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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
初等部編
11/110

09 遭遇?

 すっかりアルフに気をとられていたが、確かとあるキャラが今頃トラウマ級のイベントに出会っているはずだった。

 好きなイベントなら覚えているのだが、それが回想しかもトラウマだとすると、わたしが覚えていないのも無理ない。


 そいつの名前はヴィクター。


 ヴィクターのトラウマイベントは、簡単に言うと家庭内不和だ。

 貴族の中でもめっちゃ偉い方の家柄だったが、両親の仲は最悪。そこでネグレクトやら暴力やらが起こるのかと思いきや、なんと親はそれぞれ子供を溺愛。 両親の衝突と相反する愛に挟まれて、トラウマになったキャラクター……。


 溺愛するなら仲良くしろという話なのだが、運命シナリオ的に無理らしい。

 このイベントによって、わがままで甘えたでそのくせいやに疑り深い人物キャラができてしまうのだが。


 とはいえ、これはもう起こっている可能性が高い。

 そもそも貴族の家庭内まで掌握するのは不可能だ。飛び込んでいってババッと解決、というわけにもいかない。

 面倒なだけでわたしには実害がなさそうだったのだが、この先他のキャラと関わりを持つなら接することもあるかもしれない。もうアルフとは親友(仮)だし、ヒロインとも会った。間接的に関わりができているのは事実だ。


「うーん……」


 権力的な立場で言えばヴィクターは一番上なんだよなあ。

 わたしの家は平凡な家庭だし、貴族様に抗うすべはない。もし滅多なことをして圧力をかけられれば、それこそ秒殺だ。滅多なことをする予定があるのもどうかと思うけど。

 なんだかんだで平民のヒロインの相手は貴族が多い。王道のシンデレラストーリーだ。

 助けてやりたいのは勿論だが、身分差がわたしの足を捕まえて離さない。


 幼い頃からの家庭内トラブルは精神的にきつい。

 わたしの家が潰されるうんぬんより、年の端もいかない少年が家庭内不和で悩んでいるというのは、ぜひ助けてやりたい。目の前で喧嘩しておきながら、「パパとママどっちが好き?」なんて質問をされたら、もはや地獄だ、拷問だ。

 助けてはやりたいのだ。

 わたしにその力がないことが悔やまれる。


 彼らの未来の一部を知ってても、これじゃなあ。

 ちょっと情けなくなってきた。

 どうもさっきから悲観的になりやすいのは、やっぱり疲労だろう。


「アルフおっそいなあ……」


 退屈な時間ほどゆっくり流れる。

 時計塔の歯車を永遠見続けるのもいいが、寒くなってきた。帰りたい。お腹がぐーと同意するように鳴いた。


 恐らくだが、こっちには四季はないらしい。

 ゲームの立ち絵やスチルから季節をあまり感じなかったので、その辺の反映だろう。過ごしていてむしろ夜は肌寒いことに気づいた。年中秋のような気候で農作物は育つんだろうか。

 いや、育つんだろうなあ。その地域の気候に特化した品種になってるんだろう。あー、お米食べたい。


 しかし本当に遅い。

 まさか、教会からの帰りに誘拐されたりしてないだろうな。危ないからと言って送ったのに、その帰りに自分が危険にさらされたら元も子もない。恐らくわたしのクビも飛ぶ。死刑があるのか知らないけど。

 獣化すれば撃退可能だが、さすがに町で変身するのは目立ちすぎる。この年頃なら魔法もまだ未発達だし、危険だ。

 それならまだ、夢中になって教会でお喋りしている方がましだ。アルフはまだ子供、わたしのことを忘れてしまうのもやむなし。


 さすがにアカデミーに帰らなければならないのは分かっているだろうし、わたし待ーつーわー。


「……ん?」


 しばらく経ったが、やはり何かあったのか、アルフが来る気配はない。もう少し様子を見て、来なければ探しに行こう、と思っていた時。

 襟を寄せて寒さに耐えるわたしの目に、不意に何かが映った気がした。なんとなく気になって目で追ってしまう。


 路地を横切るのは――――いぬ?


「野犬……魔物、だったり?」


 お察しの通りこの世界には魔物もいるが、こんな町中に出るわけはない。

 人間と同じく魔力を持った獣のことを魔物というらしく、わずかな知性があって、しかも凶暴なので恐れられている存在。しかし町にはアカデミーのより大掛かりな結界が張ってあるため、まず見ることはない。兵士も門前で警備してるらしいし。

 魔物なんか、わたしも本で存在は知っているだけで見たことはない。

 少し獣アルフに似た姿の黒い塊が、路地裏から顔だけを覗かせていた。


「あれ……?」


 周りが霞むように見えてくる。

 目を擦ってみても、立ちくらみした時のような靄は晴れない。それどころか、だんだん目を覆うように黒い靄が広がっていくような錯覚に陥る。

 その間にも獣はゆっくりとした動作で首をもたげる。

 まるで誘うように。赤い瞳をわたしに向けて。

 わたしは、気づけば導かれるように足を進めていた。

 まるで何かに操られるように――



「――ハリエット!」


 どん、と突き飛ばされる。

 時計塔の壁によろけて逆戻りしながら、目の前に現れた燃えるような赤を見る。

 ようやく戻ってきたアルフは額に汗を浮かべて、わたしの方を振り向いた。


「なにやってんの、馬鹿!」

「……え?」


 アルフに言われて目を向ければ、もうあの黒い獣はいなくなっていた。気づけば目の前の靄もすっかり晴れている。


 一体あれはなんだったんだろう。ゲームでこんなイベントを見た覚えはないし、多分野犬に違いはないと思うが。それにしては妙だった。ただあんなところに魔物が出るなんてありえないわけで、そうするとわたしの見間違いが一番しっくりくる。

 考えるわたしを無視して、アルフはわたしの体を確かめるようにべたべた触りだした。蛇足だが勿論変な意味ではない。

 ひどく焦るアルフをなんとかなだめて、手を止めさせる。まだ凹凸のない幼児体型だが、さすがに触られるのはちょっと。心はいい年の乙女なのである。


 いくらか落ち着いた様子のアルフが深呼吸をして、わたしの顔を真剣に見つめた。眉を寄せている様子は、警戒する獣のようだ。


「一体何なの? アルフくん」

「……さっきの人、ものすごく嫌な感じがした」


 乙女ゲーなのでアバウトだが、攻略対象の中で一番魔法に秀でているのはアルフだ。どでかい死亡フラグといったが、それはまさしく獣化したアルフのこと。これは乙女ゲー中に語られる設定だが、アルフのように姿形、ましてや性質自体を変えるには莫大な魔力とその純度がいるらしい。アルフはこともなくやってみせたが、アレは本来車よりでかい獣に変化する。まだあれでさえ力が足りないのだ。

 車よりでかい狼(炎属性あり、純度の高い魔力が大量)なんて、それなんてチートである。今ならまだしも成長すればアルフは間違いなく最強だ。

 攻略対象の中にはもう一人爆発的な魔力の持ち主もいるが。

 ちなみにわたしはというと、勿論平均だ。隠しキャラに操られるにあたってちょっとは多いのかもしれないが、基本的にはモブだから。


 そんなアルフは、まだ少年とはいえ馬鹿にしてはならない。

 基本、魔法は感覚がデフォ。その感覚の鋭さこそ才能なのだ。アルフが何か感じたなら、それなりに用心した方がいい。

 というか、そう思うとあれは誘導系の魔法で、もしかしてわたしは助けられた? 今までアルフに殺されることばかり考えていたが、まさか助けられるとは。


「人じゃなくて獣だけどね。やっぱ魔物?」


 あの犬のような獣は、確かにただならぬ雰囲気があった。というか、わたし自身は気に止めただけで、近づこうなんて思いもしなかったのだ。

 それなのに、まるで何かに操られるように――もふもふしたくなった。

 ちょっと異常なくらい欲望が沸き上がってきたのだ!

 今思えばさすがに野犬なんかばっちいと分かるのだが、あの時はどうかしていた。絶対に獣アルフの方が撫で心地がいい。撫でたい。

 ……これはまさか魅了系の魔法?


 当のアルフはわたしの言葉に首をかしげた。


「人だった……けど。黒髪の」

「え?」


 確かに毛は黒かった。けれど間違っても人間ではなかったはずだ。人間ならもふもふしたい、なんて思うわけがない。記憶を手繰り寄せてみるが、間違いなく四本足の獣だ。

 同じように首をかしげる。


 もしかすると、何か重要なイベントだったのか?

 そもそもわたしがアルフを連れ出さなければ、この不可解な現場にも居合わせることはなかった。つまりゲームには存在しないわけだが、心当たりはある。

 この辺りは主人公のいる教会の近くだ。

 そして、アルフが言った『ものすごく嫌な感じ』。

 わたしの脳は、ひとつの結論を導いていた。

 ゲームには関係のない、この世界の出来事なだけかもしれない。たまたま闇属性の悪人が、一人で突っ立っている少女わたしを狙っただけかもしれなかった。

 それでも、まだ幼い主人公の姿が浮かぶ。


 もしかして:隠しキャラ?


「……ベル?」

「なんでもない! 帰ろ、お腹すいたし」


 まだいぶかしげな顔をするアルフに冷えきった手を出して握ると、その冷たさに一気に申し訳なさそうな顔をされる。表情が塗り変わったのをいいことに、わたしは笑顔でアルフを引っ張って走り出した。


 すぐに息が切れた。

 

「だから、本ばっかり読んでるから」

「うるさーい……」


 日は沈んでいたが、いったん立ち止まる。急に走ったもんだから、脇腹になにか突き刺さっているような痛みが。

 片手でさすりながら、気をまぎらわせるためにアルフに話しかける。


「ねえ、さっきさあ」

「ん」

「わたしのことハリエットって呼んだよね」


 ぴくり。アルフの肩が跳ねる。

 ぎこちない動きでそっぽを向かれた。けれども手はきちんと繋がれたままだ。同年代の少女の名前を呼ぶのかそんなに恥ずかしいのか。

 珍しく分かりやすいほど動揺したアルフに、意地の悪い笑みが浮かぶのが分かる。寒空の中待たされた仕返しに、ちょっといじってもいいだろう。


「あー、でもできればハティって呼んでほしいな。エッタでもいいよ」


 「は?!」と変な声をあげたアルフに、痛いくらいに手を握られた。走ったおかげで、わたしたちの手はお互いにほかほかと暖かい。汗か冷める前に帰ってしまわないと。

 アルフも大人びているが、まだ六、七歳(多分)。珍しく年相応の反応になぜかこっちが嬉しくなってしまう。

 もともと名前で呼んで欲しかったし、これ幸いとさらに畳み掛ける。


「いやだって親友でしょ?」


 名前で呼んで欲しいと言うよりは、姓に違和感しか感じないのだ。

 最初の紹介や公式サイトにはきちんとフルネームが載っているが、大体の場合みんな名前呼びだ。それにテキストには名前しか表示されない。

 しかもほぼモブのハリエットなんか、苗字がベルだと明かされたことなんかあっただろうか?

 わたしはまったく覚えていない。

 ハリエットでもいいのだが、ハティならまだ短いし、苗字ベルと変わりない。愛称の方がアルフが気恥ずかしいだろうし。誰かを親しげな愛称で呼ぶ機会なんて、教会を出てからなかっただろうし。

 にこにこと営業スマイルを使って追い詰めると、アルフは案外簡単に吐いた。


「……ハ、ティ」


 アルフはしばらく無言で肩を震わせていたが、小さい声で確かに呼んだ。

 ある意味で心臓が脈打つ。

 アルフがわたしを『ハティ』と呼んだことで、確実にアルフはゲームとは違うキャラになる。わたしの知っているアルフじゃなくなる。ほぼモブのハリエットをアルフが愛称で呼ぶなんて、ゲームにはなかったのだ。


 確実に何かが変わっていると、思う。

 それが何なのか、わたしは残念ながら気づけなかったけれど。

今までの文章を加筆修正しました。大筋に変化はありませんがつけされた展開がちょっとあります//0402

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