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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
初等部編
10/110

08 遭遇!

 まだ日が沈む様子はないが、早くしないとバレる。別にわたしは構わないのだが、アルフを思うとバレないに越したことはない。

 なんせ貴族の息子さんである。無断で抜け出させたとあれば、多分ベル家が滅亡する。真面目に。

 あらためてそう考えると、アルフとヒロインはお似合いである。貴族と平民といっても、ヒロインは光属性持ちだ。きっとアルフ父も反対することはないだろう。

 ……わたしって結婚できるのかな。

 闇属性だとばらした時点で塩でも撒かれそうだ。まさか、前世からのぼっち運。


「アルフくん、どっち?」

「こっち」


 わたしたちはただいま、裏路地のような細い道を走っていた。アルフいわく、身なりのいい子供がこんなところを走っていたら、すぐアカデミーからの脱走だとバレてしまうらしい。

 それじゃなくとも悪ければ拐われたりするかもしれないな。追い剥ぎとか。

 わたしの服は古着だが、アルフは仕立てのいいシャツを着ているから。


 ちなみにこの世界、服は中世を再現しているわけじゃないらしい。

 確かに洋服だが、妙にファンタジーに傾いたような装飾があったり、今風のドレスがあったり。多分キャラクターの外見を優先したデザインをゲームでしたから、そこが反映されているんだろう。

 世界観を壊さずにいうなら、魔法による裁縫技術で衣服に関しての質はいい……といったところだろうか。


 教会までの道はしっかり覚えているようで、アルフはわたしの手を引いてどんどん走っていく。


 悪ガキのゆーくんも、こうしてわたしの手を引いて、いたずらに巻き込んでくれたものだ。

 おんなじアパートのお姉さんの下着を盗んだり(わたしが返しにいった)、ピンポンダッシュしたり(わたしのとこ限定で)、うしろからカンチョーかましたり(一回全然知らない人にヒットして泣きそうになってた)。

 今どき珍しいくらい行き過ぎたいたずらをする子だった。

 今思えば一人暮らししてから一番仲良かったのはゆーくんかもしれない。

 今回巻き込んでいるのはわたしだけど。


 前世の記憶から目を逸らして、目の前の問題に集中する。


「お前……足遅くない?」

「も、いいから、前見て走って」


 アルフはわたしの方をチラチラ見て心配そうな顔をする。恐らく日暮れまでに間に合うか心配しているんだろうが、子供を見る目としては「危なっかしいから前見ろ」だ。

 前からぶつくさ「本ばっかり読んでるから……」とか聞こえてくるが、幻聴に違いない。 それを言うなら、わたしが本ばっかり読んでるから結界通り抜けられたんだぞ。感謝しろよ。これアルフ一人じゃ無理だからな。


「おっ……」


 路地ばっかりでつまらないなあと思っていると、建物の隙間からでっかい時計塔が見えてきた。

 白塗りの壁に、巨大な針がじわじわと動いていく。こんなものを実際に見るのは初めてだった。アカデミーには時計があるが、ここまで綺麗なものは見たことない。


 手を引かれつつ、視線は上空の時計に釘付けになってしまう。

 半分欠けた時計盤からは、歯車が覗いていた。ひとつの歯車が、光を放ってひとりでにくるくると回り続けている。

 夕暮れに近い空にそびえ立つ時計塔は、ここが「違う場所」だとはっきり訴えかけてきている気がした。

 わたしが育ってきた中で、一度だってこんなものを見たことはない。わたしの魔法とも、アルフの姿とも違って、ゲームで見たことはない。

 あらためて全く違う町並みに、初めて戸惑った。

 思えば、生まれてから今までろくに外を歩いたことがない。ヒューと近所の花を摘んで遊んだくらいだ。


「ねえ……アルフくん、あれって……」


 吸い込まれるように綺麗なのに、なぜか無性に不安になった。アルフの手をきつく握り締めながら、あの時計塔を指差した――その時。


「――アルフ?」


 わたしの言葉を遮るように、高い子供の声が日暮れの町に響いた。


 わたしの手を引いていたアルフがいきなり止まるものだがら、その背中にぶつかってしまう。「いたっ」と声を荒らげても、アルフは微動だにしない。打ち付けた鼻をさすりながら顔をあげると、小さな人影が立っているのが見えた。


 アルフの熱い手が、するりと離された。


「……カレン?」


 時計塔の近くに、少女が立っていた。


 見覚えのある薄茶色の髪の毛が、肩の上で揺れている。少女は大きな黄色い瞳をこっちに向けて、さらに大きく見開いた。

 わたしの記憶をいっそう強く揺さぶる既視感に、耐えられず目を閉じる。今までゆっくり水が染み出すように思い出してきたのに、頭蓋骨を内側から殴られているような衝撃を感じる。


 ――なにこれ……?


 カレン――お察しの通り。

 間違いなく主人公ヒロイン


 しばらく目をつぶっていると、だんだん衝撃が引いていくのが分かった。ひどくぼんやりする視界をむりやり凝視しながら、元凶となった少女を見る。

 乙女ゲーの主人公らしいゆるふわ系に美少女だ。

 今はまだただの少女だけど。


 ……な、なんか、あっさり会えちゃったな。


 アルフは少女に気づくと二、三歩下がったが、わたしが問答無用で突き飛ばす。よろけた彼は前に出て、やっと弱々しく微笑んでいるようだった。

 その胸に少女が飛び込んでくる。

 感動の再会ってやつだろうか。



「アルフ……!」

「カレン! 会いたかった!」


 お互いにぐっと抱き締めあうと、どちらともなく鼻をすする音が聞こえてきた。

 主人公は細く痩せた手足を必死にアルフに絡ませている。ゲームの面影は、その大きな瞳以外にはあんまりない。

 一人ポツンと立っているわたしは、その光景に思うことがあった。


 しゅ、主人公の名前ってカレンだったっけ。

 ちょっと下品な名前をつけたりして歪んだ楽しみ方をしていたら、すっかり忘れてしまっていた。そういえばアニメではそんな風に呼ばれていたっけな。

 あと、感動の再会にしては溜めがちょっと短い。

 教会にたどり着く前に会っちゃったし、途中で足をくじいてそれでもたどり着くとかそういう試練的イベントはないのかなあ。


 ――なんて、びっくりするくらい台無しなことを考えてしまった。

 これがもしゲームのイベントならほっこりしているところなのに、なぜだ。子供二人がいじらしい健気さを発揮しているのに、なぜ感動しないんだ、わたしは。


「カレン……元気か? 楽しくしてる?」


 アルフが主人公を抱き締めたまま囁く。この光景はゲームでも見たことがあった。いちいち耳元で囁くように喋るのが乙女ゲーである。

 主人公はやっぱり無口なのか、アルフに見えないのにうなずいている。


 ……ああ分かった、この先の展開が分かっているから感動しないんだ。


 アルフが会いに行こうと行くまいと、この先二人が再会することは決まっている。

 つまり「どうせ未来で会うんだから今あっても一緒」だと、ほかでもないわたしが考えているということになる。

 ちょっと凹む。

 それでも会わせてあげたいと思ったのは本当だけど、この先を知っているのも複雑だ。なんだかわたしばかり汚くなっている気がする。そりゃあわたしは汚い大人だけどさ。

 綺麗な子供たちのそばにいると、どうも自分が違う人種だと言われているようでグサッとくる。


 こんなことで凹むなんて、なんだかわたしらしくないと思った。ちょっと疲れてるんだろうか。結界抜けは意外と重労働だったし。


「よかった……心配しないで、俺はうまくやってるから。カレンも、病気するなよ」


 軽くネガティヴ思考を振り切りながらアルフたちの方を見れば、相変わらずお熱くやっていた。主人公の肩を掴んで小言を並べるアルフはまさに母親のようだ。

 微笑ましい光景に目を細めていると、不意に(恐らく)聞き流し中の主人公と目が合った。


「……アルフ、あの人は?」


 喋った。


 そりゃあ主人公だって、今はキャラクターじゃないんだ。口数が少ないだけで喋るだろう。

 今さら気がついたかのように、アルフが慌てて主人公を引き離した。盛大にどもりながら「ち、違う……」とか言うので、いい笑顔で返しておく。さらに挙動不審になった。

 彼女の前でかっこつけたのを母親に見られた思春期の息子か。

 わざとらしい咳払いをして、主人公の視線に耐えきれなかったアルフがわたしを紹介してくれる。説教は中断だ。


「あ、ああ……えっと、アカデミーのクラスメイト」

「よろしく、カレンちゃん」


 ようやく一歩近づいて、小さな主人公に手を差し出す。

 着ている服は色褪せていて、少し短かった。主人公の過去は、アルフルート以外ではあまり語られない。かつては主人公わたしでプレイしていたのに、わたしの知らない主人公がいるのがなんだか違和感。


 主人公はおもむろに近づいてくると、わたしの顔をまじまじと見て首をかしげた。


「……天使?」

「……え」


 隣でアルフがめちゃくちゃ首を振っている。勿論横に。


 子供っていうのは単純なので、恐らくわたしの髪と服が白いからそう連想したんだろう。無論、わたしの外見が綺麗なのもあると思うけどな! 注釈、わたしではなく、ハリエットが。

 中身はどちらかというと悪魔に近いと自分でも思うよ。

 闇属性持ちの時点で天使にもっとも遠い人間なのだが、ヒロインは大きな瞳にわたしを映してまじまじと見つめてくる。その原理で言えば一番天使っぽいのはヒロインだ。

 ……なんか天使に例えて口説く攻略対象を見た気がする(軟派なやつ)から、やっぱり天使は主人公の方だろう。


「それより、カレン。こんな時間になにを?」


 アルフは天使発言を懇切丁寧に修正したあと、やりきった表情でそう聞いた。アルフの前で腹黒い部分は見せたことないはずだけど、やっぱり一ヶ月も追いかけたのが悪かったんだろうか。

 ヒロインは小さな口を開いた。


「買出し」


 喋るのは喋るけど、やっぱり無口なことにかわりはないようだ。それでもアルフには十分だったのか、「今から帰るのか」と頷いていた。

 こんな時間に出歩いているのはわたしたちも同じだけど(しかも脱走犯)、二人の会話から察するに日常的なことなんだろう。

 ほぼ引きこもって本ばかり読んでたわたしには耳の痛い話である。


「危ないし、送る」

「……いいの?」


 紳士的に申し出たアルフに、ヒロインがわたしの方を見ながら問う。わたしとしては二人の逢引を邪魔するつもりもないので大歓迎だ。

 しかもこのままくっついてくれれば、わたしが隠しキャラルートに怯える日々も去るはずだ。


「気にしないでいいよ。わたしここで待ってるし」


 時計塔を指差してそういえば、アルフは微妙な顔で首を振った。


「いや、ここに一人じゃお前も危ないよ」

「いやいやいや、いいから、いいから」


 気を利かせてるのにわからないのか。いや、アルフが気づかないはずがない。こいつは本気でわたしの身の安全を気にしているのだ。

 わたしが闇魔法でも見せれば簡単に追い払えるのに気づいてないんだろうか。


「……やっぱり一緒に――」


 アルフの言葉はそこで不自然に途切れた。

 不審に思って首をかしげると、アルフは一人で「そうかお前……」とかなんとかつぶやいて背を向けた。デ、デジャヴを感じる。


 そのあと、アルフはやはり主人公を教会まで送り届けると言い出し、わたしは時計塔の前で待っていることになった。アルフは申し訳なさそうにしていたが、ちょうど時計塔をじっくり見ていたいと思っていたので問題ない。


 主人公の肩を抱きつつ、結局最後までわたしを気にするアルフに手を振る。


「さてと」


 できるだけ目立たないように、時計塔の端に立つ。


 ――暇だし、時計でも眺めながら次の攻略対象について考えることにする。

 わたしの趣味は置いといて、ひとまず危険度ナンバーワンのアルフは回避できたはずだ。この先なにかとんでもないことをやらかさない限りは大丈夫だろう。


 あとは、次の手を打たなければらならない。

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