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act.4 小さな攻防戦






 壇上からは絶対に降りないと豪語していたクレイグが、話を終えるとすぐに広間へと足を踏み出したのを見て、陛下と王妃は不思議に思いながらも、やっとその気になってくれたのかと気にも留めなかった。

 すぐにクレイグの周囲には令嬢が花に群がる蜂のように取り囲む。遅れないようにとセシリアも続き何とかクレイグの後ろをキープし、彼のことを観察することにした。

 混じりけのない黄金の長い髪をゆったりと後ろで流しており、蝋燭の明かりで輝いている。瑠璃色の瞳は後姿では見ることが出来ないものの、微かに動かしている頭の動きで、周囲に視線を走らせていることが分かった。

 壁の花になっている令嬢を一瞥していき、他にもクレイグに群がっていない令嬢にもしっかりと目を向ける。最後に群がった令嬢たちに視線が戻ると、セシリアは自意識過剰だと思われようと、気を抜かずに対応できるように見つめ続ける。

 そう、もしもクレイグがライアンであったと過程をして、カミラであったセシリアを見つけた時、彼はどのような行動をとるのか考える。答えは簡単だ、憎しみのこもった瞳でセシリアを見つめ、憎悪を抱いてくるだろう。ライアンからカミラはそんな瞳を向けられ、死にたいほど嫁いできたことを彼女は後悔しているのを思い出した。

 生まれ変わったのに、そんな瞳で見られたくないからセシリアはクレイグから逃げたいのだ。もう二度と、あの瞳を嫌悪感たっぷりで見つめられたくない。

 初夜の時のあの過ちを、セシリアは二度と起こさせたりしない。あれは悲劇としか言いようがない。あれほどまでに望んだライアンの突然の変わりように、セシリアは理由がわからないまま翻弄されてしまった。

 華やかな令嬢たちに取り囲まれるクレイグは次第に辟易しているようで、セシリアはこのままお開きになることを望んでいた。誰一人とも踊ろうとせず、にこやかに対応しているクレイグは完ぺきな王子様の対応で令嬢たちの心をとらえていく。

 その中で一人、セシリアは舌打ちをつく。記憶にあるそれと同じように思えるのだ、クレイグとライアンの声が。それだけに早くこんな苦悶を終わらせてほしい。

 かつてカミラに甘い言葉を囁いていた声が他の誰かに伝えていることが苦痛で仕方ないのだ。会いたくないと心を騙してみても、セシリアは会いたくて仕方なかった。けれどそれを認めることもしたくもなかったのだ。

 やっぱり傍に寄るのは駄目なのだ。セシリアとはかかわり合うことなく、どこか知らない遠くのところで結婚して幸せになるのは許せるのに、こうして間近で見てしまうと激しい嫉妬心が生まれてくる。

 少し頭を冷やしたほうがいい。冷静に物事を判断できなくなり、セシリアはぐったりとした思考を回復させるために移動を開始する。この暑すぎる空気が駄目なのだ。すでにほかの令嬢たちも貴族の男性のところへと足を運んだりしているのを目にし、少し気がゆるむ。クレイグだけが目的という令嬢だけでないことに安堵した。

 扇で半分ほど顔を隠すと、セシリアは令嬢たちの輪から離れバルコニーへと歩き出した。その後ろ姿をクレイグが見ていることに気づかず、ゆっくりとした足取りで。


 バルコニーに先客はなく、セシリアはやっと一息がつけた。ゆっくりと息を吐いて空気の入れ替えをし、少しだけ冷たい空気に体の火照りがおさまってくる。見上げた夜空には三日月が輝いており、星も見えている。今夜はなんて空気が澄んでいるのだろうかと目を奪われ、知らず口元に笑みが浮かんだ。

「大丈夫ですか?」

 そんなセシリアの背中に、声がかかる。誰なのだろうと思うことなく、セシリアは体を固まらせた。

 なぜこの場所に、クレイグ王子が……。

 驚きで振り返りそうになり、躊躇してしまう。出来たら死ぬまでお目にかかりたくないクレイグが後ろにいる緊張感が漂いつつ、背を向けたままなのは礼儀に反すると、顔を下げたまま振り返る。視線はクレイグの足元で、ピカピカに磨かれた黒の皮靴だ。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。少し冷たい空気に触れたいと思っただけですので、お気づかいなく……」

「それはよかった。だったら申し訳ないけれど、顔をあげてほしい」

「はい?」

 何を言われたのかわからず、意外にも大きな声が出てしまった。それに怯むことのないクレイグが、再度問いかける。

「今すぐ君に顔をあげてほしい」

「あの、それは出来ません」

「どうして?」

「見目を汚すような顔をしておりますので」

 どんな顔だろうと、王族であるクレイグの言葉に逆らうべきではない。それを理解しながらも、セシリアはかたくなに拒んでしまう。

「構わない。いいから、早く顔を上げてくれ」

 不敬罪だと命令口調をされると思っていたのに、まるで懇願するような口調に変わり、セシリアは戸惑いながらゆっくりと顔を上げていた。

 しっかりとこちらを見ていたクレイグと視線が交わる。

 ああ、変わっていない。瑠璃色の瞳に宿る優しい色に、泣きたいくらい懐かしさを感じた。どうしてこんなにも容姿が同じなのだろう。

 こんな気持ちになるから、会いたくなかったのに。

 男性恐怖症のはずなのに、至近距離でクレイグに見つめられても拒否反応が出なかったのは、懐かしい気持ちの他に愛しさがあったからかもしれない。だって出会ったころのように、こんなにも穏やかな空気が流れているのだ。絡み合う視線はかつて抱いていた恋情を思い出させる。

 ふいに、クレイグが何かを確信したように呟いた。

「君はカミラだね」

「はい?」

「もしかして……」

 瑠璃色の瞳に、熱がこもるのを感じ取った瞬間、セシリアは悪寒が走った。この色は駄目だ、怖い。

 ガタガタと体の震えが止まらなくなり、セシリアは一歩下がる。

「あの、失礼します」

 立ち去ろうとするものの、逃がさないと言わんばかりにクレイグに腕を握りしめられてしまった。群がる令嬢たちとは違い、顔を見ただけで逃げ出そうとするその行動がよりクレイグの考えを肯定させてしまう。

「お願いします、離してください」

「無理だな。離せそうにない」

「なぜでしょう」

 半泣きのセシリアは、先ほどとは違う耳元で囁く熱さに翻弄されそうになる。

「ずっと君に会いたかったから」

「私は違います、人違いです」

「残念だが君はカミラで間違いない。何しろ私が間違えるわけはないし、君は否定の言葉を口にしたからな」

 意味がわからず見上げているセシリアに、クレイグは淡い笑みを浮かべた。

「カミラと呼ばれて君は言葉よりも素直に体で反応をしたからな」

「そんな……」

「ずっと君に会いたかった。会いたくて気が狂いそうなほど、会いたかったよ」

 私は会いたくなどなかった。

 きっぱりと言い切りたいのに、いつの間にか乾いていた喉のせいでその言葉は出てこない。

 ゆっくりと腕の中に閉じ込められていくのを、黙って受け入れてしまう。違う、私じゃないと小声で反論しているのだが、クレイグは全く耳を貸さない。

 込められた腕の力は夢の時とは違い現実のもので、逃げ出したいと思うのに体は動けない。そうされるのを心の奥底では望んでいたからかもしれない。

「ずっと謝りたいと思っていたよ、君に。ひどいことをしてしまったと。君が死んでしまったから、愚かな私は君がカミラだったのだと気付いた」

「お願いします、離して……」

 それ以上の謝罪は聞きたくないと心が拒否をする。どんな言葉を聞かされてもそれを受け入れるつもりはないし、クレイグのことを全身で拒否してしまう。

 それがわかったのだろう、抱きしめていた腕に力がこもる。

「いや、やめて」

 首に触れた吐息と生温かい感触に、それがクレイグの唇だと気付き、その熱に吐き気を覚える。

 気持ちが悪い。

 もう誰も私に触れないでほしい。

 心が拒絶するのに、体は強張ったまま動きそうにない。

「泣かないで、カミラ」

 あふれ出てきたのは生理現象の涙で、嫌悪感から感情が高ぶっている。

「私はカミラではないわ」

「でもカミラだ」

「ではあなたはライアン王子ですか」

「そうだ。クレイグであり、ライアンでもある」

 あっさりと肯定されて、セシリアは悔しそうに唇をかみしめる。

 きっと何を言ってもクレイグは聞き流してしまうのだろう。自分の都合のいいところだけを解釈して。

「君は今日の招待客だね。王都であまり見かけたことがない、そうなると辺境の領地から呼ばれたのかな」

「どうでしょう」

 思案しているクレイグに、セシリアは名前を伝えるつもりはない。せいぜい悩めばいいのだ。そう思っていたのだが。

「子爵令嬢である、セシリア・バッカス、それが君の名前だね」

 あっさりと名前を言いあてられてしまった。

「どう、して……」

「陛下から花嫁を見つけるための舞踏会を開催されることを聞かされた私は、とにかくカミラ以外の女性を娶るつもりがなかった。陛下たちには申し訳ないと思いながらも、私の結婚を諦めてもらうために開催を決定したのだが、やっぱり気のりはしなくてね。だから、全員の名前と経歴を調べた。もちろん絵姿も添えてね」

 では最初からクレイグはセシリアの名前を知っていたということだ。

「絵姿で君のものを目にしてもわからなかった。けれどこうして目の前にしてみると違う、君がカミラだと全身で訴えてくる」

「そんな」

 見つかりたくないと全身で拒否しているのならともかく、カミラだとクレイグに伝えるつもりはまったくなかった。

 だが実はそうなのだとしたら、その時はどうしたらいいのだろうか。

 考えてみれば、セシリアがクレイグをライアンだと認識したのは絵姿であったものの、こうして目にすると彼だとしっかり肯定することが出来る。つまりクレイグもセシリアがどう思っていようと、こうして会ってしまえばカミラだと気付いてしまう何かがあってもおかしくはない。

「正直な話、私のライアンとしての記憶が強すぎて、カミラ以外の女性に愛情を抱けなかった。だから生涯独身を貫こうと考えていた。なにしろどんな妖艶な美女が傍に寄ってこようと、何もする気も起らなかったからね。陛下のわがままだと思い、この舞踏会を開いたのだが、結果だけで判断すれば開催してよかったと思うよ。こうしてカミラを見つけることが出来たからね」

「申し訳ございませんが、そうお話しくださっても大変迷惑です」

「カミラならそう言うと思っていたから気にしないよ。むしろ、よけいに燃えるね。だから、覚悟しておいてほしい。時間はたっぷりとあるから、気長に口説き落とすことにする」

 オオカミに目をつけられた子ウサギ、そんな描写が似合う状況に追い込まれている。

 バルコニーに行くためにクレイグから離れたのが敗因だ。それがなければ、きっとクレイグはセシリアを見つけることはできなかっただろう。セシリアはそんな自分を後ろから蹴りを入れたくなる。冷静になれば出来る判断も、あの時のセシリアには余裕がなかったせいだろう。

「壇上で話をしているときに君の姿を目にした時の衝撃と感動を、理解してもらおうとは思わない。けれどこれだけは伝えておくよ、今度こそ逃がさないと決めた。過去を清算させて、また新たな関係を作るから」

「クレイグ王子」

「そう、私の名前はクレイグだ。だから、君の名はセシリア。――愛しているよ、セシリア」

 吐息が触れた瞬間、セシリアの唇はクレイグのそれに奪われていた。許しを得ることのないクレイグの暴挙に、ついセシリアの手が振り上がった。

「いい加減に離してください」

 夜空に、乾いた音とともにセシリアの怒声が響き渡った。

















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