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act.7 勝手な言い分




 当分の間は領地に戻り、セシリアは結婚するための心の整理をしたいと思っていた。これ以上王都に、クレイグの傍にいるのは心労が絶えない。だったら、逃げ帰るように領地に引っ込んでしまおう。式を挙げるまではまだ他人、婚約者であるから本当はその言葉は不適切かもしれないが、他人だと思いこもうとしている。

 そんなことを思っていたセシリアに追い打ちをかけるように、昨日に引き続き午後のお茶の時間にクレイグがやってきた。上等な生地で造られた上着は瞳の色と似た深い青色で、憎らしいほど目を引くクレイグは極上の笑みを浮かべているのを目にし、反対にセシリアは気分が急降下していく。領地で暮らしている時と変わらず、慎ましい色合いのドレスに身を包んでいるセシリアは、変わらず平凡な容姿で、並ぶには不釣り合いなのだと改めて実感した。心の安寧を求めるには、やはり一度離れるべきだと改めて思った。

この屋敷を訪れるのは二回目なのだが、そうとは思えないほどクレイグは我が物顔でセシリアの自室に入り込んできた。図々しさは昔と変わらないらしい。

「あなたにお願いがあり、伺わせていただきました」

 要件を先に述べるクレイグのやり方に、セシリアはその内容が碌でもないことだと気付く。

「この度の婚約を確固たるものとするために、先にお披露目をさせていただきます。そうですね、出来れば来週の頭には」

 確かに第二王子の花嫁が決まった時点で、皇太子の花嫁と同じようにお披露目は必要なことかもしれないが、婚約が決まったばかりの今、それをやる必要はないはずだ。

「あなたがやりたいだけではありませんか?」

「おや、ばれましたか?」

「ばればれです」

 控えるようにして扉の壁に立っているエミリーが睨んでいる。本当は親睦を深めたいと言ってきたクレイグに真っ向から反対したいと望んだものの、一介の侍女が王族に意見を述べることなどできることもなく我慢を強いられていた。クレイグが帰ってからエミリーはセシリアに必死にそんなことをしないでほしいと懇願されていたので、彼女に苦笑いを見せるしかできない。きっと背中を向けているクレイグにも、エミリーの刺すような視線を感じ取っているだろうに、ものともせず話を続けているのに感心もしてしまう。

「実は明日、王宮に陛下からのお招きをしていただいたので、ぜひ受けて下さい。忙しい陛下が時間を割いて下さったのですが、もちろん都合が悪ければ拒否していただいてもかまいませんよ」

 そんなことできる人間がいるのならお目にかかってみたいものだとセシリアはきっとクレイグを睨む。有無を言わせぬ強硬なやり口は、ライアンと同じで今のセシリアには反感を買うことが意外何物でもない。自分の思い通りに動かす、王族としての権力を最大限に利用する、上に立つ者としては必要なものかもしれないが、伴侶として隣に並ぶセシリアには不快感しか抱けない。

「あなたには拒否することは出来ませんよね。では、陛下たちには出席とお伝えしておきますね」

「わかっていらっしゃるのなら、わざわざ神経を逆なでするような言い方をなさらないでください」

 どういう理由があるのか分からないが、クレイグはライアンの時と違い、いちいち癇に障る一言を口にする。嫌がらせをするかのような些細な一言だが、耳障りなのも確かだ。まさかこれこそが復讐の一環なのだろうか。意図が全く読めないセシリアは、とにかくイライラしっぱなしである。

「では私からもお願いがあります。そのお披露目というものが終わり次第、私は領地へ一度戻りますので、宜しくお願いします」

 安寧を求めるセシリアにとっての最後の砦は実家である。しかも王都から離れた位置に存在する実家は、簡単にクレイグが侵害できる所ではないので、唯一の心の拠り所でもある。

「そうですよね、結婚する前に一度領地へ戻られたいですよね。でしたら、私もご一緒していいですか」

 結構です。

 張り付けた笑顔で伝えてみるものの、クレイグには通じていないのか了承と取られてしまった。否、気づいていながらも、あえてそれに触れなかったような自然な振る舞いだ。

「そんな、お仕事がありますでしょう、私は一人で大丈夫ですので、どうぞ王宮でお待ち下さい」

「ですが」

「それに、結婚式が終わるまでは家族との時間を大切にしたいのです。今までとは違う生活にも慣れなくてはいけないですし、それまでは家族だけで過ごしたいのです」

 これでどうだ、と反論を許さぬ勢いで意気込んでみる。式がいつなのかは分からないが、最短で考えれば二カ月で挙げられないこともないだろう。本来なら、一年以上は婚約期間を設けてもらいたいものだが、今の状況ではそれは考えにくい。

「確かに家族だけの時間は必要だと思います。ですが、それでも私は婚約期間中もあなたと一緒にいたいと望みます。勝手だとは思いましたが、陛下と相談をして式の日取りを二カ月後にしました。他国への書面はもちろん、国へのお披露目の前にそのようなお触れを出しておきました。民衆の方々は本当に発想力が逞しくて助かります。私とあなたの恋物語に色々と憶測が飛び交っているようですよ」

 衝撃的な話の内容にセシリアは理解出来なくなる。すでに正式な書面を外へ出してしまったということは、つまり。

「どういうことですか」

「決定事項となってしまいましたが、子爵ともちゃんと話し合いをして決めましたのでご安心ください」

「そんな話、私は聞いておりません」

「一秒でも早く、あなたと一緒になりたいのです」

「迷惑です」

「そうだとしても、受け入れて下さい。民衆の方々はすでに受け入れて下さりましたよ」

「そんな……約束は覚えていらっしゃいますか?」

「約束ですか?」

「はい。あの、私に触れない約束です」

「そのような約束を、私はしましたか?」

「クレイグ様」

 きっと、自分の中で精いっぱいに睨む。ここでしっかりと一線を引いておかなければ、後々に困ることにならないか心配になったのだ。

「私のことはクレイグでいいと言ったでしょう。セシリアは謙虚なところを好ましいと思いますが、少しだけ他人行儀なところがありすぎです」

 他人ですから、これ以上踏み込ませたくないだけです。そう言いたいのをなんとか我慢をし、セシリアはこの遊びのようなクレイグとの応酬を早く終わらせることにした。何を言ってもクレイグの言うとおりになるのであれば、彼が飽きるまで待つしかない。

 前世でのことがクレイグを動かしているのであれば、そこに恋愛感情があるとは思えない。カミラへの執着か復讐のどちらかだろう。

「エミリー、少しだけ席をはずしてもらってもいいかしら?」

「ですが」

「そうですね。ケネスも一緒に出ていてくれないか」

「畏まりました」

 同じくエミリーとは反対の壁に控えていたケネスがあっさりと了承したのとは違い、エミリーはまだ何か言いたげにセシリアを見つめている。心配している眼差しに、セシリアは安心させるように微笑む。

「大丈夫よ。すぐに呼ぶから、それまではケネス様にお茶を出して差し上げて」

「わかりました。くれぐれも殿下にはお気を付け下さいませ」

「はいはい、大丈夫ですよ」

 エミリーの心配性に火がついてしまったのは、ほかならぬクレイグのせいだ。もしも彼がセシリアの人生に関わらなければ、エミリーはここまで心配することはなかっただろう。

 未練たらしく後ろを振り返りつつも、エミリーはケネスとともに部屋を出て言った。

 二人だけの空間になると、セシリアはいつも気が引き締まる。他者がいるときには感じられなかったクレイグの視線の視線が鋭くなったように感じるのだ。それがあるからこそ、セシリアはクレイグに復讐心を抱かれていると不信感をぬぐえない。

「さて、二人を追い出した理由を聞きましょうか」

「理由など、あなたには簡単におわかりでしょう。でもあえて言わせていただきます、前世のことを持ち出させていただきたいからです。このお話は、いくらなんでも二人には聞かせられませんから」

 他の誰にも知られてはならぬ事実だ。そんな記憶を持っているなどと口を滑らせれば、一瞬で頭がおかしいと判断されてしまう。

 ギュッと拳を作り、勢いを作るセシリアに、クレイグは優雅にお茶を楽しんでいる。その仕草にセシリアの頭に血が上りはじめてきた。

「どうして婚約期間が二カ月しかないのでしょう。確かにカミラの時はある意味特殊でしたが、そんな最短で式を上げる必要はありません」

「私があげたいだけですから、必要性はあると言えばありますね」

「ただ傷つけあうだけなのに、ともにありたい理由は何ですか」

「傷つけあう? なぜですか」

「そうでしょう。私たちにあるのは恋愛感情ではありませんから」

「そう思っているのは、あなただけかもしれない」

「どういう意味ですか?」

「言葉通りです。記憶というのは厄介ですね、簡単に消すことが出来ないのですから。今のあなたに私の気持ちを疑うのは仕方のないことです。マイナスからの出発は手厳しいかもしれませんが、真摯に向き合っていくだけしか信頼を回復することは出来ない。だからこそ、私は時間を有効に使いたいと思うのです。時間が空けばあくほど、あなたは余計なことを考え始める。それを私は望まないからこそ、早急に式を挙げることにしたのです」

 笑顔で微笑むクレイグに、なぜか悪寒が走った。その言葉の真意を問いたださないほうがいいと本能が語りかけてくる。

「すでに公式文書を提示してしまったのですね」

「しましたよ。言えば反対すると思いましたので、あなたには伝えないようにしました」

 げんなりしながらセシリアは行儀悪くソファーのひじ掛けに頭を預ける。

「式の変更はもう無理ですね。いえ、すべてをなかったことにさえできない」

 今までであれば、クレイグの世迷言として処理できたかもしれないが、公式で発表してしまえば、それを破棄するにはそれだけの理由が必要となる。そうならないための工作だと思うと、ライアンとしての記憶を持っているクレイグは厄介な存在にしか映らない。

「嘆く必要などありませんよ、セシリア」

 いつの間にかクレイグがセシリアの足元に片膝をついて跪いている。

 クレイグの両手で包み込むように握られている左手に、セシリアはその行動に戸惑う。何を考えているのか本当にわからない。

「私が一生をかけてあなたを大切にすると誓います。その言葉に、あなたはただ頷けばいいだけだ」

「でも」

「二度とあなたを傷つけ悲しませたりしないことを誓います。だから……」

 懇願するような言い方に胸が痛むものの、一時の感情かもしれないと思えば、ただの世迷言なのだと心を落ち着かせる。

ゆっくりと左の薬指に、クレイグから指輪が贈られていく。

 神聖な誓いのようなそれは、かつてカミラが経験をしていた。ライアンからも同じように指輪を贈られたのだ。

 輝くダイヤの指輪を目にし、セシリアの心が急激に冷めていく。まるで過去をなぞっているようなクレイグの行動に、冷や水をかけられたようだ。

 今のクレイグは、セシリアを見ていない。カミラの記憶を持つセシリアに、執着して固執しているだけなのだ。

「私も誓います。もしもあなたに他に好きな人が出来たら、すぐにでもこの立場をお譲りすることを」

「セシリア?」

「本来ならカミラの時にすべきことでした。ライアン様は他に好きな方が出来たから、カミラを拒んだのでしょう?」

「それは誤解です」

「どのような言葉をいただいても、そうだとしか私は思えません」

「償わせて下さい、私に」

「何を償うというのでしょう」

 どのような言葉もセシリアの心には響かない。クレイグがセシリアに愛の言葉を囁く真似ごとをするのは、カミラがセシリアだからだ。そしてセシリアが反応してしまうのも、クレイグがライアンだから。

「あなたが私に償う必要など本当はないのです。私は間違えてしまっただけです、あの時の選択を。ライアン様に愛されていると勘違いをしてしまったのだわ」

 生まれてからずっとカミラは愛されない、不遇の姫として家族から疎まれて育った。王族としての責務を行うことで民からは慕われたものの、それはカミラのほしいものではなかった。

 しかし、ライアンと出会いそれは変わったはずだった。愛され、愛することのできる関係を手に入れたと思っていた。ひな鳥のように、最初に優しくしてもらったライアンだけを見てしまった。

「勘違いなどではありません」

「いいえ、勘違いだらけでした」

「セシリア」

 強い口調でそれ以上をとどめる。けれど今のセシリアにはその制止の言葉は聞けない。ここで言っておかなければ、この日を後悔するだろう。何も言わずに流されてきたことを後悔する。

「いいえ、今日は言わせていただきます。私は……カミラはあなたを選ぶべきではなかった。あの挙式が答えなのだと、今でもあの日の夢を見るたびに私は苛まれます」

「セシリア、違うんだ」

 困惑した切なく訴えてくる響きに、セシリアはとうとう涙があふれ出してしまった。

「どうして私の前に現れるのですか。どうして、そっとしておいてくださらなかったのですか……ライアン様」

 瞳から溢れだす涙は止まることはなく頬を濡らしていく。感情の起伏が激しくなり、セシリアは今夜の夢はあの日の出来事を見てしまうと頭の中で冷静に判断する。

「すまない、セシリア。泣かないでくれ」

 隣に腰を下ろし直したクレイグが、セシリアの体を抱きしめる。カミラと同じ、華奢な体つきのセシリアに戸惑いながらも、しっかりと。

「あなたを愛しています、セシリア。だから泣かないで」

 初めてもらった愛の言葉。けれどそれはあくまでも上辺だけの言葉だと気付いている。だから今度は勘違いをしたりしないし間違いは起こらない。悲しい結果が待っていることはない。

あやすように背中をなでる優しい手が暖かくて、セシリアは涙を止めることが出来ず、クレイグの腕の中で泣き続けていた。

 触らないで。

 お願いだから、私に優しく触らないで。

 愛していると囁いて、優しく抱きしめる――それだけのことなのに、勘違いをしてしまいそうになるから。










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