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98 責任

 オズと馬車の七人は、襲い来る魔物をものともせず切り伏せていった。サラさんの大斧が風切り音と共に骨を砕いて、アレンさんの投擲した短剣が急所を抉り、オズの大剣が全てをねじ伏せる。


 疲労困憊でどうにもならなかったわたしたちは、ただ呆然とそれを眺めていた。

 援軍が後ろから追い付いたことで魔物の群れは崩壊し、最後の一匹が滅せられる。ふう、と軽く息を吐いて大剣を振ったオズは、後方支援していたお姉さんの方へと歩いてくる。


「御身、しばらくだったな」

「マデレーン様! お久しぶりです!」

「ええ、皆さん。この度は本当にありがとう」


 お姉さんの言葉にアレンさんが格好を崩すのと同じくして、他の数人もそれぞれお姉さんに話しかけだす。その態度は敬意に満ちていたが、同時にかなりフランクでもあった。お姉さんの人柄を思えば当然のことかもしれない。


 それからアレンさんとサラさんは方向転換して、木にもたれ掛かっていたわたしに話しかけてきた。それに釣られて、どんどん人がやって来る。割愛するけど、大体は「大きくなった」とか「育った」とか「別嬪さんだねぇ……血だらけだけど」とか、親戚の人よろしくだ。

 まるで昔に戻ったみたいな光景に、わたしは昔のような苦笑いで応えた。


「それで、詳しい話を聞いてもいいか? 原因が誰だとは知っているけど、緊急だって言うんで、こうなった経緯は知らないんだ」

「一応、故郷だものね。勿論、ハリエットちゃんを助けることに異論はなかったけど」


 皆の疑問を解決するため、お姉さんはこれまでのことを滔々と語った。その中には自分の罪も含まれているはずだが、その舌に淀みはない。

 ……逆に、わたしがニールを刺してしまったのは、お姉さんたちには詳しく知られていないところだ。わたしが皆に話さねばならなかった。頭の痛みを抱えつつ、地下室であったことを、ゴミのようになっているアルフたちにも聞いてもらう。


 学園の闇を払うために地下室へ向かったこと。

 そこであのおっさんと、お姉さんと対峙したこと。負けて、『呪術』に掛けられたこと。

 そのせいで皆の敵になり、結果的にニールを殺しそうになってしまったこと。

 彼とカレンちゃんのお陰で意識を取り戻し、彼女のお陰でニールが命を取り留めたこと。

 一息で話し込むと、一瞬の静寂が満ちる。それから、誰かの漏らすような声が聞こえた。


 わたしは、ニールのことを気にしていたオズを横目で窺う。だが、そこには先程見た美丈夫の顔はなくて、またしても懐かしい怪しい黒ローブの姿があるだけだった。いつの間に被り直したのか。


「……そう。そんな大変なことがあったのね……辛かったね」

「……でも、皆さんのお陰で、こうして皆で生き残ることができました」


 そうだ、結局は結果だ。

 わたしはエルバードに勝った。

 もはや記憶の片隅に追いやられた、ゲームにすら打ち勝った。

 誰も死なないエンディング、なんて、一番のハッピーエンドだ。


 だから、わたしはサラさんに向かって笑顔を見せた。グローブを外した手で、ぐちゃぐちゃの髪を撫でてくれる。誰も知らないこの世界のシナリオを変えたこと、それだけで報われる。


 大人しく撫でられていると、後方から砂を蹴る足音が聞こえてきた。

 皆、ギリギリの戦闘で気を張りつめていたからか、明らかに魔物でないその足音にも、機敏に反応する者はする。ヴィクターとアルフはぐったりだったが、サディアスはもはやなまくらになった剣を持って立ち上がろうとしていた。それを制止したのは、黒いローブ。


「――――否、味方だろう」


 そう言った重低音の言葉通り、わたしたちに向かってきたのは、すっかり汚れたドレスを引きずったカレンちゃんの姿だった。

 わたしは思わず走って、彼女の肩を掴む。桃色のドレスはもう、血だらけだ。それでもわたしには、カレンちゃんが白衣の天使に見える。


「カレンちゃん、ニールは?!」

「……大丈夫。保健室で、眠ってる。一度、起きて、こっちに来ようとしてたから、眠らせた」

「あ、ありがとう……っ!!」


 彼女の言ったことを疑っていたわけではないが、不覚にも泣きそうになった。ニールが生きていて良かった。あの馬鹿、あんなに血を流したあとなのに、歩いたりしたら駄目でしょ。でもそう悪態をつけることが、何より嬉しい。

 この気持ちを一番共有できるのは、関わりの深かったお姉さんとオズだろう。

 わたしは振り向いて、二人に目線を送った。お姉さんは涙ぐんで何度も頷いてくれたし、顔の見えないオズも、フードの向こうで確かに、頷いているのが分かる。ああ……ニールにも、こうやって生きていることを喜んでくれる人がいるんだ。教えてあげたいなあ。


「学園の、浄化も、ほとんど済んだ……から、皆、無事。だけど……」

「えっ、カレンちゃん一人でしたの?! 魔力は?! 大丈夫!?」

「うん。これ、役に立ったよ。それにこれも……」


 無理をしたのか心配するわたしをよそに、カレンちゃんはマイペースに頷くと、懐からペンダントと、金色の欠片を取り出した。それは二つともわたしが彼女に渡したものだった。

 返されたペンダントの石は限りなく澄んでいて、魔力の欠片さえ見当たらない。金色の欠片は相変わらず正体不明だ。


「ハティちゃんの魔力で、闇を払えた。欠片これは……あのとき、枢機卿の魔法を弾いていた、多分、それ」

「相変わらずよく分からないなぁ……まあ、役に立ったならよかった。カレンちゃんには、迷惑かけっぱなしだったし……」


 言うと、彼女は無言で首を振る。その顔はいつもの無表情よりも、どこか暗く沈んでいるようにも見えた。

 カレンちゃんはわたしからお姉さんへと、黄色の目を鋭く向ける。


「生徒の暴動、収まらない。今は、落ち着いてる……けど、闇属性が悪いんだってこと、疑ってない」

「あー……まあ、そんだけ派手にやられたらなぁ。例え説得に応じたとしても、闇魔法への悪感情はどうしようもならんわな。ハティちゃん、俺らと一緒に隣国へ行くか? あのあんちゃんも一緒にさ」


 手元の短剣を弄びながら、アレンさんは苦笑した。

 確かに、いくらカレンちゃんやお姉さんが説得してくれたところで、闇魔法で植え付けられた恐怖まではどうしようもない。犬に噛まれた人が犬嫌いになるように、それは当たり前でごく自然的なことなのだ。

 元よりわたしは、皆を助けるために逃げる道を断った。ことも済んだし、ニールと一緒ならそれも悪くないかもしれない。ニールなら逃げるのは大賛成だろうし。

 なんて思ったことがバレたのか、一瞬カレンちゃんに鋭い目で睨まれた。


「い、いや、どうでしょうね。ニールにも聞いてみないと……あはは」

「その必要はないわ、ハリエットさん。今回のことは表に出す。過去の内戦と絡めて、教会の闇として」

「そんなことをしたら……」

「全ては叔父の責任。そして迫害を推奨したとも取れる教会の在り方が生んだこと。そう言う風に発表します」


 お姉さんはいつもより凛とした顔で、この場の全員に聞かせるように言った。わたしは無宗教、しいて言えばジンくんが神様……みたいなものなのだが、ここにいる闇属性以外の人間は、当然に女神様を崇めている、というかいて当然。わたしが知る限り教会は絶対、聖職者の立場は貴族並みであると考えている。

 そんな世界なのに、その唯一の信仰の拠り所が間違っていたと発表するのか? わたしは、エルバードが黒幕だったと生徒に告げる気はなかった。だってそんなの、普通は信じてもらえない。……お姉さんなら、あるいは。


「でも……それ、下手したら大混乱になるんじゃないですか?」


 わたしたち以外からすれば、天地がひっくり返るような事態だ。


「いいのよ。わたくし、元々は皆が平等に学べるところを作りたくて、この学園を建てたの。なのに、その過程で叔父や、教会貴族を噛ませなくては立ち行かなくなって……結局、ハリエットさんが入ってくるまで――――ううん、入ってきてからも、私は自分の過ちに気づくどころか、『学園を守るために、少数ひとりの犠牲は仕方ないもの』って、思い込もうとしていた。馬鹿ね、貴方たち二人を見てようやく気がつくなんて」


 わたしとカレンちゃんを慈しむように見つめて、お姉さんは大袈裟に肩を落とした。その言葉は後悔でいっぱいだったものの、お姉さんの表情はどことなく穏やかだ。ここで皆に宣言することで、改めて覚悟が決まった、そんな感じだ。


「勿論、市井の人々に掛ける負担も分かっているわ。それでも、その責任を負ってでもやらなくちゃ。だからアレン、ハリエットさんを連れてっちゃ駄目よ?」

「はは、そういうわけなら拐ってくわけにもいかないな」

「あーあ、残念。ハリエットちゃんとまた一緒に暮らしたかったわ」

「それなら、この国が落ち着き次第、また帰ってきてほしいわ。貴方たちにとって大切な故郷とは行かないでしょうけど……それでも生まれた国だもの」


 アレンさんとサラさんは顔を見合わせて、同時に苦笑した。まだわだかまりはあるだろうが、お姉さんが言ったようになったら、それはとっても素晴らしいことだ。わたしもサラさんたちとの旅は悪くなかったし、そんな未来がくるといいな。


「では、それには俺も協力しましょう」

「あ、ヴィクター」


 もう起きても平気なのか、いや平気ではないだろうけど、アルフとヴィクターはようやく立ち上がれるだけの気力を取り戻したらしい。

 さっきの話を聞いていたヴィクターが言ったのは、お姉さんの言うことにグレンヴィル家が協力を惜しまないということ。それに続けて、アルフも同じように声をあげた。

 そう言えば、二人とも貴族だったっけ。


「上級階級こそ混乱するだろうが、そこは俺とアルフにも手伝わせてほしい。家の仕事は六割、いや七割ほどに通じているつもりだ。じっくりやるのが最善手だろうが、できるだけ早くに安定させたい」

「そうだな……俺にも何か、できることはあるだろうし。もうあんな光景は、見たくない」


 お姉さんが手を組んで、感動的な目で二人を見つめている。うるうると子犬のように潤んだ瞳に押されて、二人は居心地が悪そうにしていた。

 果たしてわたしには意味の分からないところもあったが、とにかく二人とも、またしても頑張ってくれるらしい。世の安定化は別段わたしだけのためじゃないが、わたしのためでもある。ありがたい話だ。


 いろいろと話すことはたくさんある。それだけの事件であって、それだけの人たちがここに集まっている。皆はまだわいわいと話をつけたがっていたが、カレンちゃんが隣でバチンと大きく手を叩いたことで、それは静まった。

 ビックリしている人たちを尻目に、カレンちゃんはいつもの顔でゆっくり言った。


「とりあえず……傷が酷いから、治療しよ」


 数秒の沈黙があって、皆各々の体の不調を思い出してきたらしい。唸り声をあげるアルフに、頭を押さえるお姉さんに、もれなくわたしも全身が痛い。援軍もまた強行してきてくれたせいか、わたしたちほどではないにしろ疲れている様子を見せている。


 うう……自覚をするとますます痛くなってきた。どれだけ強化魔法を使ったっけ……? うわあ、考えたくない。


 カレンちゃんに押されるかたちで、わたしたちはのろのろとした歩みで学園へと向かった。その光景はどこからどう見ても敗残兵のそれで、多少の悲しさを感じるはめになった。次こんなことがあれば、もっと有用な計画を立てられるようにしておきたい。

 次、こんなことがないのが一番だけど……。

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