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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
初等部編
16/110

14 やる気の空回り

お気に入り等々ありがとうございます

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 今日の空は曇天で、自然とわたしの気分も降下気味だった。

 胸につっかえるような何かを感じて自然とため息が出てしまう。


「うーん……分かんないなあ……」

「……どうしたの、ハティ。最近ため息ばっかり」


 隣で昼飯をつつくアルフは、そんなわたしを見て珍しそうに片眉を吊り上げた。


 わたしの最近の悩みの種といえば、勿論ニールのことだ。

 実習室での初めての授業から、ニールはわたしとは常に距離を置くようになった。無論あの日のことは何も聞けていない。確かに「順に説明していくつもり」とか言ったくせに、その約束は一ヶ月経った今でもまだ果たされていないのだ。


 やっぱりあの時の問いかけがいけなかったんだろうか。

 幻覚を見せたときも様子が一瞬おかしくなったが、あの問いを口にした時ほどではなかった。

 「教会に用がありましたか?」という言葉に、一体どんな意味があったんだろう。


 今でもニールに進んで近づきたいとは思わないし、敵対するなら全力で抗うつもりだ。

 それでも、あの時のニールの表情には確かに何か引っ掛かる。人格破綻者という言葉では片付けられない何かが、ニールにはあるのかもしれない。


 わたしが知らないゲームだけのニールじゃなくて、この世界のニールのことを知る必要がある。

 ゲーム中でハリエットが何も言われず殺されたような、悪を悪と決めつけるやり方ではいけないのだ。


 そのためにどうするべきなのかを、残念ながらわたしはまだ何も掴めていない。


「実は……あー。理由があって全部は言えないんだけど、とある人と仲良くなりたいの。でも、そのとある人っていうのがどうも……」

「……何? どんな人?」

「何て言うか、心を開いてくれないというか。話しかけてもなーんか一枚膜がある感じで。そりゃ無視されるよりはいいけど――あ」


 気づいた時には、わたしの言葉はアルフにぐっさり突き刺さってきた。


 意外と人情に熱いこの男は、わたしを無視したことを未だに申し訳なく思っているらしい。確かにわたしはそんなアルフに一ヶ月に渡り話しかけ続け、あまつさえ結界抜けという芸当でヒロインと引き合わせ、脱走の罪を一人で被ったけど。でももう四ヶ月以上前の話だ。

 わたし的にはこれから先どんどんアルフに頼るつもりなので問題ない。むしろまだわたしが頼りになれるうちに先払いしておきたいくらいなのに。


 あからさまに縮こまるアルフの口に卵焼きを突っ込んで、強引に意識を引っ張りあげる。

 この卵焼き(改)はこの世界の調味料を駆使して作った新たな卵焼きである。

 むしろオムレツみたいになってきた。


 もぐもぐと可愛らしく咀嚼するアルフを尻目に、わたしはまたどうすればいいのか思考の海に溺れていく。

 アルフの場合は子供ということもあって強引に突っ切ったけど、あのニールとなればそうもいかない。まずわたしはニールの年齢すら知らないわけで。知れたとして果たしてあんなひねくれ者が手に負えるのかも怪しい。

 わたしはまだニールの年齢の謎すら解けていないのだ。


「はー……どうしたらいいかな」


 フォークで卵焼きをぶすぶすと突きながら頬杖をつく。そもそも黒幕と近づくことがいいことなのかもわからないし。ゲーム中でのあの事件が起こらないに越したことはないけれど、じゃあそのためにニールに突撃できるかと言われればそうじゃない。


 簡単に言えば、ニールが怖い。

 前世の記憶の通りにいけば、わたしは殺されてしまうわけで。

 近づきたくない。


 再度ため息を吐いたわたしに、卵焼きを飲み込んだアルフが顔を向ける。


「何で仲良くなりたいの? そいつと」

「えー……聞きたいことがあるから?」


 そんなことを言われても。

 思わず首をかしげると、なぜかアルフも同じく首をかしげた。二人して斜めに見つめ合う光景は、なんか不気味だと思う。昼食時に教室にいる生徒はほとんどいないけど。


「何なの? アルフくん」


 空気に耐え切れずに、そう言いながら昼飯に向き直る。

 ちなみに、今日の昼飯は魚のフライを挟んだサンドイッチに山菜だ。肉より魚の方が安価らしく、最近はもっぱら魚メニューばっかりだった。この魚は調理が比較的簡単でわが国では人気だとか。

 アルフの方はベーコンに野菜の蒸したやつ。パンとスープ付。わたしの家の夕飯より豪華だ。それを口に運びながらアルフが答える。


「聞きたいことなら聞けばいいんじゃないの?」

「それを話してくれないから、仲良くなりたいんじゃん」


 二人で気が進まない中、昼飯を食べる。魚のフライは固いし油を吸っているのでべたついていて、まだ若いはずなのに胃もたれしそうだった。

 精神年齢のせいかな。高価だからできないだろうが、せめて衣をつけて揚げるとかそういう料理が食べたい……。あらためて家の経済事情を恨む。アルフを見る限り、お金があってもあんまり美味しくなさそうではあるけど。


 わたしの答えに、アルフは思案するようにしばし無言でフォークを握りしめていた。

 不審に思って覗き込むと、いきなり顔をあげられる。案外近かった距離がさらに縮まって、慌てて飛び退いた。

 単純にびっくりしただけである。念のため。


「な、なに?」

「……それさ、仲良くなりたいって言うの?」


 アルフは淡々と、何でもないことのようにわたしに問いかけた。


 わたしには意味がわからない。

 子供はときたま、よくわからないことを言うのだ。「大人はいつ遊んでるの」とか「将来の夢は?」とか、「友達はいないの」とか(余計なお世話すぎる)。そういうのはほぼすべてゆーくんに言われたことだが、そういうのを考えてみると意外とメンタル破壊される。「なんのために遊ぶ間もなく働いてるんだろ……」とか「昔は夢があったのになあ……」とか。

 そして、今のわたしにはアルフの言葉が深々と突き刺さった。


「……どういう意味?」


 足元から世界が一回転しそうな予感がする。現実を突きつけられそうになっている気がして、今すぐ話を切り上げたかった。前世うんぬんを抜きにしてもしなくとも、わたしは誇れるような人間じゃない。

 それでも、口は勝手に意味を問いただしていた。

 アルフは事も無げに言った。


「さっきの話だと友達になりたいんじゃなくて、ただ話聞きたいだけじゃない?」


 どんな話かは知らないけど、とアルフはすっかり興味をなくして握っていたフォークを動かす。


 話聞きたいだけ?

 そりゃ聞きたい。だってわたしの人生がかかっているわけだし、何かを見逃して致命的な選択ミスをしてしまうかもしれないのだ。

 アルフは簡単に言ってくれるけど、わたしだって好きでこんな骨の折れることをしてるわけじゃない。何にも考えず楽しく人生過ごしたいけど、そんなことしたら未来のわたしが死ぬのだ。そしたら、きっとアルフだって悲しむだろう。

 わたしの利益のために仲良くなりたいって言うのはいけないの?

 人を利用するのはいけないことだっていうのか?


 ――もっと、単純なことを言いたいんだろうっていうのは分かってる。


 わたしがニールと別に『仲良くなりたくない』のに『仲良くなろうとしている』のが、おかしいのだ。

 わたしがニールを怖がっている時点で、仲良くなるなんて無理に決まってる。


 それでも、どうしたらいいのか分からない。

 さっきの通り、仲良くなりたい気持ちがないわけじゃない。ニールのことを知りたい。

 でも、あいつは多分一筋縄で「はい、友達」とはいかない。下手すれば殺されるし、うまくいく確率なんて求められる情報すらない。裏切られるたびに落胆するなんて、そんなこともう経験したくない。


 端的に言うなら、わたしはすっかりビビっていたのだ。

 いつものように突っ走って、そのまま(死亡フラグ)にはまるのを恐れている。あと一歩、走り出せない。


「……仲良くなりたくないわけじゃないけど、そいつすっごい嫌なやつなの。おまけに秘密ばっかり。嫌味で毒舌。利己主義。人格破綻してるし猫被り」

「そ、そんなやつと本当に仲良くなりたいの?」


 アルフがドン引きしている。

 「本当に仲良くなりたいの?」と聞かれたら、そりゃあ、仲良くなりたい。

 だって死亡フラグ折れるかもしれないし。ただ、その過程で同じくらい死亡フラグが乱立しそうなだけで。


 わたしはアルフの問いにしばらく考えて、やっぱり小さく頷いた。


 わたしは汚くてズルい大人の代名詞だから、ヒロインみたいにニールを救いたいなんて考えてない。

 ただ、あいつのことを知ってみたい。むかつく同僚が、話してみたら意外といいやつだった、なんて結構ある話だ。いいやつとはいかないまでも、むかつく行動にもそいつなりの理由があったことが分かれば、なんだかんだで許せるもの。

 ニールを救済することも好きにもなれないかもしれないけど、知ってみないと分からないのは当然だ。


 わたしが頷いたのを見て、アルフが嬉しそうに背中を叩いてきた。


「じゃあ、俺の時みたいに無理矢理引きずってあげなよ」


 背中の衝撃に思わず噎せたけれど、アルフの言葉はしっかり耳に届いてきた。

 あと一歩を、アルフに背中を押されたようなものだ。これだけでわたしがアルフにしたことなんて、大したことじゃないと思い知らされる。

 ただ純粋な応援にこれだけ勇気づけられるなんて。今まではこんなの寒いと思ってたのに、この世界に感化され過ぎたのかもしれない。


 どうにも気恥ずかしくなったのでアルフの口にフライのサンドイッチを突っ込んだ。

 若いから胸焼けも胃もたれも大丈夫だろう。多分。

 わたしは打って変わって、吹っ切れた気分で曇天模様の空を眺めていた。



「……あれ、マデレーン様?」


 アルフに背中を押されて、放課後意気揚々とやってきた因縁の実習室。

 勢いよく扉を開けてみれば、そこにいたのは緑髪のお姉さんことマデレーン様だった。

 実習室の備え付けの椅子に座って、すっかりくつろいでいらっしゃる。


「いらっしゃい、ハリエットさん」

「……ニールは?」


 部屋を見渡してみてもニールの姿は見つからない。わたしのやる気が見事に空回っているわけだが、お姉さんはなぜか曖昧に微笑んだ。その微笑みに、嫌な予感がする。

 お姉さんは椅子から優雅な動作で立ち上がると、わたしの目線に合わせるようにしゃがんで手を握ってきた。柔らかくて、傷一つない手だ。わたしの手はというと、紙での切り傷が今も絶えない。希代の魔術師というからには勉強しているのだろうけれど、どうして傷がないんだろう。

 お姉さんの長いまつげに囲まれた瞳が揺れていた。


「あの子は……ちょっと用事ができて、しばらくはこれないわ」


 わたしの嫌な予感は、前世からよく当たる。

 思えば昔から予想したことが最悪の形で叶うことが多かった。事故にあったり、怪我をしたり。その時にはもうすでに遅いのだ。


「どうしてですかっ……?!」

「落ち着いて、ハリエットさん」


 自分の声とも思えない切羽詰った声が聞こえる。なだめるお姉さんの声にひどくいらついて、掴まれていた手を振り払ってしまう。

 確信めいたものがわたしの中にはあった。

 ニールはわたしから逃げたのだ。


「ニールは、わたしを避けたんでしょう? おおかた教え方が合わないとか、嫌われてるとか言ったんでしょう」


 お姉さんの顔が驚きで歪む。当たりだ。

 わたしは思わず唇を噛み締める。


 分かっていたのにやってしまった。これはわたしのミスだ。

 ニールはあれだけのことを犯しておきながら、ヒロインの優しく暖かい言葉にコロッと落ちてしまうようなやつなのだ。嫌味で毒舌で利己主義で、人格破綻してるし猫被りなくせに、寂しがり屋で臆病で人恋しいめんどくさいやつ。

 どうしてあんなにゲームばっかりやってたのに気づかなかったんだろう。

 ――幼いわたしに微妙に距離を置かれてるくらいで、逃げ出すような紙メンタルなんだって。


 答えないお姉さんに、ダメ押しの一言をかける。これで反応しなくとも、わたしのすることはもう決まっていた。


「マデレーン様。わたしはニール以外に自分の魔法を教わる気はありません。あいつは嫌味で毒舌で利己主義で人格破綻してる猫被りだけど、多分いいやつだと思うんです」

「ハ、ハリエットさん……?」

「ニールはどうしたんですか」


 わたしの言葉に、お姉さんは目に涙を溜めながら勢いよく立ち上がった。感動の涙なのか、憐憫の涙なのかはさておき。


「あの子は、大体ハリエットさんが言ったようなことを言って学園から出て行ったわ。迎えも呼ばなくていいと言ってたから……」

「いつ頃ですか?!」

「さっきぐらいよ……?」


 その言葉を聞いてわたしは走り出す。お姉さんが慌てる声が聞こえるが、そんなのどうでもいい。


 あのめんどくさい謎男を、しっかり落として洗いざらい吐いてもらう。そしてあわよくば死亡フラグをへし折って、それからどうするか考えよう。友達になるのもいいし、やっぱりムカつくなら一発殴らせて、あのうすら寒い愛想笑いをやめるように言おう。

 なんにせよ、わたしの先生がいなくなるのは困るのだから。

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