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96 殲滅作戦中

93~95まで大幅な内容の書き換えを行いました。

それに伴って話数が変更されています。/0721

「はあ……はあ、くそっ、そっちはどうだ!?」

「駄目だ、魔力が持たない! アルフ、前に出すぎだ!」

「危ない……! 遠距離からも来るぞ!」


 何もかもを置いて、怒号と魔物の叫びが響く。切り裂く風の音は一層激しく、炎は森を焼き、雷鳴と濁流が群れを凪ぎ払う。

 なのに、状況は最悪だ。


 ただでさえエルバードの仕組んだ戦いで、皆それぞれ満身創痍だというのに。今はそれより強大な、圧倒的な数という敵の前で儚い抵抗を重ねている。

 何もかもが足りていない。皆の体力も魔力も気力も、そもそも戦える人数も。学園を囲む巨大な森全域から、ここへ向けて一斉に魔物が押し寄せてくるのだ。人一人で巨万の兵を倒すことはできない。どこの世界でもそれは同じ。


 じりじりと追い詰められていく仲間を見つめることしかできない。いくら頭の中をひっくり返してみても、前世の知識を思い出そうとしてみても、現状を一気に打開できる策はいっこうに浮かばなかった。

 目の前の魔物を蹴り飛ばし、血でベタベタになった頭を掻きむしる。


「ああああ、もう――――あのクソ外道(おっさん)め! どうしろって言うんだよ――――!!」





 先刻。

 時間の猶予が残されていないわたしたちは、ひとまず学園前の森まで足を運ぶことにした。


 まず前衛を張るべき、いや「まだ戦える」者は、わたしとサディアス、アルフ、ヴィクター、お姉さんだ。ニールは、わたしに瀕死の重傷を負わされた点からも、その命の対となるエルバードが死にかけている点からも、残るべきという判断だ。戦闘能力がないカレンちゃんは、自動的に彼らを癒すため学園に残ることになる。

 先程まで戦っていた面々は、満身創痍という言葉でも足りないくらいボロボロなわたしの方とは違い、そこそこの余力はあるようだった。恐らく、エルバードが目線を外した時点で、お姉さんは手加減をしていたのだろう。闇属性わたしたちを逃がそうとしてくれていたりと、彼女は結局、甘い。


 わたしもそこそこひどい格好だけど、腹に埋まった魔石のお陰で魔力は余りある。とはいえ、これがエルバードに用意されたものであること、闇魔法で魔物が押し寄せてきていることを考えると、軽々と使えるものでもない。突然爆発するとか、そういうこともないわけじゃない。そうなったらどうしようもないので、考えてないだけだ。一度負けた失態は、こういうところに繋がってくるわけか。

 まあ、あのエルバードが何も言わなかったことを考えると、余計な仕掛けはしていなさそうだ。気を失う前の『サプライズ』は、考えようによってはわたしに危機を伝えてくれたとも取れるし。単純に、驚く顔が見たかっただけかもしれないけど……。


「ひとまず、わたしとサディアス、アルフがそれぞれ交替して前衛を張る。お姉さんは学園の守護、ヴィクターが後方支援を担当してほしい」


 走って森へ向かいつつ、簡単な役割を皆にお願いする。それをわずかに前方で、男三人が聞いている。若干、わたしが皆の足についていけないところがあるのだが、それより完全にお姉さんが出遅れている。どうしよう。


「待て、ハリエットより俺が前に出るべきではないのか?」


 確かに、わたしが前衛というのは、限りなく不安ではあるだろう。しかしそのための三人体制、後方支援だ。


「ヴィクター様には言っていなかったんですが、わたしは闇属性ですから。これ以上の闇魔法は、魔物に対してどうなるか分かったものじゃないので、わたしが、剣を握るべきで、しょう」


 駄目だ、辛くなってきた。身体強化でもすれば追い付けるのだろうが、今日は魔力にものを言わせてガンガン使ってきたから、これ以上は危険だ。使うとしても、魔物と戦うときのみにしたい。

 ちらりと後ろを振り返ると、お姉さんがかなり遠くの方で頑張っていた。


「……大丈夫か?」

「わたしは、なんとか。けどお姉さん……」


 仕方ない。彼女には遠距離から支援をお願いしたかったのだが、しばらくはわたしたちだけで持たせることになりそうだ。


「マデレーン様ー! そのままゆっくり! 初等部の校舎にあるような結界を、ここの入り口以外に張ってから来てください! それで、いいですからー!」

「は、はひ…………」


 か細い声が、風を伝って飛んできた。どうやら限界のようだ。わたしの指示があってから、お姉さんはあっという間に見えなくなった。あの速度でも頑張っていたんだなぁ……。


「ハリエットさん? 結界を、入り口以外に? 全て張ってもらうべきじゃないのか」

「あー……とりあえず、ここまで。見えてきたよ。うわぁ、聞こえてきた」


 サディアスの疑問には答えてあげたいところだけれども、そんな暇はないようだった。森に足を踏み入れてすぐ、今まで聞こえてきた魔物の立てる騒音が、何倍にも酷くなる。

 思ったより多いな……自然に発生してくるそれの上に、エルバードが連れてきたものもいるのかもしれない。冷や汗がたらたらと流れ落ちていく。未だわたしを苛む呪術は、ふとしたときにあのおっさんの存在ばかりを脳裏にちらつかせてくる。


「さっき言った通りに、よろしく!」


 しかし悠長に考え事をして、待ってくれるようなものではないことはもう分かっていた。あとはもう動きながら、なんとか考えていくしかない。


 持ってきた短剣の握りを確かめて、軽く振る。やっぱりこれがしっくりくる。それに、もう普通の長剣は使いたくない。


「俺が前に出る! サディアスはマデレーン様が来るまで、魔法で援護してくれ!」

「ああ! 了解した」

「――――ハリエット! あれをやるけど、いいな!」

「あれって……」


 サディアスを押さえて前に出たアルフは、丸腰だった。まさか、あれって、「あれ」か!? 知らず心臓が、どきりとする。

 アルフの軽い跳躍。

 いつか見た、まだ少し小さな背がそれに重なる。


 瞬きもせず見つめるわたしの隣で、アルフは白い光と共に現れた。白い波、うねる巨体は木々を薙ぎ倒し、その辺にいた魔物を呆気なく踏み潰した。


「わあー! あぶねーっ!」


 白い獣となったアルフは、いつか見たときよりもかなり大きい姿になっていた。具体的に言うとそうだな、バス車両くらいはあると見た。しかし相変わらず、とんでもなく滑らかな毛並みだ……じゅるり。

 後方組は難を逃れたが、すぐ隣にいたわたしは、危うく魔物と同じ目に合うところだった。慌てておみ足を回避して、獣アルフを見上げる。赤い目が、笑うように細まる。


「そんな嬉しそうにされても、危機感ないぞ」

「うるせー!」


 今のアルフには何を言っても勝てそうにない。素晴らしい外見をしているからな。もふもふ無罪。

 けれども、そんな素晴らしい生き物をもふるのも、この危機を無事に乗り越えてからだ。皆が皆幸せな、それこそ大団円。それがなくては、幸せな気分で毛並みに埋まるなんてこと、できやしない。


 わたしは若干咳き込みながら、アルフとは違う方向から迫る黒い影を切りつけた。


 お姉さんは結界を張ってくれているようで、今のところ、目視で分かる流れはこちらへ来ている。全方位に結界を張ってしまうと、今度はそれを破ろうとして、魔物が入る位置がバラバラになってしまう。わたしたちがいるところだけ開けておいてくれれば、魔物はそこへ向かって、つまりわたしたちのところにだけ押し寄せる、というわけだ。

 魔物を一掃するにはこれでちょうどいい。デメリットは、わたしたちの死=生徒全員死亡になるところだけど。ヴィクターは気づいているだろうが、余計な重みになりそうなので、あとの二人には内緒にしておこう。


 どうせ、そうなったときは生徒より先に死んでいるから、知ることもないしね。はははは。


 短剣の刃にだけ強化魔法を使って、迫り来る魔物の頭蓋を砕き割る。横腹に噛み付かれそうになったものは、ヴィクターの電気がばちりと弾いてくれた。さすが、至近距離でもわたしにかすりもしないか。


「ありがとうございますっ!」

「礼はいい! 余所見はするな!」


 一瞬見たヴィクターは、止めどなく汗を垂らしながら笑っていた。魔力操作に長けているといっても、あれは神経をすり減らす。しかも今日で二度目になる。

 焦燥がじりじり脳みそを焼いていく。とりあえずはね飛ばされた魔物へ左拳を叩き込みつつ、短剣で胴体をかっさばいた。やべ、ちょっと左手が痺れる。


 わたしたちに力はない。そして、悩んでいる時間もないのだ。手強そうなのは強引にでもアルフへ押し付けて、わたしはとにかく小物を潰す。

 考えたいことがいっぱいあるのに、くそ、鬱陶しい!


「ハリエット、落ち着いて!」

「うぐ――――はいはい、分かってますよ!」


 歯噛みしながら、わたしは強化魔法で魔物に突っ込んでいく。もはや今日使いすぎて、明日になるのが怖い。今は他の痛みで気にならないが、わたしの筋組織はぶっちぶちに千切れまくっている気がする。光魔法が必要なレベルかも。


 とにかく、そのあと一定の距離を保ってヴィクターが続く。彼と二人で何かをするのは初めてに近いが、それでも合わせてくれるという確かな感覚があった。いつもはフォロー側に回ることが多い身としては、ありがたい。

 大味なサディアスの魔法は、アルフの巨体程度ならなんなく避けられるようだ。たまに、アルフの炎を鎮火してるけど。


「ん、このっ! なんだこれ、素早い……! ヴィクター様! 後方で戦闘の用意を!」

「大丈夫だ。こちらとしても派手に飛ばせる方が都合がいい。支援にまで手が回らなくはなるが……」

「こっちこそ、大丈夫です。ここで迷惑かけた分、恩返ししないと!」


 繰り出した剣筋をほとんどかわされながら、脇目も振らずに前進し続ける。数匹取りこぼすが、それでいい。後方でバチバチと派手に光が舞った。


 それにしても数が減らない。クソ、時間を掛けるだけこっちが不利になるもんなぁ。

 じゃあ、どうするか。剣の柄で魔物の顔面をぶん殴りつつ、思考を回す。今のままでは殲滅の前に気力が持たない。数をここへ集めているのだから、高火力で一気に叩くしかない。我ながら、浮かんだ案が脳筋すぎて泣きそうだ。

 となると、魔法だ。


「はーっ……はーっ、お待たせしました!」

「マデレーン様!」

「結界は言われた通りにしたわ! 生徒も今は無事、あの状態では、校舎から出る者はいないはずよ」


 ちょうどいいときにお姉さんが来た。彼女はぜいはあと肩を揺らしながら、持っている長杖を地面に突き刺す。あのエルバードの血縁だけあって、魔力量も操作も申し分ない人だ。


「お姉さん! そのまま追い風をお願いします!」

「任せなさい! この楽園がくえんは、もう絶対に誰にも、壊させないわ……!」


 ぶわりと、彼女の若草色の髪が舞い上がる。汚れたドレスがはためいて、巨大な追い風がわたしたちの背中を押した。待った木葉に目を細めれば、わたしを撫で付けていった風が、すぐそばの魔物を切り刻んでいた。

 アルフたちの方も同様だ。この広範囲全てに、文字通りわたしたちへの『追い風』を作ってくれたらしい。後ろに立つお姉さんの姿を見て、わずかに気が緩んだ。助けてくれる大人というのは少なかったけど、思えばお姉さんは、いつも助けようとしてくれたっけ。

 いて不思議と安心する、というのは、こういう気持ちのことを言うんだろう。


「サディアス、その場所のまま、ヴィクターと組んで! 開けた場所に魔法をぶちこめ!」

「了解した、撃滅する」

「ああ! カルヴァート、お前に合わせる。ぶちかますぞ!」


 これでヴィクターも無駄な神経をすり減らすことなく、高火力として運用できる。魔法組が三人。アルフは獣化しているお陰で、生半可な攻撃では傷をつけられない。しかも大体の魔物は学園を目指すか、目立つアルフへと向かっていくので、わたしの攻撃が通りやすい。

 実に理想的な陣形だ。多分、今の持ち駒で一番いい作戦だろう。


 ――――それでも、まだ足りない。


 回りに目を配る余裕がなくなってきて、アルフたちの余裕のない声だけが耳に入ってくる。

 何もかもを置いて、怒号と魔物の叫びが響く。切り裂く風の音は一層激しく、炎は森を焼き、雷鳴と濁流が群れを凪ぎ払う。

 なのに、状況は最悪だ。


 働くことを放棄しそうになっている頭が、ずきんと痛む。エルバードの呪いも地味に邪魔だ。まだ、思考が制限されているような気がする。打開策、打開策……。


「はぁ……っ」


 どれくらい殺しただろうか。

 魔力切れのヴィクターが前線に加わっても、事態は好転しない。まあ、確実にその数を減らしてはいるし、学園を守れてはいるんだけど。肉体の疲労がひどくて、目が霞む。

 思わずふらついたわたしの肩を、ヴィクターが掴んだ。近くの魔物をなぎ倒してくれる。


「ごめんなさい、どーも」

「いい。一度下がるか?」


 わたしが下がってどうなる。役立たずが完全な役立たずになるだけだ。


 もう一度しっかりと立ち上がる。その肩を今度は、お姉さんが支えていた。ずいぶんと薄汚れた格好のお姉さんは、それでも美しい笑みでわたしを見下ろす。笑んで、いる。


「ハリエットさん。もう少しだけ頑張ってくれる? ありがとう。貴方のお陰で間に合いそうなの」

「間に合う……」


 何が? ――――いやいや、決まってるじゃん。

 そうだよ、なんでそんな単純なことを考えられなかったんだ。まさかこれもエルバードのせいか? 堪え忍ぶだけの作戦なんて、全然わたし好みじゃない。何を真正面から、戦おうなんて思ってたんだ。


 どっと肩の力が抜けていく。

 援軍。お姉さんが呼んでくれたのだろう。彼女たち教師は、遠距離間で言葉を飛ばせる魔術具を持っていた。


「本当に……来るんですか? 何人?」

「数はさほど。それでも、こちらが潰れなければ(・・・・・・)叩き潰せるわ。それだけの戦力よ」


 お姉さんは自信満々に、その豊満な胸を張った。えへん、と言いたげな表情は、褒めてもらうのを心待ちにしている子犬のようだ。

 思わず和みかけて、はっとする。


 いや……『こちらが潰れなければ』? それって、難易度的に今と変わらないんじゃ……。

 お姉さんの笑顔を見ながら、冷や汗が背中を伝った。

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