過去の悩み
「それにしても……」
この屋敷に帰ってくるのも久しぶりだな。その言葉を呑みこんだ。なぜなら、俺はこの家を無断で出ていった身なのだから。
「……」
「な~に、ぼーっとしちゃってんの?」
「明美か……。いやなに、俺がこんな所にいるのが不思議でたまらないのさ」
「……どういう意味?」
「俺を一番否定していたのはこの家の人たちだった。それを忘れた訳じゃないだろ?」
「ッ!」
「千葉のクソ爺も大概だったけど、この家の人達の怒りは尋常じゃなかった。そりゃそうだ。もしかしたら俺という『異分子』を抱え込んだ所為で一族きっての天才が死んだのかもしれないのだから」
「兄さん……」
俺は葬式の時に、とんでもなく詰られたものだ。祖父ちゃんや祖母ちゃんはそうでもなかった。ただ純粋に悲しんでくれた。
でも、いわゆる分家の連中はそうじゃなかった。神殺しの狼なんていう者をその身に宿す者がいた所為で、一族きっての天才が死んだんだ。
お前さえいなければ、そんな言葉を何回聞かされた事か。俺だって望んだ訳ではないのに。どうしてこんな目に遭わなければならないのだろう。
そんな事を何回も考えた。それでも、それは俺が抱えなければならない業だと、そう思って諦めていた。抗う事もせずに。ただただ逃げていた。
そんな俺を、現実に目を向けさせるようにした存在が『観測者』アーチノイズだ。世界を管理する者達の存在を知った時から、俺はそのために力を磨く事を選んだんだから。
「それでも、兄さんはここにいる。それだけで十分なんじゃない?」
「そういう問題じゃないと思うんだがな……。まあ、でも、今の俺はその程度で固まってもいられないんだけど、な」
「そうそう。兄さんには兄さんのする事があるでしょう?今はそれに向かってまっしぐら。それでいいじゃない」
「……お前は気楽でいいよな。まあ、その通りなんだが」
「ちょっと!その言い方はないんじゃない!?」
「でもさ、ありがとな」
「……ッ!」
「なにを赤くなってんだよ。ほら、行くぞ」
「もう!兄さんの所為なんだからね!?」
「意味分かんね。ほら、置いて行くぞ」
「あ、ちょっと待ってよ!」
そこにあったのは、仲の良い兄妹の姿だったと、そう思えた瞬間だった。




