act.13 お茶会と真実
クレイグのエスコートで王宮へ招かれたセシリアは、緊張する気持ちを隠そうとして失敗していた。表情に出さないように気をつけていても、繋いでいる手でクレイグはセシリアが震えていることに気づいてしまう。
「大丈夫だよ、陛下たちは君をどうにかしようと思っているわけではない」
「そう言うことではないの。そうではなくて……私、やっぱり早まったかもしれないわ」
もしも結婚をしてしまったら、王族との拝顔する機会は増えるだろう。そのたびに緊張で心を揺らすことが、どれほどセシリアのストレスが生まれるかを改めて実感してしまう。
「大丈夫。ずっと私が隣にいるから」
柔らかい笑みを浮かべるクレイグを見つめても、セシリアの緊張がほぐれることはない。むしろクレイグの花嫁として自分が本当に並んでいていいのだろうかと不安まで煽られる。
絵姿で拝見したことのある王家の方々。目を閉じれば思い出されるその姿だが、当然ながら絵姿が動くことはない。この間の舞踏会で陛下と王妃が仲睦まじいことはうかがえたが、それは夫婦の間であってセシリアとは関係ない。
なにしろ誰からも愛された第二王子、クレイグのことをそう聞き及んでいるセシリアはどのような表情で挑めばいいのかわからない。
頑張ろうと思った矢先、すでにくじけてしまいそうだ。
「私はね、セシリアに会うまでずっと結婚する意思はないと両親に伝えてきた。カミラのことがあまりに大きすぎて、周囲の女性に目を配るのを避けていたよ、それも極端にね。どの女性もカミラとは違う、カミラでないのなら必要ないと」
苦笑するクレイグに、セシリアは視線を返すだけだ。
「だから、この間の舞踏会で急に結婚する旨を伝えると、全員が驚かれた。当然だよね、しないと宣言してきた私が結婚すると言い出したのだから」
「だから、このお茶会なのかしら?」
「そう。式の前に君を見ておきたいと思ったらしい」
いい迷惑だと言ってやりたい。結婚しないでこのままの関係でもセシリアは一向に構わないのが本音だ。
「とてもお喜びになられたよ、特に両親は。女性嫌いとまではいかないが、嫌悪するような態度を見せていたことを気に病まれていたからね」
幼い時から皇太子よりも皇太子らしい考え方をし、子供らしからぬ行動で皇太子を支えてきたクレイグ。何があっても自分を押し出そうとせず、皇太子を上に立たせて考えるクレイグを王にと押す声もなくはない。けれどクレイグは決してそれをよしとせず、皇太子の陰になるように努めてきた。
そんなクレイグの本心を聞いている皇太子も、兄としてクレイグの幸せを願っている。王となり民を幸せにするのではなく、自身の幸せを見つけてもらえたらと皇太子は願っていた。
「さて、気持ちの整理はついたかな?」
長い廊下をゆっくりと歩いていたセシリアは、急に足を止めるクレイグに頷く。
「はい。ありがとうございます」
「それはよかった」
この扉の向こうに、きっと皆がそろっているのだろうとセシリアの気持ちが引き締まる。
音もなく扉が開くと、若い男性が現れた。
「お待ち申しあげておりました、殿下」
「待たせてしまったかな」
「大丈夫です。先ほど皆さまがご到着されたばかりです」
「そうか」
親しげに話すその相手は、片眼鏡をつけた銀糸の髪を持つ青年だ。顔立ちはクレイグにはやや劣るかもしれないが整っており、誰もが絶賛するだろう翡翠の瞳は宝石のように輝いている。同じ翡翠の色の瞳をもつエミリーよりも濃い色をしている。
「セシリア、彼は宰相の息子で現在は補佐役としてついている、オスカーだ。いずれは皇太子が王に戴冠された時に宰相となり、王国をともに担っていく男だ」
「まあ、宰相様ですか」
「いずれ、ですよ。いまは補佐として努力中です」
優しげに微笑むオスカーは、自分の美貌を知り尽くしているのだろう、どう見せれば魅力的なのか理解したうえでの笑みだ。このタイプは実はセシリアが最も苦手だったりする。
「よろしくお願いします、オスカー様」
ぎこちない笑みを向けてしまう。その笑みで察したのだろう、オスカーは気づかぬふりをして中へと促す。
「どうぞ、皆さまがお待ちです」
クレイグに支えられ、なんとか室内へと入ったセシリアだったが、次に現れたのは銀縁の眼鏡をかけた紳士であった。銀糸の髪を綺麗に整えた、琥珀の瞳をもつその男性はセシリアの父親と同じくらいだ。
「初めまして、セシリア様。お会いできて光栄です。私は宰相のラングレーと申します」
慣れた仕草でセシリアの左手をすくいキスを送る。反対に慣れぬその動作に完全に固まってしまったセシリアは、けれどラングレーを見つめていてオスカーによく似ていることに気づく。
「オスカー様の…?」
「はい、愚息ですが、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
入った瞬間で既に疲れてしまったセシリアは、妙な緊張がなくなっていることに気づいた。順番に現れた美形のせいで、そんなものはどこかに吹き飛んでしまったようだ。
「宰相親子は強烈だったみたいだね」
小さく笑うクレイグに、セシリアは素直に頷く。
「本番はこれからだけど、よかった、変な力は入ってないね」
「どこかに置き忘れてしまったみたいです。少しだけ緊張していますが、大丈夫みたいです」
中に入っていき、クレイグが声を張り上げた。
「皆さま、大変お待たせしました」
「まあ、クレイグ、早かったのですね。大丈夫ですよ、さあ、二人とも座ってください」
「その前にご紹介をさせて下さい、私の花嫁を」
笑顔を振りまいたクレイグにつられながら、セシリアも笑みを浮かべる。クレイグとは違い綺麗な笑みが浮かべないことはご了承願いたい。
「セシリア嬢です。私が生涯ともにありたいと願い、愛し続けることが出来ると神に誓うことが出来るただ一人の女性です」
「初めまして、セシリア・バッカスと申します」
緊張しながら、けれど優雅に見えるように頭を下げる。かまなかった自分をセシリアは褒めてやりたい。
「まあまあ、可愛らしい方ですね」
先ほど声をかけた女性が立ち上がる。
「そんなに緊張をなさらないでお座りなさいな」
そう言いながら手を引いてセシリアを椅子へと導いていく女性は、妃殿下だ。浮かべられた笑みはクレイグに似て秀麗で、平々凡々な容姿を持つセシリアに嫌悪を抱いた様子はない。
以前、舞踏会で拝顔した時と同じ、少女のようにはにかんだ笑顔が愛らしい妃殿下は、間近で見ても綺麗だ。クレイグと同じ瑠璃色の瞳が合うと、緊張しているセシリアの気持ちをほぐそうと笑みを深める。
「あなたの席はこちらよ。さあ、いらっしゃい」
優しく手を引かれ、セシリアはゆっくりと歩を進める。柔らかでいて白い妃殿下の手だけを見つめて。
腰を下ろしたセシリアを満足げに見つめ、妃殿下とクレイグもようやく席についた。
これだけのことで体力が削られてしまった。始まったばかりだと思い直すと、セシリアは体力をつけなければこの世界では生きていけないなと感じてしまう。精神面を特に鍛えなければならないだろう。
「さあ、堅苦しい挨拶はなしだ、今日は身内の集いなのだからな。セシリア嬢、まずは紹介しておこう、私の息子で皇太子のユリエルだ。そして皇太子妃のロレッタ」
紹介をされた二人は席を立ち、微笑んで見せた。
絵姿を拝見した時には地味な顔立ちをしていた皇太子のユリエルだが、こうして見てみると、クレイグよりも長身でしっかりとした体躯を持った青年であることが分かった。陛下に似て美形ではないが、輝くような黄金の髪に、グレーの瞳はさっぱりとした顔立ちで好感を持てる。
対して皇太子妃は、妃殿下と似たような顔立ちの美少女であった。淡いピンクがかった金髪は緩いウエーブがかかっており、なぜか皇太子妃は顔に笑みを浮かべているのにもかかわらず、青い瞳には何か意図を感じさせるような色をにおわせている。
それを戸惑いながらもそれを受け止めながら、セシリアも立ち上がりお辞儀を返した。
始まったお茶会は、和やかな雰囲気で行われた。
交わされる会話は専らセシリアのことばかりで、集中的に尋ねられてしまい動揺を隠せない。
終盤に差し掛かってきた頃、先ほどの宰相が陛下と妃殿下を、宰相補佐が皇太子とクレイグを呼びに現れた。
一人で帰れるというセシリアを引きとめたのは、皇太子妃のロレッタであった。彼女は断ろうとする姿勢のセシリアに気づかぬふりで、私室へと招こうとする。
「せっかくの機会ですもの、お話をもう少しだけしたいですわ」
愛らしく微笑まれてしまえば、セシリアには断るすべは残されていない。
「私でよければ喜んでご一緒させてください」
そう言ったセシリアに、満面の笑顔を向けるロレッタに、当惑した顔を向けてしまった。
案内されたロレッタの私室に、セシリアは二人で向かい合わせに座っていた。机には新たに用意されたお茶が用意されていたのだが、二人は手をつけることなくお互いに笑みを浮かべていた。
何を言われるのだろうとセシリアが身構えていると、ロレッタが人払いをしてしまう。完全な密室に二人だけになってしまうと、ロレッタは小さく息を吐いた。
「お話をしたいと思っておりましたの、出来たら二人きりで」
先ほどとは違い、愛想笑いのような表情を消してロレッタが口を開いた。
「私と二人で、ですか?」
「ええ。クレイグ様がセシリア様を婚約者としたいと聞いた瞬間から、ずっと」
まさかのロレッタがクレイグに恋を抱いているという展開だろうかと、セシリアは身構えてしまう。そんなセシリアの警戒に気付き、ロレッタは慌てて続ける。
「あの、誤解をなさらないでくださいね、あくまでも私は義弟となったクレイグ様が思いを寄せた女性とお話がしたいと思っただけで、変な思惑を抱いていることとかありませんから」
顔を真っ赤にして言い訳を募るロレッタに初めて親近感がわき、セシリアの顔にも笑みが戻ってくる。
「先にお伝えしておきますが、私は皇太子さまを愛しておりますの。クレイグ様は確かに魅力的な男性かもしれませんが、皇太子さまを愛している私からは義弟としてしか見ることはできませんわ」
きっぱりと言い切ったロレッタに、セシリアは小さく頷いた。
「それで、お話というのは」
時間がないとわかっているのだろう、ロレッタは急な切り込みだと思いながらも、伝えておきたいことを口にすることにした。
「お願いがあります、クレイグ様を愛して差し上げて下さい」
「は、い?」
「皇太子さまと出会い、恋に落ちた私を蔭ながらも支援し続けて下さったのはクレイグ様だけでした。下位の貴族である私の父と皇太子さまは、やはり釣り合いが取れずに、この思いが成就することはないと思っていました。優しくて、頼りがいがある皇太子さまは世間では頼りないと思われがちですが、それは皆を惑わせる演技。それを知らなくても、彼が皇太子という地位でなくても、私はきっと恋に落ちていたと思います」
のろけ話が始まってしまったとセシリアは戸惑う。どんな辛辣なことを口にされるのかとびくびくしていたセシリアは、少しだけ肩の力が抜ける。
「自分から近づけずにいた私に、皇太子さまも思いを寄せて下さり、思いが成就することが出来たのは、クレイグ様のおかげです。何より、あの舞踏会を開くことを思いついて下さったクレイグ様は、本当に感謝してもしきれないほど恩人なのです」
「あの舞踏会は、クレイグが、思いついた?」
「はい、皇太子さまからそう伺っております。私とは違い皇太子さまは結婚を迫られておりました。どれほど私を望んでいただけても、私が選ばれることは絶対にありえないと信じておりました。それを覆して下さったのが、クレイグ様です」
偶然、出会った二人が恋に落ちた。けれどそれは物語のような身分差のある男女だ。いくら皇太子として頼りないと評価されていても、将来の国王陛下だ、それ相応の女性と結婚することを余儀なくされていた。
二人の仲を知り、陛下と妃殿下は今でこそ皇太子妃であるロレッタを尊重しているが、当時はあまりいい顔をされていなかった。何しろ皇太子よりも第二王子であるクレイグを王にと押す一派が潜んでいたのだ、表立って二人を応援することなど到底できることではない。相応しい皇太子妃をと望むものたちを黙らせるためには、二人の仲は伏せておかねばならなかった。
しかし、クレイグはそれをよしとはしなかった。何が何でも二人を結ばせる、それも祝福を受けながら。それを目標に動き出したのだ。
それがあるからこそ、今のロレッタは皇太子妃として皇太子の隣に並んでいることが出来る。すべてはクレイグの協力があってこそ出来た結婚だ。
「クレイグ様は、恋愛に対して淡白な方でした。女性嫌いというのではなく、誰か一人をずっと思い続けているような眼差しを持っておりました」
「どうしてお気づきになられたのですか?」
「私と同じ瞳をしておられましたもの、誰かお好きなのだと気付いただけです」
「それが私だと?」
「ええ。あなたの見つめるクレイグ様の瞳、皇太子さまが私を見つめるそれと同じですもの。お二人はお姿は違っていても、心は同じなのだと思わせてくれました」
にっこりと微笑む。
「だからこそ、私はあなたがクレイグ様に恋をしていないことに気づいてしまいましたの」
悲しそうに表情を作るロレッタに、セシリアは言葉を失う。
「クレイグ様の一方通行、だと思うのですが、違いますか?」
「……それは」
「責めているわけではありませんの。ただ、今はクレイグ様のことを愛されていなくても、いずれはその思いを受け止めて差し上げてほしいと願っております」
「皇太子妃……」
「王族に嫁ぐ者同士ですので、せっかくですもの仲良くしたいのです。私たちは同志ですわ、王家という目の見えぬ敵と戦わなくてはなりませんもの」
「私とは違い、あなたは綺麗だわ」
「容姿の話が出てくると、私の身分はあなたよりも下位よ。だから、身分差から考えればあなたのほうが上なのよ?」
「えっと、でも」
晴れ晴れとした表情でセシリアに詰め寄るロレッタに、言葉を失う。
「約束をして下さい、セシリア様。私は、確固たるものが欲しいわけではないのです。ただ、クレイグ様を見て差し上げてほしいの。迷子のようにずっと誰かを探しているクレイグ様が、やっとあなたを見つけることが出来た奇跡。その奇跡をどうか踏みにじらないでほしいの」
切実な思いを訴えてくるロレッタに、戸惑って動けないセシリア。カミラという過去の妄執に縛られ、クレイグをライアンとしてしか思えなかった過去。
けれど今は、クレイグとして見つめようと思い始めている気持ち。
同じように愛し合える二人にと望みながらも、人の気持ちは移ろいやすいとロレッタと知っている。
「私は……」
約束が、出来るのだろうか。
本当にクレイグを見つめることが出来るのだろうか。
めぐり合わせという奇跡が生んだ出会い。そして、生まれてくる新たな感情。
本当の一歩を踏み出すために、セシリアはクレイグとのこれからを考えなくてはいけないのだろう。
過去からの本当の意味での解放を目指して。
大変遅くなりましたが読んでいただき、ありがとうございます。
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