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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
初等部編
20/110

18 指輪

「ばーか。風なんてきてないだろ。これは属性なしの魔力を注いで発動すんのー」


 そう言われて見れば、ニールはただ静かに浮遊しているだけだ。風属性が風を巻き上げて飛ぶのとは違って、ただ浮いている。

 いまいちよくわからなくてニールをじっと見つめていると、居心地の悪さを感じたのかニールが顔をそむけながら椅子に戻った。


「だ、だからつまり無属性! 誰でも使えんだよ! 分かったかガキ!」


 叫ぶニールの言葉に、何とかうなずく。癇癪持ちめ。

 無属性。その手があったか。そういえば結界だって無属性といわれるべきもののはずだ。属性にばかりこだわって勉強していたせいで、無属性なんて基礎のことを知らなかったらしい。


「……はー。無属性ってのは、触れてるものにだけ流せる純粋な魔力だ。放出しようとするとぜーったい属性がつくからなァ」

「なるほど……結界抜けも触らないと無理だし、魔術具も身に付けてないと発動しないと」

「そーいうことー」


 首もとのチョーカーを弄りながら、ニールが同意する。

 つまり、わたしも魔術具さえあれば無属性の魔術なら使えるってことだ。世の中の闇属性の人たちはこうやって誤魔化しているんだろう。

 こないだ浮かんだ疑問にも答えができた。わたしはすっかり満足して息を吐く。それに、またニールが片眉を上げた。


「もう終わりかよ?」

「んー。まあ……」

「あるだろ。……僕より謎に満ち溢れた男なんかいないよ?」


 面白そうに笑うニールを見つめながら、首をかしげる。確かにまだニールの年齢の謎やら教会への恨みなんかは分からないままだけど、後者なんか明らかにここでわたしが聞いて喋らせることではない気がした。

 今聞いたらニールは答えてくれるんだろうけど、やっぱり本人が話したいと思った時に聞きたいと思う。この心地いい空気が壊れることも、躊躇していた。

 だからわたしは首を横に振った。


「ニールとこうやって話せただけでよかったよ」


 こうやって素のまま話せただけで、わたしはニールと仲良くなった気になっているのだ。もうニールのことをチョロいとか言えないかもしれない。でも黒幕とこうやって何でもないこと話せているのは、わたしからしたら重大なことなのだ。

 そういう極力友好的な気持ちを込めて、そう言った。はずなのに、ニールはいきなり椅子から立ち上がると、無表情でわたしに向かってつかつかと歩み寄ってきた。


 いきなりの行動に目を見開く。無表情のニールとか怖い。

 足の着かないベッドに腰かけたままのわたしの前に、ニールはすっとしゃがみこんだ。


「手、出せ」

「え? ちょ、ちょっと」


 何がなにやら分からないけど、怒ってるわけじゃなさそう。というかそう思いたいという希望的観測である。

 出せと言って起きながら、強引にわたしの左手を引っ張り出す。小さくて丸い手に、ニールの骨ばった手が添えられる。


「……これで貸し借りなしだからな」


 ニールは、決まり悪そうに呟かれた言葉と共に、わたしの指にさっきの指輪を嵌めた。

 さっきまでニールの人差し指に嵌まっていたのに、ぴったりわたしの薬指を飾る。魔術具なだけあって、サイズの概念はないらしい。

 それより、いきなりニールから送られた指輪に呆然とする。


「これ……いいの?」


 貸し借りなんて、わたし別に気にしてないのに。ニールがそんなことを気にする人にも見えなかったし。

 これがどのくらい珍しいのかは分からないけれど、魔術具が安くないことくらいわかる。慌てて下がろうとするニールの手を掴むと、口の端をつり上げられた。


「いいぜ、それより立てよ。ほら」

「ん……これ、ありがとう」


 楽しそうにニールが笑うので、これはもらうしかなさそうだ。確かに飛べるなんて素敵だとは思っていたけど、そんなに物欲しそうにしてただろうか。

 嵌められた指輪は複雑な装飾が輝いていて、とても気軽にあげられるようなものには見えない。もしかしてニールはお金持ちだったりするんだろうか。私生活がまったく謎だ。


「早速だ、せっかくやったんだから試してみろよ」


 高価そうな指輪を見つめるわたしを気にするようすもなく、ニールは指輪をしてない方の手を掴んだ。紫色の目に見つめられて、わたしは仕方なくベッドから立ち上がる。

 魔術具は送る魔力の調節を間違えると大変なことになるということは知っていた。いくら攻撃系じゃなく飛ぶだけとはいえ、緊張してくる。そもそもわたしはまだ初等部なわけで、高等部にならないとできない制御なんて無理があるんじゃないだろうか。

 握られた手に汗をかけば、ニールが鼻で笑った。


「いいから、早くやれよ。結界抜けできたんなら楽勝ー」

「う、うん。そうだね」


 深呼吸して、指輪に魔力を送る。ちょっとずつ送っていくと、しばらくしたところで足が地面から離れていく。

 びっくりして体を硬直させると、いきなり体が傾いた。


「ちょ、え、うわわ」

「はいはい楽勝楽勝ー。力抜け。慣れたら自由にできるぜ」


 ニールに手を引っ張られて何とか立て直す。浮いている距離は大したことないのに、冷や汗がやばい。

 ニールは同じ目線くらいになったわたしを見て、楽しそうに目を細めている。人が慌てているのを笑うとはいい性格だ。


 力を抜くと、一定の感覚でふわふわと体が上下しているのが分かった。魔力をずっと注ぐ訳じゃなく、魔術具に貯めてちょっとずつ浮遊に使っているのだ。試しに魔力を注ぐ量を増やすと、ニールの腕が伸びきるくらいに浮き上がった。量を戻すと元の位置に戻る。

 わたしの魔力だと、あまり高く浮くとすぐに枯渇することになりそうだ。

 慣れてきたので棒立ちの体制から、膝を抱えてみる。座っているような格好の方がなんとなく楽だ。

 そのあとも、手を繋いだまま空中を泳ぐように足をばたつかせてみたりする。まだ落ちた時のことを考えるとあまり高くは飛べないけど、自由に浮遊できるようになってきた。


「どう? 簡単だった?」


 送る魔力をなくして、足を伸ばして着地する。いきなり供給を絶っても、いきなり落ちることはなかった。

 やってみると、呆気ないほど簡単だった。要は魔力の送る量をちょっとずつ増やして、丁度いいところでキープするだけなのだ。

 ニールにうなずいて、繋いだままだった手を両手で握る。


「やばいこれ楽しい! ニールありがとう!」


 貸し借りチャラどころじゃない。完全にこっちの借りになってしまった。殴られたのだって、こんな楽しい物をもらってしまったら許せてしまう。現金な女である。

 ニールはまた嫌そうな顔を浮かべたけれど、手を振り払ったりはしなかった。多分からかうのはいいけどからかわれるのに慣れてないタイプだ。面白くて笑ってしまう。



 そんなほのぼの(当社比)とした空間に、突然第三者の声が響いた。


「……お邪魔だったかしら?」


 ――扉から、お姉さんが覗いていた。


 わたしが握っていた手を離すのと、ニールが手を抜き取るのはほほ同時だった。すぐさま距離を取る。それにも関わらずお姉さんはにやにやと意味ありげな笑みを浮かべていた。

 ……これは完全に見られた。どこから見ていたのかは分からないけれど、少なくともわたしがニールの手を握って微笑んでいたところは確実に見られたはずだ。その証拠にお姉さんはさっきからわたしたちを見て微笑ましそうにしている。

 ニールなんかお姉さんから見えない位置で、確実に舌打ちしていた。おまけになんとも凶悪な顔で。


「昨日はお風呂に入れなかったでしょう? 丁度空いてたから呼びに来たのだけれど……」

「マデレーン様? ご、誤解なんですよ、ハリエットさんは確かにお預かりした大事な生徒さんですが……」

「うふふ、いいのよ。愛に年齢は関係ないわ」


 ニールはどうやらお姉さんの前では猫被りらしい。そのせいではっきり否定することもできず、こっちになんとかしろと言いたげな視線をくれている。

 残念だけど、わたしが言ったところで信じてくれる可能性は低い。指輪のくだりとかまたさらなる勘違いを生みそうだし。誤解が嫌なら自分で解いてくれ、ニール。わたしはニールの視線をすっかりスルーして、お姉さんに向き直る。


「お風呂いいんですか?」

「ええ、あがったらまた手当てし直すから」


 アカデミーのお風呂は個別である。石鹸とお湯の張った湯船があるので、そこで汚れを落とすのだ。衛生観念的に優しい作りだ。家ではさすがに薪が勿体無くて水だったので、その点についてはアカデミーを評価する。

 ニールが何か言いたげにわたしを睨んでいるけれど、否定は頑張って自分でしてください。

 そのままわたしはお姉さんに手を引かれて、宿泊寮のお風呂へ案内された。



 お風呂からあがり、手当てが終わって部屋に戻ると、そこにニールはいなかった。お姉さんが残念そうに部屋を見回している。さすがにあいつも誤解を解くのは諦めたらしい。

 どうでもいいけど、指輪なしでどうやって帰ったんだろう。普通に歩いて自分の部屋に戻ったんだろうか。ニールは宿泊寮に泊まっているだろうし。左手に嵌められた指輪を眺めながら思った。

 ちなみにこの指輪、水につけてもオッケーらしくつけたままお風呂に入った。ついでにこの指輪についてお姉さんに話すと、案外あっさり使用許可を貰えた。なんでも、許可が下りた者については使用しても構わないとのこと。

 ニールに貰ったと知って余計に誤解が深まったのは仕方ない。


「それじゃあ、今度はお昼ご飯もって来るわね」

「お願いします」

「いいのよ……あ、そうだ。そういえばさっき学園の方でお友達に会ったわよ」

「もしかして、アルフですか?」


 わたしのお友達と言えばアルフしかいない。休憩時間もアルフといるし、そういえばほとんどクラスの人と喋っていないのだ。アルフの方はといえば、たまに話しかけられているのを見るけど。わたしがアルフと仲良くしているから、いけると思っているらしい。

 アルフに友達ができるのはいいことだけど、できれば権力や家柄にこだわらない子がいい。裏切られてまた人間不信……なんて笑えない。


「赤い髪の子よ。心配そうにしてたから、明日には出席できると言っておいたわ」

「あー……ありがとうございます」


 友達が休んでるときの学校って寂しいよなあ。前世では友達の一人もいなかったわたしだけど、小学校くらいはまだ友達も何人かいたのだ。その少人数の友達がインフルエンザで立て続けに休みになった時は、かなり孤立感を味わった。年齢が進むにつれてぼっち楽しい! になってきたけど、アルフにはそんな残念なことになって欲しくない。明日なんかいわなきゃなあ。

 お姉さんはわたしをベッドに戻して、昼食を持ってくると部屋をあとにした。


 静まり返る部屋の中で、何をするでもなくぼんやりする。

 左手の薬指に嵌まった指輪を眺めながら、そういえばこの位置って、前世では結婚指輪だったと思い出す。こっちじゃ多分、そういう文化はない。おじさんも指輪してなかったし。


 なんだか気恥ずかしくて、それでも違う指に嵌めなおす気は起きなかった。

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