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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
王都編
26/110

23 お買い物



 さて、王都についてまずしたことは、宿に荷物を置くことだった。勿論、宿代から運賃から生活費まで、すべてお姉さん持ちだ。王都に入る際、門を通るのだってお姉さんの署名を見せれば一発だった。つくづく権力を思い知らされる。

 ニールが宿で話をつけているうちに、わたしはじっと宿の前で待っていたのだ。

 初めて見た王都の町並みを、じっくり眼に焼きつけていた。前世の記憶にもない風景だったのだから、興奮してもしょうがない。


 そんなわけで、やっと宿から出てきたニールに頭を揺さぶられつつ、わたしはついに王都を闊歩することになった。


 てっきり、荷物を全然持ってこなかったので、それを買い出しにいくのかと思っていたのだけど。ニールは首を振った。宿には既に部屋が用意されており、必要なものも揃っているとのこと。そういえば出発する前に宿まで指定されていたのだから、当然か。

 それなら何を買うのかとニールを見上げていると、わたしの視線がウザかったらしく、頭を叩かれた。ちょうどいい位置にあるこの頭が憎い。早く成長して、ニールを叩いてやりたいものだ。


 ニールは残念ながら、低くもないが高くもない。立ち絵的に言うなら平均的である。顔立ちも、乙女ゲーの攻略対象という程度にはイケメンだけども、どちらかというと優しそうな、どことなくやんわりした感じ。サディアスは怖いほどの男前だし、アルフは正統派美青年。勿論ゲームでの話だけど。


 しかしわたしが思うに、一番イケメンなのはうちの兄貴ヒューだと思う。くすんだ金髪はいかにもだし、すべてのパーツが芸術的に配置されている。あのシスコンヘタレがなければ、女性は蟻のように群がるに違いなかった。惜しい男である。


「で、何をしにいくの?」

「……お馬鹿さん、僕らが何しに来たのか覚えてるう? てめえは戦うときに丸腰かよ」


 どうやら武器を買うようだった。というか、こちとら戦ったこともなければ、買い物したこともないんですけど。

 ニールはすたすたとわたしを置いていくように歩いて、店のある通りに向かう。わたしはもうほぼ走るようにして、ニールを追いかけていた。こんなところでも対格差が悔やまれるとは。


 ニールが足を止めた場所には、店らしき入り口が点々とあった。

 ニールは周りを見渡して、その中から看板の絵を見て中に入る。小さな店で、中に人はいなかった。武器や防具のようなものが、ところせましと乱雑に積んでいる。奥には店員らしき人が立っていた。そこでニールは何やら話を始めて、硬貨を数枚ほど渡した。

 店の人は乱雑に置かれた物を漁ると、何かを持って戻ってきた。それをニールの前へ並べる。


「ハリエットさん、こっちへ」


 猫を被ったニールが呼んでくるが、残念なことにカウンターが高く、わたしの身長ではぎりぎり見える程度だった。こっちの人間は、総じて身長が高めである。それに合わせて作られているのだろう。


 そんなわたしに気づいたのか、ニールがわたしを抱き上げた。

 正直、もう小学三年生くらいのわたしを抱き上げるのは、貧弱なニールにはきついと思う。


「……これ、ナイフ?」


 そうして見えたものは、並べられた大小さまざまな刃物だった。革や木の鞘に納められているけれど、その形状は間違いなくナイフだろう。

 ニールは腕をプルプルさせつつ、涼しい顔で言った。


「魔法を使うんだろうけど、万が一ってこともあるしね。できるだけ手に合う短剣を選んで?」


 と、言われ刃物に眼を向ける。手を伸ばして柄に触れてみたけれど、自分がこれを使っているところが全く思い浮かばなかった。これで、魔物かなんかをブスッとして殺すのか?

 思い返せば、虫以外の生き物の殺生はしたことがなかった。


 乗り気でないわたしに構わず、ニールはやんわりと、けれども有無を言わせず選ばせる。


「革の方が手になじんでいいかもしれないね。それとも装飾が綺麗なものの方がいい?」

「……いや……これでいいよ」


 手に取ったのは、木の柄の短剣だった。前世のうちにあった果物ナイフも、まわりは木製だったし。

 選んだ短剣を、ニールは二三度確認して、そのままわたしの腰元のベルトに差した。衣服はほとんど自由なデザインなのに、女の人がズボンをはく文化はない。それ故にわたしはいつも青いワンピースである。

 ニールはわたしの姿を見て満足げににっこり笑うと、プルプルしていた手を下ろした。


「うぎゃっ」


 どすんと落ちたわたしを、ニールはごめんと言いながらこっそりせせら笑った。決して高くない位置だったけれど、落ちたら痛い。横向きに骨盤を打ち付けた、痛い。

 ……ニールも腕を振っていた。どうやら腕が痛いらしい。

 そのあと、ニールは並べてある短剣から同じようなものをひとつ取り、ポケットに突っ込んで背を向けた。その方向は、宿とは違う。どうやらまだ買い物が続くようだ。

 すぐ近くの似たようなお店に入ると、また胡散臭い笑みを店員に向けている。すると今度は、何も出されることなく店から離れてしまった。


「今度はどうするの?」


 ニールが何も言わない言葉足らずなので、わたしは仕方なく質問を投げる。ニールがまた叩いてきても嫌だけれど、町中だからとにっこり猫を被られるのも嫌だ。

 しかしわたしの思いとは裏腹に、ニールはどこか楽しそうに答えてくれた。


「魔術具を買いに市場へ行く。あっちのが何かと掘り出し物が多いんだ」


 正規の店ではなく、どうやら市場なるものがあるらしい。そう言われるとわたしも興味が湧いてきて、黙ってニールの後を続いた。薬指に嵌まる指輪をなぞりながら。

 この指輪は浮遊効果――使用者を浮かせることができるのだ。学園の部屋で散々使っていた(遊んでいた)けれど、未だ実用的に使ったことはなかった。

 もう少し戦闘向きの魔術具が必要かもしれない。


 ついた先は、さっきのレンガ造りの店とはだいぶ違った。どうやら店を構えているわけではなく、空いた場所に自由に広げて商売をしているらしかった。

 石畳の地面に布を敷いたり、屋台のような簡素な作りの荷車の中だったり、そこに色々な道具が置かれている。一見して用途がはっきりするものや、はたまた何がなんだかわけの分からないものまで。

 バザーのような、小学校の体育館で開かれるようなこじんまりさがあった。手に取って眺めたり、ものによっては使用してもいいらしく、さっきの店たちよりも賑わいがある。


「お嬢ちゃん、よってかないかい?」


 キョロキョロ辺りを見回していると、ふと一人の男の人に声をかけられた。石畳にあぐらをかいて、地面に敷いた赤い布のはしっこを、見せびらかすように持ち上げている。

 男は、どちらかというと童顔だった。声はしわがれていたけれど、丸い眼鏡から覗く目は大きい。そういえば眼鏡をつけた人を見たことがなかったけれど、一応存在はしているらしい。


 ニールは近くの荷車を見てにこにこと笑顔を振り撒いていたので、わたしはその男に近づいた。

 ウェーブした白髪の男は寄ってきたわたしを見て、嬉しそうに頬を掻いた。

 財布はニールが握っているのだけども、見るだけなら何も言われないだろう。

 よく見るためにしゃがみこんで、布を覗き込む。売っているのはどれも魔術具のようだった。腕輪や短剣が並ぶ中で、小さな布の上に置かれた指輪を見る。金色のそれには、ここの文字でない言葉が一面に刻まれていた。

 わたしの視線を追って、男が声を出す。


「それはね、『夜の王妃の指環』だよ」

「夜の王妃?」

「そう! 『夜の王妃と魔王』の話、知らないかい? もしかしてお嬢ちゃん、王都に来たのは最近?」


 『夜の王妃』について、男は声を弾ませて答えた。言い方から察するに、恐らく王都では有名なおとぎ話だろうか。

 男の問いに頷くと、男はさらに目を輝かせて口を開いた。しわがれてかすれていた声は、大きく聞き取りやすくなる。


「昔々、魔王と結婚した王妃がいたんだ。夜の闇のように綺麗な黒髪をしていたから、『夜の王妃』。最初は全然仲良くなくて、魔王は王妃に、庭の掃除とかをさせちゃうんだ。他にも色々。だけどようやく、気難しい魔王様が人間の王妃を愛し、そうして送ったのがこの指環。どうだい?」


 眉唾ものである。


 話自体は大変興味深かったけれど、その品がなぜこんな市にあるのだろうか? そんなことが実際にあったのなら、王妃の指環なんて厳重に保管されるべきだ。

 わたしの失礼な考えに気づくことなく、男は生き生きとした笑顔のまま他の品を手に取る。


「これなんかは、魔王様の『忠僕の剣』だし……ああこれはそうだ、『原初の時使い』の……」

「いや、大丈夫です」


 大層な名前のものが大量にあげられたので、慌てて両手を前に出した。わたしが子供だからと、おとぎ話に出てくるものを挙げていってるのだろう。

 男は多少テンションが戻ったようで、眼鏡の奥の金色の瞳を細めた。


「ごめんごめん。お嬢ちゃんはお話を知らないんだったね。王都にいるなら、その辺の吟遊詩人のうたでも聞いてみるといいよ」

「へえ、聞いてみます」


 わたしが素直に頷くと、男は上着の胸元から何かを取り出して、わたしに見せた。

 金色に輝いていて、四角く薄いもの。こちらへ差し出してきたので、わたしはそれを受け取って眺めた。意外に重く、これまたわけの分からない文字が刻んである。


「これは?」

「名前は……ない。それは欠片だからたいした力はないけど、話を聞いてくれたお礼に」

「貰ってもいいものなんですか?」


 わたしの問いに、男は嬉しそうに何度も頷くと、それを持ったわたしの手を握った。そのままぶんぶんと振り回す。


「それは、大切な人に渡すと良いことがあると言われているんだ。どうか、良きひとに」


 囁かれた言葉に、わたしは曖昧に頷いた。大切な人と言われても、恋愛そっち系の話はあんまり得意じゃない。次元さえ違えば(ゲームなら)モテモテだけど。

 握られた手を離されたので、しゃがむのをやめて立ち上がる。手を振ってくれた男にわたしも振り返して、ニールを探すことにした。



 見慣れた茶髪はすぐに見つかったので、はぐれないように駆け寄る。わたしに目を向けたニールは、ちょうどいいと腕を引っ張った。


「この中から好きなのを選べ」


 低く囁かれる。いくら猫被りだからといって、そんなに耳元に近づくのはどうかと思う。わたしは子供なので(ついでに言うとニールはロリコンではないので)、平気だけれど、それが普通の女性なら大変である。

 まあ、猫被りはお姉さんにさえ発動するんだから、そんな心配はないのかもしれないけど。


 それは置いといて、ニールの指した魔術具の方へ目を向ける。今度は屋台のような店に並べてあった。

 ……選べと言われても、魔術具には値段はおろか効果さえ書いてない。勘で選べってことか? と首をかしげると、ニールは大雑把に説明を始めた。


「分からないなら聞いて?」


 そう言うニールの目は、笑っていない。お前がすぐ怒るから聞けねえんだよ! とは、とてもじゃないが言えなかった。


「この辺のやつは防御で、こっちのが加速。これは……」


 ニールが説明していくものを追っていく。無骨なものから綺麗な装飾のものまで、分類なく置いてある。

 防御効果のそれは、多分結界や障壁を張るものだろうか。魔力があっても学園などの適切な教育が受けられない庶民は、魔術具に頼る。魔術具なら、魔力を込めるだけで魔術が発動するからだ。

 わたしは結界も障壁もござれだし、必要ないだろう。

 加速効果は、どの程度加速するのか分からない。わたしの鈍い足をわざわざ加速しても、魔力の無駄な気がしてしょうがない。もともと魔力がたくさんあるわけでもないし。


「あとこれは、魔力を蓄えるものだね」

「あ、それ」

「……これ?」


 ニールの指差したものは、小ぶりのペンダントだった。真ん中に石のぶら下がったものだ。手に取ってよく見ると、石は水晶のように透明だ。


 魔力を蓄えられるなら、わたしもいざというときに安心だ。いくら魔法が上手くなったところで、魔力が切れたら詰みに他ならない。

 ニールはわたしの手からそれを取り、金具を弄って外すと、わたしの首につけた。こっちの胸元をみて、心なしか満足げな顔で金を払っている。


 ニールは戦いの準備だとかそういうことを言っていたけど、もしかして、単に魔術具が好きなだけじゃないの?


 ニールの持つ大量の魔術具を見て、そう思うしかなかった。

ニールは買ってあげるのが好きなタイプ。(自分の金じゃない)

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