02 初めての魔法
がっつり説明回。ルビ乱舞だったけどくどかったのでやめました。
未だわたしのベッドでお眠りになっているあのゲーム。
もうお察しかもしれないが、ハリエットはあのゲームの登場人物である。
とはいえ、勿論主人公ではない。
ちょっと残念だとは思うが、もしわたしが主人公になったりしたらきっとゲームが崩壊するだろう。性格的な意味で主人公向きじゃない。間違ってもイケメンを攻略なんぞできない。
ハリエット、彼女はいわば、主人公の同級生Aのような――モブである。
しかしモブと侮ることなかれ、ちゃんと公式サイトにも載っているし、そこそこ喋るしボイスだってついている。
確か、喋る内容は「もうすぐテストだね」とか「最近元気ないけど、大丈夫?」とか、「うふふ、ご機嫌そうね」とか、その程度だけど。
主人公のサポートキャラ兼友人は、きちんと二人いる。活発な後輩と姉御肌の親友というテンプレキャラが。
つまりハリエットは、「出てこないけど他にもちゃんと生徒がいますよー」という演出のためのキャラクターである。まさしくモブである。
しかし!
お分かりだろうか。
『ちゃんと公式サイトにも載っている』のがミソなのである。
そもそも主人公の友人でもサポートキャラでもない彼女が、どんな説明を背負って公式サイトに並べというのだ。
「生徒の一人」という立ち位置だけなら、なにも彼女だけじゃない。他にも何人かモブは登場するし、なんなら特定のキャラルートだけに登場するライバルキャラも存在するのである。そっちの方が断然ストーリーに絡む。詳しくは言わないがバットエンドで刺されたり……とか。
勿論そのキャラたちは公式サイトには載っていない。
どうしてハリエットだけが公式サイトで微笑んでいるのか。
それはハリエットが、隠しキャラルートの、ボスキャラ――という名の噛ませ犬だからである。
ストーリー性のある乙女ゲーの多数は、「なにかの問題」が起きていて、それを乗り越えて二人が結ばれるという展開がお約束である。それがファンタジーで魔法とか使えちゃったりすると、その「問題」は重くなることが多い。
勿論このゲームも例外ではない。舞台が魔法学園ということで、敵との戦闘描写だってあるのだ。
そもそもこのゲーム、さほど目新しいことはない。どちらかと言えば王道だし、だからこそゲームの作りのよさが評価されたともいえる。
乙女ゲームでの定番である隠しキャラ。隠しルート。
今までの各キャラルートの謎の答えが、このルートで明かされるのである。
簡単に言えばいきなり主人公に近づいてきて、あまつさえ仲良くなってから思わせぶりに「僕は…………いや、何でもない」とか言っちゃう謎の青年が、実は国をも脅かすような強大な敵、いわゆる黒幕であり最終的に襲いかかってくるも主人公の説得と「一緒に帰ろう?(うろ覚え)」の一言で降参し最終的に一緒に暮らすという非常に分かりやすいストーリーなのだが。
そのキャラが主人公の前に敵として対峙する時までは、ハリエットが黒幕として語られるのである。
わたしの姿をあらためて鏡で見る。白い髪に青い目で、着ている服も青い。それだけでなく部屋も青系色で統一されている。
ハリエットが青を好きというよりは、多分そういうキャラづけなのだ。キャラクターにイメージカラーが設定されていることは珍しくない。
ゲームの舞台は基本的にアカデミーと呼ばれる学校で、主に魔法なんかを学んでいるらしい。乙女ゲーだから勉学に励む描写はないけど。パラメーター系じゃないからわたしでもプレイできたわけだ。
そして、このゲームでいう魔法には先天的な属性がある。無論乙女ゲーなのでバトルは軽い描写のみ、この設定は頭の片隅にでも置いておけばいい設定だけど。
属性は産まれたときにすでに決まっていて、多分遺伝する。火、水、風、雷の四種のいずれか、というのが基本だとか。
しかし稀に四種に当てはまらない属性を持つことがあり、お察しの通り主人公はこれに当てはまるのである。
主人公の属性は光。主人公補正感バリバリである。
そこでゲームの設定として考えてほしい。
このゲームは乙女ゲーである。
さしたる理由もないのに、無駄に設定をややこしくする必要はない。
魔王が光属性だったり、見るからに脳筋なマッチョが魔術師だったり、親友が実は男だったりする必要はないのである。
その点ハリエットの立ち絵はもう、水属性感満載である。
それはもう、怪しいくらいに。
最終的に、隠しルートではハリエットは実は闇属性持ちであることが分かり、そのせいで同じ闇属性の隠しキャラにいいように操られてしまっていたのだ!
な、なんだってー!
操られた彼女は、アカデミーでさまざまな問題を起こし、それが違うルートにも関係していたりする。そのルートでは明かされない答えが隠しルートで分かると言うのは、プレイヤーとして単純に楽しかった。
そして最後まで彼女が元に戻ることはなく、プレイヤーがただボタンを押すだけで、主人公の仲間たちに呆気なく消滅させられてしまうのだった。
その後に本命の隠しキャラが出てくることもあって、ハリエットが実は闇属性だった! なんて驚きは頭に残らない。むしろ乙女ゲーで属性考えたりしない。
とくに公式のお気に入りというわけでもないハリエットは、どこまでも噛ませ犬だったのだ。
――鏡の前に立つわたしは、白い髪を肩まで伸ばして、優しそうな青いたれ目で微笑んでいる。前のわたしとは比較できないが、多分かなり可愛い。
ウインクをかましてみる。
うん、可愛い。
見た目が子供なことを除けば。
主人公の歳をよく知らないが、少なく見積もっても十歳以上だろう。
わたしは……五歳? 六歳くらいだろうか。まだまだ会える歳ではない。
それにしても、ここは恐らくゲームの世界だろうとは思うのだが、ゲームの世界にしてはあり得ないところが多すぎる。
ゲームは主人公がアカデミーに編入して、正確にはクラスに馴染んできたところから始まる。それ以前の、ましてやハリエットの幼少期なんて、絶対に組み込まれているはずがない。むしろ公式が設定していたのかすら怪しい。
ハリエットに父と兄がいて、二人とも金髪で、母親は(多分)死んでいる。
この白い髪は母親譲り、くらいの設定はついていたかもしれないが、父と兄の性格までは考えてなんかないはずだ。ましてや外見や日常風景なんて。
「分からない……」
思わず鏡の前で呟いてしまう。
というか、異世界なら単純に異世界と理解できるのだが、ゲームの中とくればそうもいかない。
ゲームはプログラムだ。
プログラムの中に魂だけ入ってしまうなんて、しかもこれは絶対プログラムされていないハリエットの過去にあたる。そんな非科学的な。
わたしはどうしてか、『異世界に転生』は受け入れられるのに、『プログラムの中に』は受け入れられないみたいだった。どっちも非科学的なことに違いはないのに。
いや、でもわたしの過去がある時点でゲームじゃないのか。
確かにゲームの世界に違いはないけど、これはゲームにはないことだ。
考えてもさっぱりで、鏡の前からベッドの上に移る。
とりあえず、ディスクは布で包んで仕舞っておくことにした。万が一見られてもタイトルは読めないだろうし、使い方も分からないだろう。そもそもここではわたしにだって使えない。
それでも唯一わたしと一緒のところから来た物だし、大切に仕舞っておく。こういうことには大抵キーアイテムというのが存在するんだ。それがこのディスクかはさておき、こんなもの見られたら未知の道具すぎる。
それから気づいたのは、文字の読み書きと発音、それから聞き取り。この世界は独自の言語を持っているらしい。
どうやらハリエットとして培っていた知識は、ちゃんと肉体に蓄積されているらしく、しばらくヒューに無理矢理喋らせていたら日本語との区別も頭でつけれるようになった。
あとは当面の目的。
こういうのはゲーム終了まで生きれば、案外夢オチで終わったりするもんだ。そこまで帰りたいわけじゃないけど。
そう見積もってみても、下手をすれば約十年間ほどゲームに関わらず、真っ当に生きなくてはならない。
こっちには前世のわたしの経験があり、世界が違うとはいえうまく生活できる自信はある。なんせ技術が数段進歩した世界の教育を終えていたんだから。ついでに言うなら一人暮らしで培った家事スキルもあるし。
しかしながら、わたしには不安要素があった。
もし主人公が、隠しキャラルートを選んだら。
基本的に彼女があんなことになるのは隠しルートだけだが、ここがゲームに忠実なのかといわれれば、幼少期のハリエットが存在している時点で疑問だ。
本来なら全キャラクリアしないといけないルートだが、当然この世界にセーブもロードもリセットもないはずだ。隠しキャラを選ぶ可能性もある。
それに、選ばなくても隠しキャラは存在する。ここがゲームじゃないなら、選択しなければ出てこないなんてあり得ない。
やるしかない。
もしもの時に、ちゃんと抗えるように。
よもや魔法設定なんて名ばかりの乙女ゲーで、ガチの勉強をするなんて。
革表紙のぶ厚い本に囲まれて、分からない単語を必死で調べるわたしの姿が――そこにはあった。
乙女ゲーの世界なだけあって、魔法に関してはアバウトなところが多かった。
これがRPGとかの世界に迷い混んでしまったら、わたしは今ごろノリノリで「ダークネスアロー!」とか訳の分からない呪文を叫んでいたに違いない。
結果的にいえば、普通に魔法を使う分には詠唱やら杖やらは必要ないらしい。頭に思い浮かべて、それを魔力で再現するだけ。
試しに手から炎がポッと吹き出すイメージでやってみたら、出なかった。
水も駄目、風も駄目、雷も駄目。
光に至ってはイメージすら沸かなかった。手から光が出るってどういうこと? シャイニングハンド?
闇も闇でよく分からない――と思っていたのだが、そこはハリエットとしての経験がすんなりとわたしを動かしたようで。
さっきまでウンウンと考えていたイメージとは違って、するっと手から霧状の黒いものが吹き出る。
イメージするなんて暇もない、出せといわれたら出す、みたいな。例えに一番近いのは呼吸だ。息を吐いて、といわれて吐き出せるように、なんのことはない。
黒い靄がわたしの周りで渦巻いた。
『わたし』が産まれて初めて使った魔法に、体が震える。
どうしてか精神的な寒さを感じて、鼓動がやけに速度を落としている気がした。
――闇。
溶けるように消えた闇に、気づけば口を開いていた。
「きもっ……」
闇属性ってあんまりかっこよくないと知った。すぐ消した。