本戦七日目
そんな面倒くさい事があった訳だが、試合はまともにしていた。ちょっと危ないところもあったが、それ以外は何事もなく経過していき勝利した。
え?なんで今までと違って省略してるのかって?そりゃとてつもない長さになるからさ。そんな訳で午前中の準々決勝の分は省略させていただく。
それじゃあ、ここからは午後。つまり準決勝の始まりだ。これの試合の進行次第で、当たる奴も変わる。俺とレジル、どっちが勝つかなんてわからないんだが。
「それで?ジェルザ、今回の勝算は?」
「うーん、なくもないんだけど……。あの『黄竜』が厄介なのよね。私の能力でも潰せる気しないし、それにあの騎士団をただ潰すだけでも効果ないしね」
「ちゃんと考えてるんだな。魔術で一気に潰すのが一番簡単なんだけど……。でもお前魔術使えないしなあ」
「そうなんだよね。腕力ばっかり鍛えていたせいか、術の適性が全くないんだよね。術の練習してる時に涙目になってたのは可愛かったな」
「ちょ、ちょっとレジル!止めてよ、そんな事言うの!」
「あはは、ごめんごめん。それじゃ、頑張ってきなよ。としか僕に言える事は無いね」
「それもそうなんだけどな。……別にいいか。なるようになるしかないしな」
俺達がそういうと、ジェルザはため息交じりに扉を出て行った。その後にレジルが後を追いかけていったが。
「……あの二人って本当に仲がいいですよね」
「まあね。っていうか城宮君全然喋らないけど、何かあった?」
「何かあった、というよりは何もない事が問題なんですけど……」
「……早く自分の世界に帰りたいんだろ?」
「そうですよ。今、自分の感じてる感情を元の世界に居る皆も感じてるとしたら、俺は耐えきれない。早く戻って、みんなを安心させたいんです!」
「君の言いたい事はもっともだ。でも君は、自分の感情の為に他の人の道を阻むのか?
……悪い、今のはなしで。あと二日待て。そうすれば君は帰れる」
「二日?試合は明日で終わりでしょう?」
「休憩する時間もくれないのか?いくら一花さんでも、俺と闘った後に君を元の世界に戻す魔力なんて残ってないだろう。だからもう二日待て」
「……分かりました。それでも、できるだけ早めにお願いしますよ」
「オーライ、オーライ。今は他の人の戦闘技術を喰らいな。それは君の糧になるんだから」
レジルは戻ってきた直後に試合が始まった。ジェルザは鉄鎖でハンマー上にして叩きつけて潰していた。相手はもう動くのもままならないという状態だった。
さすがに、相手――――九条も初っ端から『黄竜』を使い始めた。ジェルザも『黄竜』の咆哮をかわして凌いでいた。
九条もじれったくなったのか、大ぶりな尾の攻撃を仕掛けてきた。それじゃあかわしてくれと頼んでいるようなものだろうに。
だが、ジェルザはそれを受け流しつつ尻尾の部分を鎖で粉砕しやがった。なるほど、あれはもう使い物にならないな。
欠片になっただけなのなら、まだどうにかしようがあっただろう。でも潰されてしまったらどうしようもない、か。考えたものだな。
「だけど、これは甘いな」
「え?どういう事だい?慎也」
「レジル、あれはお前の入れ知恵なんだろうけどな。九条の奥義があれ一種類なわけないだろう?」
「まさか!?」
俺の忠告、というよりレジルの予想は当たった。ジェルザの周りの地面四方から一気に鎖が表れた。そして一気に縛りつけられた後、その後は一方的な攻撃の連打だった。
もう何十発打撃音が響いたかもわからない頃になってようやく、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。おそらく体は痣だらけだろう。
レジルは俺の襟をつかんで俺の体を持ち上げて睨んできた。
「どうして!どうしてジェルザにあの事を教えてやらなかったんだ!?」
「……教えるだと?なんだお前。怒りで頭がどうにかなっちまったのか?」
「なんだと!?」
「あいつが負けたのは、相手の事をちゃんと調べていなかったからだ。それを言うに事欠いてお前、教えなかっただと?いい加減にしろ!俺はお前らの先生でもなければ、親でもねえんだよ!
それにお前らはアマチュアじゃねえ!プロだろうが!無様な言い訳してんじゃねえよ!まだ俺に文句があるというなら、試合の時にでもしろ。あいつは負けた。これは事実なんだから」
そう告げると、俺はとっと部屋を出て行った。まさかあそこまで期待を裏切ってくれるとは思わなかった。これが恋や愛に溺れた結果だというなら。そんな物はクソくらえだ、そう思いつつ俺は試合会場に歩き始めた。
「さあて、それじゃあ始めるとしようか」
「…………」
俺達はもう向かい合っていた。試合開始のホイッスルはすでに鳴り響いた。だが俺達は向かい合っているだけだった。
レジルが一向に動こうとしない。機先を制すりゃいいというもんでもないが、このまま睨みあっても何も変わらないな。しゃあない、神喰狼。
『なんだ?』
あれをやるぞ。準備は良いか?
『いつでも構わん。出来るだけ早くしてくれ』
あいよ。わかった。
「我が身に宿りし神狼よ。今汝が力を我が下へ来たれ」
「同調」
普段の俺だったら、こんなもん唱えずにさっさと鎧を纏うだろう。これを唱えることで、完全な形で鎧を纏い力を振るう事が出来る。
「最終警告だ。やる気が無いというのなら、とっとと降参しろ。今のお前とは戦う気がしない」
「それは嫌、かな?慎也、悪いけどこの勝負は僕がもらう」
「ほう?言ったな?やれるもんなら、やってみやがれ!」
俺は走ってレジルに近づいた。するとレジルはイフリートを召喚していた。そいつで一体何をするっていうんだ?
「汝、火を司りし精霊よ!我が敵を討つ力となれ!
――――憑依装着――――」
火の精霊を纏う、ね。また無茶をしたもんだな。それは精霊の持つ特性を受け入れるという事だ。火を使うという事は、火を浴びているのと同じだ。
この試合が終わったらあいつ、火傷を負ってるかもしれないな。まあ、軽いのだろうけど。
「だが、面白い!神狼の爪よ、我が力となれ!『フェンリスウールブ』」
俺の掌に神喰狼の爪の力が宿った。前に説明したような気がするが、神喰狼の能力は三つしかない。
総てを喰らう神狼の牙『フェンリスヴォルフ』、総てを切り裂く神狼の爪『フェンリスウールブ』、それに他者を圧倒するだけの身体能力だ。
その爪の力を宿した。つまりどんな攻撃だろうと、今の俺に届く事は無い、という事だ。さあて、この爪にどうやって対抗するのかな?
「火精霊!」
「ちっ!厄介だな。というよりは邪魔くさい。この炎はさ」
俺の周りには凄い熱量の炎があった。レジルがイフリートの力を使って増やす所為で、どれだけやっても一向に消えない。
面倒くさっ!しゃあないかな?こんなところで明かす気はこれっぽちもなかったんだが。
「総てを飲みこみし虚無の力!今魔力を我が糧とせよ!虚無・喰!」
俺の体から透明な光が照射された。それと同時に周りに広がっていた炎が俺に集まってきた。周りから見れば、俺が焼かれているように見えるだろう。
だが実際は炎を魔力へと戻し、俺の魔力として取り込んでいるだけだ。この術は非常に燃費が悪いから、今はこの程度が限界だが。というか消費した量と取り込んだ量でやっと相殺だよ。
「――――ごちそうさまでした」
「まさか慎也、君は僕の魔力を喰らったっていうのか!?」
「ご名答。これが俺と俺の父さんの手によって完成された新しい魔術。『虚無魔術』だ」
「馬鹿な!?新しい魔術体系を作り上げたっていうの!?」
「レジル。光と闇が混じる場所には一体何があると思う?」
「そりゃあ、無じゃないの?」
「そう。光が存在するからこそ、闇は存在する。その逆もしかり。だが、その境界線上に存在する物はなんだ?それを考えて作り上げた術式だ。
ぶっちゃけ新しいんじゃなくて誰もが考えたが、完成させる事が出来なかった事をしただけだ」
「それを新しいというんじゃ……。別に構わない。それなら肉弾戦にするだけだ!」
そういうと、炎を纏ったまま俺に殴りかかってきた。いい度胸してるじゃねえか!
「神喰狼!もっと同調率を上げろ!」
『了解だ!』
俺とレジルはそのまま殴りあった。だが、やはりこちらに分がある。俺は超至近距離での肉弾戦が専門だが、レジルは万能タイプ。
なんでもできるが故に、どれかに突出する事が無い。それじゃあ、俺に勝つ事は出来ない。それでもどこにそんな力があるのかと思うほどに攻撃してくる。
「答えろ、レジル!お前は俺に勝ってどうするんだ!?」
「あの男を倒して、ジェルザの敵を討つ!」
「その程度か!?お前の覚悟は、お前の思いはその程度の物なのか!?誰かの為にしか、お前は戦えないっていうのか!?」
俺はレジルの腹に掌底をくらわして吹き飛ばした。そして顔面を思いっきり殴りつけようと右拳を握りしめると、レジルがそこに掌底を当ててきた。
「悪いのか!?大切な誰かのために戦う事が悪いというのか!?」
「悪いとは言わねえよ。それでも!自分の為には戦えないお前じゃ俺には勝てない!
お前にとって、ジェルザってのはどういう存在なんだ!?俺を倒してでも、決勝に行くというその思い、それは一体何なんだ!」
「決まってるだろ!それは僕が彼女の事を、ジェルザの事を好きだから!愛しているからだ!
それだけじゃあ、駄目だっていうのか!?」
「駄目とは言わねえ。お前らの思いはよく知ってる。でも、俺の願いの為に!俺は勝たせてもらう!」
左拳を鳩尾に叩きつけて、呼吸を止めた所で魔力を纏わせた右拳を顔面に叩きこんだ。レジルは五メートルぐらい吹き飛んだ。意識が途切れたんだろう。
試合終了のホイッスルは鳴り響いた。しかし、こりゃあ俺も結構な数の痣が出来てるな。あいつの強烈で峻烈な思いの力がこちらに響いてきた。
「お似合いだよ。お前さんらは」
俺はレジルを抱え上げて、医務室にまで運んだ。そして会場に戻ると、暖かい拍手が俺たちを迎え入れてくれた。




