11 攻略対象②
アルフは朝からご機嫌ななめだった。
いきなり女子寮まで迎えにきて、真っ先にわたしの無事(?)を確かめるまではめちゃくちゃ、目に見えて不機嫌だったが、「マデレーン様と話しただけで何ともなかったよ」と伝えるとその不機嫌度はちょっと下がった。
ちなみにあのお姉さんことマデレーン様は、このアカデミーの魔法関連の総監督である。多分運営費うんぬんは関与してないと思うけど、実質理事長みたいなもんだ。希代の魔術師の肩書きは伊達じゃなく、初等部の子たちもみんな名前と姿は知っているらしい。
わたしは入学時に初めて知ったけど。
二人で寮から教室へと移動しながら、わたしはアルフのお小言に黙って耳を傾けていた。どうにも、アルフを優先して助けたのが気に入らないようだった。
あれは本当にバレればベル家存続の危機だったからなのだが、アルフは家柄うんぬんを考えても許せないらしい。
「……ハティ。次に何か無理だと思ったら先に言ってよ」
とアルフには真面目な顔で釘を刺されたが、次があるってことはまたわたしに付き合ってくれるということだ。そう思うとアルフのお小言にも思わずにやけてしまう。
にやけていたら脇腹をつつかれた。
ともあれ、結果だけ見ればアルフとの友情も深まったし、ヒロインとの再会もさせてあげられたし、死亡フラグは完全にへし折ったと見ていいだろう!
しかもなんといったって今日から個人授業だ。それだけで退屈な通常授業も頑張れるというもの。
わたしはアルフよりはるかに上機嫌で教室へ入った。
ここで、わたしのクラスおよび寮生からの評価を語っておこう。
ズバリ、クラスの女子から疎まれている。
考えても見てほしい。小さい頃は面白いやつがモテるといっても、アルフはけっこう人気である。元は乙女ゲーのメインだし、顔もスペックも悪くない。しかも付き人はいないが貴族である。
他の貴族の人は同い年くらいの付き人がいるのだが、アルフはいらないと突っぱねたらしい。
そこで平民の、しかもまともにクラスに馴染んでいない一端の少女がアルフに付きまとっていたらどうだろう。――なにあいつ、うざい。こう思われるわけである。
アルフが相手にしてくれなかったうちは哀れみの目で見られていただけだったが、今となっては『親友!』。貴族と親しく話す平民ちゃんへの当たりは強くなる一方だ。
権力的な意味でいうなら女子に限らず疎まれているだろう。
もしわたしが前世でぼっちじゃなかったら、陰口にメンタルがやられていたかもしれない。
しかしわたしは元はぼっち歴うん十年。そこらの子供とは違うのだよ、ザクとは。
これから歳を取るにつれて陰険な嫌がらせが増えてきそうなところは要注意かもしれないけど。この辺りの対策も考えておこう。
ともかく、今の間はわたしの学園生活はまあまあ良好。
――だったのだが、ここに来て新たな問題が浮上してきた。
「ベルさん。ちゃんと聞いてるんですか?!」
担任だ。
昨日の脱走がそんなに悪印象だったのか、すっかり目をつけられている。わたしの観察では、この教師は優しく公平で先生向きだったはずなのに。
あんまり授業が面白くないので、この時間はいつも図書館で借りた本を読んでいたのだが、それが目に留まったらしい。
問題を解くわけでもなくただ講話を聞いているだけなので、なにもしないと本当に苦痛なのだ。寝たらさすがに悪いだろうし。
名指しにされて顔を上げる。髪をまとめた可愛らしい感じの先生が、わたしにのみ嫌悪の視線をくれている。
隣のアルフでさえ眉をひそめるほどだ。
「聞いてます」
「じゃあさっきのを復唱してください。――みんなも静かに!」
子供らしく、話の間で口を開く生徒たちを和やかに諌める先生。なぜその口調をわたしには向けられないんだ。
復唱しろといっても、正直全然聞いてなかったぞ――と思っていると、アルフがそっとわたしの肩をつついた。
「……闇属性について」
……なるほど。そう言われるとそんな話をしていたような気もする。
わたしにその話を振るなんて、あの先生は確信犯だろうか。もしかすると脱走より、わたしの属性についての偏見があるのか? お姉さんは属性を言わない方がいいと言っていたが、教える分教師には知られているのかもしれない。
もしくは、昨日の一件で知られてしまったのかだ。いつもここまで風当たりは強くないし。
わたしは立ち上がって口を開いた。運動面ならまだしも勉強面でわたしをいじめようなんて十年は早い。
「『闇属性について』ですよね。わたしが知る限りでは物理面と精神面に影響を与えます。光属性では対になるように双方に好影響を与えるようですね。他に、さっき説明された四属性についても詳しく説明し直しましょうか?」
「……いいでしょう。座りなさい」
見下すように睨まれては、これ以上の嫌がらせもできない。クラスの反応も「なにこいつインテリぶってんじゃねーぞ」みたいな空気になっている気がするので、早々に切り上げる。
黙って言われた通りに座ると、アルフが笑ってまた肩をつついてきた。思わずわたしもにやりとしてしまう。
「……ハティ、言い負かしたね」
「うへへ。伊達に本ばっかり読んでないよ」
「言えてる。……あいつは多分熱心な信者だよ、だからハティの属性を嫌ってる」
「――信者?」
わたしが首をかしげると、アルフはわたしの服を引っ張って近づかせると、さらに声を小さくして言った。
本ばっかり読んでるくせに、こういうところに疎いのはわたしの弱点かもしれない。
「腕輪をしてる、あれだよ。あれに教会で祈りを込めてもらう魔石が加工されてはめ込んである」
「あー、あの綺麗なの」
うかがうように見れば、先生の腕には華奢なブレスレットがついていた。小指の爪ほどの白い石がはめ込まれてある。
あれがどうやら『信者』とやらの証らしい。
わたしののんきな答えが気に入らなかったのか、アルフがまた服を引っ張った。
「教会では闇属性は……その、悪いものとして教えられるから。ハティは石を持ってるやつを見つけたら、近づかない方がいいよ」
「マジで?!」
ここに来て新事実発覚だ。
まさかわたしが教会に行っていなかった理由が、こんなところに関係しているとは。これがお姉さんの言っていた迫害の原因だろうか。あと、昨日アルフがわたしを連れて教会に行くのを諦めたのも。
「……ん? じゃあアルフは?」
アルフは教会で育てられている。食前と食後のお祈りもしていたと言っているし、教えられていないことはないだろう。
そう聞くとアルフは笑って目を逸らした。
「え、なんで?」
「……ハティ。黙って話を聞こう」
「いや、なんで?」
「……」
黙ってしまった。
しつこくつつき返してみても、無反応でいつものように窓越しに空を見つめちゃったりしている。アルフはこれ以上何も言う気がないようだ。
わたしとしては非常に気になるところではあるのだけれど、前みたいに一ヶ月も付きまとうのは骨が折れる。また忘れた頃に聞いてみようかなと、それ以上の追求は諦めて本を開き直した。
……ちょっと納得いかないな。
そのあとは特に目立ったこともなく、わたしたちは一日の授業を終えた。
面白いことに最近は、こっそりわたしの昼飯とアルフの昼飯とを取り替えたりしている。わたしの昼飯は育ち盛りにはあんまり向いてないヘルシー嗜好だが、どうやらわたしの料理が物珍しいらしい。
こっちとしては肉が食えて万々歳だけども、やっぱちょっと固いし臭い。肉なんてパック詰めのを調理するくらいしかしてないし、この問題の解決は未定だ。
あと和風料理もどき(調味料がないので味はひどい)がことごとくわたしの創作料理ということにされてしまっているのを許してほしい。
こっちにも味噌とか醤油とかあったら、アルフにも食べさせてやりたいなと思った。正直わたしも食べたい。
唯一の楽しみである昼飯の時間も終わり、授業が終わってから図書館へ本を返しに行ったりして、わたしとアルフは校舎から出た。アルフは最近図書館についてきたりするので、おすすめの本を紹介している。本人にはやな顔されるけど。
そんなアルフとは校舎の前で別れ、わたしは足早に宿泊寮の実習室へと向かう。
今の時間、ここへ泊まっている教師たちはまだ校舎で雑務に追われているんだろう。
しんと静まり返った宿泊寮を進みながら、お姉さんの頭のよさに脱帽。これなら他の教師に不信に思われることもないはずだ。
「えーと、ここかな」
初めて入った宿泊寮に戸惑いながらも、何とかお目当ての部屋を発見する。
女子寮男子寮共に子供らしい可愛いデザインの内装だったが、こっちは大人用とあってシンプルなデザインだ。
建築技術に関してもよくわからない分野だが、ファンタジーの世界観にあったデザインが多い。ちょっと物理的法則を無視してるんじゃないの? と思うような建物も昨日見た限りではあったのだが、そこはやっぱり魔法の力だろうか?
この世界で秀でているのは建築技術と上水管理と裁縫技術くらいか。食べ物はひどいけど。
わたしはそんなことを考えながら、扉の前で深呼吸をした。わけもなく身だしなみを確認してしまう。
面接か! 悲しいけど、これも前世の弊害だろうか。
気を取り直し、扉の上に書かれた「実習室」の文字を確認する。問題なし。間違いなくここであってる。ちょっとどきどきしてきたぞ。
わたしはその扉のドアノブに手をかけ、ゆっくりと開いた――
――即閉めた。
……これはだめだ。もうこれはあれだ。孔明の罠だ。
お姉さんがゲームに登場していないからと言って油断しすぎたのだ。だめだ。あーだめだ。きっとお姉さんはわたしを殺すつもりなのだ。オワタ!
扉の向こうに何がいたか。
わたしはてっきりお姉さんが魔法を教えてくれるのだと思っていた。今考えると、希代の魔術師と呼ばれるお姉さんが闇属性なんておぞましいものを使うわけがなかった。
もう一度言おう。扉の向こうに何がいたか。
隠 し キ ャ ラ が い た。
「……あの、何してるんですか?」
無駄にいい声が響いて扉が開いた。関門が突破されたー! もうだめだー!
中から覗く隠しキャラという名のラスボス、いや黒幕。目の錯覚じゃない。間違いなくそこにいる。
グラデーションのかかった茶髪は毛先にいくにつれて綺麗にオレンジ色に染まっているけれども、こいつの中身は真っ黒に決まっている。ハリエットを黒幕に仕立てあげ、何が目的かは知らないが学園を滅ぼそうとしたあげくヒロインにころっと落ちちゃうようなやつは!
ごめんなさい前世ではそのチョロさにときめいていたけども。
ともかく、だめだ。
こんなところで殺されるもしくは操り人形にされるなんてごめんだ。
「……部屋を間違えました」
隠しキャラの白い目が突き刺さる。
これじゃ回避できない!
「えっと、ハリエットさんだよね。マデレーン様から話は聞いてるよ。とりあえず……部屋に入って?」
そう言って、黒幕たる隠しキャラが地獄の門を開く。
わたしに向かう微笑みは、「もう逃げられないよ」と、語りかけていた(気がしているだけです)。