異世界の『滅び』(1)
「ちょっと、そろそろ起きなさい。とっと起きろ!」
「おわっ!?」
安らかに眠っていた俺は唐突に布団を剥ぎ取られた。眼を擦りながら、布団を剥ぎ取った犯人を確認しようとすると、そこには花蓮さんが立っていた。
「何するんですか、花蓮さん?」
「さんはいらないの。いい加減やめて」
「はいはい。それじゃあ花蓮、何の用なんだい?」
「この世界の『滅び』が始まったわよ。早く準備しなさい」
「――――何だって?」
俺が素早く窓に近づき、カーテンを全開にするとそこには黒い羽根を備えてはいるがけして烏などでは無く、むしろ人に近い形をした者が飛んでいた。
そう。浮いているんじゃなくて、飛んでいたんだ。羽思いっきり動いてるしな。俺はもともと服を着ていたから、即行で動き始めた。
「それで、現状はどうなってんの?」
「取り敢えず一般人は全員シェルターに避難してもらったわ。正体不明の犯罪者が表れたって事でね」
「……今時そんな事を真に受ける人がそんなに大勢いるとは」
「まあ、誰でも被害は受けたくないしね。っていうかなんでこの町が狙われたの?」
「この町はなぜか龍脈が集中してるからね。そのエネルギーを得るためでしょ」
「ふーん。それで私達はどうするの?」
俺はピタッと足を止めて不思議そうな表情を浮かべながら、花蓮の方を向いた。
「なんで俺達が何かしなきゃいけないんだ?」
「はあ?だってここには知り合いだっているでしょ?」
「それなら一緒に連れて帰ればいいだけだし。俺達がここで頑張る必要性って限りなく零だから」
「それは……そうだけど」
「という訳で俺は特に何もする気はない」
俺達が居間に辿り着くと、そこは一種の作戦会議の場所になっていた。ちょっと迷惑だよな。作戦会議ならもっと広い場所でやればいいだろうに。
「慎也さん、遅いですよ!」
「はあ?何が?言っとくけど、俺は何もする気ないよ」
「何いっとるんだ君は!?」
唐突に金切り声が聞こえてきた。鬱陶しいな、一体誰だと思ったら白髪の男性が立っていた。スーツ着てるし、官僚の人かな?
「この世界の危機なのだろう!?こういう事の為に、君たち魔術師がいるのだろうが!」
「あなたが何を勘違いしているのか知りませんが、俺はそもそもこの世界の人間ではありません。
協力する義理がありませんし、俺の所属している組織は無断で力を使うことを禁じている。俺はどうする事も出来ないんですよ」
「それなら」
話に紛れ込んできたのは、竜美ちゃんだった。これだけ言ったのにまだ俺に手伝わせる気かよ?
「私が依頼します。私達の世界の救済を」
「これは『滅び』だ。つまりはこの世界に対する試練なんだよ?それに俺が手を出すのは掟違反だ」
「それでも、私はこの世界を救いたいんです」
「ではこれだけ訊いておこう。君たちは救われた世界で一体何をするんだ?」
「私に世界の全てを代弁する事はできません。でも、私は色々な人を救える人になりたい。全部なんておこがましい事は言わない。でも、私の手が届く範囲の人は救える。そんな人になりたいんです!」
「いいだろう。依頼を受理した。ただし、二つだけ条件と頼みがある」
「なんですか?」
「まず条件だが、俺は単体で動かさせてもらう。いわゆる独立部隊と言う奴だ」
「なっ!?ふざけるなよ、きさ――――」
俺は騒ぎたてようとする官僚の口を抑え込んだ。まったくうるさいな。誰だよこんな奴を呼んだのは。
「やかましいぞ。戦わない人間がぐちゃぐちゃと騒ぐな。そうでなくても俺に戦う必要性など無いのだから、俺が認めた人間だけ俺の世界に送ることだってできるんだぜ?」
「それで頼みというのは?」
「ん?ああ、聖剣を一本用意してもらいたい。一本はあるんだが、もう一本が俺の剣術には必要なんだよ」
「わかりました。正教会に要請しています」
「ギリシア正教会にか?あのけち臭い連中が貸してくれるかねえ?」
「分かりませんけど、世界の危機なんですから協力してくれるでしょう」
「はあ、まあいいや。真由美さん、契約をしよう。君の力を引き出すために」
「分かりました。それじゃあ、お願いします」
俺は真由美さんを連れて中庭に歩いていった。他の面々は置いてけぼりで。さっきの喧しかった官僚は、強烈な気迫をぶつけて気絶させた。