最終話:終わりにして始まりの刻
「お前らは一体何してんだ!?」
俺は世界に着いた途端そう怒鳴っていた。俺達が今いるこの場所は、おそらく全ての次元の狭間だと思われる。
『観測者』達が、ここで世界を見守るという仕事をしているんだろう。それにしては誰もいないし、何もない事が気になるが今はそれどころではない。
「……あのまま残されるぐらいなら、私達は貴方と一緒にいたかった。たとえ、大罪人と呼ばれようとも」
「俺はそんな事を望んじゃいなかった!俺は、お前らに新しく幸せを見いだして欲しかったんだ!」
「貴方以上に大切な物なんか無い!たとえ幾万年、幾億年経とうとも!私は貴方と一緒にいる事を願うんだから!」
「それに、私達の幸せを貴方が決めないでください!私達は貴方の人形じゃないんです!」
「どうして……どうして分かってくれないんだ!?」
俺はもうこの感情を抑えきれる自信が無い。この身の内に宿るこのとてつもない感情を。抑えきるなんてできない。
「俺と一緒にいれば、お前達はいつか不幸になる。そうなったお前達を見るのが、一番怖い。俺にとっての一番の恐怖は、己が死ぬ事じゃない。
己が死ぬ事によって他人が苦しむ姿、そして……俺という存在の所為で誰かが不幸になってしまう姿を見る事なんだ!」
俺は、皆が考えている様な立派な人間じゃない。ただ、悲しみたくなくて。ただ悲しませたくなくて。それに抗っているだけの、ちっぽけな人間なんだ。
気づくと俺は、両腕を抱きしめて蹲っていた。恐怖、悲しみ、怒り、後悔。負の感情が己の中で渦巻いているのが分かる。そんな俺の両肩に優しく、そして温かい物が触れた。
「大丈夫だよ。私達は貴方と一緒にいられる。それが一番の幸福なんだから」
「貴方以外は何も要りません。たとえ運命を捻じ曲げられようとも、因果の流れを変えられても。私達はまた、貴方と出会って……そして恋をする」
「だから悲しまないで」
「だから、怖れないで」
「「私達は、貴方と共にあり続けるのだから」」
「二人とも……ありがとう」
その二人の心に、愛に触れて俺は変わった。俺はもう迷わない……なんて言いきれはしないけれど。それでも、前を向いて歩いて行けるだろう。
『仲良き事は美しきかな。そろそろいいかね?』
「「「!?」」」
『そこまで驚かずともよかろうに……。まあいい。初めまして、我はこの世界――――否、全時空の神と呼ばれる存在だ』
「……『神』よ。一つ伺いたい事がある」
『何だね?』
「何故俺が『観測者』となるのを許可した?神殺しの魔物を傍に置く、その意図はなんだ?」
『そんな物は無い。強いて言えば、ただの気紛れだ』
「気まぐれ、だと……?」
こいつは、言うに事欠いて気まぐれだと?俺を嘗めているのか?……いや、嘗められているのだろうな。こいつからすれば、俺を潰すのはイクラを潰すよりも簡単な事だろう。
だが、俺は……何時かこいつを殺す。その神の権能を奪い、こいつを地の底に沈めてやる。この傲慢不遜な輩を。我が手で。
『さて、お前達に『観測者』としての名を与えねばな』
「名、だと?」
『元の世界の名は、私の方で預からせてもらう。そうだな……』
『乾慎也。貴様の名はアルディフィナス。最初はこう名乗っておけ。
次に神崎真由美。汝はフィルナシア。最後に輝宮花蓮、汝はバルナファリクスだ』
「どうして私の本当の名字を……?」
『神に知らぬ事などないさ。お前達は最初はその名で世界を管理してもらう。別の世界を手掛ける時はその時々の名を与える。よいな?』
「わかりました。……しかし神よ。不遜ながら一つだけ言わせてもらおう」
『何だね?』
「俺を――――『神を射殺す者』を、あまり嘗めてはくれるなよ?」
俺がそう告げると、目に見えない『神』はフッと笑ったような気配を見せた。それはまるで、自分の思ったとおりに事が運んだ時に浮かべる笑みの様に。
『楽しみにしておこう。さあ、我が手足となり働くがいい』
「ああ。俺はいずれあんたを殺す。そして、その時こそ――――」
己の欲に、己の願いに素直に従って生きていこう。俺の傍にいる、この最愛の二人と共に。俺は、世界に否定されながらも。
その世界の否定すらも覆す、そんな誰しもが持っている、だが誰でもが持てる訳ではない。そんな究極にして至高の『マホウ』を、手に入れたのだから。そう、愛という名の『マホウ』の力を。
完
最終話になりました。これにてこの百七十話にも及ぶ物語は終わりを告げます。しかし、まだまだ三人の物語は終わりません。
最後の最後、青年が『神』を倒して選択の時を迎えてその選択がなされた時、この話は完全に終わりを告げます。何時まで掛かるかは分かりませんが、それまでこの三人の物語を、お楽しみ下さい。それでは、また別の世界にて。