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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
初等部編
14/110

12 VS黒幕

 ゲーム内での黒幕たる人物――ニール。


 こいつのことで、わたしが知っていることはあまりに少ない。他の攻略対象なら何らかの重要な過去は回想で分かっているのに、こいつに関しては攻略後も謎だらけだ。

 分かっていることといえば、名前と性格と、ヒロインとの馴れ初め。そしてわたしをいかに嵌めるかくらい。

 実際何の目的で学園を乗っ取ろうと(壊滅させようと?)していたのかは作中では明らかにされていないし、後に出たシリーズでも漫画でもそれは完全には明らかにされない。隠しルートとしては他のルートの補完的なエピソードが多かったため、そもそもニールとヒロインはそんなに甘い関係まで到達すらしていない。あくまでも他のルートで明かされなかったことを明かすためのシナリオだったのだ。

 ただ、シリーズは同一の世界観(一部除く)なので、ニールが起こした行動のきっかけじゃないかと推測される背景は後々確認された。それでも正式な発表ではないし、なんにせよ謎が多い人物に変わりはない。


 そう。理由がなんだろうとこいつのせいでわたしが死ぬことに変わりはないのだ。


「ハリエットさん……緊張してる?」

「別に」


 エリカ様かよ。

 ニールが困った顔でわたしに目線を合わせようと屈むが、顔を逸らす。

 黒幕と二人っきりとか、緊張してないわけないだろ。冷や汗ダラダラだ。

 そもそも、こういうのは普通もっとタメてから登場するもんじゃないの。わたしがもっと魔法を使えるようになったり、闇魔法に抗うすべを見つけたり……したかったからここに来たというのにね。

 そこにお前がいたら元も子もない。


 ニールはいっこうに目を合わさないわたしに一見ヒューのような情けない困り顔だが、騙されてはいけない。


 こいつは重度の猫被りである。


 考えてもみてほしい。さんざんヒロインが一人のときに現れ仲良くしたあとで、裏ではあんなことやこんなことを平気でしているような人物である。

 腹黒くないわけない。

 そもそもわたしを黒幕に仕立てあげるのだって、あんまり意味があったとは思えないのだ。隠れ蓑くらいにはなっただろうけど。

 つまりこいつはドSだ。加えて、人の命を軽々しく扱う人格破綻者だ。


 実際こいつは親しくないやつには紳士的に接して騙しているが、可能なら騙されたままの方が幸せなくらいだ。気を許したら最後、横暴ワガママ外道三重苦。

 まだまだ人生初めもいいとこなのに、ここにきていきなりヘビー級の障害物に出会ったものだ。


「え、ええと……ああ! 自己紹介! 自己紹介してなかったね。僕はニール。マデレーン様とは古い友達さ」


 気まずい空気を打ち破るように喋り出したこいつのそれも演技だ。演技力で言えば、こいつはプロの俳優にだってなれそうなものだ。わたしは本当の姿を知っているから驚かないが、それでもこうして何回も演技だと考えなければ信じてしまいそう。

 というか、こいつの言葉を額面通り受け止めていいものか……決めかねている。まさか、本来ここに来るはずだった教師を殺して成り済ましたりしてないだろうな。

 そんな迂闊なこと、こいつみたいな頭のいい人はするはずないと思うけど。万が一もある、と思ってしまうと、少ない可能性も切り捨てられなくなってしまう。


 わたしがここまで警戒するのだってちゃんと理由がある。

 怪しいのは、こいつがわたしの記憶寸分違わず『青年』の姿をしていること。

 アルフが見た黒髪の人物と、わたしが見た黒い獣がこいつかもしれないということ。


「……ハリエットです。ニール……さんはおいくつですか?」


 探りをいれてみる。

 ヒロインと出会った頃に青年の姿なら、今その姿なのはどう考えても変なのだ。何個か上だとしても、成長期前なのは間違いない。こんなに記憶と違わないのはおかしいのだ。

 ……まさか不老だったりするんだろうか。

 こいつならあり得そうなのが怖い。なんてったってファンタジーだし。


 ニールはわたしの質問にも、きちんと笑顔まで作って唇に指を当てた。


「それは秘密かな?」


 何度でも言おう。演技である。

 本来の性格はこれとは真反対のとんでもなくひどい男である。「てめえで考えろばーか」とか笑って言いそうな人種であることを明確にしておく。

 あいにくと親しくなる予定はないので、こいつの素をお披露目する機会はなさそうだけども。非常に残念!


「じゃあ、昨日はどこにいましたか?」


 特に親しくなる予定はないので、突飛な質問をぶつけさせてもらう。不審に思われようと構わない。むしろ核心だったときの反応の方が心配だ。

 さすがに、本当にマデレーン様からの頼みで来たならいきなりわたしを襲うこともあるまいとは考えているけど。それもあのお姉さんがこいつに騙されなかったらの話だ。……騙されやすそうな気がするのはなんでだろう。

 まさかそんなはずはないと思う。そう思いたい。


 わたしのいきなりの問いにも、不思議とニールは微笑んだまま、「町かな?」と言った。

 これはまた何とも言えない返事だ。

 素直に「昨日わたしと会いました?」と聞いても、「ううん。さあそろそろ始めようか?」にっこりで流される気がする。そうなると二の句が次げなくなるので、確信を持っているように問い詰めなければ。


 まず、昨日は町にいたという答え。

 なんの脈絡もなく昨日いた場所を聞かれたはずなのに、ニールは驚くことなく答えて見せた。つまりこの問いに対しての答えはあらかじめ用意していた――というより、聞かれる準備をしていたということだろうか。

 昨日の人物がニールだと仮定すると、アルフがわたしを助けたのも見ただろう。そこでわたしたちが不審に思うだろうということを計算に入れていた、とする。

 マデレーン様の頼みなのかは分からないが、何かでわたしを知る。もしくはわたしだと気づく。

 わたしが昨日の人物が闇属性だと当たりをつけていれば、同じ闇属性のニールに何らかの問いかけをする可能性が高い。

 そこであらかじめ何を聞かれるか考えていた、という感じだろうか。

 なかなかいい推理だと思う。筋が通っているとすると、昨日の人物はやはりニールかもしれない。肝心の「なぜ」が抜けているのが惜しいけど。

 そしてさっきの年齢への問いかけ。嘘をつかずにわざわざ秘密にしたのはどうしてだ。

 これはちょっと分からない。単純に誤魔化しただけかな?

 わたしは今子供なのだし、相手が年上なら雑に誤魔化されるのも当たり前か。


 じりじりとわたしが考え込んでいると、ニールは何を思ったかおもむろにため息を吐いた。

 簡素な備え付けの椅子にどかりと腰を下ろす。


「そう警戒しなくとも、君にはちゃんと教えるつもりだよ。一応マデレーンの頼みだって厚意で受けたんだからね」


 やれやれと首を降るニールに、思わず拳を握りしめる。

 焦ってはいけない。これはまだ演技である。まだ演技である!

 わたしに気取られてると思って少し素っ気なくしたにすぎない。これでもまんじゅうが餃子になるくらいの違いはあるが(主にオブラートの厚さ的な意味で)。

 だいぶ素がにじみ出てきてはいるが、こいつに限ってはあえてにじみ出させてるに違いないのだ。こういう対話術というか、騙すのが得意な狡猾なやつだ。

 でもわたしをマセた子供ごときと勘違いしてもらっては困る。お前の機嫌が悪くなった(演技)くらいで引くと思うなよ。

 ええい言ってやる!


「じゃあ教えてください、昨日の一件の魔法。と、……人を操る方法でも」


 後半はつぶやくだけになった。わたしとしては嫌味のつもりだが、ニールには分からないだろうから。

 案の定ニールは後半の言葉に軽く頭を傾けた。が、そのあとくすくすと口に手を当てて笑い出した。まだわたしを馬鹿にしているのが良く分かる。いいけどね!


「昨日のこと、よくわかったね。どうして? 視える人なんて聞いてないんだけど」


 穏やかな口調で問いかけるニールに、なんと答えようか。そもそも視える人ってなんぞや。

 わたしはしばらく考えた後、偉そうに長い足を組んで座るニールを強く見つめた。飄々とした態度は、わたしを寄せ付けようとはしていない。

 でもそれでいい。

 わたしだって、死亡フラグを折るためなら尽力するが、黒幕(死亡フラグ)そのものに近づくつもりはない。今回は魔法、ひいてはわたしの将来的な力のために協力してもらうほかないが、その他のことでニールに頼ることはないだろう。だからこそ、わたしもできる限り突き放した声で事実を述べる。


「……わたしは昨日、路地裏で何かに強く引き寄せられるかのような体験をしました。アルフ……友人はそこで、黒い髪と人影を見たと言っています。わたしに精神的に作用したところと、黒い靄を合わせて考えると闇属性の魔法である可能性が高いです」

「ふーん。それで、どうして僕だって思ったんだい?」

「それは……」


 その答えは前世の記憶によってもたらされたものだ。

 あんなことがあった次の日に、黒幕であるニールに引き合わされるなんて。わたしが結びつけてしまうのは当然だった。


「あまりにもあなたの答えがスムーズだったので」

「……それだけ?」

「カマをかけました」


 正直に答えると、ニールは楽しげに口笛を吹いてみせた。本性を知っていると、どうにも煽っているようにしか見えないので腹立つ。

 わたしが特に反応を示さないとこがわかると、ニールは椅子から立ち上がってまたにっこり微笑んだ。わたしも営業スマイルで返してやりたかったが、どうにもこいつに微笑む気になれない。気にするそぶりもなくやつはわたしに近づく。


「まあ、もとより教えるつもりだったんだよ。昨日のも、勘違いしてるみたいだから言うけど、別に危害を加えようとしたわけじゃないんだ」


 そう言うが早いか、ニールはいきなりどこからか大量の黒い靄を湧き上がらせた。

 思わず飛びのいて後退する。

 微笑んだままのニールの体は、自身から発生した靄で埋め尽くされて見えなくなる――


 そして、次に見えたのはあの時の黒い獣だった。


「どう?」


 黒い獣からはニールの声がする。

 黒い滑らかな毛並みに、赤い目だ。まるで獣アルフのような外見になぜかわたしは戸惑った。

 ゲームでは登場しないというか、そもそもゲームでニールの魔法はほとんど未知数である。ニールが使うのは精神干渉が主だと思っていたのだが、まさか獣化の血も持っているのか。

 でもこれはオルブライト家のものであって、ニールにそんな裏設定がついてるなら公開されてもおかしくない。でも実際そんな設定は二次創作でもないぞ。

 戸惑いで何も言葉を発せないわたしに焦れたのか、ニールが四本の足でしなやかに歩く。


「で、きみには何が見えてるの?」


 ――ニールの一言に、はっと視界が開けた。


 そうだ、そんな設定普通にありえない。じゃあ、この黒い獣は。

 昨日アルフは『黒髪の人』を見て、わたしは『黒い獣』を見た。共通するのは色。これはヒューへの人体実験でも『黒髪の女』が出てきているから、闇魔法の特徴なのかもしれない。

 「何が見えてるの」――ってことは、見えるものは千差万別?

 わたしに見える黒い獣は、獣のアルフにそっくり。形も、大きさも。色以外。

 これはもしかして、相手が思う何らかの人物に見える魔法?


「つまり幻覚……?」

「そうそう。そうだよ、……いやに歯切れが悪いね? 家族にそっくりな人物なんかでも見えてるんじゃ、ないのかな」


 普通はそうなるのか……。獣なんか出るから、わかりにくかったじゃないか。

 わたしがなぜアルフ(しかもわざわざ獣)を見るのかはわからないけど、つまりこの魔法は精神干渉の一種だ。幻覚を見せる。それならわたしもヒューにやったことあるぞ!

 タネが分かってほっとしたので、ニールの質問に素直に答える。


「わたしには獣が見えてますね」

「け、けものっ?! ……え、っと、そうなんだ」


 珍しく動揺するニールが見られた。

 ニールは獣のまま何度か咳き込むと平静を取り戻して、わたしに向く。にっこりしてるのか苦笑してるのかさっぱり分からなくなったが、演技とわかっている薄ら寒い表情より、獣の綺麗な毛並みを見つめられる方が断然いい。


 むしろ獣のままなら可愛くて許せる気がしてきた。

 ……だめだ、死ぬぞハティ(わたし)

VSしてない

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