19 攻略対象③
「うーん……つっかれたあ」
体を丸めながら息を吐き出す。
その言葉を聞いて、アルフは無言でわたしの背中をさすってくれた。もう片方の手でフォークを口に運んでいる。
「そんなに大変なの? そっちの授業」
「うーん……」
一年間基礎という名の座学を受けたわたしたちは、長い休暇を跨いで実習授業に入った。(ちなみに休暇ではお家に帰りました。ヒューが泣いて喜んで、また学園に戻るときには泣いていた)
実習授業では、属性ごとに別れて本格的に魔法を学ぶということだ。アルフは火属性なので、今は炎を浮かべることから始めているらしい。
わたしといえば、もちろん一人だ。
そして教師役は、もちろんニール。
ゲームでもニールが教師だったのかは分からないが、多分わたしが結界抜けをしたことで呼び出されたわけだから、本来なら遭遇していないんじゃないかと思う。この出会いが果たしていいのかは分からないけど。
それはともかく、ニールとの授業はまあ半分真面目に、あと半分はお遊びも含めて楽しくやっている。校舎にある実習室もお姉さんの結界が張り巡らされてあるらしく、わたしとニールが少々暴れたところで部屋はノーダメージだ。両方とも体力がないので、もっぱら魔法の撃ち合いだけだけど。
ニールはどの本にも載ってないような古い魔法をたくさん知っていて、恐らくそのアドバンテージを活かして戦っている。わたしも見た感じのそれを模倣したりして、結果的に魔法を習っている形になっている。ただでまともに教える気はないらしい……。
そんなニールは猫被りを止めてからというもの、それはもう楽しげにニヤニヤニヤニヤとわたしをおちょくって楽しんでいらっしゃる。わたしもついつい憎まれ口を叩いてしまうものだから、ニールをさらに調子づかせるのだった。
しかもそのテンションのまま魔法をぶっぱなしてくるものだから、わたしの体はずたぼろだ。アルフの前で弱音も吐きたくなる。
「多分あいつは教師向いてないんだよ……」
闇属性の人自体少ないし、なおかつ学園で魔法を教えてくれる人物なんて滅多にいない。だからこそニールになったんだろうけど、あいつはお世辞にも教え方が上手いとはいえない。器用なニールのことだから、やろうと思えば丁寧に教えることくらいわけないはずだけど。最初の授業のときみたいにさ。
アルフにそう零すと、会ったことないから分からないと真面目な答えを返されてしまった。そうだろうね。残念だけどわたしとしては時計塔での一件もあるし、あんまし会わせようとは思えない。
そんな、アルフに励まされていつも通りの和やかな昼食風景を繰り広げていたところを、何者かに邪魔された。
「――ベルさん!!」
ああ、その声はいつぞやの担任教師ではないか。
今はもうあまり関わりにはなってないけど。どうやら彼女は一年生の基礎担当なのだ。二年生になった今ではほぼ顔も見ない存在だったんだけど……。
二年生の教室の扉が不機嫌に軋んで、元担任が飛び出してきた。他の生徒には見せないような鬼の形相をした彼女は、つかつかとわたしに歩み寄ると無理やり腕を掴んできた。そのまま引っ張られて立ち上がらされる。肩抜けるわ。
ぞんざいな扱いに、アルフがおんなじように立ち上がって元担任を睨む。そんなアルフすら目に入っていないようで、彼女はわたしだけを捕らえたまま甲高く怒鳴った。
「中庭になにをしたの!」
「は?」
「しらばっくれないで!! いいからちょっとこっち来なさい!」
「はあ?!」
理不尽極まりない!
アルフもそう思ったのか、元担任を睨んだまま手首を掴んだ。元担任の手首には忌々しいブレスレットが付いている。わたしを殴った男たちもつけていたものだ。……あの傷のせいで散々アルフにお説教かまされたんだからな。前世の記憶も相まって、子供にお説教されるのは情けなかった。
「待ってください。中庭ってなんのことですか」
「あら……オルブライトさん。いえ、ちょっとしたことがあっただけよ。あなたがこんなの気にすることないわ」
「……っ」
元担任は機嫌をとるようにやんわりと言ったけど、苗字で呼ばれてアルフの眉が吊りあがる。
わたしは慌てて止めに入った。聡いアルフはご機嫌取りもお家もだいっきらいである。
「アルフくん! 大丈夫。わたし何もしてないと思うし」
「……ハティ」
「多分」
「そこは言い切ってよ」
呆れた顔で見られて、思わず笑ってしまう。アルフの方も一息ついて冷静になったのか、元担任を無視して椅子に座りなおした。
元担任はアルフを少し伺ってはいたけど、すぐにわたしに向かって嫌そうな顔を浮かべると腕を引っ張った。今度はそのまま歩かされる。
振り向いたアルフにこっそり手を振って、わたしは教室を後にした。
なんというか、廊下がいやに騒がしい。元担任は生徒たちを掻き分けるように進んでいくけれど、その生徒たちはわたしたちの方を見て口々に騒いでいる。「中庭が誰かに荒らされた」とか「魔法を使ったみたい」とか「連れてかれるベルさんが犯人じゃないの」とか……。
そんな生徒たちの言葉は伝言ゲームのように広がっていく。ひっじょーに残念だけど、多分わたしは犯人じゃないぞ。
興味津々な生徒たちをうっとおしそうに除けて、わたしは一階の職員室らしきところへ連れていかれた。元担任が扉を開くと、中にはすでに何人かの教師の姿が。
「連れてきました」
前もあったな、こんな展開。前と違って今回は冤罪だけど、信じてもらえるだろうか。というかまず、わたしが犯人だと思った証拠を見せてもらわないと。
教師たちは優雅に椅子に座っていらっしゃった。その前に立たされるわたし。元担任がわたしの前に回って睨み付けてきた。
「どうしてこんなことを?」
こんなことと言われても。
「中庭で何かあったんですか?」
「――しらばっくれるなって言ったわよね!?」
怒鳴った元担任を、後ろにいた他の教師がなだめる。その顔はちょっと困惑しているようにも見えた。
もしかすると、他の教師は確固たる証拠もないままわたしを連れてきたのかもしれない。この元担任に気圧されて、なんてことも、見る限りでは十分ありそうだ。
息を荒らげた彼女は無視して、比較的話が通じそうな後方の教師に視線をやる。
「わたしをわざわざ呼んだってことは、わたしがやったっていう証拠があるんですよね? わたし自身心当たりもまったくなければ現状を把握してもいませんが、よければ証拠でもなんでもご提示願えますか」
嫌味っぽく言い切る。
案の定元担任はわたしの生意気な態度に目つきを鋭くしたけれど、他の教師たちはたじろいだ。その反応に、ろくに証拠もなにもないと確信する。完全にアルフとの癒しの昼食時間を邪魔されただけじゃないか。
できるだけ大きくため息を吐いて、座ったままの教師たちを見下す。
「本来ならいたいけな生徒を何の根拠もなしに疑うなんて、ありえないんじゃないですか? わたしが平民だったからよかったですけど――ああ、むしろわたしがなんの後ろ盾もないただの子供だからこんな強引に? 家柄でしか生徒を見れないんですか」
「――な……っ」
「ともかく、中庭の一件はどうやら先生方の勘違いだったみたいですね? それなら失礼させていただきます。懲りたなら、もう犯人探しはやめた方がいいと思いますよ」
一礼して、わたしはさっさと扉へ向かった。呆けている教師たちに紛れて、元担任だけが刺すような視線をこっちへぶつけている。『信者』はどうやら彼女一人のようだ。
派手な物言いはわたしの趣味じゃないけど、今回は仕方ない。これしか方法が浮かばなかったのだ。さすがにわたしも冤罪被りたくはないし。
……とりあえず、渦中の中庭に行ってみようか?
校舎の真ん中にある中庭は、予想以上にひどいことになっていた。
装飾の施された綺麗なベンチと花壇や草木の綺麗だった中庭は、いまや見る影もなくボロボロだった。枝は折れ、花は散ってしまっている。ベンチにいたってはひっくり返っていた。
「こ、これはなかなか……ひどいな」
思わず口から本音が。
わたしは散らかった中庭に足を踏み入れて、とりあえず全体に結界を張る。これで他の生徒が侵入してくることはないだろう。
最初にわたしはひっくり返ったベンチを何とか元に戻そうとした。……が、これがビクともしない。これからは魔法だけじゃなくって体も鍛えたほうがいいかも。早々に諦めた。
ベンチは放っておいて、今度はその辺に散らばっている木の枝を拾い上げた。
魔法で生み出されたものは、本人の意思で消滅させることができる。たとえば炎属性の人が紙を燃やしたとして、まだ燃やせる部分が残っていても本人が「消えろ」と思えば消せるのだ。その瞬間紙を燃やしていた炎はなくなり、中途半端に燃えた紙だけが残る、と。
何が言いたいかというと、つまり枝が折れているということは少なくとも炎属性のやつは犯人じゃないってことだ。雷属性も。この二つを使っているとしたら、多分木の枝は燃えている。周りを見ても焦げたものは一切ないので、この線はない。
ちなみに闇属性はそもそも物質が消える性質があるので、折れた枝が見つからないだろう。あの教師たちはこんな簡単なことにも気づかなかったんだろうか。
光属性は反対に物質への効果がないので、残りは水か風だ。両方流れるような動きだし、この二つは特定できない。
と、言いたいところなんだけど、正直言うと犯人は分かっていた。
こんな広い中庭全域に渡って魔法をぶっ放せるのなんか、数えるほどしかいないだろう。あの教師たちには悪いが、勿論わたしにそんな馬鹿でかい魔力はない。できるとしたらアルフくらいだ。ニールでも多分無理。
そんなでっかい魔力を持った人物がモブである可能性は低い。
恐らく、サディアスさんだ。
サディアスさんは一言でいえば不良である。
アルフに匹敵するほどの魔力を持ちながらも、上手くコントロールができず魔法を暴発させてしまうキャラ。それで過去に人を傷つけてしまってから、魔法を封印して剣一本で成り上がる。色々あって最後には騎士になるんだけど、その前の、ヒロインを助けるためにと一度だけ魔法を使うシーンがかっこいいのだ。
作中で一番ツンツンしている、まあいわゆるツン(ツンツン)デレ。
きっとこの中庭の惨状も、彼が魔法を暴発させてしまったに違いなかった。属性水だし。
確信は持てていなかったけれど、万一犯人として見つけられたら可哀想だから、教師たちにあんな形で圧力を掛けさせてもらった。ここにきて確かめて、間違いないと悟る。
わたしからすればニールと会った時点で、もう他の攻略対象を更生する必要はないわけだけど、だからといって放っておくのも良心が痛む。わたしにだって良心くらいありますからね。
「ま、あの冤罪も何かの縁だし――……ん? あ」
何かが弾ける感覚がした。これは、わたしの結界が破られたのだ。
結界破りは初等部では習わないはずなのに? そりゃあ絶対に敗れない結界なんてのはない。でも、普通のやつが結界を通ろうとすれば魔力が逆流する。
じゃあ、普通じゃないやつか?
思考がそこに行き着いて、身構える。さっきの教師のうちの誰か、とすればあの元担任かもしれない。わたしがさっき散々煽ってしまったから、逆上して何かしにきたか。
隠れるのも変だし、黙って結界の破られた方へ顔を向ける。
草を踏みしめる音と、鼻を啜る音が同時に聞こえた。