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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
初等部編
15/110

13 闇魔法

「この魔法は、相手が強い思いを持つ人物を見せることができるんだ。ほら、やってみて」


 ニールは黒い獸のままわたしを見上げるようにして説明する。ときおり前足をちょっとゆらゆらと浮かせるのが、実に可愛い。ああ可愛い。あの足! 肉球!

 厳密に言えばこの姿はアルフのものだけども、なかなか黒い毛並みも艶やかでいいと思う。これが幻覚じゃなければ、白黒両隣につけてもふもふしたかった。


 しかし魔法に関しては、やってみても言われてもただ能力の説明しかされていない。わたしは首をひねったが、ニールは横を向いてすましているだけだ。

 恐らくこれが元の姿ならあの作ったようなムカつく微笑みを浮かべているのだろうけど、今は獸。獸に罪はない。


 わたしは見よう見まねで、とりあえず大量の靄を発生させてみる。これ事態は息をするように簡単だ。

 気持ち悪げな黒い靄が、さっきのニールほどの量ではないが周りに漂う。

 で、これを、体の周りに集めていたはず。

 わたしがしたことがあるのは、主に靄を口から摂取させてみたり、壁を削り取ったり。自分の体にまとわりつかせるだけで、果たして幻覚なんか見せられるんだろうか?

 包み込むように靄を体に纏わせる。


「どうなってますか?」


 成功の期待を込めて、さっきから椅子の上で丸まっている(ように見えている)ニールに言う。本当は普通に座っているままなんだろうか。


「うーん、真っ黒で何も見えないなあ」


 この野郎。

 でも獸だとなんだか許せちゃう! 興味なしと言いたげな素っ気なさも、わたしにはご褒美です。


 とはいえ、そう簡単にはうまくいかないか。

 わたしはため息を吐いて靄を拡散させる。まとわりついていた息の詰まる感じが消えた。慣れたとはいっても、やっぱ闇属性は気持ちが滅入る。

 肩を落とすわたしに、ニールは椅子から降りてわたしのそばにくる。


 獸の姿だとわたしは見下ろすようにしてニールを見ているが、実際ニールの身長はわたしよりだいぶ上だ。

 どうなっているんだろう。ニール視点では、わたしは足元に向かって話していることになるんだろうか? それに、この幻覚には触れるんだろうか。

 考えるわたしに向かってニールは牙の覗く口を開く。


「結界抜けができたんでしょう? こっちの方が簡単だよ」


 とは言われても、どうにも訳がわからない。微妙な表情のわたしに、ニールは椅子に腰かけるようにと言いたげにちょいちょいと前足を動かした。あの独特な前足の動き。もはや食べたい。いちいちの仕草が可愛くて逆に腹が立ってきた。

 大人用の椅子に座ると足がつかないので、ぷらぷらと前後に振りながらニールを見る。どうやらちゃんと一から教えてくれる気になったようだ。


「まず、ハリエットさんはどのくらい闇魔法を使ったことがある? いつもどうやって使ってる?」

「いつも……口に突っ込んだりしてます」


 言ったとたん「ぶふっ」とか言いながらニールが震えだした。恐らく笑ってるんだろうけど、牙を向いて鼻に皺を寄せている姿では威嚇のようだ。

 口に突っ込むのが正規の使い方じゃないとは思っていた。そんなに笑わなくてもいいじゃないか。闇魔法に関しての本が少ないんだから仕方ない。


 笑いの収まったらしいニールが、もう一度どこからか大量に黒い靄を出した。


「ハリエットさんは、結界抜けをどうやったか分かる?」

「確か、魔力で相殺するんでしたよね。そこまで意識してやったわけじゃありませんけど」


 お姉さんに聞いたことをさも分かっていたかのように答える。

 実際問題、無効化というのは分かっていたが、相殺するのが難しいという気持ちはなかった。確かに魔力は使ったけども、それはただ単に疲れていたのとお姉さんの魔力が多かったからだ。集中力はいるけど、結界抜け自体ができないわけじゃない。

 しかしそれを聞いて、ニールは大きく口を開ける。


「そう。魔力は相殺できる。なぜなら同じだから。マデレーンは風属性を持っているけど、魔力は属性を持たない。……分かるように言おうか? 僕らの体にあるのは水で、泥と混ざりあって泥水になる。属性付与は別物ってことだよ」

「この靄は泥水ってこと?」

「そう。その泥水に、さらに効果を付与する。魔力に属性をつけて、それにさらに細かな命令を与えるんだ。単純に闇属性の性質だけでは難しい魔法は使えないのさ」


 こいつは見た目六歳児に何て難しい説明をするんだ。

 わたしでさえ魔法観念に未だに戸惑っているというのに。さっきの態度からも思ったけど、こいつは教える気がないのかね。まあ、ニールの性格を考えるとタダで教えてくれるだけで十分だけど。

 今の説明は何か掴めそうな気がする。


 つまり、魔力+属性+効果=魔法。

 今のわたしは魔力+属性までしかできていないのだ。これでは複雑な魔法は使えないらしい。

 試しに手から魔力を出してみる。黒い霧状のこれに果たしてどうやって効果をつけるんだろう。そもそも効果ってなんだ?

 闇属性の効果は精神面と物理面での破壊といってもいいだろう。わたしだって物体を削るときと、精神に働きかけたいときの使い分けはしていた。じゃないと口の中を削ることになる。

 しかしそれ以上の使い分けとなると、分けるべきものが見つからない。


「効果って、どういうことですか?」

「ええと……例えば、感情にもいろんな形があるよね。負の感情にも色々。その辺を、もっと細かくやらなきゃ。精神干渉は繊細な魔法だよ」


 ひらめいた。

 平たく言えばバステ系! それともデバフ? あんまりRPGはやらないから違いがわかんない。

 ともかく、状態異常系の魔法をイメージすると分かりやすい。恐怖状態にするか、混乱状態にするか。ひょっとしたらもっと細かな効果を付与することも出来るのかもしれない。


 誰だよ、魔法がアバウトとかいったやつ。わたしだ。


 てっきり乙女ゲーだからこんなもんだと思っていたのに、案外緻密なものらしかった。それとも、この闇属性の魔法に限定するものだろうか。

 ともかく、それが分かれば簡単だ。

 魔力量は大したことないわたしだが、多分魔力の操作技術においては多少優遇されていると思う。結界抜け自体の技術はそんなに難しいことに感じなかったし、お姉さんの言ってることが本当ならそういうスキルはあるってことだ。

 とかいって案外、みんな知らないだけでできちゃったりするのかもしれない。


 今度は靄を出すときに、効果を付与するイメージでやってみる。幻覚効果に特化した魔法を使うのだ。

 大体、わたしが今までやって来た方法だと、幻覚を見るまでに何日間も闇魔法を摂取させ続けなければならなかった。効果をつけないと威力も出ないということか。


 呼吸をするように、とはいかなくなったけど、なんとか靄を発生させることに成功した。

 それを、自分の体に集めていく。効果自体を自分の体にかけるイメージ。

 RPG風に言うなら『自分を視界に入れたモンスターに幻覚効果』みたいな感じかな。


「うん……できてるよ」


 ニールが硬い声で言った。

 自分の体を見てもいつも通りなのだが、傍目には違うように映るらしい。

 ニールには何かが見えているんだろう。相変わらず獸のままなので表情は読めないが、声が一瞬強ばっていたのが分かった。

 あのニールが一瞬だけでも感情を露にしてしまうなんて、よほど『強い思い』を抱いた人物がいるんだなあ。

 まさか主人公じゃないといいけど。


 そこで、ふと昨日のことを思い出した。そういえばまだ何も聞いてない。

 この姿のままだとニールもやりにくいだろうし、早々に元に戻る。とはいってもわたしには変わらないように見えているけど。


「ニールさん。ところで、そろそろ昨日のことを教えてくれてもいいんじゃないですか? どうしてあそこにいたのか、わたしに何の魔法をかけたのか」


 それを聞いて、ニールは黙ってまたあの靄を出した。

 ちなみにだけどこの靄のようなもの、何て呼べばいいんだろう。闇? 闇魔力? 中二くせー。


「順に説明していくつもりだ。まず、あの時ハリエットさんにかけた魔法でも教えようか」


 そう言うと、その蠢く闇(やっぱりちょっと中二っぽい)をわたしに向けて放った。というより闇が勝手にわたしの方へ進んでくるような、そんな感じ。あり得ないはずなのにその闇自体が意思を持っているかのようで、逃げたしたくなる。

 目の前まで迫ってきた闇は、あの時と同じだ。立ちくらみした時のように目の前がだんだん黒で塗り潰されていく。視界の端から黒がにじみ出してくる。


 そして、目の前のニールに対して、耐えがたい衝動が浮かぶ――


 数歩の距離を一気に縮めて、わたしは黒い毛並みに手を這わせた。


 ――なでなでする。

 幻覚魔法には触覚も騙せるような効果があるのか、わたしが触っているのは間違いなく、かの獸アルフの毛並み。


 ――なでなでする。

 わたしの記憶から感覚を持ってきているのか、あの時撫でたもふもふ感にさらさら感までばっちり再現されている。


 ――なでなでする。

 ニールが固まっている。


 ――なでなでする。

 人の、髪を触っている感覚。



「はっ!?」


 気づいた時には、それは地獄絵図にほかならなかった。

 わたしが撫でているのは間違いなくニールだったからだ。

 人間の、ニールの頭を撫でていた。


 茶髪は見た目より柔らかくて、ところどころ癖っ毛。さわり心地がなかなか悪くないのがさらに泣かせた。いつのまにか幻覚が解けていたのである。

 黒幕の、頭を撫でる、死亡かな?

 五七五で言ってみても今のわたしの行動にかわりはない。


「……へえ……なるほどねえ……」


 ニールが何やらぶつぶつ言っているけど、わたしは恐ろしくて堪らない。

 自分の奇行がだ。わたしは確かに獸ニールを撫でていたはずなのに、気づけばニールを撫でていた。しかし人間だと身長的に無理がある。

 わたしはわざわざ椅子に登ってニールの頭を撫でていた。

 登った覚えはない。わたしの中では数歩の距離を進んだだけで、間違ってもそんな記憶はなかった。

 これは魔法の効果だろうか。


 とりあえず、黙って椅子から降りる。

 幻覚が解けたときの衝撃は、ずっしりメンタルにくる。したくなかったことをやらされたようなものだ。

 軽々しく魔法を使うのは要注意。


「……ハリエットさん。どう? 分かった」

「全然わかりません」


 衝撃が強すぎて色々吹っ飛んだわ。

 ニールはそんなわたしを気にせず微笑む。幻覚が解けたのですっかりまた見慣れた笑顔だ。

 胡散臭い顔しやがって。


「これはさっきの『強い思い』をさらに助長する。感情の増幅だね。恐怖の対象に化けてこれを使えば恐怖を感じるし、憎悪ならさらに強い憎悪を感じるようになる。きみのは……愛情?」

「……あいじょう?」


 そりゃあもちろんアルフに対しての愛は無限大だけど、愛情ってむしろ光属性の方じゃないの?

 そんなわたしの疑問を読んだのか、ニールも首をひねって考える。

 わたしがなで回したせいで、ニールの髪が跳び跳ねていた。


「愛が深すぎると憎しみに転じることもあるからね。一概に分けることはできないけど……きみのはどちらかというと、執着かな?」

「ああ……」


 言えてる。

 執着と言われれば無論、一日中なで回したいくらいには執着しているつもりだ。なんせこっちにはいくら裁縫技術がいいといっても、肌触りのいいぬいぐるみもないし、毛布は薄い。

 いっそのことアルフの毛を刈ってクッションでも作ろうかなと思うくらい。刈り取ってももう一回獣化したら戻ってそうだし、白い獣の毛とかちょっと売れそう。

 ただ、生えなかった場合とんでもないことになる。


 魔法に関しては「幻覚」と「感情の増幅」だと分かったが、まだ聞かせてもらっていないことがある。

 ニールはすっかり定位置に戻って、わたしにその魔法をやらせようとしているみたいだった。が、それくらいならもう聞けばできる。今やらなくてもいい。

 今重要なのは『あの日何をしようとしたか』だ。

 今日聞けなければ、今後もなんだかんだで誤魔化されてしまうような気がする。アルフの時だってそうだったけど、物事には仕掛けるタイミングというのがあるのだ。


「ニールさん」

「さあ、さっきみたいにやって見せて」

「ニールさん。先に、昨日のことを話してください」


 椅子に座ったまま、ニールを見つめる。

 ニールの目は紫がかった変な色をしていた。どうにも表現できないような、絵の具を思い思いぶちまけたあとのパレットみたいな。

 ニールはこっちを見ると、しばらく見定めるように静止した。表情の抜け落ちたニールは、まるで人形のような冷たさを持っていた。


「……もう帰ったら?」


 ほつりと落とされたのは、答えではなく拒絶だった。

 ニールは最初からわたしを信用するそぶりなど一切していない。これは当たり前だ。

 何を言っても無駄。

 そう思ったわたしは、小さく返事をしてこの息苦しい空間の出口を目指す。

 本当にもうそろそろ帰らなければいけない時間のようだった。


 最後に、これだけは聞いておきたかったことを確認しようと口を開く。


「あの、最後に。あの日教会に用がありましたか?」


 あそこは教会の近くだった。そして、教会にはヒロインがいる。

 ニールがなぜあそこにいたのかは分からなかったが、せめてヒロインとの関わりの有無だけでも聞いておかなければ。答えが帰ってくるとは思えないけど。

 そう思って振り返る。


 そこにいたのは、かつてない憎悪を浮かべるニールだった。

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