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97 助けてくれてありがとう

 かくして、引き続きめちゃくちゃ頑張ることになった一行。


 お姉さんが呼んでくれた援軍というのは、どうやら山を上ってこちらへ向かっているところらしい。であれば、ちょうど魔物を後ろから追いかけていく構図になる。上手いことそれでヘイトが分散してくれれば儲けものだが、わたしの見立てでは闇魔法の威力の方が強力であるものと思っている。

 多分、追い立てられた魔物は、更に勢いを増してこちらへ向かってくるぞ。ここからが正念場、というわけだ。


「とはいえ、これはまずい……!」


 魔物を蹴り飛ばす。もはや短剣はいろんなものでベタベタで、刃物として機能しなくなってしまっていた。

 背後には魔力空っぽのヴィクターとアルフ。さすがのアルフも、あの形態を維持するのに魔力を消費してしまったようだ。眠ったように死ん……二人とも、死んだように眠っている。残っているのは相変わらず後衛を張るお姉さんと、剣に持ち替えたサディアスとわたし。

 素手のわたしの攻撃力はお察しで、どうあがいても魔物を倒すまではいかない。頼りになるのは実質、二人だけということだ。こんなんじゃ、とてもじゃないが防波堤にはなり得ない。


「どうしようサディアスく~ん……」

「……すまない、少し、喋ることが難しい」


 ああああ、ごめんねサディアスくん。無表情で平気そうに思えるが、内心はわたしの比ではないほど辛いのだろう。なんせ魔法から剣術まで頼りっぱなしだ。黙々と剣を振り続けているサディアスは、心なしか眼が死んでいるようにも思える。

 誰だ、こんな作戦考えたの。わたしだけど。


「だらしないな! カルヴァート、貴様はその程度の男か!?」

「誰……?」

「私だ!」


 突如聞こえた声に、周囲を警戒しつつ振り返る。


 ははは、と高笑いでもしそうなくらい元気なその声は、若干の聞き覚えがある。というか他の皆には分かったようで、サディアスは後ろを振り返らないまま、小声で呟いた。


「ビヴァリー様」


 果たしてそこにいたのは、派手な装飾、つんとすました顔、翠色の髪。

 わたしとは縁があるのかないのか微妙な間柄である、ギータ・ビヴァリーがそこにいた。


「なんでここに……」

「助けに来たに決まっている。貴様らでは不安だからな」

「そ、そうじゃなくてですね」


 ギータはわたしが闇属性だということを知っている。そしてこの学園に溢れた闇魔法の存在も認識しているはすだ。わたしたちを助けに来るという発想に至れるはずがない。


「私が教えたんだよ。今学園で起こっている全てを。それでも、信じるかどうかは彼次第だったし、考えてついてくると結論を出したのは彼だから、誉めてあげてね。ハリエットちゃん」

「ユリエル!?」


 ギータの後ろから、ひょっこりと顔を覗かせる彼。そういえばわたしは彼に、なんだかずいぶん酷いことを言ってしまった記憶がある。だというのにその顔は、その目は、片眼鏡越しに笑っていた。

 ユリエルは嘘がつけないから、すぐ分かる。頭もいいし、何より人のいい彼のことだ、この状況から察してここへ来てくれたらしい。もしかしたら、カレンちゃんが手を回してくれていたのかも。


「私も魔法ならなんとか手伝えそうだね! さ、やりましょう、マデレーン様」


 朗らかに近づいたユリエルの前で、お姉さんはぎゅっと杖を握りしめた。彼女はわたしたちにとっては先生だけど、ユリエルにとっては同僚、いや上司か? お姉さんのことをどう思うかはまた別問題だ。


 お姉さんの裏切りを持って、彼がひどく傷ついていたのは事実だし。だけど、わたしは心配していない。


「クライン先生……あの、わたくし……」

「『生徒を守るのが先生の使命!』ですよね。私は、貴方の優しい風に浚われて、今ここにいるのです。誇ってください」


 力強く、ユリエルは言った。

 いつもの軟派で電波な彼じゃなく、生徒を思う先生として。


「……そうね。生徒を守るのが第一よね……分かってた、ずっと分かってたのよ……やりましょう。彼らが来るまで持たせましょう」

「はい!」


 魔物にかじられつつ、殴り飛ばして距離を取る。

 横目で確認したけど、どうやら二人は大丈夫そうだ。ユリエルはお姉さんの裏切りにショックを受けていたし、お姉さんも、エルバードによって強制させられたことに罪悪感を持っている。それでも二人はやっぱり大人だ。


 そんなことを考えていると、またしても魔物が飛びかかってきた。

 皆と違って、わたしには前線で動く力がほとんどない。特別な訓練を受けているわけでもなんでもないから。正直もうかなり血だらけなので、勘弁してほしい。

 もう一度蹴り飛ばそうとする前に、ギータの剣がそれを切り裂いた。助かった!


「ありがとうございます。助かりました」

「……別に。それより、少し下がっていろ。私がやる」

「え、でも……いいんですか?」

「愚民に心配される謂れはない! いいから下がれ。傷が……酷い。……私も一度、貴様から逃げた。今はその、償いのために来たのだ」


 ぼそぼそと言いながら、ギータはその辺の魔物を綺麗な太刀筋で切り伏せた。そういえばあのとき、サディアスに追い付くべしと頑張った的なことを言っていたが、本当だったらしい。彼の動きはサディアスに負けないくらいに鋭いものに思えた。

 ギータの言葉に甘えて、後衛まで下がる。


「わたし、気にしてないですよ」


 あのときのギータの背中。闇属性だと言えば、そうなることは分かっていた。分かっていて言った。いや、今思えば、「もしかしたら」なんて微塵も思わなかったわたしこそ、ギータに失礼だったのかもしれない。まわりに期待しないのは、前世からの悪い癖だ。


「私は気にしている。正直言うと、まだ頭の中は混乱してさえいるんだぞ。こんな情けない男で居続けるつもりはない」


 わたしは別に、自分が鈍いとは思っていない。ギータの言葉を聞いて、多分あの愛人宣言が、彼の精一杯の告白であることも分かっていた。

 でもわたしは何よりも、今死にかけている、あの情けない男が好きなのだ。ギータの気持ちにどう答えたらいいものか、考えたこともなかった。こんなに人に好かれるなんて、前世では一度もなかったことだ。どうしよう、こういうときこそニールに相談したかった。


 いや、ニールを刺したのはわたしだけど……ごめん。空想上のニールに謝りつつ、アルフたちのところまで後退する。死んでるのかというくらい動かない二人の隣で、腰を下ろした。

 戦局を頭に入れつつ、体を休める。

 援軍が近づいてくれば、その分魔物は勢いを増すだろう。その時にこそ、二人を叩き起こして戦闘に加えなければならない。アルフは剣を持ってもらうとして、ヴィクターにはわたしと魔力を循環させ、回復してもらおうか。腹の魔石さえあれば、魔力は補完できる。


 そこまで考えて、体から力を抜いた。もはや事態は、わたしなんかの手に負えないところまで来ている。ゲームの通りになったことなんて全然ないし、わたしはここに生きているんだから。人に頼ることも、そう悪くない。





 適当に傷の手当て(とは言っても、止血をする程度だ)を終えると、見える魔物はその数を着々と増やしていた。

 さすがにサディアスも限界だ。戦線が崩壊しかかっている。ギータの奮戦でなんとか持ちこたえているようなものだった。


「アルフ! 起きて! ヴィクター様も!」

「くっ……うう……」


 二人を叩き起こして、立ち上がる。一瞬目眩がしたものの、誰かが抜けていい状況ではない。

 呻く二人の顔色は最悪だったがそれでも、サディアスと先生たちのお陰で休めたはずだ。文句は言わせない。ここまでわたしに任せてきたのだから、最後までわたしの駒でいるべきだ。


「アルフはサディアスの代わりに前へ!」

「ああ……くそ、まだあんなにいるのか……っ」

「文句言わない! 大丈夫、ここが最後の踏ん張りどころだよ。これが終われば全てが終わる。わたしたちのハッピーエンドってわけ」


 アルフは頭を押さえて絶望的な顔をする。そんな顔で前に出てもらうわけにはいかない。彼の肩を掴む。わたしにももう余裕はなくて、これはただのわがままにして押し付けだ。

 元々、闇属性であるわたしたちを付け狙ったエルバードの罪。アルフたちは、わたしが接触したが故に巻き込まれたのだから。


「わたしはそれでも皆と胸を張って一緒にいたい。もう日陰に追いやられるなんて真っ平ごめんだし、これからも皆といろんなことを体験していくつもりなんだから。だから、アルフ、頑張って」


 他でもない、わたしのために。


 真剣に伝えた言葉は、くしゃりとした苦笑で返された。肩にある手を取られ、握られる。熱い手は昔から変わらない。


「ハティのためって、何それ。まあ、お前がいないとカレンが悲しむし――なぁ、ヴィクター」

「俺はハリエットのために働くことも、やぶさかではないぞ? 今の俺を形成したのは、あの手紙だからな。この恩を返すには、俺の一生を捧げても足りないからな!」


 茶目っ気たっぷりにヴィクターが言って、アルフはそれに頷いた。この二人にはなかなか、わたしの知らない友情があるのだろう。立ち直ったらしいアルフは、手をほどくと剣の柄を握り締め駆けていった。


「ヴィクター様はこっちで、魔力を。何があるか分かりませんが、ないよりましですから」

「ああ、構わん。魔力がなければ役に立たないからな」


 わたしはヴィクターと両手を繋いで、魔力を流す。おかしなことに、本来ならヴィクターから流れてくるはずの魔力はその十分の一にも満たなかった。これだけ涼しい顔をしているのに、彼の魔力はほとんど空っぽだ。多分、立てないほどに。

 不意に泣きそうになってきた。さっき、わたしのためなんて言ったけど、彼らは本当にそのために動いてくれていた。今は学園のこともかかっているが、本来ならヴィクターだって、学園のなかで守られているべき人間だ。

 申し訳ない気持ちが膨れ上がる。それでも、嬉しいとも、頼もしいとも思う。頭が痛くなってきた。


「……はい。これくらいでどうですか?」

「ひとまず、今は危険はないようだな。魔法を使って問題なければ、すぐに加勢する」

「お願いします。……ありがとう」


 頭を下げる。本当に、なんでこんなにいい人ばっかりなんだろう。わたしの中には今も『わたし』がいて、世の中全部を疑って生きているというのに。

 ヴィクターはわたしの頭をくしゃくしゃにして、アルフの方へと歩いていった。


 わたしも続いて向かう。大変なことに、魔物の軍勢はわたしたちを全方位で囲もうとしている。もはや前線も何もない、大混乱だ。何匹かこちらへ流れてきて、身構えたところでヴィクターの雷電がそれを貫く。どうやら、わたしの魔力でも問題はなさそうだ。


「ああ、来たわ!」


 安堵するのと同時に、お姉さんが悲鳴のような声をあげた。けれどそれには喜色が混じっていて、すぐにその意味が分かる。


「来たって……来たのか!?」

「ええ、聞こえるわ! よく聞いて! 良かった、本当に、良かった……! 間に合った!」


 お姉さんは泣き崩れるようにして言った。慌てて耳を澄ませてみるものの、魔物のうなり声と皆の荒い息づかいしか聞こえない。こちらへ来る獣を殴り飛ばす。皮膚が破れて、ビリビリと痛む。


 本当に、来たのか、援軍。確かめたいのに、そんな余裕はない。


「ああっ、ちょっと!」


 魔物の勢いは増して、むせび泣くお姉さんのドレスが鋭い牙で引きちぎられている。隣のユリエルもだし、彼女は接近戦では子供も同然なのに! まずいまずいまずい。慌てて走って、お姉さんの足が千切られる前に、なんとか指輪を使った飛び蹴りで引き剥がす。


 あ、まずい――――着地のこと考えてなかったな!

 吹き飛ぶ魔物を尻目に、景色がゆっくり流れていく。木に! 木にぶつかる! いやでもまあ、もう少しぐらい傷が増えたところで――――!


 ぽす。

 音として表すならばそれくらい軽やかに、わたしの体は受け止められた。身を固くしていたわたしは、あまりの呆気なさに動けなかった。


 というか、その、あまりの、懐かしさに?

 目の前に広がる真っ黒い壁を見上げて、見上げて、見覚えのない顔に絶句する。


「誰だ! いや、わかるけども!」

「おお、豪勇だな、ハリエット。そして随分……美しくなった」


 地を這うようなそのひっっくい声には、やっぱり聞き覚えがある。あの頃よりも背が伸びたのに、相変わらず見上げて、見上げなくてはならないその長身も。黒一色の固そうなローブも。


 彼の後ろの方で、がやがやと人の声がする。記憶の蓋がぐらぐらと揺れて、その声に懐かしい思い出が蘇る。爽やかな男の声、艶ややかな女の声、狭苦しい馬車の中で、何度もわたしを楽しませ、少しばかり困らせてくれた声たちだ。


 そっか、お姉さんが呼んだのは彼女らだったのか。

 それは納得できるものだった。だって彼女らも、わたしたちと同じだ。ここが落ちればもう、この国には帰ってこられない。隣国でも何かしらの不具合があるかもしれない。

 わたしは黒い壁の横から、そちらに向けて顔を出した。


「アレンさん! サラさん!」

「あら――――ハリエットちゃん!? 大きくなったわね!」

「うおっ、マジでか! 育ったなぁ……」


 二人がこちらを向いて、目を丸くした。その手には大きな斧と、短剣が握られている。……やっぱりサラさんが、あれを振り回すのか。年を取っても、二人はまるで変わりないように見えた。


 後ろに続く人たちにも見覚えがある。あの馬車に乗っていた人たち全員、ここへ駆けつけてくれたのだ。わたしが王都から戻る折り、共に逃げ出した七人の男女。

 ……あれ? お姉さんと知り合いらしき闇属性の皆はともかく、なんでこいつはここにいるんだ?


「そういえば、マデレーン様と知り合いなの?」

「是であり、否でもあるな。御身らが突然に消えたので、探しさ迷い歩いていた吾人を、あの方が引き留めてくださってな。ようやく辿り着いたというわけだ」

「さ、探してくれてたんだ……」


 確かに、王都から追われたわたしたちは、彼とはお別れも言えないままに出てきてしまっていた。それを今まで探してくれていたなんて。


 わたしは彼を見上げて、見上げた。そこにはフードに隠れた正体不明の人物ではなくて、青白くも凛々しい顔立ちの男がいた。黒くうねった髪が肩まで伸びていて、その目はどの闇よりも深い。


「ありがとね、オズ」

「礼には及ばんとも。あやつも生きているだろうな?」


 回りを見渡している。多分この場にニールがいないので、心配しているのだろう。その言葉に彼を殺しそうになった罪悪感が沸き上がるが、笑みを作って答える。


「あは、ニールね。生きてる生きてる、大丈夫、生きてるよ」


 そういうと、オズはその強面な感じの顔を、僅かにだけ緩めた。ああ、懐かしいよ。ニールはオズのことを苦手に思っていたけど、オズはニールを嫌いじゃなかったね。


「さて、色々と交わしたい話は尽きないが。その前に」


 オズはローブの中からずるりと抜き身の剣を取り出して、軽く魔物を凪ぎ払った。わたしの身長ほどもありそうな剣を片手で軽々と。その刃に潰されて、魔物が吹き飛んだ。


 べちょりと、わたしの頬に生暖かい何かがかかる。


「……飛び散ってる」

「む、剣が短かったか……?」


 そういう問題じゃないけど。

 ひっっくい声が、短く謝罪した。

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