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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
王都編
28/110

24 定食屋



「やあ、ハティちゃん。ここ数日見なかったから心配したよ」

「エッタちゃんや、今日はワシと話さんかね」

「ハリエット、今日こそ剣の稽古をつけてやるぞ!」


 モテ期ですか? いいえ、おっさんです。


 人でごった返したギルドは、いやに埃臭さが目立つ。ニールなんか滅多なことではここに来たがらないから、わたしばっかりここへ来るはめになっていた。


 ここ、つまりは冒険者ギルドである。

 初めのうちは、わたしのような年での冒険者入りに皆さん懐疑的だったが、わたしがちょーっと魔法を見せるとわりと大人しくなった。それでもまだ「危ない」だなんだのいうやつには、依頼で討伐した魔物なんかを見せればなにも言わなくなる。

 そればかりか、なぜか異様におっさんに絡まれるのだ。

 酒臭いおっさんに頭をがしがしされながら、わたしはとりあえずにこにこと笑っておく。


「森での大型魔物の討伐がありまして、最近は野宿だったんです。おじさんの話は長いし、剣の稽古は要りません」

「ワハハハ! 相変わらず手厳しいなあ!」


 冒険者のテンプレのようなおっさんたちは、わたしの失礼な物言いにも関わらずおおらかに笑って流した。お姉さんが言っていた、闇魔法への偏見がないというのもあながち間違いではないらしい。

 偏見がないと言うよりも、みんなかなり大雑把。



 ここへ来てから早半年が経ったけれど、まだまだ馴染めそうもなかった。

 そもそもわたしは性根は真性ぼっちなわけで、アカデミーでのコミュ力はゲームに起因するところが多いのだ。ゲーム情報のないこんなところで、そのコミュ力が発揮されるわけもなく。

 むしろ中身がこんなんなのにおじさんたちに可愛がられ、若干後ろめたい。


 だけどもまあ、それさえ抜きにすればみんないい人で(ちょっと乱雑だけど)、王都もなかなか悪くなかった。


「でもよ、さすがに危ねえから剣のひとつくらいは覚えた方がいいぞ? お前の兄貴も、なんだかひょろっこいし」


 兄貴というのは無論、ヒューではなくニールである。わたしとニールは、魔法の才を活かして王都に出稼ぎにきた兄妹、という設定をふれ込んでいた。魔法は、たまたま知り合いの魔術師にご享受いただいたということに。

 わたしとニール(多分)は庶民の出だし、知り合いの魔術師のお姉さんもいるしで、あながち間違いでもないんだけども。


「んー……まあ、そのうち。そのうちお願いします」

「そりゃ結構。剣はいいぜえ!」


 笑うおっさんに微笑み返して、わたしはギルドのお姉さんから硬貨を貰い、賑やかな建物を後にした。

 ぶらぶらと歩きながら、硬貨の入った袋を揺らす。


 剣、といえば。

 前にニールに買ってもらった短剣がある。未だわたしの腰元に差してあるままだが、一応、一度だけ使ったことがあった。


 というのも、魔法があるのだから、剣なんか必要ないんじゃないか? という疑念があったからだ。どう考えても利便性は魔法の方が上だし、魔力次第では普通に剣より強い魔法も出せる。

 そのわりに、剣をぶら下げた人の多いこと。

 魔力がないというなら分からなくもないけれど、この魔法大国ザタナルグの王都で、そんなに魔力がない人がいるとは思えないのだ。

 試しにとわたしも短剣を振り回して見たものの、まあ駄目だった。料理を作るのとはわけが違う。弱い魔物相手に、致命傷を追わせることすらできなかった。

 こんなもののどこがいいんだろう……。

 そもそも生きてるものに短剣ぶっ刺す度胸はわたしにはない。怖すぎる。


 結局、その魔物はニールがぶすっとやっていた。

 ニールが魔法を使わないなんて……とお思いかもしれないが、わたしたち闇属性の魔法は、物質をなくしてしまうのだ。つまり魔物に魔法をぶっぱなすと、消滅ないしは欠落してしまう。魔物の部位から色々なものを生産しているのに、それをゼロにしてしまうとお金すらでないし、そもそも依頼品を納品できない。

 そういうわけで、弱い魔物はわたしが追い込みニールがぶっ刺して、強い魔物のときはほかの冒険者さんにお世話になっているのだ。わたしとニールが補助で、前衛の冒険者さんが仕留める役だ。

 なかなかスムーズに終わるのはいいんだけれども、そうすると貰えるお金が少なくなるのが問題である。


 剣、やっぱり習うべきなのかなあ。とはいっても、腰にある短剣程度しか満足に振れないんだけど。



 ちゃりちゃりと硬貨の音を鳴らしながら、そこで思考を打ち切る。いつもの定食屋についたからだ。

 定食屋とはいっても、いくつかの古臭いテーブルがならんだ、なんとも簡素なものである。


「こんにちはー」

「あら、いらっしゃいハティちゃん! いつもの席ね、あの子、もう来てるわよ」


 馴染みのおばさんが朗らかに声をかけてくれた。軽くお礼を言って、そそくさといつもの席へと向かう。

 特に親しく接したわけではないのだけれど、行く先々で声をかけられるのは、多分このプリティ~~な外見のせいだろう。

 人間中身が大事だと言うが、中身を晒すほど親しくない人には、やっぱり外見の方が大事らしい。無論、中身だって大切だけども。


 そう、やっぱり外見も大切なのだ。


「おお、ハリエット」


 地を這うようなひっくい声がわたしの名を呼ぶ。

 いつもの席、壁際の影の濃い席に、その人物はいた。

 その分厚いローブを頭まですっぽり被った怪しげな外見の男こそ、わたしとニールと組んで前線で戦ってくれている冒険者さんである。

 なかなかの長身に加え、んなでかでかとした黒いローブを被り、しかもこんな店の隅っこでじっとしているこの男オズは、それはもう盛大にほかの客から引かれていた。

 外見って大事ね。


「オズ。待たせてごめんね」

「いや、吾人ごじんも今来たところだ。問題はないぞ」


 オズの向かいにある軋む椅子に座って、さっきまでちゃりちゃり言わせていた袋をテーブルに置く。今日はこれで昼飯でも食べようという話になっていたのだ。ニールはこの変人オズがどうにも苦手なようで、昼飯はパスしていたけれど。

 でも、あの猫被りすぎのニールがオズの前ではたじたじなのでその辺は面白い。もしかするとわりと仲良くなれるのかも。


「ニールはやっぱりいかないって。帰りになんか買ってくよ」

「うむ。それがよかろうな。……御身おんみ、これで適当なものを」


 袋の中から銀貨をいくらか取り出して、オズはおばさんに声をかけた。特に好き嫌いはないし、多分オズもないのだろう。

 ちなみに、意外や意外、ニールも何でもよく食べる。てっきり、あれ駄目これ嫌いそれ飽きたとかなんとかわがまま言うと思っていたのに。わたしの作った料理も、意外にも興味津々である。

 ご飯が好きならくればよかったものを、ひねくれた男だ。

 おばさんがにこにこと厨房へ入っていくのを見届けて、わたしはオズへと向き直った。まあ、オズの顔はローブに隠れて見えないけど。


「そういえばさ、オズって昔、剣を教えてたんだよね」

「是。はるか昔の話ではあるが、異国の勇者……の好い人にな」


 異国の勇者(の想い人?)っていうのがどんなのかわからないけど、一応、オズの剣技はものすごいことを補足しておく。このままだとオズがただの電波に思われてしまう……。

 ローブを被った魔術師風の格好ではあるものの、オズの武器は魔法ではなくちゃんと剣である。その分厚いローブの中に、わたしが知っているだけでも剣が三本は仕舞われているはずた。

 どれもどでかい剣だけども、オズはそれを軽々と振り回す。しかも正確に。最初のうちは怖くてオズから距離を取っていたけれど、剣を振り回している中どんなに近づいても、わたしたちには傷一つつくことはなかった。

 よくわからない人物ではあるけれど、実力は折り紙つき。


「それでさあ……わたしに剣、教えてくれたりしないかな? 駄目ならいいんだけど、そこまでやりたいわけでもないし」


 ダメ元で頼んでみると、オズは何やら考え込んでいるようだった。さすがにオズ並みに剣を振り回そうとも考えてないし、きちんとしたお礼もままならない子供じゃ無理かもしれないな。このオズと組むことになったときだって、ニールはともかく、わたしのせいで断り続けられたのだから。子供は意外と不便だ。


 そんな、あごに手をやったまま固まったオズの前に、湯気の立った昼飯が運ばれてきた。

 葉野菜に肉にパン。学園の食事とは比べ物にならないくらい充実している。これが食べられるからこそ、頑張って依頼をこなしているというものだ。

 わたしは固まっているオズを尻目に、パンを切って口へと放った。ここの定食屋はなんといっても、パンが格別に美味しいのだ。もうパン屋さんになればいいのに。


「……よし、然り」


 早速二つ目のパンに手を伸ばそうとしたところで、やっとオズが動き出した。横目に見ながら、とりあえずパンを口へ押し込む。


「ふぁ? ふぁんてふいっはほ」

「……吾人がハリエットの師匠を務めよう。む、こら食べながら喋るな」

「ふぁひは! ふあーふぁひはほー!」


 オズの注意は気にせず、マジか! うわーありがとうー! とパンを食いながら手をあげる。万歳だ。

 わたしは腰に下げてあった短剣を取ると、それをテーブルへと置いた。ニールに買ってもらったものだけれど、剣は今のところこれしかない。


「んん……これでいい? これしか持ってないんだけど」

「もう少し長さがあった方がよい気がするが。飛び散るぞ」

「だってそれ重いじゃない? あと飛び散るとかやめて」

「すまない」


 なにが飛び散るのかは察してください。こちとら今まさに食ってるとこなんだから。


「だが、ハリエットは魔法が使えるだろう」


 そう言って首をかしげるオズに、わたしも同じように首をかしげた。わたしが魔法を使えるからなんだ? 剣は必要ないってか?

 オズはテーブルに置いたわたしの短剣を掴むと、グッと握ってわたしに見せてきた。よくわからないけど、とりあえず食べかけの肉を皿へ戻してそれを見つめる。


「なに?」

「ああ、知らんのか。魔法で力の強化ができるのだぞ。吾人であっても、でかい剣をそう何本も振り回せはしない」


 衝撃的な事実が告げられた。


「な……なんですと……」


 だから、だから王都にはあんなにでかい剣をぶら下げた人が多かったのか。魔法での筋力強化か? 非力なわたしにぴったりな魔法じゃないか。そんな便利なものがあるなら、ニールも教えてくれてもいいものを。

 愕然としているわたしから肉を奪いながら、オズはわたしの短剣を壁に突き刺した。そのまま引き抜くと、レンガの壁がヒビもなく綺麗に、刺さったところだけ削られていた。


「こうして刃を強化することも可能だが」


 どことなく得意気なオズに、わたしはもう二の句が告げなかった。

 ていうか、オズさん魔法使えるんかい。

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