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act.10 不遇姫の恋





 実の姉から妬みにも似た憎しみを募らせていることを知らないカミラは、そそくさと城を出て強張った体を和らげる。中庭に出ると解放された気分になり、気持ちが落ち着くのだ。

 相変わらずレティスを前にすると緊張して息をすることも出来なくなる。何をするにも嫌みを言われ続け、幼心をしっかりと傷つけられたのだから仕方ないとはいえ、こんなことでは駄目だとも思う。

 打開策も見つからず、見つからないように生きていくしかないのだと、悔しい気持ちが押し寄せてくる。その波が落ち着いてくると、今度はライアンのことを思い出していた。

 貴族と名のつく者たちには虐げられてきたカミラにとって、隣国とはいえ王子であるライアンの対応は違った。話しかけてくれる声音は優しくて、とびきり甘い響きを持っていた。

 自分を人間として対応してくれる貴族もいるのだと思うと、話をしてみたいと思うのだが、それはたぶんレティスが許さないだろう。お気に入りのものを奪うとどうなるか知っているだけに、カミラはその思いを胸の奥底にしまうことにした。

 自分では何も得るものはないのだと悲しくなりながらも、母の命を奪って生きてきた己が悪いのだと割り切ってしまう。欲しいと足掻いても誰も手を差し伸べてくれず、そんな自分がみじめになるだけだと知っているだけに、無理なことだと諦めてしまったほうが楽だと知っている。

「カミラ姫」

 動くこともできずにその場に佇んでいたカミラをまるで見つけてくれたように、扉から現れたライアンが優しく声をかけた。

姫? 今姫と呼ばれたのだろうかとカミラは驚き固まった。

 もしかして追いかけてきてくれたのだろうかと期待したものの、逃げ出したカミラを咎めるつもりなのかもしれないと不安になりながら振り返ってみれば、ライアンは柔らかな笑みを浮かべて近づいてきた。

「王子様」

「王子様だなんて恥ずかしいから、僕のことはライアンでいいよ」

 本気でそう思っているのだろう、照れたように笑うその顔に見惚れてしまう。

「でも」

「でもなんて聞かないよ。次に僕のことを王子様と言ったら、そうだな、すごいことするよ」

「すごいことですか?」

「そう、すごいこと。されてみたいなら今やるけど?」

 言わせようとしているようにも聞こえて、ついカミラは笑ってしまった。

 しかしすぐに笑みを引っ込めてライアンの隣にいる、彼と同い年ほどの男子を見上げた。

 鍛えられた体躯はライアンよりがっしりとしているが城の兵士よりも細身で、帯剣をしているので彼が騎士であることは間違いない。藍色の髪は短く切られ、一重の黒い瞳に見つめられていると睨まれているように見えて、オーリアは恐ろしく感じて俯いてしまう。

 きっと彼はライアンを守る剣で、常に周囲に注意を払っている。

「ああ、彼はルビスと言って、僕の乳兄弟で親友なのだよ。顔は怖いかもしれないが害はない、そんなに怖がる必要はないよ」

 つい俯いてしまったが、ルビスを警戒心丸出しで見ていたので、ライアンにそう紹介されても顔を上げることはできなかった。

 不敬だとわかりながらも知らずカミラが一歩だけ距離をとるのを見たルビスは、無言のままどこかに消えてしまう。実際にはライアンを守るために常に近くにいるのだから、晦ましているだけだろう。

 目と目で会話をしたライアンとルビスに気づくことなく、俯いたままのカミラに憐憫の瞳を向けてしまうのは、彼女が何と呼ばれているかわかったからかもしれない。

「これで大丈夫?」

 何が大丈夫なのかは分からなかったが、ルビスがいなくなったことで少しだけ息苦しさを忘れる事が出来て、引き攣りながら笑顔を作る。

 どうして追いかけてきたのか疑問はあったが、追いかけてきてくれたことが嬉しかった。

「聞きたいことがある。失礼なことだと承知だが、あえて尋ねるよ。君が不遇の姫だね」

 どんな紹介をレティスから受けたのかは知らないが、そう言われていることに初めて恥ずかしいとカミラは知った。

 隠し立てしても意味はないのだと自分を叱咤しながら、なんとか返事をする。

「はい、そうです」

「そうか、君が。なら話は早いか。カミラ、今日から俺たちは友達になろう」

「え?」

「あれ、もしかして嫌かな?」

「嫌だなんて、そんなことありません。むしろ王子様のほうが」

「よかった。ところで、王子様と言ったね」

 その言葉を口にしたら、すごいことをすると宣言されていたと思いだす。

 何をされるのかと震え始めれば、笑われてしまった。

「今はカウントしないでおこう。でも、次はやるからね、すごいこと」

 いたずらっ子のような瞳をするライアンは、まるで孤児院にいる子供たちのようでカミラは自然と笑顔を作ることが出来ていた。

 その笑顔を満足そうに見てから、ライアンはこの雰囲気が壊れないように言葉を紡ぐ。

「今からどこに行こうとしていたの? 僕も一緒に行ってもいい?」

「でも」

「咎められることはないから大丈夫だよ。ほら、行こう」

 優しく言われ、カミラは強く言えなくなる。

 怒られるのは自分だけでいい。

 でも今はこの瞬間を大事にしたいと、差し出された手に自分の手を重ねた。


 それから、あっという間に時間は過ぎた。

 この一年の間で、ライアンは根気よく氷のように冷たく閉ざしていたカミラの心を溶かした。

 母親のような立派な王妃とまでは言わないが、姫としての自覚を一番理解して国のために尽くしたいと強く望んでいること。周囲の言葉に惑わされず、己の信念を持って前へ突き進むことのできる精神の持ち主であること。そんなことを話すカミラをライアンは次第に愛しく思うようになっていった。

 さすがにレティスの前でおおっぴらに会わなかったのは正解だったようで、夜会に出ているせいで昼まで起きないことを逆手にとって、人目を避けて二人でたくさんの話をしていた。

 また、兄王子のために国に尽くしたいという考えを話すライアンに、カミラの心にも次第に思いが募り始めるのであった。絶対に思ってはいけない相手だと思いながらも、心に秘めているだけだからと言い訳をしながら、ライアンの傍から離れることはできなかった。

 無事に留学期間を終えたこの国の三男が帰国し、今度はライアンが隣国に戻ることとなった。

 一年間の留学中、レティスはライアンに気にいられるように努力をしたつもりだった。彼からの求婚を夢に、必死になって。

 けれど彼が選んだのは、いったいいつ逢瀬を交わしていたのかわからない、カミラだったことに周囲は驚いた。

 父親である陛下から彼が求婚を望む姫がいると聞いたとき、レティスはそれが自分だと信じていたからこその衝撃は並々ならぬものであった。

「愛しています、カミラ。君が十六の誕生日を迎えるその日に結婚をしよう」

 正装した装いは普段よりも彼を際立たせ、まるで騎士のように片膝をついてカミラの右手を握る姿はまるで一枚の絵画のように美しく、優しく愛を語りかける口調はほれぼれするほど艶を含んでいる。

 否定をしようにも、どこから見ても求婚としかとれず、いつの間にそのような結果が生まれたのかと皆が瞠目する。

 熱っぽく見つめるライアンの求婚に、まさか自分に向けられるとは思わなかったカミラは頬を赤く染めて瞳を潤ませる。断らなければならないと頭のどこかでは理解していたが、そんなことは無理なことだ。

「はい、ライアン様。私も愛しています、他の誰よりもあなただけを」

「本当は今すぐにでも君を連れて帰りたいところだけれど、さすがにそれは出来ないからね。だからしばらくの間待っていてほしい、心変わりをせずにね」

「心変わりだなんて、そんなことありえません」

「そう言ってもらえると、僕も安心して帰ることが出来るよ」

 立ち上がり、そっと抱きしめてくるライアンに、カミラも答えるように背中に手を伸ばす。

「本当はすぐにでも手を出したいけれど、結婚式まで我慢するよ」

 耳元で囁かれた言葉はカミラにしか届かなかった。

 そんな二人を見て皇太后は微笑み、祝福を送る。

 しかし皇太后の他の周囲は、皆が落胆した色を隠せなかった。

 寄り添う恋人たちは幸せそのもので、誰もその間に入ることなどできそうにない。精悍な顔立ちで宮廷の話題をさらうことのできる隣国の王子のその相手を、誰もがレティスだと皆が信じて疑わなかった。だが実際にライアンが求めたのはカミラだという光景は未だ衝撃に立ち直るものはいない。

 なぜ妹姫なのだと。

 誰もが口にせずに心で叫んだ言葉は、ショックで倒れたレティスへの手向けの言葉でもあった。


 それから四年間の日々は、目まぐるしく変わった。

 自尊心を傷つけられ、また嫉妬のあらしで荒んでいたレティスはカミラに固執し、彼女の中ではやらないような嫌がらせを繰り返すようになっていた。

 だが他の貴族たちは隣国との国交問題を重視し、特に問題を起こすことはなくなった。特に彼女のことを軽視して隣国との戦火が切られてはならないと、陛下ですら対応が変わったのだ。

 親子のような関係ではないものの、隣国に嫁ぐ姫としての対応を示し、他の者たちの良い牽制にもなった。

 第二王子とはいえ他国に嫁ぐ身となったカミラはその時から勉強が強いられたものの、大好きなライアンと一緒にいるためだからと頑張れた。ライアンの隣に立って恥ずかしくないように、彼の恥にならないように努力を続けた。

 早く会いたい。

 人目も憚らず、今度こそ一緒にいれるのだ。

 その思いがあるからこそ、カミラはレティスの嫌がらせにも耐えられた。

 嫁ぐ孫への祝いの品として、皇太后からはたくさんの衣装を下賜された。

 品のよい衣装に目を奪われ、また全部を絹で造られた上質なものに、カミラは皇太后の優しさを知る。

 愛されていたと自信なく思っていたが、父親からの対応でいたしかたなく相手をしていたのだと勘違いしていた。

 嬉しくて涙を浮かべてお礼を言えば、簡単に会うことのできない皇太后に初めて嫁ぐことの意味を知ったような気がした。

 だからこそ、幸せになりたいと願う。

 後から得る幸せではなく、ともにある幸福を二人で手にしたい。

 過ぎ去った四年間を思い返し、緊張と不安と期待そして四年間会えなかったライアンに会いたいと思う気持ちで溢れてだし、眠れないほど興奮するカミラは明日、隣国へ旅立つ。

 募る思いは、あなただけ。


 この時までが一番、カミラにとって幸せな日々だったと、セシリアは自負している。この後の悲劇を、誰が想像できただろうか。否、一人だけいる。彼女だけがそうなる事実として知っていた。










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