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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
初等部編
17/110

15 捜索中

 もう一度結界を抜けて、それから居場所を突き止めよう。

 わたしはそう考えて宿泊寮から飛び出した。正直、ニールがどこへいくのかは全然見当がつかない。ヒロインの行く先々で思わせ振りな言葉を吐いていたニールだけど、それはすべてニールの方から近づいて起こしたイベントだ。ヒロインからニールに会いにいったことなんて最後の戦い前くらいだし、そもそもまだゲーム開始時にすらなってない。

 謎の多い男がモテると聞くけど、実際リアルで秘密があると面倒なことこの上ないな。


 走りながらそんなことを考えていると、後ろからバタバタと乱れた足音が聞こえてきた。おまけに荒い息づかい。


「ま、ちなさーい! ……はあ、はあ」


 振り向いてみると、お姉さんが胸を盛大に揺らしながら追いかけてきていた。大人にすれば大したことない距離だというのに、お姉さんは息も絶え絶えで倒れそうだ。アルフに散々けなされた運動神経と体力を持つわたしでさえまだ余力があるのに、このお姉さんはどれだけ走りなれてないんだ。

 可哀想だけど、止められると嫌なので黙って走る。


「ちょ、ちょっとっ……! 待って、きょ、協力するから……っ」


 後ろから叫ばれた言葉に思わず立ち止まる。一定の距離は開いたまま、お姉さんはわたしが立ち止まったのを見て大きく息を吐くと膝に手をついた。げほげほと吐きそうになってさえいる。

 残念ながら背中をさすってあげる優しさは今のわたしにはない。


「協力するって本当ですか?」


 もし油断させといて引き留められるようならダッシュで逃げよう。そのために若干距離を置きつつ、お姉さんに問いかける。

 お姉さんは噎せそうになりながらやっと体を起こした。涙目で頬を染めたお姉さんはどことなくエロい。六歳児がこんなこと考えてごめん。


「ええ……もとはといえばわたくしが引き留めなかったのも悪かったのよね……」


 どことなくわたしのことを労りの目で見てくるお姉さん。

 まるで意味が分からなかったので首をかしげる。が、それすら気にしてないようで、お姉さんは大袈裟に自分の肩を抱き締めながら憂いを浮かべた。

 なんかニールの時とは違う意味で嫌な予感がする。


「愛する師弟を引き裂いちゃうなんて……ああなんてこと」

「はっ?!」


 愛する! 師弟! 誰と誰!

 びっくりするくらいでかい声が出た……が、お姉さんはいまだに自分の世界に酔っていた。女の人がいわゆる恋バナの類いが好きなのは分かる。残念ながらわたしにはそんな話をする友達はいないわけだけど?

 しかし、わたしとニールじゃ捏造も甚だしい。


 ニールとの約一ヶ月に渡る実習の、ほぼ半分は無言である。気まずかったというよりは、わたしが思考に思考を重ねてニールとのコミュニケーションを疎かにしていただけだ。それがニールのメンタル破壊の一端を担っていたのは予想外。後の半分は、最初の時みたいな真面目な授業と探りあいのみである。

 間違っても愛する師弟ではないし、そもそも師弟というよりビジネス的関わりのが近い。


「な、なんでそう思うんです?」


 震える声を無理矢理押さえ込んで尋ねる。

 思えば、わたし自身このゲームに似通った世界にいるというのに、全く恋愛ごとについて考えたことがなかった。まだ六歳だからといえばそれまでだ。しかしながらこんなにまだ見ぬイケメン揃いな世界だというのに、もうちょっとわくわくしないものだろうか。

 ……前世の年齢がプラスされているからなのか、それとも女子力を置いてきてしまったからか。


 そんなわたしの内心などつゆ知らず、お姉さんは幾分落ち着いた表情でわたしに近づいてきた。


「だってさっき、熱烈な告白したじゃない。『わたしはニール以外に自分の魔法を教わる気はありません』なんて言っちゃって」


 そのあとにすっげえクソ嫌なやつだってつけたはずだけど! あれが告白に変換されるお姉さんの脳みそはどうなってるの。

 わたしの方が若いはずなのに、このペースについていけなくなるのはなんでだ。


 考えるときりがないので、お姉さんの問題発言はいさぎよく無視することにする。こんな不毛な会話をするより、わたしにはすることがあるのだった。


「ともかく、協力してくださるんですね」


 わたしの言葉に、すっかり息を整えたお姉さんが力強く頷いた。


「私としても、あの子のような教師役を探すのは骨が折れるもの。私の口添えで正門から出してあげるわ」


 お姉さんはそう言うと、わたしの手を引いて歩き出した。ここは素直にお言葉に甘えることにする。結界を抜けるのは集中力が必要だし、万一また帰りに失敗する可能性もないとはいいきれない。これ以上あの担任に嫌われると、わたしの生活の安全が保証できなくなる。


 お姉さんは正門にいた複数の兵士に声をかけると、たやすく門を開かせた。

 原則的に生徒がこの門を通れるのは一年に一回だけ(今では必要な金銭と書類を提出することで、休日のみ外出可能らしい)なので、手を引かれるわたしは兵士の好奇の視線に晒された。

 兵士とはいっても学園の雇われらしく、あまり強そうには見えなかった。勿論わたしが戦うとしたら即負けるけども、貴族の集まる学園の警備としては数も少ない。

 お姉さんにそれとなく聞けば、結界と自分が入れば十分守りきれると自慢げに胸を張られた。騙されやすそうなので、わたしにはお姉さんが強そうには見えないけど。


「で、あの子の居場所に心当たりはあるの?」


 正門から少し歩いたところでお姉さんが立ち止まる。この学園は防衛と実習の両面から見て、森の近くに建っていた。森と反対に進めば、アルフと行った町に出る。

 大きく分けても町と森。どちらか一方を選んで外した場合、ニールには会えない。ここでニールと仲違いしたまま放置するのがよくないことなのは分かっている。最悪、ゲーム前から闇討ちされることだってあり得るわけで。

 しばらく考えてから、わたしはお姉さんの手を離した。


「二手に別れましょう。わたしが町に行きますから、マデレーン様は近辺の森へ」

「あなた一人じゃ危ないわ」


 この提案にお姉さんは当然反対したけれども、わたしだって考えなしで言っているわけじゃない。

 そもそもお姉さんについてきてもらう事態は予測していなかったことで、本当なら一人でいくところだったのだ。むしろ探す範囲が狭まる方が嬉しい。


「町なら一度行ったことがあるし、森よりはるかに安全です。魔物が出た場合も、マデレーン様なら大丈夫でしょう。お願いします」


 結局、渋々ではあるけれどお姉さんはわたしの提案を了承した。お願いしますと言っておきながらなんだけど、もし反対されても押しきるつもり満々だ。お姉さんにもそれが伝わったのか、「子供だとは思えないわねえ……」と呟かれただけだった。これがアルフなら、持ち前の過保護さで絶対についてきたはずだ。


 さっきの提案のほかに、わたしが町を選んだのには理由がある。お姉さんには言うつもりもないので言わなかった。

 ニールの居場所の心当たりだ。

 全く心当たりがないことに代わりはないけれど、最初から気になっていることがあった。教会に対してあからさまな反応を示した時だ。

 あの時はヒロインと面識ないしは興味があったのかと思って質問した。

 ニールの答えはシンプルに憎悪のみ。ゲーム内でヒロインにちょっかいかけ回すのは計画を止めて救ってほしかったからで、光属性のヒロインに憧れていたという解釈が一般的。つまり、ヒロインと知り合っていたなら憎悪は浮かべないだろう。

 となると、もうひとつの可能性はアルフの言っていた『信者』だ。


 今のところわたしが持っているニールの情報はそれだけだ。

 いい感情を持たない教会に近づくのかとか、そもそも何をしにいくのかとか、疑問点は多々ある。けれども闇雲に森を捜索するよりは、わたしはその可能性にかけてみることにした。


 教会への道はあんまり覚えていないけれど、あの時ニールと初めて会ったのはあの時計塔の前だ。

 わたしはよく目立つ時計塔を目指して、駆け出していた。



 町中でわたしが魔法を使うことはできない。

 学園内でもあのザマなのだから『信者』のことを考えると、諌める人のいない町中で闇魔法を使うのは自殺行為に等しいからだ。そう考えると、闇属性の人たちが日頃どうやって生活しているのか気になるところでもある。魔法関係や戦闘能力が問われる職場では適正検査をするのが基本らしいし、隠すのが無理となるとそっち方面での仕事は期待できそうにない。


「はあっ……も、ニールどこだよ……」


 賑わいを遠目に、わたしは未だに町を駆け回っていた。ニールが逃亡したのを知ったのが放課後だから、もう時間帯としてはいい時刻だ。今回はお姉さんの了解を貰ってるから時間に関して問題はないけれど、時間が経つたびにニールが遠ざかっている気がして。わたしは足の痛みを感じながら時計塔に近づく。

 相変わらず不気味なほど神秘的だ。

 アルフと来たときはただその不思議さに気を取られていたけれど、半分だけの時計盤を見てこれがそこそこの年月を経験したものだと分かった。レンガ造りの塔も苔生している。歯車があるのだから機械仕掛けだと思っていたけれど、あの光は魔法に違いなかった。今までアルフとニールの限られた魔法しか見てこなかったとはいえ、それくらいの判別は難しくない。どういう仕組みなのか、激しく気になる。とはいえ今はニール優先だ。

 わたしは教会の場所を知らないので、道行く人に聞くことにした。前世ぼっちのコミュニケーション能力は期待できないので、記憶にあるリア充さんの態度を思い出す。こういうのはあからさまにキョドるからいけないのだ。

 丁度通りがかったおっさんに声をかける。


「あの、ちょっといいですか? 教会ってどこでしょう?」

「ん?」


 重たそうなローブを着込んだおっさんだ。わたしはあんまり学園以外の人は見たことないけど、こっちの世界では普通なんだろう。動きにくそうな作りだ。

 おっさんはわたしの方へ目を向けると、目尻に皺を作って微笑んだ。わたしはほっと止めていた息を吐き出す。


「お嬢さん、どうしたんだい?」

「あの、ちょっと人を探してて……」

「んー、お母さんかな」


 残念だけど家に母親はいない。いるのはよく泣くヒューとナイスミドルなお父さん(おじさん)


「いえあの……兄を?」


 とりあえず兄と言うことにしておこう。わたしはヒューを思い出しながら、あいつがこれを聞いたら泣くんじゃないかと思った。入学する時もぼろ泣きだったし。

 わたしの言葉を聞くと、おっさんはわたしのためにしゃがんで頭を撫でた。見ず知らずの人に頭を撫でられるのはちょっと遠慮したいものがある。一応失礼になるので抵抗はしない。


「なるほど。時間も時間だし、おじさんが案内しよう」

「あ、ありがとうございます」


 時計塔を指差してお茶目に笑うおっさんに、なぜだか嫌な感じはしなかった。それでも一応おぶると言ったおっさんの申し出は断って、いつでも逃げられるようにはしておく。隣を歩くわたしに歩調を合わせてくれるおっさんは、多分悪い人ではないとは思いつつ。


「おじさんの名前はエルバート。お嬢さんは?」

「ハリエットです、エルバートさん。どうぞ好きに呼んでください」

「ははは、礼儀正しいね、きみは」


 おっさん――エルバートさんは、わたしが不安にならないようにか、できるだけ人通りの多いところを選んで通っているようだった。なんとまあ人間ができたお方だ。おかげで警戒心もだんだんと薄れていく。

 エルバードさんと他愛無い話をしていると、教会らしき建物が見えてきた。想像していたより大きなものだ。エルバードさんも気づいたのか、話を止める。


「見えてきたね」

「あの、ありがとうございました。ここで結構です」

「そうかい? それじゃあ。またね、お嬢さん」


 ローブをはためかせて去っていくエルバードさんに手を振って、わたしは教会を見上げる。生まれて初めて見る教会とはいえ、わたしの胸は驚くほど静かだ。むしろ腰が引ける。ゆっくりその建物に近づきつつ、ここにニールがいるようにと祈る。わたしに祈れる場所はないけれど。


 教会の扉の前には、こんな時間にも関わらずなぜか人が数人集まっていた。

 気づかれることのないよう身を隠して、様子を見る。

 最初の実習のとき、ニールが言っていた『視える人』について後で調べてみたのだけれど、どうやら魔力や属性が見える稀な人がいるらしい。稀とは書いてあったけど、用心に越したことはないので迂闊に教会関連の人には近づかない方がいいだろう。アルフも信者には気をつけるように言ってたし。


 数人の男の怒声が聞こえる。


「いいからさっさと吐けよ」

「うるせえな……あんたらの神様の前だぜ」

「……おい、調子に乗ってんなよ」


 何かを殴るくぐもった音がして、誰かが倒れこんだのが分かる。間違いなく喧嘩、それも複数が一人を囲んでいる。建物越しで届く音は不鮮明だけど、間違いなくよくない展開なのはわかる。そもそもなんで教会の前なんかでこんなことが起こってるんだろう。

 殴られたらしい男が咳き込む。


「おい、このザマかよ。さっきの威勢はどうした」

「何とか言えよ、なんなら神様に祈るか?」

「バーカ、こいつに祈れるわけねえよ。だって……なあ?」


 男たちの耳障りな嘲笑が響く。わたしは思わず唾を吐き捨てたくなった。わたしのような他人が聞いても気分のいいものではない。

 とはいえ、わたしは子供。彼らに敵うはずないし、魔法だって使うわけにもいかない。教会の前で使うなんて論外だ。

 今できることと言えば誰か人を呼ぶくらいだ。彼らの事情は知らないけど、まさか当事者以外にリンチを進める人もおるまい。やっぱりエルバードさんについて来てもらえばよかった。


 そう思って立ち去ろうと一歩前に出たところで、わたしは見た。


 闇だ。






マデレーンの超意訳

『わたしはニール以外に自分の魔法を教わる気はありません』→ニール以外には体を許しません→熱烈!

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