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ピアノマン(前編)

作者: やぎっち

この話は実在するニュースを参考にしています。


ピアノマン - 沈黙する謎の天才ピアニスト 英

http://x51.org/x/05/05/1711.php

 これは2005年4月に英国の海岸で保護された身元不明の男性、通称「ピアノマン」にまつわる不思議な話である。


 この謎の男は見かけは20~30代、欧州人風の顔立ちでスーツを着ていた。近くに住む漁師の男が彼を発見したとき、彼はびしょ濡れで砂浜に波で打ち上げられ、死にかけの魚のようにわずかに動いていた。漁師はすぐに家族を呼び、自宅に保護した。彼は風邪を引いており三日間高熱でうなされ、四日目の朝に起き上がった。

 漁師は話しかけてみたが、彼は言葉が分からないようだった。漁師は英語だけでなくドイツ語やフランス語が分かるような知り合いを連れてきて話しかけてみたが、それも彼は分からないようだった。警察に調べてもらってが、この近くで海外客船が難破したりといった事故は起きていなかった。謎は深まるばかりだった。

 彼の着ていたスーツには身元を証明するようなものは無かった。持ち物は一切なく、スーツのタグ等は存在しなかった。漁師はしばらく彼を家におくことにした。

 漁師の家にやってきたその謎の居候は、漁師の家の手伝いをするようになった。五歳になる子供の遊び相手をしたり、奥さんの買い物の荷物持ちに付いていったり、家庭農園で野菜を育てたりした。物珍しさから小さな街の中でその謎の居候は有名人になっていた。しかし3ヶ月たっても彼の身元は分からなかった。

 あるとき、街の子供向けに教会であるイベントが企画され、漁師の奥さんと謎の居候はその下準備に出かけた。このイベントはこの街特有のもので、夏に行われるクリスマスパーティといえば分かりやすいかも知れない。そしてイベントの主役は子供で、街の子どもたちはその日全員が教会に集まって歌をうたったり踊りを踊ったりするのだ。

 謎の居候は英国の習慣や文化に疎いようだったが覚えが早かった。彼に飾り付けをお願いすると彼はてきぱきと働き、掃除まで済ませた。その時、教会の隅に置いてあったピアノを彼は見つけた。

「ピアノ弾けるの?」

 漁師の奥さんは尋ねた。彼はその言葉を理解してか理解せずなのか小さく頷き、ピアノに触れた。

 彼はピアノを弾き始めた。

 彼が弾いたのは誰も知らない曲だった。しかしその演奏は素晴らしかった。そして一曲弾き終えた。

「すばらしいわ!」

 教会の準備に着ていた他の奥様方も集まってきていた。演奏を聴いた誰もが、素人の演奏だとは思わなかった。辺りは拍手で溢れた。

 ピアノマンは照れたように椅子から立ち上がって一礼すると、ピアノの調律を始めた。ややあって簡単な調律を終えると、彼は再び曲を弾き始めた。これも誰もが知らない曲だった。そして、さっき以上に素晴らしい演奏だった。

 そして、教会で行われた子供向けのイベントには彼は演奏者として参加した。楽譜を見せると彼はすぐに演奏ができるようになったのだ。本来演奏するはずだった、近所でピアノの先生をしている奥さんは「アマチュアとは思えない」と賞賛した。そして、イベント中、謎の居候は子どもたちに囲まれて演奏することを非常に楽しんだようで、最後には子供のリクエストに応えて即興でピアノを演奏するような会になってしまっていた。彼は子どもたちから「ピアノマン」と呼ばれた。

 数日しない間に“その町に、ピアノの腕がうまい謎の男がいる”という話は近くの町にまで伝わるようになった。そしてその演奏を聞きたいという人が集まってくるようなことになり、ピアノマンこと謎の居候は再び教会で演奏を披露した。そして誰もがその演奏を賞賛した。人が集まってくるたびにそうして町の教会は彼の演奏会のステージとなった。

 1ヶ月もしない間に“ピアノマン”は国中に知られることになり、大都市で売られているタブロイド新聞にも記事が載るような事態になった。この時にはピアノマンの演奏聴きたさに人がひっきりなしに町をやってくるようになっており、町にある病院の大ホールを使って毎日のように演奏会を行っていた。そして、その場所は半ば観光名所のようになっていた。

 人々にとってピアノマンはその演奏の素晴らしさだけではなく、「言葉を喋らない」「身元が不明である」という点が組み合わさって神秘化された。彼の保護者である漁師の男は、人が集まるたびにピアノマンの身元を知っている人がいないかを人々に尋ねたが、確信を持って知っていると名乗り出るような人は現れなかった。もっとも、ごく少数ながら保護者や知り合いを自称する人が現れたが、彼自身は知っているようではなかった。


 そんな中、別の街の郊外で「謎のヴァイオリニスト」が見つかった。彼もまた言葉が分からなかった。

(後編へ続く)

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