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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
初等部編
19/110

17 質疑応答

 朝起きると、見慣れた女子寮の自室ではなかった。ベッドは明らかにふかふかだし、低年層の女の子が喜ぶようなデザインでもない。


 上体を起こして、まだ冴えない目を擦ろうとしたところで違和感に気づいた。頬がひきつるような感じがしていたけれど、そういえば昨日殴られたんだった。手を当てると質の悪いガーゼのようなものが貼り付けられているのが分かる。鼻血は跡形もなかったけど、口の中はまだ舌でつつくと痛かった。

 ほかのところは、打ち付けた背中が痛いくらいで何ともない。


 無事を確かめつつ足を敷かれた絨毯につけたところで、タイミングよく扉が開いた。



「あっ! 良かった、起きたのね」

「マデレーン様。……あの、昨日はあらためて、ありがとうございました。無茶なことをさせてしまって……」


 働く人の辛さはわかっているつもりだ。世間体とか、人間関係とか、色々あって然るべきなのに、お姉さんはわたしの無謀な行動に付き合ってくれた。今の状況を見れば、これもお姉さんの計らいだってことも分かる。

 いつもの人のいい笑顔を浮かべるお姉さんにそんな苦労は見えないけれど、わたしが迷惑をかけたのは事実だ。感謝してもしきれない恩がある。

 深々と頭を下げてお礼を言うと、お姉さんが慌ててわたしの顔を上げさせた。


「そんなこといいのよ! 学園の生徒を守るのがわたくしの仕事だもの。不当な差別をしたあの人たちが悪いんだわ」

「……でも、ありがとうございました。助かりました」


 あのままだと、きっとわたしの魔法はあの男たちを直撃していただろう。その結果がどうなったかは考えたくない。なんにせよ、今以上にひどい状態になっていたことだけははっきりしている。

 もう一度お姉さんに頭を下げて、わたしは言われるままベッドに腰掛け直した。

 お姉さんの手には、トレーに乗ったスープがある。


「怪我の具合はどう? 残念ながら今うちには治療魔法を使える人がいなくて……光属性は貴重だものね。薬草で何とかしてもらったわ。はい、これ朝ご飯」


 トレーごと渡されたスープは、じゃがいもらしきものと葉野菜が浸かっていた。木製のスプーンで口に運ぶ。

 口内の傷口にしみるけど、ほくほくのじゃがいもが美味しくて次々と胃の中に消えていく。そういえば昨日は、夕飯すら食べていなかったのだ。

 あっという間に完食して、スプーンを置く。


「ごちそうさまでした」

「……? いい食べっぷりね。食欲があってよかったわ」


 お姉さんがわたしの食べ終わった食器を持って立ち上がった。偉い人らしいお姉さんにそんなことしてもらうのは忍びなかったけれど、黙って微笑まれると何にも言えなかった。昨日は散々助けてもらったし……。


 そういえば、今日は平日のはずだけど授業は大丈夫だろうか。周りを見ても、ここに時計がないのは明らかだ。


「あ、今日はお休みすると伝えたわ。まだ本格的な授業は始まっていないし、良かったかしら?」


 そんな思考を読んだかのように、お姉さんが扉へ向かいながら口を開いた。担任もあまり良くないし、あんな遅れた授業には特に出たかったわけでもないので、「はい」と頷いておく。気になるのはアルフのことだけである。


「それならよかった! 今日一日はここでゆっくりしてね。それじゃあ、またお昼には来るわ」


 ばたんと閉じられた扉を見つめてから、ため息を吐く。確かにまだ怪我はあるけど、一日休むほどじゃないだろう。授業はいいとしても、この分だと図書室にも行けそうにない。それに実習室にも――と考えたところで、ニールのことを思い出す。

 やつはどうしただろう。そもそも昨日はどうしたっけ? 馬車に乗り込んで、ニールは黙りこんだままで。確かわたしは馬車の揺れに耐えきれずに、ニールの膝を拝借した――はず。それからの記憶はまったくない。つまり、寝てしまったってことか。


 いつも夜には寝ているし、昨日は色々あったから眠気に負けてしまっても仕方ない。

 ……とは思うのだけども、ニールの膝の上で爆睡というのはどうにも恥ずかしいというか情けないというか。仮にもやつは黒幕ラスボスだぞ。一応打ち解けたとはいえ、気を許した途端にグサッ! といかれるかもしれない。

 何だかニールと距離が一気に縮まりすぎて、すっかり油断しちゃっているようだ。油断は禁物、何せわたしの命が掛かっているのだ。そのために昨日だって殴られたようなようなものじゃないか。


「うん、気を引き締めないと……」

「へえー、気を引き締めてどうするの?」

「そりゃあ、これから迫る死亡フラグに備えて…………って、ニール?!」


 両手を握りしめて気合いを入れ直したと同時に、窓枠に腰かけるニールが現れた。びっくりして立ち上がってしまう。叫ぶと口の中が痛かった。


 ニールは「はーい」とか言いながら、気楽に手なんか振っちゃっている。窓から入ったのは明白だけど、ここって少なくとも一階ではないはずだ。窓から高い空が覗いているから。一体どうやって入ったんだ。

 ニールの頬にはわたしと同じくガーゼが貼ってあって、唇の端が紫色に変色していた。にこにこといつもの胡散臭い笑みを作っているけれど、どことなくいつもの態度とは違っている気がした。


「いやー、僕がここに入るとマデレーンがまたいらない誤解をするからさあ、窓から失礼しちゃったよ。ご機嫌いかが? サボりなんて羨ましーい。ところで死亡フラグって何?」


 口調や表情はいつものニールのはずなのに、明らかに腹立たしい雰囲気。知らず知らずのうちに、わたしの口角も上がっていた。死亡フラグについてはノーコメント。

 軽口を叩ける人がいるっていうのはいいことだ。アルフなんかは、無意識に子供扱いしちゃうしね。


「……あいにくサボりじゃなくて許可もらってるから。残念でしたー。それにその、気持ち悪い喋り方やめてよね」

「おっと失礼。お前がこの態度が気に入らねえって言ってたからさあ、それならこれからも使っちゃおうかな? なんつって」

「……う、く、……ぁははは! ニール、馬鹿! ほんと馬鹿! あはは!」


 ウインクをかますニールに、思わず吹き出してしまった。背中が痛いのに、笑うのを止められない。

 今までの苦手意識がどこかへ吹っ飛んでしまったらしい。だって、こんなテキトーな人間をまともに対応してたらきりがない。

 こんなに爆笑したのは、多分初めてじゃないだろうか。涙まで出てきてしまう。


 こんな軽口を叩けて、不覚にもそれだけでニールを助けて良かった! と思ってしまったのだ。

 もしあの時、わたしが教会にいなかったら。あの時飛び出していなかったら。 わたしの魔法がお姉さんに止められなかったら。きっとこんな風に笑っていることもなかっただろう。

 笑うたびに痛む頬と背中の傷も、その勲章だと思えば嬉しく感じられた。


 呼吸が苦しくなって、頬に加えてお腹まで痛くなってくる。咳き込みながら何とか呼吸を整えた。

 ニールはそんなわたしをきょとんと眺めているだけだ。


「はー……もういいよ、好きにして。そっちもそっちで嫌いじゃなくなってきたし」

「……ああそう」


 ぶっきらぼうに返事をするニールを横目に、わたしは溜まった涙を拭う。

 今までのことが急に馬鹿らしく思えてきた。

 ニールと仲良くなってしまえば、何もかも解決するんじゃない? こいつに怯えるより、少しでも歩み寄る方がよっぽどいい。どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。

 あらためて、昨日アルフが言ってくれた言葉を思い出す。わたしらしく、黒幕ニールでもなんでも引きずり回してやればよかったんだ。


「で、ニールは何しにきたの?」

「……昨日の借りを返しにしてやったんだよ。知りたかったんだろ? 色々とよぉ。ぜーんぶ真面目に答えてやるよ」


 窓際から、ベッドの近くの椅子へと座り直す。どうやら本当に真面目に答えてくれる気になっているらしい。

 色々と回り道はしたけど、これはこれで良かったのかもしれない。ゲームじゃないんだから、うまくいかなくてもおかしくない。

 偉そうに椅子の上で足を組むニールに、どれから聞こうかと迷う。ひとまずは、出会った最初から?


「ニールの年齢は?」

「あ? ……あー、覚えてねー」

「……えーと、じゃあ、初めて会った時、わたしに何をしようとしたの?」


 アルフとアカデミーを抜け出したときの話だ。あの時ニールは幻覚を見せて、なおかつわたしの感情を掻き乱すような魔法をかけた。結局それが何のためだったのか、それがずっと気になっていた。


「……仲間にしようとしたんだよ」

「なかま……に?」

「俺は教会に恨みがある。なんとなーく町をさ迷ってたら、あらびっくり珍しい闇持ちのガキがぼんやり突っ立ってるじゃねえか。丁度いいからかっさらってしつけてやろうと思ってたんだよ。したら坊っちゃんが邪魔してくれるわ、散々だったね」


 ……平たく言えば人拐い? 誘拐?

 これがまだ一目惚れとかいう甘い理由なら、乙女ゲーらしくときめけたかもしれないんだけどね。ニールはそんなやつじゃなかった。

 まあ、分かったこともある。あの時あそこにいたのはたまたまで、ヒロインに執着していた訳ではないということだ。教会を恨んでるらしいし、ひとまずまだ接触はないと思われる。

 この世界にも明確にルートが存在するのかは知らないけど、ヒロインとニールが接近するのは避けたいところだ。

 とりあえず、ひとつ安心できた。


「まあ、そのあとマデレーンに言われて来てみれば昨日のガキだったわけだがー、なーんか警戒されてるみたいなんで懐柔するのは諦めたってわけ。むしろこっちが貶められそうな怖い目で見てくるから、恐ろしくて逃げるしかなかったんだよ? ハリエットさん」

「あーはいはい、その件についてはごめんね」


 偉そうに口調で誤魔化してはいるが、つまり警戒され過ぎて逆に何かされそうだと思って逃げただけの紙メンタル。わたしの考えもあながち間違ってなかったわけだ。

 うかがうような上目使いでこっちを見るニールに、適当にあしらって言葉を返す。キモい演技をするな。


「で、あとは? 聞きたいことねーの?」


 頬杖をついて仏頂面のニールは、すっかりさっきの演技を止めている。切り替えの早いやつだ。

 ひとまず、これでずっと聞きたかったことは聞けた。

 あんまり深入りして琴線に触れるのも頂けないし、どうしようかと思う。わたしとしてはニールがこれからも魔法を教えてくれるならそれでいいんだけど。それじゃこっちを黙って見ているニールが納得してくれなさそうだ。


「えー……そうだなあ。あ、どうやって窓から?」


 思い付いた気になることといえば、さっき窓から現れたニールだ。まさかお姉さんに会いたくない一心で登ってきたなんてことは、さすがにないだろう。壁をよじ登るニールを想像して失笑する。

 めちゃくちゃ気になることを聞いたと言うのに、催促したニールはその問いに不満げにため息を吐いた。


「なにそれ。もっとなんかねーのかよ」

「いや、何で。かなり気になることだよ」

「……は。まーいいぜ。ハリエットちゃんの気になる答えはァ、これ」


 白い手にはめられた指輪を突きつけられる。細いリングに華奢な装飾が施された、どちらかと言うと女物っぽい指輪だ。

 銀色に輝くそれをまじまじと見つめる。

 ニールにはちょっと似合わないデザインだなあと思ったけれど、よく見るとほかにも指輪やチョーカーなどを身に付けていた。


「これ、がどうしたの?」

「にっぶいなー、魔術具だよ。分かる? 魔力注ぐと浮くの。ほらこんな風に」


 ニールが椅子から腰掛けた体勢のまま五センチくらい浮いていた。……これはちょっとシュール。

 魔術具の存在は知っていたけど、実際見たのは初めてだった。原則アカデミーの生徒は、高等部になるまで魔術具の使用は禁止されている。読んだ本いわく、魔力の調節を身に付けてから使用しないと危険ということらしい。

 お手軽なものほど危険もあるということだ。


 とりあえず、ニールはその魔術具によって飛んできたらしい。

 あらためて聞くとそれはちょっと……なんというか憧れるものもある。魔法で空を飛ぶなんて、一度は憧れることじゃないだろうか。残念ながらわたしは闇属性だから、風を操ることはできなかったけど。


「ってそれ、風属性じゃないの?」


 魔術具とはいえど、属性に沿った魔術しか行使できない。ニールもわたしも闇属性だから、間違ってもその風を操る指輪なんて使えないはずだ。

 わたしの疑問に、ニールはふよふよと浮いたまま馬鹿にしたように鼻で笑った。

ぶった切りました

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