真由美さんの回答
『滅び』――――それは人間達が挑む事になる試練の事。
北欧神話で言う「神々の黄昏」みたいなもんだ。いろんな伝説上の生物が世界を滅ぼすためにやってくる。
そこには神殺しの魔物である俺も、敵として戦わなければならない。本来なら俺は神を殺し世界を滅ぼすのが役目なんだが、そんな俺が神と共にいるなんて世も末だよな。
そんなふうに説明すると、さすがの真由美さんも真剣な表情をしていた。
「どう?これでも俺の事を好きだとか、婚約者だとかいってられる?
俺なら到底無理だね。俺には昔一人だけ彼女がいたけど、そのこと話したら軽蔑されたよ。当たり前だと思ってたから、何も言わなかったけどね」
「……」
悩んでいる、か。ま、当然の行動だろう。こんな事を即答する人なんてそれこそ信用できない。俺はそのまま待っていたが、真由美さんは何も喋らなかった。
叔父さんと花蓮さんも真由美さんがどういう答えを出すのか気になっているのか、黙ったままだった。
「多分ですけど、言ってられるでしょうね。私は」
「え?……な、何を言ってるんです?俺は『滅び』をもたらす者の一人なんですよ?
それなのに、なんでそんな事が言えるんですか!?」
「簡単ですよ。一度きりの人生だからです。例えあなたの事を嫌いになっても、世界は変わらず回っていく。それなら楽しんだ方が良いじゃないですか」
「「あはははははは」」
二人して大笑いをしていたが、俺には到底信じられなかった。そんな事を、俺と共にいるなんて選択をするこの人の言葉が。
「そりゃいいわね。確かにその通りだわ。そんな答えをこの場で出してくるとは思わなかったけど」
「人生楽しまなきゃ損、か。想像以上だね、君の婚約者はさ」
「そんなのは詭弁だろう!?俺と共にいれば、否が応でも『滅び』を自覚せずにはいられない!それを知って悲しんでいた人を、俺は知っているんだから!」
「それは、貴方の事を思って悲しんでいたんだよ。あなたは、今まで自分は一人でいなきゃいけない、と思っていたんじゃない?」
「当たり前だろう!?こんな不吉な奴の傍にいて嬉しい訳ないだろう!?」
「少なくとも私は嬉しいよ。あなたの傍にいる事が出来て、知る事が出来て」
「どうして……?どうしてそんな事が言えるんだよ?俺は自分の両親を殺してしまってる。それでなくても、数多くの人を殺めてる。こんな人殺しの手を、あなたは握れるっていうのか!?」
俺は目から流れている物を、拭いもせずに右手を目の前に向けた。すると、何の躊躇いもなく俺の右手を優しく握った。そして膝をついた俺を優しく抱きしめた。
「今まで辛かったでしょう?苦しかったでしょう?でも、もう大丈夫だよ。その罪も罰もそして贖いも一緒にしていくから」
「本当に?こんな俺と共に歩み続けてくれるっていうのか?」
「ええ。だって私はあなたの事を――――」
「愛しているから?ただそれだけ?どうしてそんな事を言えるのか、俺には分からない。分からないよ」
「簡単ですよ。愛っていうのは世界で最も強い『魔法』なんですから」
俺は真由美さんの優しい手つきに、母さんの事を、いや両親の事を思い出していた。
その悲しみを、辛さを、嘆きを、清濁合わせて全てを呑みこむ。その手に誘われ、己が持ち続けていた重荷が軽くなっているように感じられた。
そして三人が見守る中、俺は静かに両親の事を思い出し泣き続けた。