激闘
「もういいかな」
「やっとですか。思ったよりも走らされたので慌てちゃいましたよ」
「嘘つくな。……我々の闘いで巻き込まれない場所までだと、この位の距離が必要なんだ」
「まあ、こんだけ広ければね」
場所は東京の近くの海の上に建設された、人工島だ。この場所は『一桁数字』専用の演習場。それだけ耐久力が高く設定されている。
俺も何度か来た事があるが、それでもあの人外の人達が全力を出しても沈まないんだから、大したものだよ。
「それじゃあ」
「ああ」
「始めよう」
全員が同時に完全同調をした。三橋さんは煌びやかな和服を纏った姿、それに黄金の片手剣を。二木さんは二年前と同じ金色の布と金剛の鎌を。
何度見ても壮観だな。この二人の姿は。俺の鎧は二年前に比べてもシャープになってきた。防御など顧みない。ただ速度だけを求めた姿に。
「今度こそ」
「忌まわしき狼を」
「「殺す」」
「怖いな。俺はあんたらを喰らう」
「我が名のもとに」
戦いの幕は上がる。史上でもまれに見ないであろう、神殺しの魔物と天を統べる神の闘い。
「凍てつきし麗氷たる大地」
「其は全ての眠る場所」
「我真なる焔を求め、それを使う者」
「総てを溶かし、燃やしつくし、総てを天の身許に返す者なり」
「天より出でし雷よ」
「我が名の下に、罪人を断ぜよ」
『冥界氷獄』
『轟焔破天』
『雷皇裂刃』
順番に三橋さん、俺、二木さんだ。三橋は氷結系魔術の奥義を。俺は焔系統最強の術を。二木さんは雷撃系の大魔術を使った。そしてそれら全てがぶつかり合い、大震災に劣らない衝撃波が生まれた。
結果からいえば、相殺だった。大爆発が起きた所為で人工島の一部分が崩壊したけど、それ以外は何とか無事だった。まったくよく出来てるな。
「二人がかりで放った技を相殺するなんて……」
「呆れるほどの魔力の量だな」
「貴方達だってまだまだ序の口じゃないですか。それぐらいじゃ困りますけどね」
「言ってくれるな」
「だって俺の本気はこんな物じゃないんだから。いや、俺じゃないな。俺と神喰狼の、かな?」
俺は自分の胸を手で押さえながら、そう言った。そう、この二年間に積んできたのは常人なら死に至る程で、強者でも心がへし折れるほどの物……らしい。自覚ないけど。
「それじゃ、本気で行かせてもらいます」
「やれるものなら、やってみろ!」
「「『最大同調』」」
なるほどね。お二方はそういう選択をしたんだ。でも、俺の本気はその地点を凌駕した。これが俺達の力。
「我、神をも喰らいし白銀の神狼なり――――」
「神を憎み、人を忌み嫌う――――」
「総てを喰らいし白銀の狼の帝王となりて――――」
『さあ、今こそ始めようではないか!神々の黄昏を!』
「「「汝を無垢なる極限へ誘おう――――!」」」
『限界突破同調――――!』
俺は二年間の間にこの文言を研究し、完全な形でその力を振るう方法を考えてきた。そのために神喰狼の深層心理の中にいる歴代宿主とも対話をした。
そして完全な形で力を振るうこの文言が完成した。そしてこれを物にした事で、俺は完全に神喰狼の力を物にする事が出来た。
どの宿主もこいつの事を忌み嫌っていたらしいから、この力を物にする事が出来ずに死んでいったそうだ。俺が初めて、らしい。
俺の拳には、神喰狼の牙と爪の力が宿った。足には爪だけ。そして本来の神喰狼の身体能力を発揮する事すらも可能になった。
「……そんな事をすれば、君は人間ではなくなってしまう」
『もう半分は人間じゃありませんがね。俺は神を喰らい続ける事で、その身にすらも神気が宿ってきている。俺は神に近い存在になってきてるんですよ』
「それなら――――!」
『それでも、俺は戦わなきゃいけないんですよ。この呪いを俺の代で終わらせるために。次の代に引き継がせないために、俺はこの世界を滅ぼす』
「……分かっていた事ではあったが、不器用だな。君は」
『もし俺が器用だったら今頃、味方側にいますよ。それが出来ない位不器用だから、俺は敵側にいるんです』
「それなら」
「私達がその呪いを断ち切ってあげるよ!」
三橋さんは剣を構え、二木さんは左腕をこちらに向けてケラブノスを放とうとしていた。この人たちは優しい。否、優し過ぎるんだ。
この人が俺の呪いを断とうとするのは、俺とそして――――真由美と花蓮の為。どこまでも他人の幸せを望むが故に、自分達が幸せになろうとは思わない。
俺と同じくらい不器用な生き方だ。それなら、俺はその思いを砕き我を通すのみ!俺は自分の意志で神喰狼の力を制御し、極大ともいえる魔術を放った。
真祖と呼ばれる者たちは神の呪いを受けた者達の事だ。そんな者たちは当然迫害される。仕方ないのでできた眷属達を引き連れ、別世界に渡り繁栄してきたらしい。
まあ、それはさておき。俺が放った魔術は、いとも簡単に三橋さんに斬られた。それは三橋さんが持っている武器の影響だ。
天叢雲剣――――別称、草薙の剣と呼ばれるその剣に、斬れない物は存在しない。だが、それを顕現できるのは天照帝のみ。
「厄介な代物ですよね。それ」
「当たり前でしょ?神槍グングニルだって斬り裂くんだから」
「そりゃ、恐ろしい限りですね。でも、貴女の後ろに控えている人ほどじゃ無い!」
「撃ち抜け!『神極雷霆』!」
「総てを斬り裂け!『テイルヴィング』!」
俺は撃ってきた雷霆を、懐から取り出した剣で切り裂いた。その剣戟は、二人に向かって飛んでいった。さすがにそれは三橋さんに斬られたけど。
「……まさか呪われし剣を出してくるとは思わなかったよ」
「俺もなりふり構っていられないって事ですよ」
「テイルヴィング。三度に限りありとあらゆる物を切り裂く伝説の魔剣。そんな物どこから……」
「それは秘密、ですよ」
「何をしてるのだ?我らが救い主よ」
「ん?やあ、久しぶりだねえ。第一真祖」
第一真祖。七十二体もの眷獣を従えし、四人しかいない真祖の一人。市街地を抑えておくように頼んでおいたんだが。
「残りは奴らで十分だ。我が残っている必要はない」
「そうかい。それじゃ、手伝ってくれね?」
「……どいつだ?」
「男性の方を。俺の片がつくまででいい」
「よかろう。その代わり、少しばかり血をもらうぞ?」
「……失血死で殺すなよ?」
「分かっている。それに従者にすることも無い」
「それならいい、かな?まあ取り敢えず任せた」
「相分かった。さてそこの男よ。神を宿す者の血は大層美味いのであろうな」
「舌なめずりするな。なんかめちゃくちゃ怖い」
気にするな、と告げると第一真祖は自分の周りに五体ほど眷獣を召喚した。二木さんも金剛の鎌を構えていた。眷獣というのは魔力の塊だから、ケラブノス一発で吹き飛ぶんだけどな。
「さて、俺らも始めましょうか」