20 見覚えのある少年
そこそこ長くなりそうだったので、いままでのお話を初等部編へ変更しました。また、人物名、町名も一部変更しております。
見切り発車でしたが、色々と繋がってきそうなところもありますので、これから初期の話の改変が多々あると思います。どうかご了承ください。
お気に入り、評価共々ありがとうございます。
現れたのは、わたしより小柄な少年だった。
わたしと似たような白い髪に、気の弱そうな情けない顔をしている。柔い頬には涙の線がいくつもあった。
てっきりここにくるとすれば教師たちか、あるいはサディアスさんかと思っていたのだけど……違ったか? あの少年にサディアスさんの面影は見当たらない。だって、サディアスさんといえば鋭い目付きと鍛えられた体つきが印象的だ。
まっさか、この少年がサディアスさんなわけないでしょう。
「……あのー……」
わたしに気づいてないようすだったので、恐る恐る声をかける。前世でゆーくんのような悪ガキなら相手にしたこともあるけど、本来わたしは子供が苦手である。
わたしの声に、その少年はびくりと肩を震わせた。
「えっと、結界が……張ってあったはずなんだけど。どうしてここに」
「――ごめんなさい!」
少年はわたしの姿をとらえると、その水色の目にいきなり涙を溢れさせた。声変わり前の高い声が震えている。
その光景に、わたしは慌てて少年に近づいた。逃げられるかも、とも思ったけど、予想に反して少年はうるうるの瞳でわたしを見上げるだけだった。
腕を伸ばせば届く距離まで近づいてみても、少年はただ泣きながら眉を下げている。
「……な、なにに対してのごめんなさい?」
「…………それは、あの……迷惑、かけたから……」
「は?」
首をかしげると、少年は固まった。アルフやニールのような冷たい男たちとは違うこの少年に、いまいちどう接していいのかわからない。
前世ではぼっちだったし、今も友達なんかアルフとニールしかいないんだもの。
「なんのこと?」
ええい、ままよ! と、芝居がかった台詞を思い浮かべながら、直接的に問いかける。子供相手に必要以上に気を使っても、どうせ伝わらないだろう。それならもう、ストレートに言った方がいい。
意外にも少年は萎縮することもなく、わたしを伺うように見ながら小さな口を開いた。
「お、覚えてないかも知れないけど、えっと……入学式の日、助けてもらって……」
「入学式……」
思い出そうと首をひねる。わたしの記憶は常人通り時間と共に薄れていくのだ。前世の記憶、以外は。
期待を滲ませた少年の顔に、思い出そうと唸る。
入学式当日、ええと、当日は確か――……。
「ハティ、これで全部か?」
おじさんが、大きなトランクを持ちあげてわたしに問いかける。中には確か、動きやすいワンピースが十数着と、下着類。あとはいくらかのお金と筆記用具と、本が入っていたはずだ。問題ないと頷くと、おじさんはそれを家の前に留まった馬車に積んだ。
そのようすを、ヒューが恨めしげに睨んでいる。昨日も散々泣いたくせに。
「……エッタ、本当に行っちゃうの……?」
「もう手続きは済んでるし、行くってば」
「う、うう~~……はてぃ~~……」
昨日から涙が垂れ流しっぱなしの目は、真っ赤に腫れていた。もういい加減枯れてしまえばいいのに、と思いながら、白い目で泣き虫な兄を見る。荷物を積むおじさんも、わたしとおんなじ目をしてヒューを見ていた。
ともかく、ヒューに泣いて止められようと、わたしは学園に入るのだ!
何とかして本編のニールルートは回避して、わたしはアルフをもふもふ、魔法をびゅんびゅんしたいのだ。そのためには学園に入学することが必要不可欠。学園にはここにはない書籍もあるだろうし、魔法を抜きにしても単純に読書は楽しい。前世ではよく古本屋巡りをしたものだ。
まだ見ぬ本に想いを巡らせながら、わたしはついに馬車に乗り込んだ。なんと、馬車に乗るのはこれが初めてだったりする。この身長だと馬がかなりでかく見えるし、車輪は固いしで、いろんな意味で不安だ。
そして、おじさんとヒューとは、ここでしばらくお別れ。
おでこにちゅっとキスをされて、名残惜しげに手を振られる。ヒューなんかもう、わたしがハゲるくらいに頭を撫でてきた。うっとおしかったので、そのくすんだ金髪をハゲるくらいに撫で返す。
ヒューはまた、号泣した。
そんなこんなで家を出発してしばらく。……案の定、馬車は揺れた。揺れに揺れた。
ケツが……ケツが痛い。まさに尾てい骨と固いシートが互いに喧嘩をしているようだった。どうすることもできず、手を挟んだりしてやり過ごす。子供の皮膚は薄いし、ケツの皮がアレかもしれない。アレだ。
どうにかこうにかケツの痛みをやり過ごし、ザルーアスとかいう名の町にやってきた。窓から見るにあまり大きな町でもないけども、隣が王都ザタナルグということもあり、なかなかの賑わいを見せている。なんといっても今から向かう学園は、魔法の学べる唯一の施設といってもいいところだからだ。
貴族様は魔術師を家庭教師に雇ったりなんかするようだけど、それ以外で真っ当に学ぼうと思えばここだけ。それ故に入学金などなど莫大な金がいるのだけど、魔力が桁外れだったり、めずらしい属性だったりすると、その類いの金は免除されるのだ。かくいうわたしも後者が適応されている。めずらしい平民が入学するには、そういう背景もある。勿論、親御さんが一生懸命稼いで入らせる場合もあるだろうけど。
入学には簡単な試験で魔法の適性を調べ、合格者が決まる。わたしのような闇属性もいるので、公開されることはない。試験に落ちたのが公開されると、お怒りになる貴族様がいらっしゃるから、というのも含まれている。
試験は先日終了しているので、わたしがそんなのを見ることは万が一にもないけど。
「お嬢ちゃん、着いたよ」
「あ、ありがとうございました」
そう言う御者にお金を握らせて、小さい手を振る。子供は愛想を振り撒いてなんぼだ。年老いた御者は小さく微笑みを返してくれた。
馬車から降り立ち、大きな門をくぐる。
入学式はつつがなく終了した。
なんと隣から現国王まで来ていたが、わたしの方からは米粒ほどにしか見えなかった。なんせたっかい位置にある椅子にふんぞり返っているのだから。
その横にまだ若い王子様らしき人も存在したけど、前世の絵本に出てくるような王子様のテンプレではなかった。確かに整った顔立ちではあるものの、どちらかというと性格悪そうである。人の上に立つ人っていうのは、それくらいの気概がないと務まらないんだろうか。
「――あの、ハリエット・ベルさん?」
さて今日は寮の荷物でも片そうか、と思ったところを、見知らぬ大人に声をかけられた。
知ってるか、前世ではこんな言葉があったことを。
知らない大人にはついていかない。
わたしは華麗にスルーした。
「あ、あれ? 待って、待ってハリエットさん!」
「……どちら様ですか?」
肩をガシリと掴まれ、渋々振り向くと、可愛らしい巨乳のお姉さんが無視されたせいか困った顔をしていた。そんな顔を見て、思わず返事をしてしまう。
わたしはどちらかというとおっぱいが大きい方がタイプだ。なぜなら前世ではペッタンコだったから。
お姉さんはというと、どうやらこの学園の偉い人らしかった。いままで魔法関連の本ばかり読んできたから、この世界の事情にはあんまり詳しくない。さっきの失礼な態度を慌てて謝ったら、快く許してくれた。
お姉さんはわたしを部屋に通すと、闇属性の危険性について注意してくれた。身分差的な確執は覚悟していたけど、まさか魔法を学ぶここでも闇属性が嫌悪されているとは思っていなくて、うな垂れてしまう。お姉さんは一部の人間だと言ったけど、貴族様なら民衆に影響力のある教会と懇意にしないわけがない。
くれぐれも気をつけて、と念をおされつつ部屋から退出した。
「とは言われても、イマイチ実感沸かないな……」
手を見つめてグッパーとしてみるが、こんな小さい手から出る魔法を、そんなに嫌う必要がおるのだろうか? わたしはずば抜けて魔力があるわけでもないし、こんな少女の体ならたとえ魔法が使えなくても抑えこめてしまう。
ここまで闇属性が嫌悪されるのには、相応の理由があるはずだ。ありがちな話ではあるけど、過去に闇魔法で何か起こったとか。
そうじゃなければ、なんて理不尽。
薄暗い思考に蓋をして、歩を進める。これから寮の自室の整理をしなければ。それから、できれば学校の施設についても下見をしておかなければならないなあ……。
「――やめてよッ……!」
これからすべきことを考えつつ、校舎から寮へ向かう途中。
そんなか細い悲鳴が聞こえた。
慌てて声の方へ駆け寄ってみれば、まだ入学初日だというのに生徒の間で不穏な空気が立ち上っていた。仕立てのいい、装飾のごてごてと付いた服の、見るからに貴族と思しき少年たちに囲まれた小柄な少年。顔は下を向いていて見ることが叶わないけれど、その体は小刻みに震えていた。
「ハッ! なんだそのきったねえ顔! この身の程知らず! 無様だなあ!」
「平民のくせに汚い手でギータ様に触るからだ」
「うわあ……」
す、凄まじい……。これが貴族のボンボンと言うわけか。選民意識を植え付けられているのか、はたまた自分の地位に驕っているのか。まだ数年しか生きていない少年だというのに、無駄に優秀な語彙力で罵るものだ。
とはいえ、わたしも万が一属性がばれるとこうなるのだろうか。思わずぶるりと震え上がる。今さらながらに、さっきの忠告がありがたいものだと知る。知らなければ、堂々とはせずとも、気の合う程度の友人にも見せていたかもしれない。どこから情報が漏れるかはわからないのに。
と、未だに小柄な少年を罵り続ける少年たちに、頭を悩ませる。
人間として、もちろん助けなければならないだろう。けれど、たとえ今わたしが助けたところで、根本的な解決にはなりえない。それどころか、わたしにさえ被害が及ぶかも。そもそもわたしに助けることができるだろうか? ……魔法を見せられないという制約が付いている今、わたしができることは極端に少ない。
見捨ててしまおうか、と考える。どうせ誰かに見咎められることもないのだ。なんにも見なかったことにして、ゆっくりここから去ればいい。ほら、今なら誰も気づいてない――。
「……あ」
喉の奥から声が出る。
潤んですっかり赤くなった、水色の瞳と目が合った。
縋るような、それでいてどこか諦めているようなほの暗い水色だった。
「……そこで何をしていらっしゃるんですか?」
声を張って、嫌味な表情を浮かべている少年たちに投げかける。怪訝な顔で振り向いた彼らに、愛想笑いを返す。
目が合ってしまった以上、見捨てて逃げるなんて選択肢はなかった。わたしは卑怯者なのだ。心から少年を助けるのではなく、こんなひ弱な少年を『見捨てた』なんて、そんなことを誰かに知られたくなかったから助ける。
「なんだよ、お前」
「わたしはハリエットと申します。生憎、あなた様方に名乗れるような家名ではございませんので、ご容赦頂きます」
そういって丁寧に、両腕を後ろに組んで頭を下げる。少年たちはわたしに目を向けると、少年をなじるのをやめて鼻で笑った。「なんだ、平民風情か」とでも言いたげな顔だ。
反対にさっきまで囲まれ泣いていたであろう少年は、突然のことにおろおろと手を彷徨わせていた。わたしと似た白髪に、わたしより薄い水色の瞳。その顔は少年と言うよりは少女に近かった。
柔い頬には涙の線がいくつもあった。
その姿に、確かに見覚えがあった。