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act.12 素直な気持ち

 大変間が空きましたこと、お詫び申し上げます。







 祖母である皇太后から与えられていた愛情であっても、カミラの気持ちが満たされることはなかった。カミラであった頃、それ以上の愛情というものを知らなかったせいもあるのだろう、それを不服に思ったこともなければ、寂しいという感情も知らなかった。

 けれど、セシリアは違う。

 記憶の中にあるカミラの感情は、常に愛情に飢えていて、寂しくて悲しくてそれを辛いことだと気付いていなかった。

 満たされた環境で育ったセシリアだからこそ、カミラの環境がいかに特殊であったかを実感することが出来たのだ。

 愛されているという自信を持つことは簡単にはできなくても、その心を一瞬でも満たすことが出来るのかもしれないと、カミラは一縷の望みを抱いていたことすら当時は気づいていなかった。その気持ちすらも、ライアンは裏切ったのだ。カミラの愛されたいという願いは、ライアンこそが粉々に砕き、どん底にまでその自信を失わせた。

「セシリア……」

「私は、セシリアです。でも、カミラでもあります。その記憶を持ち続ける限り、ライアン様であるあなたを信じることなど出来ない」

 誤解が生まれてしまったと知っていても、それはカミラの知らぬ事実。きっとカミラだけの記憶しか持たなければ、許してしまっていただろう。ライアンだけしか知らないから、肉親以上の愛情を示してくれたのが。

 無理やりに奪おうとする記憶、そして傷ついたその記憶すらもセシリアは鮮明に夢で見続けてきた。うなされた日々は多くはなくとも、幼いころに見た影響は計り知れない。セシリアにとってライアンは悪魔の化身のような存在だ。

「どうして許すことが出来ましょう」

 言葉では簡単に口にすることはできても、感情が伴わなければ偽りを口にする。

「許す必要はない」

「クレイグ?」

「許す必要はない。ただ、事実を事実として知ってもらえると嬉しい」

 見上げるクレイグの瞳の色は普段とは違い深い海の底のような色をしており、穏やかなその表情から本心を読むことが出来ない。

「私はずっと君に謝りたいと思っていた。でも、出来ずにいた。それをしたいと気付いた時、すでに手遅れだったから。どんなに悔やみライアンが泣いたのか、セシリアは知らないだろう。だから、もしもそれを出来ることがあるのなら、ライアンはずっと手を伸ばすと決めていた。そして二度と手を離さない、何があっても君の傍にいると決めていた」

 ゆっくりと近づいてくるクレイグは普段通りなのだが、異常な空気を感じ取りセシリアは悪寒が走った。

 逃げ出さなければいけないような危機感を抱き、伸ばされてくる腕から逃れようと後ろへ下がるものの簡単に抱きしめられてしまう。

「君の感情など必要ない。そこに君がいれば、それだけで私が満たされるから。嫌われてもかまわない、一生この腕の中から離したくない」

 そんなのは迷惑だと口にしようとして、セシリアは言葉を失ってしまう。

 抱きしめられているから気付いてしまった、クレイグは震えている。手にしているはずのセシリアを本当の意味では手に入れていないと理解しているから。

「一方的に押し付ける感情で成り立つ関係は、お互いが傷つくだけよ」

「知っている。知っているからこそ」

 前世の時のようなことが起きた。

「関係を最初からやり直さないと、私たちも結局傷つけあうだけになるわよ」

「そんなのは嫌だ」

「子供みたいなことを言わないでちょうだい」

「関係を元に戻したら、君はきっと逃げる。そうして、私の前から永久に消えてしまう」

 それを否定できなくて、セシリアはそっと息を吐く。けれどよくよく考えてみれば、永遠に逃げ続けるなんてことは絶対にできないのだ。

「押しつけてくるから、逃げるの」

「話も聞いてくれないくせに」

「そうさせたのはあなたでしょう。私の話を全然聞いてくれない」

「でも」

 すぐに反論をしてくるから、なかなか本題に進むことがどうしてもできない。最初の態度からクレイグが反論を口にさせないように巧みにかわしているのを知っているから、今更ながらに面倒だ。

「聞いてちょうだい、クレイグ。結婚はするわ、ここまで話が大きくなってしまったのに、今更破棄などできないもの」

 外堀からしっかりと固めていくその用意周到なところは、ライアンとは似てもいない。ライアンはとにかく直球な行動が多かったのに対し、クレイグは過去の経験からか、しっかりと物事を計算して動こうとしている律儀な性格だ。

「セシリア?」

「あなたの気持ちを疑うつもりはないけれど、私にとってあなたはクレイグであり、ライアンでもあるの。私から見たライアンは、胡散臭くて口先男で、まるでシンデレラや人魚姫の王子様のような存在」

 目に見えるものでしか人を判断できない、器の小さな男。

 ゆっくりと顔を上げれば、先ほどと違い子供のように不安な表情をしてセシリアを見ているクレイグ。その顔を可愛いと思ってしまったのは、きっと弱っている彼を見るのが初めてだから。

 頬に手を伸ばし、輪郭をたどりながら触れていた。ライアンと同じ容姿でありながら、クレイグのほうが人間味にあふれているような気がするのはどうしてなのだろうか。

「クレイグ、あなたはライアンの記憶を持っているけれど、彼とは違うと思うの。それを私に見せてほしい」

 全く容姿の違うカミラとセシリアを、クレイグは一瞬で見つけることが出来た。それは雰囲気が似ていたからとか曖昧なことかもしれないが、それでもクレイグだからこそできたのではないかとセシリアは考えている。ライアンでは絶対にできない芸当だとも。

 そんなセシリアの気持ちが通じたのか、クレイグが泣き出しそうな表情で頷く。

「約束しよう、君を失望させないと。それから、ありがとう」

 抱きしめる腕に力が入り、セシリアをつぶさないように気をつける。本当に手に入れたような錯覚を味わいながら。

 そんなクレイグに、だってしょうがないじゃないと自分に言い訳をする。泣き出しそうな子供のようなクレイグ相手に、本気で拒絶することなどできない。クレイグの本心が嘘偽りがないと疑いながらも、真摯に訴えかけてくる気持ちにほだされてしまう。

 なにより、夢の中で泣いているカミラが、それでもライアンにだけは笑顔を見せるのだ。

 絶対の存在であるライアンの傍にいることが、カミラの唯一の願いであったとセシリアだけが知っている。

 それを知っているのに、今更ライアンを嫌いだからとセシリアが傍を離れていいのかと思うのだ。

 心の奥底ではすでにセシリアもクレイグにほだされている。

 先ほどの夢を思い出せば、恐怖は胸を巣食う。ライアンを怖いと思う一方で、クレイグにその感情を抱くことはない。

 感情ほど厄介なものはないとセシリアは思う。だからこそ、尊いものだとも。

「顔色が良くなってきたな、出かけることはできるか?」

「出来ます。初の顔合わせですもの、逃げたりしませんよ」

「無理をさせるようなら、私から断りを入れるから大丈夫だ。行けるのか?」

 心配した瑠璃色の瞳に、セシリアは微笑み返す。クレイグではなくライアンから欲しかったその色を、カミラではなくセシリアがもらっている。

 ずっとずっと夢の中で苛まれていた記憶に、淡い色がともり始めている。それは隠し続けることが出来ないほど強い色を放ちはじめるだろう。

「行きます。大丈夫ですよ」

「だが」

「この間まで強引だったくせに、今更どうしたのですか?」

 早く両親にセシリアを合わせなくてはならない、切羽詰まったようなクレイグの行動からは考えられず、小さく笑ってしまう。

「心配だからに決まっているだろう。さっきの姿を見れば」

 部屋に入る前から聞こえていた苦しげな吐息、飛び込んできたのはソファーに横たわり真っ蒼な顔で魘されているセシリアを目にいれ、クレイグはやっと彼女の顔を見ることが出来た。皮肉にも、また彼女を失ってしまうかもしれない恐怖を、クレイグはもう一度経験することによって、己の行動を恥じたのだ。

 やっていることがライアンと変わりない、生まれ変わったからにはもう間違えないと決めていたクレイグの心に傷を与えた。

「無理強いをさせているのは知っていたからな、結婚するまではセシリアの意思を尊重させないようにしていた」

「知っています」

笑顔でそう口にされ、クレイグの表情が一瞬だけ曇る。

ずるいなとセシリアは恨み言を口にしたくなる。そんな顔をされたら、何も言えなくなってしまう。

「本当ですわ、どうしてあなたはあんなにもことを急がせるのかと不満を抱くばかりでした」

「仕方ないだろう、逃げられるとわかっている君の退路を断つことだけに専念をしていた。包囲さえしてしまえば簡単に君を手に入れられると思っていた」

「余計に心は手に入らないと思いますが」

 呆れたセシリアの表情に、それでもと望んでいた。

「君が欲しかったからな、中身は伴わなくてもいいと思っていた。いずれ手に入ると思ったから」

「そのやり方では、永久に手に入ることはありませんから」

 強引なやり方に不満を抱いていたのだ、クレイグという人間を見限り心など誰が開くものか。

 やり方を最初から間違えていたのだと、やっとクレイグは認めることが出来た。

 やっと溜飲を下ろしたセシリアは、ここまできたら最後まで付き合うしかないと腹をくくることに決めた。最初から逃げ出そうと思っていても、最後にはつかまってもいいと思っていたのは、カミラの気持ちが大きかったからか、それとも。

 どちらにしても、セシリアはもう逃げることをやめにした。ここにいて、しっかりと気持ちをぶつけて、クレイグの傍にいると決めた。

「支度を整えます、少しだけお待ちくださいね」

 困ったことに、クレイグの困ったような顔をセシリアは嫌いではないと気付いてしまったのだ。自信満々で強引にことを進めようとするクレイグは好きではないけれど、実はセシリアに嫌われないように画策している姿は嫌いではないと。

 そして確信していた、この気持ちがいつしか変化が訪れてしまうことを。











 もう少し続きますが、お付き合いいただけますとうれしいです。

 よろしくお願いします。

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