本戦最終日
翌日、つまり本戦最終日。俺は、いや俺と九条はフィールドに立っていた。
いや、ただまだ試合開始のホイッスルが鳴り響いていないだけで、攻めあぐねている訳じゃない。ぶっちゃけ、見た限りじゃ隙だらけだと言うしかない状態だしな。
「フン、負ける言い訳は考えてきたか?」
「自分が負ける可能性を考慮してない段階で愚かだよな。お前の親父殿……ご当主は何も言わなかったのか?」
「気をつけろとは言われたが、貴様程度に何を気をつけろというのだ。親父殿も心配症だから困る」
愚かなのはお前じゃ、ボケ!と言いたくなったが、ぐっとこらえた。俺は秘密裏に行われた決闘で当主を倒している。その忠告もろくに訊かずにこの態度。本当に愚かすぎる。
真由美さんには何か心配そうな顔をされた。心配する要素なんかどこにもないというのに。それとも微妙にまき散らしてた怒気というか殺気を感じ取られたかな?
「貴様のような出来損ないを倒し、私が真由美さんを手に入れる。そして証明してやる。貴様の家族の愚かさと、程度の低さと言う物をな!」
「そうか。そこまで死にたいというなら、ご要望通り……殺してやるよ」
ピイイイイィィィィィィイイィッ!
ちょうどよく試合開始のホイッスルも鳴り響いた。こいつだけはここで……殺す!
「最大接続!完全同調!」
『珍しいな。最初からここまで飛ばすのか?』
「黙ってろ。いいから力を貸せ!こいつだけは!俺の家族を侮辱したこいつだけはここで…殺す!」
俺は鎧を纏い、そして鎧は今まで以上に光を放った。そういえば昔、誰かが言っていた気がする。
『俺達の力は思いによって、その幅が変わる。とてつもない怒りの所為で力が強大化するとかな。
だけど、怒りには呑まれるなよ?それはお前に滅びをもたらすだけだからな』
怒りに呑まれるな?無茶を言うな。この男は家族を侮辱した。俺の事は別に構わない。それでも、身近にいる人の侮辱に対しては俺の沸点はとてつもなく低い。
そんな俺にこれだけの罵倒を浴びせたのだ。その罪は死を持って贖うぐらい当然の事だろう。
「それがお前の力か?恐るるに足らんな!」
俺はなにも喋らずに、九条の目の前まで駆け抜けた。速過ぎるせいで知覚できなかったようだ。俺が目の前に現れると驚いたように目を見開いていた。
俺は九条の顔をつかむと、思いっきり地面にたたきつけた。今の俺は神喰狼の力と精神と同調させている。
そんな状態で叩きつけられれば、頭蓋骨が粉砕されて死んでいるだろう。だが、どうやら騎士団の鎧と同じ素材を頭の後ろに集めて粉砕だけは防いだらしい。
顔を歪ませてはいるが死んではいなかった。俺はそれを良い事に、九条の顔を掴んで空中に放り投げて、もうアホらしい威力の拳を何十発も叩きこんだ。
とてつもないだろうな。さしもの俺もこんだけの攻撃を再起不能確定ってレベルだ。だが、まだだ。まだ足りない。
「天竜砲・轟!」
俺は止めとばかりに鎧通しの技術を発展させた、対遠距離用の技を放った。だが意識を取り戻したのか、鎧の力を残面に収束させていた。
「しゃらくさいんだよ!とっととくたばれ!雷・炎・氷・光!四天烈波・覇!」
鎧通しの攻撃は当たるまで時間がかかる。その間に四属性を纏わせた拳でその盾を破壊した。そして天竜砲の攻撃が直撃した。
「まだ意識があるとは、さすがに驚いたよ。ま、今の内に訊いといてやる。昨日言った物を含め、俺の家族に対する罵倒を撤回する気はあるか?」
「ある訳が無いだろう!貴様が良い証拠だ。己の感情の為にしか動かない、そんな輩がいる家を侮辱して何が悪い!?――――グハッ!」
「そうか。良くわかったよ。――――貴様が途方もない愚か者だってことがな」
俺は足を九条の体の上に置いた後、思いっきり押しつけた。それこそ衝撃が地面に伝わるほどに。お、今骨が折れた音がしたな。二、三本は折れたかな?それでもまだこちらを睨みつけていたので、さらに力を込めるとさすがに悲鳴を上げた。俺の怒りはそんな物で薄くなるほど甘くないんだ!
「もう止めてよ!兄さん!」
俺が肩越しに振りかえると、肩で息をしている明美と真由美さんが立っていた。どうやってきたんだ――――ってそりゃ魔法陣で来たに決まってるよな。
「何の用だ?明美。一応まだ試合中だぞ?」
「もういいよ。そこまでして私達の為に怒らなくてもいいよ!」
「……お前が良くても、俺は全くよくないんだよ。特にこんな何も知らない奴にそんな事を言われるととてつもなくむかつくんだよ!」
ミシミシッ!
骨が軋む音が聞こえてくる。こんな何も知らない奴に俺の家族が侮辱される。ここまでいらつく事がそうあるものか!
「俺の事は別に構わないよ。俺はいろんな事をしてきたから、罵倒されようとも侮辱されようとも甘んじて受けよう。だが、俺の家族は関係ないだろ!?
こんな輩がいるから迫害なんかが絶えないんだよ。そして俺はそういう輩が大嫌いだ!
何か言いたい事があるなら、そいつだけにしろ!何も関係ない奴を、巻き込むんじゃねえよ!」
俺の脚の力がどんどん大きくなっていく。ついに下の地面に亀裂が走り始めた。そして同時に気を失ったらしい。眼を閉じながら荒い息を吐いていた。
そして相手が気絶したせいで、俺達は強制的に元の世界に戻された。そして周りには恐れるような顔をしている観客達がいた。当然の反応だが。俺は鎧を解除して真由美さんに顔を向けた。
「そしてこれは、貴女にも言える事なんですよ。真由美さん」
「えっ?」
「俺は、貴女の道具じゃない。例え俺の力が稀少だからと言って、そのために婚約するとか……ふざけないでもらいたい。俺はあなたの事は別に好きでも嫌いでもないんです。そんな相手に対して婚約とか、できる訳無いじゃないですか」
「それは……」
「兄さん、とやかく言ってるけど要するに自分の傍に居させたくないだけでしょ?」
「分かっているならいちいち言うな。ぶっちゃけて言ってしまえば、俺の傍にいる人間は不幸になる。それがわかっているのに、それを見過ごすなんて俺には出来ない。出来るなら、幸せになってほしいから」
「それなら大丈夫です」
「え……?それはどういう」
「私はもうすでに幸せですよ。あなたと出会えて。何とも思わない相手に対して婚約して下さい、なんて言いませんよ。私が選んだ『幸せ』なんですから」
「でも、俺の所為で父さんも母さんも死んでしまったんですよ?そんな俺と一緒に居たっていい事なんかありませんよ?」
一体何を言ってるんだ、この人は。俺と出会えて『幸せ』だ、だって?そんな訳無いだろう。俺は神すらも喰らう神狼だ。そんな俺と会えて幸せだって?
それなら、俺の葛藤はなんだったんだ?長い間悩んでいた俺はなんだっていうんだ?
「むう。いちいちやかましいですよ。そんなお喋りな口にはこうしちゃいます」
いきなり俺にキスをしてきた。あまりにも突然過ぎて体が反応できなかった。観客達もあまりの出来事に驚いて誰もが口を開けたままだった。そして一人の硬直が解けると連鎖的に声が上がった。
「「「えええええええーーーーーっ!!!」」」
「な、何を……」
「てへ。家に帰ったらもっと凄い事をしちゃいますからね?」
冗談ではなかった。その後、しばらくの間俺は唇が引きつっていた。まあ、柔らかかったんだけどね?自慢じゃないけど……。
それはもう頭から追い出しておこう。午後からは一花さんと闘う。もう誰と闘うかは大会委員会に伝えてある。後はそれに備えるだけさ。




