写真の中の君は笑っている。
写真の中の君は笑っている。
とびっきりの笑顔で、かわいい指で「ピース」をつくり、純朴な、穢れのない、その素顔を見せてくれる。
君が大好きだ、と自覚している。
僕と君は4年前に出会い、1年と半年前に付き合った。初めはぎこちなかったデートも、スムーズにラブホテルにまで行くようになる。それでも、はにかみながら僕の小指を掴んで、『手、繋いで。』という君がとても可愛らしく感じていた。
ある日のこと。君が僕の部屋に遊びに来たとき、過去の恋人の話になった。恋人は自分より背が低い人がいいと言うと、君は『頭を撫でやすいからね。』と、確かに言った。おや?君が過去に付き合った人は2人で、いずれも君より背が高かったと聞いているけど…。
「えっ、僕が知らない恋人がいたの?」
『うん…、大学のとき。バイト先の先輩。』
「何か、言いにくいことでもあったの?」
『ん?そんなことないよ。忘れてただけ。』
「ねぇ、もしかして、まだ言ってない人っている?」
恐る恐る聞いてみた。僕の真剣な気持ちを察してか、君は白状した。
『いる…かも。』
「ね、何人?いつ?僕が知ってる人?」
『…聞き方怖いよ。』
「ごめん、でも教えて。」
『…うん。』
「誰が一番好きだったの?」
『実は、ケイタが好きなの。』
ケイタは僕の同僚で、よく一緒に飲みに行って馬鹿話をするイケメンだ。あんな遊んでそうなのやつが?
『でも、今は君がいるから。』
「いや、好きなら伝えなきゃ。」
僕は努めて冷静に、そして君の気持ちを一番に考えて答えた。大好きな君が、好きだというのなら、応援したい。
『あと、アラカワとも少しだけ遊んだ。』
「えっ!いつ?」
『半年くらい前かな。』
…めっちゃ時期かぶってる。しかも、あんなパッとしない男が?
『でも、何もないよ。手も繋いでない。』
気分を変えるために、君と2人で散歩に出かけた。ケイタとアラカワについて事細かに聞き、どこが好きだったのか、なぜ好きになったのか、延々と僕が聞いていた。そして、
『もう、何もないからっ!』
と君が言うまで聞き切った。顔は引きつり、涙が浮かぶ。早く横になりたいと思いながら、マンションの階段を上がっているときに、スーツを着た初老の男性とすれ違った。
『あっ、背が低いおじさんも付き合った。』
「…さっきもうないって言ったじゃん!」
『え、さっきの2人については何もないよ。』
そんなヒアリング力ありえねぇよ!どんな読解力だよ。バカなの?!涙が零れそうになった。
「それって、…不倫?」
『…うん。』
部屋に戻ってジュースを一気に飲み干した。
「細かいとこはもういいです。何人と付き合ってきたの?んで、何人と経験があるの?」
『えぇと…。』
「もう隠し事は最後にして。ホントお願い。」
切なる願いだった。もうこれ以上ショックを受けることはないと思うし、ある程度の答えに対する覚悟もできている。
そう、君に悪気はないんだ。嘘もついてない。隠し事もしていない。僕が聞かなかったから、純粋だから、言えなかっただけなんだ。
そう、君に悪意なんて、これっぽっちもないんだ。
「マジでお願い…。何人と付き合ったの?」
そして、諦めたように、僕の方を向いて笑顔でこう言った。
『11人。』
涙をのんで、続けてこう聞いた。
「何人と、経験があるの?」
ケイタは入ってないのは当然。アラカワも入っていないとすると10人以下のはず。君が今日嘘をついた様子はない。
君の目を見つめる。憔悴しきっているが、僕は真剣だ。お互いのことを知り、お互いのことを理解し、その上で関係を保っていきたい。その上で、もし、隣にいるべき人が違うというのであれば、その辛い選択もしよう。話し合うべきなのだ。過去と未来を、話していくべきなのだ。スローモーションに見える君の唇を追った。
『にじゅ…、あっ、10人。』
…今日はじめて嘘の臭いがした。
算数ができない。脳が揺れる。しかしながら、合点がいく。君が妙にセックスが上手いのも、僕のセックスに満足せず、ことが終わるとただ優しく微笑むのも…。
衝撃を受けた僕の脳回路は、完全に焼け落ちた。
窓から見える月を見ながら、僕は涙を流した。昨日の出来事を反芻し、脳を整理しているのだ。
君のしぐさに過去の男が見える。君の言葉に過去の男が見える。君の目線に誰か知らない男がいる。君はそれでも隣にいる。
写真の中の君は笑っている。
嘘みたいな作り笑顔で、艶かしい指で「ピース」をつくり、怪しく、妖しい、その素顔の裏を見せてくれる。
君が大好きだ、と自覚している。
目を通してくださりありがとうございます。
人は、まったく同じものを見ても、まったく違うものに見えています。
それは、同じ人でも、その時々で違います。
それを伝えたかった作品です。
今回初めて字数制限を2000字として書いてみました。
加えるより削る方が難しいんですね。
ありがとうございました。