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act.14 迷子の心






 過去の記憶が少しずつセシリアの頭で理解できるようになってきた幼いころ、極力第二王子であるクレイグのうわさ話を聞かないように気をつけていた。

 カミラの感情は印象が強くて、子供心にセシリアはライアンの生まれ変わりであるクレイグを避けたのだ。同じように傷つけられるのではないかと不安に思いながら。

 不遇な境遇で生きていたカミラの生涯は、幸福な生活を営んでいるセシリアに言いようのない不安を募らせる。このまま同じような結果を迎えるのではないだろうか。幸せになどなれないのではないか。

 心が壊れそうになるのを何度も経験をしながら、セシリアはカミラとは違う人間なのだからと懸命に自分を支え続けてきたのだ。

 そしてやっとその不安を少しでも解消することが出来た矢先、これだ。

 過去は過去と言い切っているセシリアだが、本当はまだ本心から言いきれてはいない。心のどこかで迷いが生じて、戸惑いながらも、カミラとは違うのだからと必死になりながら生きてきた。

 好きだと思っていたライアンの裏切りは、生まれ変わったセシリアの男性恐怖症への発端となっていた。肉親以外の男性はとにかく苦手で、男性の使用人との接触は避けていた。

 生まれ変わり、それは過去からの妄執。きっとそれはただのセシリアの妄想。そう何度も思っても、夢の中で味わう恐怖は妄想ではない。

 立ち上がり、窓へと向かう。その景色はつい先ごろまでいた王宮ではなく、生まれてからずっと見慣れた景色だ。

 やっとセシリアはクレイグの許可を得ることが出来、ここに戻ることが出来た。

 戻ってきた最初の晩は、やっと自由の身になれたのだとぐっすりと休んだ。

 せっかくの一人の時間が出来たのだからと、セシリアは改めてこれからのことを考え直すことに決めた。そう思うことが出来たのは、もちろん皇太子妃であるロレッタの件が一番大きかった。

 実のところクレイグはセシリアとは違い、幸せな人生を歩んでいると思っていた。

 最愛の女性を娶ることが出来なかったかもしれないが、カミラが死んでしまえばその後の人生で新たに妻を娶ることが出来るのだから、やり直しがきくとも思っていたのだ。

 だが現実は違っていたようだ。

 すっかり姉のレティスの思惑に騙されてしまったライアンは、最愛の女性であったカミラを最低な扱いをし、死なせてしまった罪悪感が忘れられなかった。カミラが死ぬ間際に見たライアンの泣いている姿は夢幻ではなく、現実のことだったのだと驚かされた。都合のいい夢を見ているとカミラは思っていたのだが、クレイグの口からそうではなかったのだと改めて聞き、複雑な心境だ。

 本心から言えば、やっと解放されたとライアンにはカミラのことなどきれいさっぱり忘れてもらいたかった。そうすれば今こんなに悩む必要などなかったのにと、やや恨めしい。

 もしかしてクレイグはずっと、カミラを探していたのだろうか。自分が生まれ変わったからこそ、クレイグはカミラを待ち続けていたのかもしれない。迷子の子供のようにカミラだけを望み、他を決して欲しがらない子供。

 皇太子よりも皇太子らしいクレイグに期待をかける大人が多い中、それはどれほど異質な存在に見えたのだろう。

 しっかり皇太子と自分との間を線引きし、一歩下がって第二王子として担うクレイグの姿。他人を寄せ付けぬその姿は孤高のオオカミのように気高いかもしれないが、他の大人たちから見れば異質にしか映らないだろう。

 誰からも愛される第二王子と言われているが、それが真実なのか疑わしい。

 先日ロレッタから聞いたクレイグの話は、セシリアにしてみれば怖いという感想しか生まれてこない。

 同じように過去の妄執に囚われているのは同じだが、カミラだけを愛し続け、いないかもしれないカミラを探し続けていたクレイグ。

 偶然の産物であったけれど、ついに見つけたカミラの生まれ変わりであるセシリアだけに執着し、それだけを欲しているその愛情は重たい。はっきり言えば、やっとライアンのことをクレイグとは違う人間だからと見ることが出来るようになったセシリアからしてみれば、ますますもって重たいのだ。

 ほだされるのが先か、クレイグの愛に耐えきれずに逃げ出してしまわないか心配になるほどに。

 見慣れた景色を見つめながら、この穏やかな空間を壊されるのをずっと恐れていた。

 生まれてからずっと住んでいたこの屋敷から出ることが、セシリアにとって恐怖だ。

 家族から愛され、生まれたころからずっといる使用人たちに守られて生活する空間は、カミラでは得ることのできなかった穏やかな日常で、許されるのであれば永遠にこのままでいたいと望んでしまう。

 そんなことはできないとわかっていても、セシリアは過去から一歩を踏み出さずに、このままでいたいと思ってしまった。

 けれど、クレイグはどうなのだろうか。

 出会ってからずっとクレイグ自身のことを考えたことは一度もなかったとセシリアは思った。ライアンの生まれ変わりであるクレイグ。初めて会った時から強引で、人の意見も聞かずに、無理やり婚約者にしてしまう、最低な男。

 今のセシリアのクレイグの個人的評価は最低ランクにいる。

 でも、そこから少し変化が訪れているのも確かなのだ。

 幼い時からセシリアと同じように過去に囚われており、彼自身も一歩を踏み出せずにいるのではないかと思う。カミラにこだわり過ぎて、セシリアを見ていないかという不安も完全にぬぐえたわけではない。

 知り合ってまだ一カ月もたたないのに、カミラの生まれ変わりであるセシリアにこだわり過ぎていないだろうかと思ってしまうのだ。

 確かにライアンの一件を思えば、騙されてしまったとはいえセシリアから見れば一番かかわりを持ちたくない相手だ。

 全力で逃げ切りたいと思わせる相手はライアンだけれど、クレイグも同じだ。セシリアの意思を尊重せず、自身の思いだけで先走った行動をとる。

 そこにセシリアの感情を思いやることはない。

 やり直したいのであれば、時間をかけてほしいというのが本音だが、こうなってしまった以上は仕方ないと諦めてしまうしかない。

 強引なやり方ではあったものの、クレイグにはクレイグなりの考えがあったんだろう。

 一歩を踏み出す、それはきっとセシリアだけでなくクレイグも同じなのかもしれない。過去に囚われている者同士が結ばれて、本当に幸せになれるのだろうか。

 不安は募るばかりで、その答えを得ることはできない。

「私は、本当にこのまま結婚してもいいのかしら」

 呟いた言葉は本音。

 流されたように結婚式を挙げ、クレイグとともに生活することが本当に幸せになれるのだろうか。

 同じ問いを何度自身に問いかければいいのだろうか。

「今度こそ、君を幸せにするよ。だから不安のまま一人で抱え込まないでほしい」

 返答を期待していたわけではない。何しろ部屋にいるのはセシリアだけなのだ。

 だから、心底驚いてしまう。

「クレイグ?」

 いつの間に部屋に入ってきたのだろうか、扉の前には微笑んだクレイグの姿があった。

「どうしてここに?」

「つい今しがた。どうしても話をしたいと思って、約束もなしに来てしまった」

 礼儀を欠いたその訪問にクレイグは謝罪を口にしたものの、セシリアはあまり気にしていなかった。むしろそれでこそクレイグだと思ってしまうくらいに。

「話をしたい?」

「ああ。皇太子妃から話を聞いた。だから、本当はしばらくの間、君を自由にするべきだと思ったけれど、すまない、どうしても待ち続けることが出来なくて来てしまった」

 ロレッタから何を聞いたのだろうか。

 首を傾げるセシリアに、クレイグがゆっくりと近づいてくる。

「ずっと怯えていた。君が消えてしまうのではないかと、夢だったのではないかと思っていた」

 何を言いたいのだろうか。

「強引に話を進め過ぎた自覚はある。君の気持ちを理解せずに結婚までの過程をいろいろとすっ飛ばしたことも」

「それは、前に聞いたわ」

「後悔をしているから、やり直しをしたくて君に結婚を申し込んだわけではない」

 どういう意味なのだろうか。

「過去に囚われて、周囲を見ていない自覚はあったけれど、それをどうすることもできなかった。死ぬその時までずっとカミラだけに縛られていたライアンは、どうしても来世ではカミラと結ばれたいと、確かに願っていた」

 だからこそ、ライアンの生まれ変わりであるクレイグはセシリアがカミラの生まれ変わりだと気付いた。

「でも、それだけで私は君にこだわったりはしない」

 いやいや、していたでしょうとセシリアは心の中でこっそりと突っ込む。

「確かに最初はかたくなに私から逃げようとするセシリアを、なんとかこちらに向けたくて必死になっていたかもしれない。同じように記憶を持ちながら、まるで前世から逃げだそうとするその姿勢に感服したよ。私はライアンの思いを遂げてやろうと、馬鹿のように思い込んでいたからね」

 最初のころの強引なやり口は、ライアンのための行動だったのか。セシリアから見れば迷惑な話だと言いたい。

「でもね、最初こそそう思ったけれど、次第に違う感情が芽生えてきたのも本当のことだ。何しろセシリア、君はカミラとはまったく違う行動に出るのが面白くて、ついつい全力で追いかけてしまった」

 その時に、クレイグはライアンが、カミラが、というしがらみは考えずに行動をしていた。逃げる小動物を追いかけて、捕まえてみたいと思っていた。

「興味本位だったその気持ちが、いつしか恋に変化していったのはいつ頃だったろうか」

「恋?」

「そう。私は君に恋をしているよ。カミラの生まれ変わりではなく、セシリア自身にね」

 そんな短期間で人は恋に落ちるのであろうか。否、確かにカミラはライアンに恋をしていた。今となってはその気持ちが本当に恋だったのか危ういのだが。

「確かにカミラという存在も大きかったから変化は早かったかもしれないが、カミラというしがらみがなくても私は君に恋をしていたと思うよ。現に、こうして追いかけてきたのだからね」

 全く理解できない。セシリアはクレイグを睨む。

「私は、あなたが何を言っているのかわからないわ」

「理解してもらおうとは思っていないよ。ただ、知っていてもらいたい。

 理解することはできなくても、セシリアはクレイグの優しさに気づいていた。

 無理やり手を伸ばすことをクレイグはしない。それは過去の出来事があったからだと知っていても、クレイグはセシリアに触れようとしない。近づいてきても、しっかりと一歩を作ってくれている。

 泣き出したあの時に抱きしめてくれた腕は、一線を引いて触れてくれていた。

 その優しさをセシリアは知っているからこそ、拒むことなどできないのだ。

 過去にカミラを傷つけた手は、現在のセシリアを絶対に傷つけたりしない。真綿に包むかのように大切に触れてくるのだ。

 いつからクレイグは迷子の心を克服していたのだろう。

 凛とした眼差しで見つめてくる瑠璃色の瞳に、迷いは見つからない。

 反対にセシリアは、さまよったまま答えを見つけることが出来ない。どうしたら抜け出すことが出来るのか不安ばかり。

「無理やり結婚をして、関係を結んでも心までは手に入らない。けれど、そこから生まれる何かがあると私は信じています。まず私が目指す場所は、あなたの気持ちを取り戻すこと」

 他の誰かでは近づくことのできない場所をクレイグは最終的に目指していた。

 失ってしまった関係を修復するのではなく、新たに築き上げたいと望んでいる。そのためにも、傍にいる道を選んだ。たとえそこにいくために、いばらの道だとしても。

「一歩を踏み出すと決めました。その一歩は、出来たらセシリア、君と一緒に踏み出したい」

「クレイグ……」

 ずっと疑問に持っていたことがある。

 どうして過去の記憶を持ち続けているのだろうかと。

 痛ましいあの出来事を何度も思い出すたびに、セシリアは未来なんていらないと感じていた。

 けれど本当は、違うのかもしれない。

 あの出来事があったからこそ、セシリアは過去に囚われ続けたかもしれないが、今の幸せを大切なものだと感じることが出来る。二度と同じ悲劇を繰り返さないように気をつけることが出来る。

 そう思うことが出来る。

 このまま囚われ続け、一歩も踏み出さずに一生を終えるよりも、クレイグに憎しみをぶつけてでも未来へと進む努力をすればいいのだ。

 幸せの第一歩がクレイグの花嫁だとはまだ思えないけれど、このまま泣き寝入りのまま終わりにするのは人生がもったいない。

 考えようによっては、やり直しの人生を歩むことが出来るのだから。

 そうだ、そう思うようにしよう。

 顔を上げ、セシリアはクレイグに微笑む。

「カミラとしてあなたを許さないのではなく、私が、セシリアである私があなたを許しません。無理やり私を婚約者に仕立てたクレイグだからこそ、私はあなたを許すことはいたしません」

「それでもいいよ、君が手に入るのであれば」

 本心とは思えなかったが、クレイグは晴れ晴れとした表情をしていた。

「なら、私は帰ろうと思う。だけど君も近いうちに戻ってくれるのだね?」

「ええ。ちゃんと戻ります。殿下の花嫁になるためには、色々な支度と準備がありますもの。あなたの恥にならないためにも、必ず戻ることを約束します」

 だから安心して王宮へ戻ってほしい。そんな気持ちを込めて、そう約束をした。












いつも読んでいただき、ありがとうございます。

推敲が甘いため、誤字脱字があるかもしれません。

ご指導、よろしくお願いします。

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