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92 生まれ変わり

 そして、再び目を開けたとき、わたしの前には変わらずエルバードの姿があった。

 何も変わっていない(世界が変わった)。相変わらず腹は熱いし力も入らないし、ここは薄暗い地下のままだ。


「……おや? これはこれは……」


 エルバードも目を丸くして、わたしの目を覗き込んでいる。額から指を離したあと、彼は実に不思議そうな、無垢な顔でわたしを支えた。力の籠らない体でなんとか立ち上がると、周りを見渡してみる。


 何も変わらない。変わらないはずだけど――――うん、しかしながら、何かを失った気分だ。それでいて、妙に晴れやかなのはなんでだろう。


「きみには今、自我があるね。意識がある。何故だ? 私の呪術は問題なく、きみの精神を封じたはず。我が傀儡となるのに、なんの問題もなかったはずだ」

「うわ、そんなことされてたのかよ。怖いこと言いますね」

「……もしかすると、闇魔法と作用し合ったかな」


 もしかすると、わたしが前世の記憶を持っているからかもしれないけど?

 目の前のエルバードは、顎に手を当てて何やら考え込んでいる。

 

 全く、今なおわたしが与えた傷が癒えていないはずなのに、その顔は痛みを一切感じさせない。足元にはしっかり血溜まりを作っておきながら、することと言えばわたしの意識の有無の確認とは。

 このおっさんは本当に、頭のネジがブッ飛んでいるとしか思えない。わたしなら泣き叫びそうなほどの傷だ。バトル漫画じゃあるまいし、血をだらだら流しながら活動できる範囲なんて、限られているはずなのに。

 それとも、純粋に痛くないとか? 時を留めるびっくり人間なのだから、まあそれくらいはおかしくなさそうではあるけども。


「それより、わたしからも質問していいですか?」

「――――ああ、うん。構わないとも」

「これ、なんです?」


 わたしがエルバードから数歩離れて指差したのは、自分の腹に埋まった、拳大の石のようなもの。押し付けられたそれが魔石だったということは今気づいたが、気づいたところでまるで意味が分からないんだなぁ、これが。


 まずもって、なんで人体に魔石が埋まるんだよ。こえーよ。


 わたしの指を辿り目を向けたエルバードは、不思議そうな顔から一転、「よくぞ聞いてくれました!」とばかりに笑顔を向けた。


「それはおじさんが作った魔力増強装置だよ! 人体に埋め込むことで、単純に魔石が保有する魔力の伝達率を大幅に高め更なる大型の魔法形体を確立し、一個人で固定砲台さながらの火力と戦闘力に特化する夢のような、いやしかし相性が問題でね、これの実験でどれだけのひとを使い潰したか――――」

「短く」

「きみは今、ここら一帯、全てを闇魔法に沈めることができる」

「……なんですと?」


 わたしは思わず、埋まっている石をつついた。感覚はないが、単純に見た目がグロい。本来はあり得ない場所にあり得ないものが埋まっているのだから。

 それにしても、こんなもので魔法の威力がそこまで上がるのか。この魔石の大きさはわりと大きいものだが、それにしてもわたしの魔力は、先の戦いでほぼ素寒貧だぞ。それを踏まえてなお、学園中を闇で満たせるというのか。


「実はね、これはあの男にこそつけてしまおうと思っていたんだ。意識を奪い、完全な闇魔法の発生装置として稼働させ、今度こそ闇属性の悪として処罰しようと考えていたのだが……。しかし、現れたのがきみとは。彼は私の予想を超えて、臆病者だったねぇ。やはり、思い通りにならないことは面白い」

「はあ……?」

「まあ、予測範囲内ではあるんだがね。きみがこうなることも。唯一驚いたのは、意識があることさ。それもまた、ひどく歪んでいるようだから、特に影響はないが……」

「歪んでいる? って、わたしがですか?」


 何も変わらない、変わっていないはずだ。この魔石以外は。

 ……そういえば、いたはずのジンくんの姿が見えない。またどこかへ行ってしまったんだろうか?

 辺りを見渡してみるも、あるのは薄暗い闇ばかり。諦めてエルバードに向かい合えば、彼は出来の悪い子を嗜めるように肩を竦めた。


「殺そうとまで思っていた私に、そうやって笑顔で話しかけている時点できみはおかしいよ。気づかなかったかい? ならなおさら。頭のネジが飛んでいる、まさにそれだね」

「…………」


 今なお血をどばとば流しながら、わたしに微笑みかけているお前に言われたかねー!


 しかし確かに、さっきまで死闘を繰り広げていたおっさんに、わたしは愛想笑いで話を続けている。これはどういうことか。

 何かを失った気もするし、つっかえが取れたような、妙に爽やかな気分でもあるという。つまり、やっぱりわたしの「何か」は封じられていて、でも「何か」は残っているから、完全に意識を失うわけではないとか。

 考えても分からないし、死ぬわけじゃないからいいとは思うけど……。


「で、わたしはどうしたらいいんです?」

「おや、従うというのかい? きみには今、魔力がある。もう一度戦ってもいいのだが……」

「いや、疲れたし……こんなの埋め込まれて、変な呪術を掛けられて、もう一度があるとは思いませんよ」


 そもそも、わたしはなんでこの男と戦っていたんだっけ?


「ふうん……物わかりがずいぶんと良くなったね。結構」


 興味なさげにエルバードは言って、闇の中でお姉さんを呼んだ。腕に人を抱き、しずしずと歩いてくるお姉さんは、わたしの方を気にしているように思う。

 なんでおっさんとにこやかに話し合っているのか、分からないんだろう。


 ぶっちゃけ、この頭のネジがブッ飛んでいるおっさんを相手に、もう一度戦うのは怖かった。埋め込まれた魔石と呪術が、エルバードの手でどう変わるのかも分からない。万が一爆発とかしたら困るし。

 つまりまあ、保身だ、保身。わたしは何を熱くなっていたんだろう。エルバードを倒して、わたしにどんなメリットがあるというのか。それがちっとも分からなくなってしまった。


「さて、それじゃあお嬢さんには、とりあえず寝ていてもらおうか」


 振り向いたエルバードは、地面を指差しながらそう言った。

 「はあ?」と首を傾げてやると、またもやにんまりと微笑んでわたしを見下ろす。愛想笑いがデフォルトらしい彼だが、よからぬことを企んでいるときは、その笑みが更に深まるようだ。


「サプライズだよ、サプライズ! 無様にも返り討ちにあったきみの姿を、仲間たちは心を痛めて見るだろう。そして、この状況を生み出した者に、復讐を誓う、報復を願う。そこに現れるきみ! そう、きみだ! 愛しい者と戦わねばならない苦痛を、是非にも味わわせてやりたいのだよ、さあ!」

「うわっ、性格悪……」


 よくもまあ、子供のような無邪気さで、事も無げに悪魔的なことを言うものだ。これが教会の偉い人と言うのだから、やっぱり神様なんていないのだ。


「というか、そもそも復讐をしようとなんて思いますかね。死んでもないのに」


 いや、例えわたしが死んだとしても。

 お葬式の費用で悩むだけじゃないか? 仕事の引き継ぎに困るだけじゃないか。わたしが死んだとして、どうでもいいと思う人間が大多数なのは、もう知っている。一度経験したはずだ。


 エルバードは目を丸くして、それから腕を組んだ。頷きながらも、何かを考えているようだ。


「うん……私もそこは気掛かりだったわけだが。大丈夫、『実験』したからね。友達というのは、そういうものだ。しかし、きみもそう思うのか……ともかく、寝たまえ」


 頷きながらそう言って、エルバードはわたしを今度こそ地面に寝かせた。固い手のひらで、瞼を閉じられる。冷たい床の感覚が、破れた服の隙間から直に伝わってきて、ちょっと寒い。


「では、またのちほど。きみの回りに人がいなくなったら、闇魔法の上がる場所へ来なさい。逆らえばやむ無く殺す。いいね?」

「……はい」


 どうやら本気だ。保身のことしか考えていなかったけれども、これはマジで彼の手駒にならなくてはならないらしい。まあ、いいか。どうにも目の前の男に反抗しようとする意思が、なくて困る。


 わたしは諦めて、冷たい床に身を任せた。

 こつこつと、二人分の足音が遠ざかる。





 そしてあとは、全てがエルバードの手のひらの上だった。


 彼が言った通り、ニールとアルフたちがわたしから離れたところで、わたしは体を起こした。まだユリエルはいるが、彼だけなら特に問題はないだろう。

 なんてぼんやり思いつつ顔を上げれば、ロン毛の電波ことユリエルは幽霊でも見たような顔をしていた。戯れに紫黒色の髪束を引っ張ると、慌てて手首を掴まれる。


「は、ハリエットちゃん?! 起きたのか、いや良かった! 体調には何ら問題ないのに、昏睡状態が抜けないからどうしようかと……あ、痛いところは? 主にその……お腹とか……」

「はあ。いや特に」


 寝たふりだったし、まあちょっと、疲れていたのかマジで寝てたけど。

 ユリエルはこっちが逆に落ち着いてしまうような取り乱し方をしている。普段は電波のくせに、こういうときは真面目な先生。そこが憎めないキャラクターだ。


 それにしても、お腹。皆が紳士過ぎて全然気づかれたなかったけど、反応からするにやっぱりグロいんだね。おっさんの頭はほとほとイカれている。

 ボロく汚れたシャツを捲れば、そこにあったのは小汚い色をした魔石。しかもでかいし。ためしにつんつん、と突っついてみたが、痛みもなければ取れもしなかった。

 ただ、やっぱり何度見ても生理的にキモすぎるし、服は着替えたい。

 わたしはシャツを下ろすと、ベッドから飛び降りた。伸びをして見ても、引きつるような違和感さえない。この分だとまあ、ひとまずは大丈夫。


「ちょ、ハリエットちゃん! どこへ……!」

「とりあえず着替えを済ませてきます。それじゃ、ユリエル先生」

「待ってくれ! その体は何が起こるか……! せめて容態を!」

「あ、そういうのいいですよ」


 どうせ、わたしの体がどうなろうと、ユリエルには関係のない話だ。先生だからといって、自分の意思にそぐわない行動をする必要はない。仮に好奇心という理由があったとして、逆にわたしがそれに付き合う理由もない。

 振り向いた先のユリエルは、呆然とした顔をしていた。それも演技なのかなんなのか。わたしもいつものように、にっこりと愛想笑いを張り付ける。


 さて、ひとまずこのボロボロの服をどうにかしなければならない。わたしは人気のない廊下をさくさく進み、校舎を出て寮へ向かった。


「うわあ……すごい闇」


 外に出たとたん目に入ったのは、まるできのこ雲のように立ち上る闇魔法。それは闘技場から発生していて、どうも誰かがむやみやたらに使いまくっているらしい。エルバードの話からして、あそこにいけばいいんだよな。


 足を踏み入れた女子寮の中も、がらんとしていて人気がない。まるで世界に取り残されたような気分だ。鼻唄でも歌いながら突き当たりまで行き、扉を開ける。

 地味ざった部屋ワンルーム。我ながら、趣味とかないのか、ゲームとか。


 そんな、無茶なことを思いつつ、チェストにある適当なワンピースを引っ付かんだ。頭からそれを被り、あっという間に着替えが終わる。裾を下げるとき手に固いものが辺り、そういえば腹に異物が埋め込まれていたことを思い出す。


「さーて、じゃあ行きたくないけど、行くかぁ」


 出勤前のようなダルさだけども、仕方ない。上司には逆らえないのと同じく、自分の上にあるものには大人しく巻かれるべきなのだ。それが社会に出た大人というものだ。


 わたしはゆっくりと、嫌々ながら寮を出て、相変わらずぶっぱなされてる闇魔法の方へと向かった。

 距離が近づくにつれて闇が濃くなり、誰かの怒声や金属音、それに混じる風の音が聞こえてくる。まさにそこで戦いが行われているのだろう。そんな感じの効果音(SE)だし。


 闘技場へと続く扉をくぐり、わずかばかり見える光の方へと歩けば、それまで見えなかったものが一気に開かれた。


「――――ようやく来たようだね」


 こちらを見てにっこりと出迎えてくれたのは、ナイスおっさんロマンスグレーのエルバード。

 さっきぶりだというのに、わりと血みどろ。わたしがつけた傷は治っていないのに、ずいぶんとご機嫌だ。


「なっ……ハリエット?! どうしてここに……!」


 と、いの一番にいいリアクションをしてくれたのが、赤い髪のアルフ。うーん、服に多少の乱れはあるものの、無傷である。

 その横にいたサディアスは剣を構え、エルバードの一挙一動をじっと見つめている。猛者感がすごい。ヴィクターもわたしを横目で一瞥だけすると、エルバードに向き直って手のひらから雷をバチバチ鳴らした。


 あ、奥にはお姉さんがいる。なんか強そうな杖を構えている時点で、この戦いに加わっているのだろう。その顔は、やっぱり鬱々としているけれども。


「ハティ……ちゃん。危ないから、こっち……!」


 甘い声で囁くように叫んでくれたのが、我らが主人公ヒロインちゃん。アルフの後ろから、小さな手をこちらへと一生懸命に伸ばしている。


 そして、今にも泣きそうなくらい情けない顔をしている男が、目の前にいる。言葉も出ないのか、呆然とわたしの顔だけを見つめ続けるその、茶髪の男。

 ていうか、ベッドの上で思ってたんだけどさ。誰だよ。わたしの知ってる黒幕ニールじゃないんだけど。こんなに変わっていたっけ?


 全てを一瞥し、わたしが向かうのはエルバードの元。全くもって遺憾だが、呪術と魔石が怖いので仕方ないね。仕方ない、ここでやられるのもまた定めというものだ。


「遅れて申しわけないです、エルバードさん」

「全くだよ。お陰で、頭がくらくらしてきたとも」


 それはあれだ、出血のし過ぎじゃないだろうか。よくよく見れば、分厚いローブにまで血が染みてきている。

 エルバードの微笑みと相反する眼光に肩をすくめると、やけに回りの視線を集めていることに気がついた。見渡せば、今度こそ全員がわたしを凝視している。なんだって、そんな幽霊でも見たような顔でこっちを見るんだろう。


 とりあえず、笑っておこう。いつもの営業スマイルを張り付け、エルバードに向かう。


「それで、ここへ来てわたしはどうしたら?」

「ふふ……ああそうだった。――――さあ皆さん! 考えなしに追いかけてきてくれてありがとう! そこの男は私のため、ほかの皆はこの男の産み出した闇のため、ここへ集まってくれたね。いや、全くの予想通り、予定調和でつまらないが……」


 そういうとエルバードはわたしに手を伸ばして、腰を抱き寄せた。密着したところから、堪えられていない笑い声が伝わってくる。あと、すごく血の臭いがする。


「ハリエット! ――――貴様、何を……!」


 激昂するヴィクターを尻目に、エルバードはわたしの耳元で囁いた。


「さあ、サプライズだよ。上手く踊ってくれ」

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