衝突
「契約……したのか」
「うん。言ったでしょう?『こういう形で「滅び」に関わらせてもらう』って」
「俺の敵は家族、か。……辛いもんだよ」
「それなら戦うのを止めればいいでしょう!?」
「そんな事が出来るなら、そもそも俺はこんな所に立ってはいない!」
俺はこの日の為に強くなった。たくさんの人を不幸にしているのを理解しながらも戦い続けてきたんだ。それを今更そちら側に行くなんて……出来る訳が無い。
「それは兄さんの傲慢だよ」
「何だとっ!?」
「人は何時だって変われる。その信念も理念も。
ただ兄さんは怖いだけでしょう?今までした事が無意味になってしまうかもしれないという事が。
そんな事、ある訳無いのに」
「この世に絶対なんて存在しない!
変われる物が存在するのと同じように、変われない物もある!
自分の考えている事だけが、正しい訳じゃないんだ!」
「それを傲慢っていうんだよ!」
「お前みたいなのを分からずやと言うんだ!」
「……ただの家族喧嘩に変わってるじゃん」
花蓮がぼそりとそんな事を呟いたような気がするが、知った事じゃ無い。俺は今までこの日の為に計画を練り、行動してきたんだ。この程度のイレギュラーでどうにかなってたまるか!
「お前が俺を止めると言うのなら!その剣で俺をぶった斬ってみろ!
その代わり、お前の両腕はしばらく使えなくなるだろうがな!」
俺は創星光を剣状にして構えた。母さんの記憶から己の力に変えた『千葉流双剣術』。対し構えるは『千葉流剣術』。
元は同じ流派の物だった。それが今はわかれている。『千葉の才女』と謳われた母さんは、初代を除き唯一千葉流剣術を会得して見せた人だからだ。
逆にいえば、『千葉流双剣術』は『千葉流剣術』の合わせ技。全ての技を完ぺきにこなさなければ、この剣技を会得する事は出来ない。
「おい、明美。お前のその自慢の腕前見せてみな」
「いいよ。思えば再会してからまだ本気の試合してなかったしね」
「は、ほざけ。お前程度にまだ本気を出せる訳無いだろう?」
「言ったね?それじゃ、本気を出させてあげるよ!」
「悪いけど、私は明美ちゃん側で」
「……好きにしろ」
俺は光の剣を両手で構え、明美はエクスカリバーを大上段に構えた。
そして流れていた風がぴたりとやんだ時、俺達は同時に動き始め鍔迫り合いを始めた。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
「……」
振り下ろす、斬りつける、薙ぐ、捌く。気の遠くなるほどの剣戟の応酬。火花が飛び散る。母さんの才能を真に継いだのは明美なのかもしれない。何度も何度も切り結んでいる。その内にどうしても分かってしまう。
――――ああ、本来の俺の実力じゃこいつには敵わないんだな。と
俺の剣の技は偽物だ。本来の俺の技ではなく、他者の、母さんの技を盗んだ物だ。俺の物では無いが故に、本物ではない。
自分の労力を注ぎ込んでできあがった剣技。どこまでも美しく、優雅にそして強く。そんな芸術の絵の一部を切り取ったような姿が見える。
「……成長したな」
「え……?」
俺は持っていた剣を下げ、光の剣を消した。そして静かに話し始めた。
「お前は強くなった。あの時母さんと父さんを失った時よりもずっと。でも、お前の剣は悲しいよ。お前も俺と同様にあの時の事を引きずっている。
そうなれば、どうしてもお前の抑えきれない感情が俺に伝わってくる。だからこそお前に俺は言う」
「お前は強くなった。だからもう、あの時の事を引きずる必要はない」
「……兄さん。私は強くなった。それでも、兄さんやお姉ちゃんには届かない」
「当たり前だろ?俺はお前の兄貴で、姉さんはそんな俺の姉さんなんだ。お前が届く訳無いだろう?」
「それなら――――ッ!」
明美は剣を構えなおし、俺に戦意を示して見せた。己の決意と共に。
「ここで兄さんに勝って。いつかお姉ちゃんにも勝って。それで私は家族で一番強いんだって証明する」
「……やれるものならやってみな。俺も他の者の力を借りるのを厭わない。我が親愛なる真祖達」
「……なんだ?」
「力を貸せ。俺はこの戦いで負ける訳にはいかないんだよ」
「いいだろう。我らが手を出すのはどちらだ?主神の力を持つ娘か?それとも聖皇剣の加護を受ける娘か?」
「主神の方で。頼むよ、第一真祖・第二真祖・第三真祖・第四真祖」
「「「「貴方の御心のままに」」」」
四人が俺に恭しそうな態度で、跪いた。俺は誰かを、何かを喰らうことしかできない男だけれど。それでもこの絆を喰らったりはしないだろう。
「さあ、再戦といこうか!」
「強くなっても、お前には決定的な弱点がある」
「それは……」
「圧倒的な攻撃力の低さだ。確かに速くなったし、剣技のキレも上がってきてはいる。それでも、お前には力が無い」
「グァッ!?」
光の剣を消して、掌底を鳩尾に打ち込もうとした――――ところで後方に逃げられて、衝撃波だけが命中した。
「……実の妹にこの威力。殺す気なの?
「お前な、この戦場にいるんだからそれぐらいは覚悟しとけよ。というか真由美も会話に参加すりゃいいのに。言いたい事かいくらでもあるでしょ?」
『よく言えましたね。私の事見捨てておいて』
「俺にも役割という物があるからね。だから俺の役割を明美に任せたんじゃないか。まあ、それが今回は裏目に出たみたいだけど」
『それでも、私は貴方と一緒にいたかった!』
「俺の傍にいれば、君は『世界の裏切り者』というレッテルを貼られてしまうだろう。それは残念ながら我慢ならないからな」
俺は厳密にいえば、『観測者』になって死ぬわけじゃない。『観測者』というのはその身に宿した力の所為で死ねなくなった異能者達の事だ。
死ねないといっても、寿命で死なないだけだ。だけど、寿命で死なない程の力を持った人間というのは、もう人間じゃ無い。それは神様か、ただの化物だ。
「俺は『観測者』になって世界の外から皆の事を見守っているだけなんだから。この『滅び』をもたらしたのは俺。そうする事で一般市民にも納得いかせる事が出来る」
『それはただ一人に濡れ衣を着せてるだけじゃないですか!?』
「そうだよ。でも、世界の運命というよりは誰かの所為にした方が都合がいいんだよ」
『それは……悲しいだけじゃないですか』
「真由美は優しいな。気にする必要はないのに。それでもお前らが俺の道の前に立ちはだかるなら。俺はお前らに勝たなきゃいけない。覚悟してくれ」
『私達は負けません。そして貴方を止める!』
「そういう、事!」
そう言うと、開幕一発目に結界に向けて放ってきた剣戟を放ってきた。刀身に柱の様な量の聖の力を纏わせて、解放する技だ。
もちろんかわしたけど。そして強力な魔力を放つと、剣で魔術を斬りやがった。それはまだいい。なんとその後、刀身が斬った魔力を喰らいやがった。
「……なんだと?何だその力は!?」
「兄さんと契約した副作用だよ。魔力を切る事で、その分使用者の魔力を回復できるんだ」
「っ!厄介な代物だな!」
拳と剣。その二つは互いの思いを主張するようにぶつかり合った。決して譲らない意志。譲る事の出来ない願い。それを携え、三人はぶつかり合う。
「剣の力を使いこなす者。それが千葉家の人間」
少なくとも、千葉家の人間はこれを信念に修業を積む。それこそが千葉家始祖、千葉剣翁の信念だったからだ。
それだけに修業は木刀からではなく、真剣から始める事になる。決して妥協は許さない。体がどれだけ壊れようとも、相手を殺すために動く。それが千葉の剣。
「……何度言えば分かる?お前じゃ俺には勝てない」
もうすでに明美の身体は限界を迎えている。左肩は粉砕されているし、右足も罅ぐらいは入っているだろう。あらゆる所が傷だらけ。もう満身創痍といった感じだ。
それでも聖皇剣によって与えられる加護によって、何とか体を治療し動く事が出来るというレベルになっているだけだ。
まだマシ、というだけで明美の身体はもう限界。こいつの身体を動かしているのは千葉家の矜持と、これまで積んできた修練の結果だろう。
そんな生き方をこんなまだ成人すら迎えていない少女に課す。それがどれだけありえない事か、こいつは分かっていても戦い続ける。
「くだらない。何が千葉家の矜持だ。そんな物は必要ない」
「……兄さんに何が分かるの?」
「分からねえよ。途中で千葉家の修行から逃げ出した俺にはな。そうじゃなくても、お前の状態はあり得ないという事ぐらいは分かっている。
お前の身体はもう戦えない。それを無視してまで戦おうとするお前みたいな奴らの気持ちなんか、分からないな。分かる訳が無い。
忘れてんじゃねえか?『剣』っていうのは所詮人を殺す物でしかない。そんな物で人を救える訳が無いだろう。
いいか?人を救うのは矜持じゃねえ。人を救うのはそいつの想いと力だ。力ってのも純粋な力じゃねえ。どんな目にあっても助けるという意思の力だ」
「それこそ兄さんには言われたくない」
「まあな。俺は暴力という『力』で己の願いをかなえるだけだからな。お前らの思いとは、決して相容れない」
『そういう独りよがりな感情の所為でこんな事になったんでしょう!?』
「忘れるなよ、真由美。俺がこの時の為に力を蓄えてきた。己の願いをかなえるために、な。他者の願いを潰してでも、俺は自分の願いをかなえる」
「俺のこの『想い』だけは、誰にも折る事は出来ないんだ」
「……もう言葉は必要ないでしょう?」
明美はスピード特化のカリバーンの形態にして、俺に向かって振ってきた。その動きは決して怪我人の動きには見えないが……。
「もう、遅いんだよ。『白轟天』」
鳩尾に肘打ちを捻じるように叩きこみ、その衝撃を内蔵全体に伝わるように乱反射させた。そうする事で、もうギリギリだった明美を瀕死寸前の息するだけで精々という段階まで追い込んだ。
それは同時に、真由美の剣状態の解除も引き起こした。人間状態になった真由美は明美に治癒魔術をかけながら俺を睨んできた。
「どうして……!」
「俺は家族だろうと容赦はしない。俺に立ち向かうというなら潰すだけだ」
「そんなの!家族じゃない!」
「他人を慮る事だけが愛情では無い。己の思いを通す事も愛情だ。それでその人に迷惑がかかっても」
「そんなの……詭弁じゃないですか!」
「どうあろうと、俺の覚悟は決まらない。俺はこの道を進む」
「……」
「泣くなよ。泣いている姿は似合わない。せめて笑ってくれ。この世界で見る俺に対するお前の最後の表情が、涙なんて俺は嫌だぜ?」
俺が辛そうな表情を浮かべながらそう告げると、真由美は何度か泣きそうになりながらも俺に笑顔を浮かべてくれた。俺は真由美にキスするとその場を離れた。
俺の願いをかなえる最後の一ピース。それを手に入れるために。