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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
初等部編
24/110

21 硬貨を魔力に例えるとして

「もしかして、あの時の?」


 そう言われれば、あの時の少年もこんな風に泣いていた。わたしの言葉に、少年は表情を明るくして何度も頷く。


「あのっ……! あの時は、本当にありがとうございました……!」

「え、ああ、うん……」


 とはいっても――正直、感謝されるようなことはしていない。

 あのあとどうしたかといえば、あの貴族のボンボンたちを褒めに褒めて褒め殺して、挙げ句に「寮まで案内させて頂きますう~~」とか言って、適当に少年から引き離しただけである。少年からすれば、変な少女が貴族に媚びへつらっただけだ。ヒーローのようにかっこよく、いじめっ子に制裁を下すこともできなかった。

 それを感謝されるなんて思っても見なかったことで、しかもキラキラとした眼差しを向けられるものだから、どうにも居心地が悪い。


「あ、あの時は別に……何にもしてないし。あれからおんなじようなこと、なかった?」


 そう言うと、高揚した表情は一転した。少年はさっきまでわたしに向けていた目とは違う、悲痛の色に染まった目を伏せた。答えとしてはそれで十分だ。

 やっぱり、わたしがあの時助けたからといって、何も変わらないのだ。分かっていた分、申し訳なくなる。


「……え、ええと……」

「――あっ、ごめんなさい! 大丈夫です、僕が弱虫だから、悪いんです」


 気まずくなった雰囲気に、慌てて少年は両手を振って誤魔化した。差し込んだ光で明るくなった瞳に、ほっと息を吐く。

 けれど、少年はまた、何かに気づいて申し訳なさそうに縮こまった。


「それに……この庭も」


 庭? この際惨たる状態の中庭を見回して、首をかしげる。まさか、この少年がこれをやったとでも言うのだろうか。前も言ったように、こんなこと、できるのはアルフかサディアスさんくらいだ。あり得ない。

 ……でも、この少年はどうやって結界を?


 少年はうつむいていたけれど、その足元にある花の残骸を見て、しゃくりあげた。溢れた涙を拭いながら、わたしを見る。


「ご、ごめんなさい……っ、僕、さっき、あなたが、先生たちに連れていかれた、って知って! 僕のせいなのに。僕が、やったのに」


 ま、まさか。


 わたしは少年の肩を強引に掴むと、顔を近づけてその涙を拭った。ごしごしと、質の悪い布でできた袖で。きっと擦られた目は痛いだろうに、少年はただされるがままになっている。とっさのことで、よく分かっていないのかもしれなかった。

 少年の涙がすっかり消えたことを確認して、わたしはあらためて少年に問いかける。


「――あのさ、きみ、名前は?」



 お察しだろう。

 わたしが「こいつがサディアスさんなわけない~」的なフラグを建てていたのだから。

 泣き止んで、わたしの突然の問いに目をしばたかせた少年は、サディアス・カルヴァートと名乗った。

 なんと、あの(・ ・)サディアスさんである。鋭い目付きに立派な体、強かな剣捌きが特徴的なサディアスさんが、昔はこんな泣き虫な少年だったわけだ。そう分かってもなお、あのキリッとした目付きと、目の前の少女的な顔が結び付かない。


「あの……ハリエット、さん?」


 上目使いで名前を呼ばれて、ようやく覚醒する。主要キャラと同姓同名なんかほぼあり得ないだろうし、話が本当ならこの魔力だ。まずサディアスさんで間違いないだろう。

 何とか自分を納得させて、適当に返事を返す。冤罪について謝られたが、今さらそんな些細なことはどうでもよくなっていた。どうせもともと教師からはよく思われていないのだから、逆に嫌味を言い返せてスカッとしたくらいだ。……ニールと嫌味の応酬をしているせいで、どんどん似てきている気がする。勘弁願いたい。


 それよりも、少年がサディアスさんだと聞いて、良かったことがある。

 サディアスさんは昔、魔力の制御が上手くいかなくて、人に大怪我を負わせたことがあるらしい。それ以来魔法は封印し、それ故に完璧とも言える剣技を身に付けたわけだけど――怪我をさせたことが、トラウマになっていることは間違いない。何度も自分を悔い、責めることになっただろう。

 しかし、ここにわたしがいる。

 今からサディアスさんに、魔法のいろはを教えたらどうだ?

 上手くいけば、サディアスさんは自分の意思に反して人を傷つけることもない。それに、膨大な魔力がある。今サディアスさんをいじめているボンボンも、見返すことができるだろう。


「ねえ、サディアスさ――サディアスくん、よかったらわたしと、魔法のお勉強しない?」


 サディアス、がわたしを慕っている間に、多少馴れ馴れしいとは思いつつ、距離をつめる。わたしの姿が、威圧感とは正反対のもので良かった。前世では目付きがどうの、目が死んでるだの、散々な言われようだった。

 唐突なわたしの言葉に、サディアスはぽかんと口を開けた。


「こんな風に中庭を吹っ飛ばしたり、……誰かを傷つけないように。どう?」

「……魔法の、お勉強……?」


 呆けたようにわたしを見つめる瞳に、熱が宿る。彼だって、あんな日々に甘んじている自分に、憤りを感じていたに違いない。

 黙りこんで、それでも深く頷いたサディアスに、わたしは満面の笑みを返した。


「よし! じゃあ、早速始めようか!」

「え!? い、今から……?」


 無論だ。サディアスの言葉に頷いて、中庭に腰を下ろす。

 いつサディアスが人を傷つけることになってしまうのか、詳しい時期はわたしにも分からないのだ。もしかしたら明日かもしれないし、明後日かもしれない。一日程度で、あの莫大な魔力がコントロールできるとは思えないけれど、やらないよりましだ。

 前なら、主戦力になりかねないサディアスの教育なんて絶対にしなかった――むしろ逆ことをすべきなのだけど、今は違う。愛しの黒幕ニールが仲間寄りなのだ。純粋にサディアスを助けてやってもいいだろう。


 続けて腰を下ろしたサディアスに、わたしはまず魔力の概念について説明することにした。この辺はもう授業でも教わっているとは思うけど、理解しているかは別の話だ。


「さて、サディアスくん。魔力ってなにか知ってる?」

「えっと……魔法を使うための、ちから?」


 自信なさげに答えるサディアスの、白い髪をわしわしと撫でる。そういえば、ゲームのサディアスはどちらかというと銀色っぽい髪色だったのだけれど、今のサディアスはわたしに似た白だ。歳を重ねるにつれ、色濃くなっていくんだろうか。


「そう。魔法は魔力を使って出すんだね。じゃ、サディアスくんの魔力の量だと、いっぱい魔法が使えることになる。ここまでいい?」

「うん……僕、魔力の量が多いから、上手くいかないんだ……」

「あ、それは違うよ」


 サディアスの暗い言葉を否定して、わたしはポケットから硬貨を取り出す。銅貨が五枚ほどだ。

 ちなみに、前世的に言うと銅貨は200円程度。銀貨が1000円、金貨は10000円程度である。不換紙幣なんかと違って、地域や国で価値が違うので一概には言えないけど。ザルーアス近辺ではそんな感じで、わたしの故郷タリクルスではもうちょっとお高めだ。

 そんな銅貨をサディアスの前に並べて、分かりやすく解説する。


「サディアスくんは魔力という名の硬貨を五枚持ってます! えー、一枚で、りんごという名の魔法が一つ使え(買え)ます。もしわたしが持つとしたら、硬貨は二枚くらい。サディアスくんは魔力が多いのね、分かった?」

「う、うん。硬貨が一枚で、魔法が一つ使える」

「あはは、ごっちゃになってるけど、それでいいよ。……でも、りんごといっても大きさはバラバラでしょ? でっかいりんごなら、硬貨が二枚いります。わたしがでっかい魔法を使おうと思ったら、魔力が全部いることになるね」


 実際に、全身の魔力を全部使い果たすような魔法を使うことはないだろうけど、サディアスは真面目に何回も頷いている。


「わたしがでっかいりんごを買うには、全部のお金が必要になっちゃうけど、サディアスくんはどう? ほら、二枚払ってもまだ三枚も残ってる」


 並べた硬貨から二枚を引いて、サディアスに見せる。はたしてこんな説明でちゃんとわかってくれるのかとうかがうと、真面目な顔で射抜かれた。その目は、さっきの情けない顔と違って、確かにサディアスの面影がある。

 あらためてそんなことを確認しながら、わたしは説明を続けた。


「おっきな魔力がある分、使った分も持ってる分も分かりにくいんだよ。それに、りんごには味もある。大きさはおんなじでも、高いりんごと安いりんごがあるんだよね」


 わたしの手持ちが少なかったので分かりにくいが、つまり硬貨が100枚もあれば、いちいち一枚一枚把握することは難しい。だから二枚でいいところを、五枚だったり十枚だったり出してしまうということだ。

 サディアスの魔力と年齢を思えば、まだ10枚程度の硬貨(魔力)だって把握しきれないのだろう。魔法は感覚が重要で、その感覚を養うためには経験が必要なのだ。アルフは多分、その血の特殊さ故にコントロールできてるんだろう。あらためてチートくさい。


「つまり、サディアスくんは魔力が多すぎて、自分でもどれだけあるか分かってないんだよ。だからついついいっぱい出しすぎたりしちゃうんだね」

「……じゃあ、どうすればいいの……?」


 すがるような声に、親指で硬貨を弾く。ピン、と勢いよく回りながら飛んだそれを、落ちてきたところで掴む。サディアスが驚きの声をあげた。


「簡単簡単。練習だよ」


 これも練習だ。他にも指パッチンとか、指笛とか、練習して習得したことはたくさんある。なんせ前世ではぼっちだったものだから、練習する時間には困らなかった。

 まあ、人に自慢できる資格やら特技にはまったく精を出せなかったわけだけど。


「練習……」

「そうそう。わたしも付き合ったげるからさ、頑張ろうよ」


 硬貨をポケットにしまって立ち上がると、わたしは手をつきだした。座ったままのサディアスに、その手を向ける。

 自信もなくさ迷っていた目線が、わたしの手に注がれる。サディアスは、ここで変わるべきだ。


「…………うん。僕、頑張りたい。よろしくお願いします、ハリエットさん!」


 わたしの手に、その暖かな手が重ねられた。「よし!」と頷いて、サディアスを引っ張った。そのまま立ち上がらせて、もう片方の手も握る。


「は、ハリエットさ」

「集中してね」


 途端に慌てるサディアスを制して、目を閉じる。一日程度であの莫大な魔力がコントロールできるとは思えない、と言ったけど、それでもいくらか短縮することは可能だ。

 サディアスの両手に触れたまま、わたしの魔力を流し込む。上手く流れていかず汗が垂れるけど、それでも無理矢理に押し込んだ。しばらく送り続けると、やっと普通に魔力が循環させられるようになった。


「……ハリエットさん……こ、これ」

「魔力が流れてるの分かる? スッゲー流れるの速いよねこれ。さすが」


 早口で捲し立てる。わたしが流す分、サディアスの魔力がわたしに流れ込んできているのだ。わたしの魔力とは比べ物にならないほどの純度だ。

 わたしの魔力の流れは、サディアスの流れに乗って加速する。けれど、わたしの方はサディアスの流れが速すぎて最早毒だ。繋いだ手から突き刺さるような痛みを感じる。

 でも、こうして魔力の流れを掴ませると、きちんと魔力を把握できるようになるのだ。流れによってうちに秘めたる魔力の量が分かるとのこと。ソースはあの、結界抜けが記された本だ。

 ではなぜサディアスはされていなかったのかというと、多分この痛みのせいだ。魔力を循環させる行為はよくあることだけれど、双方の魔力量が同等じゃないと上手くいかない。しかしサディアスと同等の魔力を持つ人なんて、そうそういないだろう。


 ビリビリとした痛みが本格的に意識を蝕みはじめたので、わたしは徐々に流し込む魔力を減らして、その手を離した。

 額に浮きだした汗を拭いとり、呆然としたままのサディアスに声をかける。


「どう? なんか、掴めそうだった?」

「……はい。大きな渦が巻いているような、吸い込まれそうでした」


 どこか遠い目をしながら、サディアスは呟くように答えた。自身も飲み込まんとする魔力なんて、そんな怖いこと言わないでほしい。たしかに、まだ幼い体に、のし掛かる魔力の量ではないけれど。

 慰めるように頭を撫でなでる。


「そうだ、体も鍛えてみたら? ね、サディアスくん」

「……え?」

「それがいいよ。うん、決まり決まり。剣とかやってみようよ。……吸い込まれそうなら、そうならないような体にならなきゃ」

「それは……」


 怖いのだろうか、サディアスの口ごもった返答に、わたしは彼の柔い頬を両手で挟み込んだ。空気の抜ける音がして、マシュマロような頬が指に吸い付く。


「ほら! 例えば、いつか好きな子ができたとして。守れるようにさ。魔法も剣技も、やっといた方がいいよ」


 なんせ、ゲームのサディアスは果敢にヒロインを守ったのだから。

 ふにふにとわたしに頬を摘ままれたまま、サディアスはその言葉に顔を引き締めた。まあ、わたしが頬っぺた揉んでる時点で崩れてるんだけど。

 そんなどこか不格好なままで、サディアスは口を開いた。


「ハリエットさんも、僕が必要?」


 不安げな水色の瞳に、頬をさらに押し上げる。可愛い顔が歪んだ姿に思わず吹き出して、赤くなった頬を撫でた。

 その問いの答えは、決まってる。


「――もちろん!」

 

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