隠す。腰には剣を差している。

 男が黙ってその剣に手をかけると、ギータのひきつった声が漏れた。


「お、おい、何をする気だ?」


 こんなところで剣を抜くわけがない。

 それは、わたしもギータも分かっている。それでも焦った声が出てしまうのは、男から出る雰囲気があまりにもマジだから。

 殺気だとか、なんかそういうのを感じとれる人間ではない。気配とか眉唾だ。それでも、あまりにもこの男は本気に感じられた。


 わたしはどうしたらいいのか分からなくなって、届かないと分かっていながら、とっさに手を伸ばす。


「――サディアス!」


 振り向いたサディアスは、ひどく驚いた顔をした。



 腰に剣を差した長身の男。髪は淡い水色。

 中学生くらいのはずの彼だが、しかし初めて会った時とは姿が全く違っていた。

 細く折れそうな小さな体は倒れ込んだわたしを隠せるほど大きく、そして振り向いた顔に、あの時の涙は一粒もなかった。柔い頬はシャープに、大きな瞳は鋭くわたしを射抜く。

 ――そして、その目の片方には、見慣れない大きな傷があった。


「……サディアス? サディアス……カルヴァートか」


 ギータが呟くように言った。ここからでは彼の姿が見えないので立ち上がると、サディアスがすっとわたしを隠した。立ってみてあらためて分かるが、背が高い。

 そんなサディアスの横から顔を覗かせれば、ギータは苦い顔でこっちを見ていた。


「サディアス……しばらく見ないと思っていたのに」

「……ビヴァリー様。用があるのなら早く行かれた方がよろしいのでは」

「……ふん」


 どことなく青白い顔で、ギータはそそくさとわたしたちの前から立ち去った。その際、何となくわたしの方を見ていた気もするが、気のせいだと思う。

 それより、今はこの目の前の男だ。


「サディアス……くん!」


 再度振り向いたサディアスは、やはり少し驚いた顔をしていた。けれど、だんだんと笑顔になっていく。

 そこでわたしは、彼の前に跪いた。


「ごめんなさい!!!!」


 土下座。



 サディアスの右目を跨ぐ傷。皮膚が引っ張られたように跡になっているそれは、恐らくかなり深い。

 ――それはゲームにはなかったものだ。ゲームのサディアスは綺麗な顔をして、ヒロインの前に現れる。


 かんっぜんにわたしのミスだ。わたしのミスに決まっている。

 ゲームになくてここにある時点で、それは全部わたしが起こした影響だ。バタフライ効果だとかそういう大それたことを言うつもりはないが、わたしがいなければサディアスの傷はなかった。直接的な原因だとか間接的だとかの前に、それはそういうことなのだ。


 今まで、ニールが少し優しくなって、アルフがヒロインに会えて。良いことばかりが起こせたと、油断していた。

 サディアスの目の傷を見た時、心臓の止まる思いがした。

 わたしの改変は、こういうことなのだと突きつけられた気分だ。何もしなければ、わたし以外の未来は決まっていることなのに。


 突如土下座をかましたわたしに、サディアスは慌てているようだった。見えはしないけれど、何となく伝わってくる。


「えっ、は、ハリエットさ……顔を上げて下さい。……どうした?」

「ごめんなさいごめんなさいすいません……」

「いや……さっきのことは、昔あなたが俺にしてくれたことだから……」


 そういうことじゃない。


 そういうことじゃないけれど、これ以上はサディアスが戸惑うだけだ。そう思って、立ち上がる。

 そもそもこっちには土下座の文化がない。


「……その、目の傷。わたしが色々、言ったからかなーとか、思って」


 立ち上がったわたしに、サディアスはあからさまにほっとした顔で、その目の傷を撫でた。いつ見ても、ひやっとした感覚がお腹を襲う。


「これか? 確かに、あなたの手紙が理由かも知れません」

「だよね……」

「いや、俺、これでよかったと思ってる……っす。あの手紙のおかげで、見えたもんもあるし」


 そういうサディアスに、トラウマはないように見えた。剣を下げてはいるけれど、あの「魔法が暴走する」という過去は起こらなかったのだろうか。


「それより、よく俺を覚えて……ましたね。よく、変わったって言われるのに」


 敬語が出ないのだろうか、ところどころ詰まるサディアスに、ふと笑ってしまう。

 相変わらず目の傷に胸は痛むが、せっかくサディアスが話を変えてくれたのだ。それに乗ることにした。


「別に敬語じゃなくていいよ、同い年くらいでしょ。ていうか、そんなことで驚いてたんだ」

「本当に、変わったってよく言われるんだ。だから、あなたが覚えていてくれたのが本当に、嬉しくて」


 驚いた顔の理由は、そんなところにあったのか。

 確かにサディアスは、あの時とだいぶ変わっている。それでも、こういうまっすぐなところは変わってない。


「こんなところじゃなんだし、ちょっと話さない? 中庭でさ」


 わたしの誘いに、サディアスは嬉しそうに頷いた。

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