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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
王都編
30/110

26 前触れなく

 宿に帰ると、わたしの姿を見てニールがぎょっと目を剥いた。それもそのはず、今のわたしは泥々のベタベタで、満身創痍。


「な……にやったらそうなるんだァ? 今日はあの根暗と飯じゃなかったのかよ」


 あきれた顔でそう言って、ニールはベッドに沈んだ。回りにはいくらかの本が積まれている。ニールの私物で、どれも小難しい論文みたいなものばかりだ。

 わたしも勉強的な意味で読まないことないが、それにしても、趣味で読むには随分と堅苦しいと思う。

 てっきりこのちゃらんぽらん野郎のニールは、お勉強嫌いの昼寝スキーだと勝手に思っていた。なんせゲーム知識はニール限定で少なすぎるし、出会ってからの印象はかっこよさの欠片もない。いや、欠片くらいはあるかもだけど。

 腰にあったベルトと靴を脱ぎながら、わたしは口を開いた。


「それがさあ、オズに剣を教えてもらうことになって……」

「まさかお前、強化魔法で?」


 わたしの言葉に、ニールがベッドから勢いよく起き上がった。その反応にびっくりしながらも頷くと、ニールは脱力して再びベッドに沈む。


「うっわー。馬鹿だなあハリエットさんは。明日すっごい後悔するよ?」

「え? な、なんで?」


 とんでもない笑顔スマイルでニールが言った。ニールの、笑顔、だ。嫌な予感しかしないそれに、わたしはとっさに顔をそらすしかなかった。

 が、ニヤニヤしているであろうニールは、追い討ちをかけるように続ける。


「あれ、つい調子に乗ってどんどん使い続けちゃうよね。酷いよー? 明日激痛じゃないかなあー? ふはは、ばーかばーか」


 ……つまり、筋肉痛ってこと?

 魔法による外部的な強化でも、普通に筋肉は使っているわけで、軽くなったからといって調子に乗ると……。

 反らした顔を恐る恐る戻すと、ニールの超イイ笑顔が目に入った。乙女ゲーの攻略対象なだけあって、乙女の黄色い歓声が聞こえてきそうな笑み。

 でもそれ、ゲームで主人公を騙してた時の笑顔ですよねー。




 というわけで、次の日、わたしは筋肉痛にもんどりうつことになってしまったのだった。


 ニールは呻くわたしを指差してそれ見たことかと爆笑していたけれど、今日はそれさえ止められなかった。関節は伸ばしても縮ませても痛いし、手には潰れたマメ、ひどい倦怠感が体にのし掛かっている。

 とてもじゃないけど依頼はこなせないので、今日は自動的に休日になった。しかし、「明日も行く」としっかりオズに約束してしまっていた。携帯もないこの世界、約束事は今さら取り消せない。ドタキャンなんてもってのほかである。

 仕方なく、代わりにニールとオズが行くことになったのだけれど、あの二人で大丈夫だろうか。


「冗談じゃねえー、行きたくねえー」


 と愚痴るニールに、宿まで迎えにきたオズが腕を引っ張る。大男のオズとひょろいニールでは、力の差は歴然。ニールもそれを分かっているらしく、無駄な抵抗はしていない。が、渋い表情と踏ん張った足がいかに行きたくないかを物語っている。


「行くぞ、ニールよ!」

「うるせえ根暗野郎……。あ? おいちょっと待てこら引っ張んな……」

「いってらっしゃーい」


 みたいな一幕が早朝からあったのだけれども、あの二人で本当に、大丈夫だろうか。

 惰眠を貪るべくもう一度まぶたを閉じたあとで、ちょっとだけ、嫌な予感がした。




 女の勘は当たるものだ。


「クソッ! やってられるかあの根暗男……! 見てくれよこれ! なァ!」


 荒々しく宿屋の階段を上る音が聞こえたかと思うと、おでこ辺りに大きな青あざを作ったニールが飛び込んできた。

 髪を掻き上げて露出したおでこ以外にも、ところどころ切り傷が見える。腕は確かなオズと出掛けたのだし、あのニールが魔物相手にそんな怪我をするとは思わなかった。鈍痛に耐えながら起き上がると、すっかり悪人面をしたニールがブツブツ呟くように言う。


「あの根暗、大雑把すぎる……。畜生、近づいた俺まで切りやがって。脳みそまで筋肉詰まってんじゃねえの」


 もうやらねえ、絶対やらねえと依然呟くニールに、何となく想像がついてしまった。物質を削り取る闇魔法が使えないとあって、ニールは最初の頃わたしとやっていたように、ナイフで戦っていたのだろう。それが……多分、オズと息が合わなかったんだ。

 どっちも他人に合わせるようなタイプじゃないからなあ……。どっちが先かは分からないが、誤って味方に攻撃を当ててしまった時点で、二人は魔物そっちのけで戦ったんだろう。そうでなければ、結構律儀なオズはニールを送ってきたはず。

 それがないってことは、双方こんな感じなんだろう。

 わたしはなんだか、喧嘩してきた息子を見るような感慨深い気持ちに包まれた。前世ではぼっち・オブ・レジェンドだったけれど、同級生で結婚した子も少なくない歳だったのだ。相手もいなかったけれど、子供を夢見たっていいじゃない。

 実際のところは、気づけばこんな姿になっていたわけだけども。


 わたしの生ぬるい視線に気づいたニールが、激昂するのをやめて拗ねたようにベッドに突っ込んでいった。まあ、見た目小学生に慈愛の目で見られたらいたたまれないだろう。


「手当てしてあげよっか?」

「いらねー。そもそも馬鹿ハリエットが体が痛い~とか言い出したからこうなったわけ。それはどうしたよぉ?」


 馬鹿馬鹿とよくもまあ言ってくれる。汚い格好のままベッドに寝転んで困るのはニールだから、それはいいが。

 ビキビキと体が痛いながらもベッドから立ち上がって、ニールのベッドに近づく。間取りとしてはその辺のベッドの並んだホテルでも想像してください。


「さすがに魔物相手は無理だけど。歩くくらいならできるわ」

「チッ……クソガキ。ほら、とっととやれよー」


 ベッドに大の字になって、ニールは目を閉じた。出会ったときを思い出すと、こんなに警戒しなくなったのはいいことと思うべきか。いや、思うべきだよな。何故ならこいつがゲームの黒幕で、わたしが死ぬのはこいつのせいなのだから。

 つまり、ちょっと不服だけど、すごーくいい関係が築けているのではないだろうか?

 棚から救急箱的なそれを取り出す。


「染みるからね。暴れんなよ」

「お前じゃねえんだからよ」


 不愉快そうに言うニールに、問答無用で液体に浸した綿を傷口に擦り付けた。眉がびくりと跳ねたのをらわたしは見逃さない。


「痛い?」

「……」


 そりゃ、痛い。この小さな瓶に入った液体は薬草の汁なのだけれど、とにかく染みる。大人でもちょっぴり呻いてしまうような痛みだ。その分治りもぐんと早く、冒険者の必需品でもある。

 切り傷にぺたぺたと綿を引っ付ける度、ニールの眉がピクピクひきつる。


「ふくく……」

「笑ってんじゃねえ、馬鹿。早く終われ」

「はいはい仰せのままに」


 薬を塗りたくった傷口にガーゼや包帯を巻いて、最後におでこにべちゃっと湿布的なそれを貼った。湿布というか、そういう効能の薬草を挟んだガーゼである。この世界の薬草というものは、魔法ほどじゃないけど万能過ぎる。

 治療が荒いだのなんだの呟いて、ニールはベッドにあぐらをかいた。体も拭いてやろうかと思ったが、本人は怠そうに頬杖をついた。必要ないようだ。


 それどころか、手近にあるあの小難しい本の数々に手を伸ばそうとしていたので、とっさに口を開いてしまった。


「あっ! そうだ、料理しない?」

「…………あ?」


 手を伸ばしたまま固まったニールをいいことに、わたしは不安定な足取り(筋肉痛のため)でニールの手を取り、立ち上がらせた。


「料理、料理。ほら、頑張ったニールに美味しいご飯でも作ってあげようかなあーと思ってたんだけど、一人で調理するにはちょっとまだ体が……」

「で、俺が?」

「そう! 一緒に! ほらー、ニールって頭いいしー、一緒に料理したら、ニールの好きな料理とか自分で作れるかもよ?」


 さっき一瞬で考えたにしては完璧だ。

 いつもは宿の料理を食べたり、わたしが作ったものを食べたりしているニール。意外にこいつは食べることが好きなようで、それならいっそ作る方にも興味を向ければいいのに、と思っていたのだ。そうなれば、きっとニールがご飯を作ってくれるのも夢じゃない……し、そうするとわたしが楽になる。

 さすがに部屋に台所はついていないわけだけれど、ここの宿の主人さんは、年単位で部屋を借りているわたしたちに調理場を貸してくれたりしている。そもそもお姉さんがわざわざ手配した宿なのだから、こっちに協力的なのは当たり前でもあるけど。


「ね? どうよ? わたしより上手くなるかも……」

「興味ねえなあ」


 そんなわたしの目論みは、あっさり打ち砕かれたが。ニールは何かを考えるように視線を上に向けると、にやりと口を歪めた。


「興味はねえが、飯は作れ。手伝ってやるぜ?」

「えっ!」


 驚いたわたしに、ニールは心底楽しそうに笑った。

王都編は帳尻合わせのために急遽挿入したお話であり、難産でしたが、あと少しで終了です。気長にお付き合いお願いします。

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