act.11 傷の深さ
更新が大幅に遅れましたこと、深く反省するとともに謝罪いたします。
大変申し訳ありませんでした。
Act.11 傷の深さ
あの時のことを思い返すと、セシリアは仕組まれたことだったと、最初からレティスにカミラは騙されていたのだとたどり着くことが出来る。それを気づいて阻止していれば、カミラは傷つくことなどなかったのにと、第三者の立場となったセシリアは、気づいていた。
隣国までの道中は、最短でも三日もかかるということもあり、カミラは一週間をかけてゆっくりとライアンの待つ城へと旅立っていった。その間、レティスの侍女を数名一緒に連れ立っていたのは、何もしてあげられなかったからという姉の餞別だと聞いていた。
姉からの色々な仕打ちをカミラはすべて許しており、むしろその謝罪をするように申し出てくれたことに有頂天になっていた。やっと許してくれたのだと思ってしまったのだ。
隣国についたのは予定通りの一週間後で、休憩をとるひまもなくそのままカミラは花嫁衣装を身にまとうこととなる。その際、レティスの侍女にすべてを任せる形をとった。
施されていく化粧は、明らかにレティスを意識したもので、間近で見ない限り間違えてしまいそうなほどの仕上がりだ。普段とは違う顔立ちになっていくのを感心しているカミラは、まだレティスの思惑に気づかない。
「お美しいですわ、カミラ様。さすがレティス様の妹姫でございますわね。普段とは違うお姿に、きっとライアン様もお喜びになられるでしょう」
この時点で侍女たちはライアンがレティスのことをどう思っているか知っているはずなのだ。そんなことをすれば、むしろ怒りが倍増されるということを。ならば、この化粧の意味も違っている。レティスからの嫌がらせで、彼女たちはカミラの腰入れについてきて、それをぶち壊すために花嫁を仕上げたのだ。
「まあ、本当に? 嬉しいわ、お姉様のために仕立てられた花嫁衣装ですものね、このような華やいだ化粧のほうが見栄えがしますね」
無邪気な笑みを浮かべるカミラを、レティスの侍女たちは似たような作り笑いで仕上がりを見ている。
自分を振り、不遇姫と揶揄されるカミラが幸せになるということを、どうしてもレティスの自尊心は傷つき許すことが出来なかった。それゆえ、侍女たちはレティスのやり方を間違っていると思いながらも、拒むことが出来なかった。慈しんで大切にしてきたレティスの悲痛な叫びを聞いているから。
顔をすっかり隠してしまうベールを頭から覆ってしまうと、カミラの顔は外から見ることはできない。式の間で一度だけ、誓いのキスをするとき以外にカミラはベールを脱ぐことが出来ない。また、ベールがあるからこそ、悪意に染まった侍女たちのまなざしも気づくことが出来なかった。
古より王族が式を上げるために使われる教会に、カミラは久しぶりのライアンと再会をする。この時のカミラは舞いあがっており、姿の見えぬライアンを少しだけ残念に思っていた。
誓いのキスを交わすため、ライアンがカミラのベールを上げる。現れたその顔に、ライアンに衝撃が走った。
「お前は……」
こぼれた小さな呟きを、カミラは拾うことが出来なかった。
うるんだ瞳で再会したライアンを見て、カミラの口からは吐息がこぼれ落ちる。
けれどすぐにライアンの様子に気づく。侮辱を含んだまなざしでライアンから見つめられ、当惑するカミラ。
おざなりのようなキスを送られ、すぐにベールで顔を隠されてしまう。
どうしてそうされてしまったのかわからず、カミラは自分がここにいていいのかと不安が募りはじめる。
厳粛な雰囲気で式が終わり、晩餐会が始まる。主役のライアンとカミラは席につき、皆からの杯を受けていく。
その間も、ベールを脱ぐことをライアンから許されなかった。
食事をとることもままならず、カミラは拾うと空腹で目眩がしてきた頃、ライアンが動き出した。カミラを伴い、晩餐会から席を外したのだ。
主役である二人は、ある程度過ぎれば席をはずすことが許されるからだ。
置いていかれないようにと、カミラはライアンの背中をついていく。誰もいない、静かな廊下を二人の靴音だけが響く。
たどり着いたのは、二人の部屋なのだろうか。ライアンは声をかけることもせずそのまま部屋に入ってしまい、カミラは躊躇いながらも続いた。
「あの、ライアン様」
「私の名を呼ぶな」
一度も聞いたことのない、怒気の含んだ声に、カミラの体が固まる。何かしてしまったのだろうかと瞬時に悩むものの、まったくあっていなかった時間のほうが長いと、どうしてなのか理由がわからない。
「すっかり騙されてしまったよ。あなたには本当に何も考えていないのですね」
「あの、あの」
「このまま放置しようかとも考えたのですが、ここまで来るまでの私の忍耐力を自身で褒めると同時に、せっかくの機会なので私の感情をぶつけてみることにしました。簡単なことです、どうしてここに来たのかはわかりませんが、行き場のない感情をやり過ごすことが出来ないので、あなたを傷つけることにしました」
何を言っているのだろうか。
カミラは笑顔で辛辣な言葉を続けるライアンに怯えを隠せない。
「あの時に私は言ったはずです、何があろうとあなたを愛することなどできないと。なのにあなたはのこのことこの国へとやってきた。その報いを受けなさい」
ベールをはぎ取られ、ライアンの瞳とぶつかる。
これは、誰?
怒りからか目を真っ赤に染め、憤慨しているライアンを見るのは初めてだった。
言われたことがあっただろうか、愛することなどできないと。
聞いていないだけで、本当は望まれていなかったのだろうか。
あの時の甘い言葉は、求婚は嘘偽りだったのだと。
考える暇もなく、カミラは花嫁衣装を破かれていく。レティスからの初めての贈り物だったのに。
触れてくる指に、優しさはない。
見つめてくる瞳に、甘さもない。
あるのは、憎しみ。
それに気づいたとき、カミラはやっと自分が間違っていたことを知る。
自分を望まれたと思っていた。
けれどそれは違ったのだ。本当にライアンが望んでいたのは、カミラではなくレティスだったのだと。
だからこんなにもライアンは憤怒しているのだ。何を言っても聞き届けてはくれないだろう。
まさぐってくる手に恐怖を覚え、悲鳴を上げる。けれどその手が止まることはない。
「いやあぁぁぁぁぁぁああ」
「セシリア」
「ライアン様、いや、ごめんなさい。やめて、お願い」
何度も何度もそう叫んだ。けれど聞いているはずのライアンは決してその手を止めることはなく、最後まで進めてしまった。泣き叫ぶカミラを虫けらのような瞳で見つめながら。
避ける痛みよりも、心が砕け散る音のほうが痛かった。
「セシリア、セシリア」
そうよ、私はカミラではなくセシリア。セシリアなのよ。
ふいに、意識が覚醒する。この声は誰だ?
「……クレイグ?」
揺さぶられる、何度も。そして気付いた、この瑠璃色の瞳に、怒気の色は見当たらない。心配するような瞳で、セシリアを見つめている。
「私はライアンではない。わかるか?」
姿かたち、その色までもが同じクレイグとライアンだけれど、今のセシリアには二人が同じだとは思えなかった。
「クレイグ、よね?」
「そうだ、私だ。大丈夫か?」
「ええ、平気。でも、どうしてあなたがここに?」
「私はセシリアを迎えに来たよ。少しだけ早いとは思ったがね」
時間よりも早いかもしれないが、けれど遅くなるよりはいいのかもしれない。
「夢を見ていたのか?」
「そう、ですね」
ふっと気づけば、いつの間にかセシリアはドレスに着替え、私室のソファーに座っている。
ずっと頭の中で考え事をしていたのだが、どうやら無意識に動いていたらしい。
「ずっと、聞きたいと思っておりました」
姿勢をただし、セシリアは隣に座ったクレイグを見上げる。
同じように黄金の髪、瑠璃色の瞳。腰まで伸ばされた髪の毛を一つで結び、正装した服装は記憶の中のライアンと似ている。
けれど、その瞳にある魂のような輝きは、似ているようで同じではないと気付かされる。ライアンの中にあったあの甘さや激しさを、クレイグで感じることはない。反対にクレイグの甘さや気遣う視線にも、ライアンとは違う。
「あなたは、カミラをレティスと間違えていたのですね」
どの時かを明確に指定しなくても、クレイグならわかるだろう。現に、クレイグは言われた瞬間には苦痛にも似た表情で顔をゆがめている。
「セシリアが言っていることは、式の時の話かな」
「はい」
「だったら私はこう答えるしかないだろう。そうだよ、ライアンはあの時、すっかり騙されていた」
懺悔するような口調に、セシリアは首を傾げる。
騙されていた?
「どういう意味ですか?」
「レティスに、はっきりと言われたことがある。私のことを振ると、絶対に後悔をする、と。その言葉の意味を一度も考えたことはなかったが、式の時にレティスを目にした時に、このことかと早合点をしてしまったよ」
カミラへ求婚をしてすぐ、レティスはライアンに詰め寄った。なぜ自分ではなく、カミラなのだと。
その理由を事細かに説明するものの、レティスは納得などするはずもなく、ライアンは最初こそ姉姫として根気良く対応していたが、次第に蔑ろになっていった。
とにかく同じことを繰り返すだけで、平行線なのだ。レティスは自分を選ばない限り、絶対に難癖をつけてくると思ったライアンは、きっぱりと告げることにした。
「愛しているのはカミラだけで、他の誰も必要ないと」
するとレティスは傷ついた顔をするも、すぐに般若のような顔つきで宣言をしてきた。
「後悔をする。今ここで私を選ばなければ、絶対に後悔をさせてやる」
呪いの言葉のようにそう告げると、レティスは狂ったように笑いだした。慌てて駆け寄ってきた侍女たちにレティスは部屋へと戻っていったが、ライアンは初めてみる過激な彼女の反応に、驚くと同時に慄いてしまった。
すぐにそのことを忘れ、カミラとの最後の時間を楽しむものの、心のどこかでずっと残っていたのだろう。
だから、すぐに式の時に思い出してしまったのだ。顔立ちがそっくりだと思っていなかったカミラが、レティスそっくりの化粧で現れたから。
「だからあなたは、私を傷つけた。レティスだと思った私を、レティスではなくカミラを、どん底に突き落とした」
「その通りだ」
「私はあなたに選ばれたと思っていたのに、本当は違うのだと知りました。そう、あなたが本当に所望していたのはレティスだったのだと思ってしまった。でもね、カミラは本当はずっと、あなたの気持ちを疑っていたの」
ずっとずっと、なぜ自分が選ばれたのかわからなかった。
悲しいくらいに、不安に思っていたのだ。
「ライアン様から好かれていた自信なんて、これっぽっちもなかった。それどころか、本当はずっと、あなたのことが怖かったの」




