カナリヤの涙
俺たちは『カナリヤの涙』に到着した。『カナリヤの涙』は隣町との境にある、小さい店だ。俺は駐車場に向かって、車を止めて助手席を開けようとした時にそれは飛んできた。光の槍が。とっさに闇の術を手に展開し受け止めた。その方向をみると、先程のリーダー格の男が立っていた。同時に後部座席の二人も降りて、助手席を開けた。いくら対魔術に優れているといっても限度がある。避難させた方がいいと判断したんだろう。だけど、神崎さんは動こうとしなかった。まるでこれから始まる戦いを片時も見逃さないようにしているかのように。構わないんだけどさ、無鉄砲な人だ。
「面倒だな。なあ、まだ追いかけてきたのか?もう無駄だと悟っているだろうに」
「無理だと理解はできても、諦める訳にはいかないんだよ。しっかし、それだけの光を片手で止めるのか……。やっぱり化け物だな」
「当り前……と言いたいところだが、これは神喰狼の力は関係ない。単純に闇の術式で光槍の表面を削ってるだけだ」
「そんなことをさも当然にやってのけるところが、すでにあり得ないって……」
「俺の前に出てきた、って事は死ぬ覚悟はできているな?お前には特別に見せてやろう。主神を喰らった神狼の力をな」
俺は腕を交差させながら呟き始めた。神狼は今ここに顕現される。俺の右手に刻まれた十字架の刻印が輝き始めた。白銀の色に。
「フェンリル、久しぶりにお前も戦えそうだぞ?暇つぶしぐらいになるんじゃないか?」
『それは楽しそうだ。ここ最近の敵は暇つぶしにもなりはしなかったからな。せいぜい期待を裏切るなよ?人間』
交差の手をほどくと、白銀の光は頂点に達し光が消えると宝石の結晶が俺を包み、次の瞬間には俺の体を白銀の鎧が包み込んだ。そう気高き孤高の狼の毛皮を纏ったかのように。
「それがフェンリルか。予想外だよ。結構普通なんだな」
「ははは。まあ、見た目はな。だけど、伊達に神狼と呼ばれてるわけじゃないんだぜ?」
俺は一気に動き始めた。俺の右手の刻印の正体はグレイプニール。北欧神話において、フェンリルを縛っていた魔法の紐だ。ある意味で、こいつは対神用の生物だ。その身体能力は尋常じゃない。少なくとも眼で追うなんて不可能なほどに。ま、フルパワーには程遠いんだけど。
――――ゴウッ!!!
俺の拳は顔面を狙っていた。それにぎりぎりで気がついたのか、横に避けるとものすごい音が鳴り響いた。空気を殴ったことで、拳の威力は衝撃波になって周りに散らばった。
「外したか。やっぱ四分の一の出力じゃ避けられちまうか。ほとんどの奴はこれで十分なんだけどな」
「怖ええよ。なんだその威力。回避した拳の攻撃が衝撃波に変わるとかどんなんだよ!」
「神狼だぞ?それぐらい当然だろ。今度こそ当ててやるから、まあ味わってみろって」
「こらー!店先で何やってんの!ここは戦う場所じゃなくて、ご飯を食べる場所でしょうが!」
もう一度拳を構えて動き出そうとした俺たちに怒声が響き渡った。この声は……オーナーか?
その方向を見てみると、エプロンを構えた女性が腰に腕を添えて立っていた。おお、結構さまになってる。
「慎也!今すぐ戦うのやめないと、昼飯抜きにするよ!」
「うわっ!それは勘弁して下さいよ!」
俺は勢いもなくなったし、しぶしぶ鎧を解いた。相手も拍子抜けしたのか戦う態勢をやめていた。ここに充満していた戦いの雰囲気がなくなった。
「それじゃあ、いらっしゃいませ!『カナリヤの涙』へようこそ!」
そんな俺たちを迎えたのは満面の笑みを浮かべたオーナーの姿だった。
そんな訳で第六話です。お気に入り登録も増え、感謝です。これからもよろしくお願いします。それでは、ばいばい。(>_<)/