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その男、神の眼につき part1.5  作者: ひさまた病
乙女たちの休日
7/18

お出かけ

 アイリンの提案は、この休みを利用して気分転換に地上にでも遊びに行こうというものだった。

 その上で、普通に遊びに行くのでは面白くないから、その年齢に相応な職業の恰好でとのいささか雲行きの怪しい流れにもなっていた。

「それで、なんで俺まで……?」

 肩を落とす見事な体躯の男『船坂』は、その寒空の中、都内のプラットホームでそう呟いた。寒そうにベージュ色のロングコートのポケットに手を突っ込み、唇に咥えるタバコは紫煙をくゆらせながら小刻みに揺れていた。

「女の子だけで出かけるなんて危ないじゃないのよ」

 黒のビジネススーツに、ヒールの高い靴。加えて度入りの色眼鏡はどこかキツい印象を与えるものの、そのタイトなスカートから素直に伸びる長い脚には黒いタイツが纏われていて淫靡。その姿はどこからどうみても妙齢のオフィスレディだった。が、日本という国に於いてはその長く鮮やかな紅色の髪はあまりにも目立っていた。

 人通りが多いというよりは、電車待ちの人間でプラットホームは人で溢れかえる平日の午前九時。その上で、その集団は何よりも目立っていた。

「ほら、他に居るだろあの優男の……『空間掌握サイコキネシス』を極めたヤツ」

「空間掌握……あ、それってスコール・マンティアのこと?」

 アイリンと同様の紺色のビジネススーツ姿のサクラは、彼が出すヒントを得て応えてみせた。

 すると船坂は指を鳴らし、甲高い音を響かせた。

 同時に、セーラー服姿のイリスが、ブレザーの制服姿のミシェル、アンナが驚いたように肩を弾ませる。

「名前くらい覚えておけ」

 そいつだ、と口にする船坂へ、肩を叩いてエミリアが嘆息した。

 彼女はサクラと同年代だというのに――何故だか婦警の恰好だった。それは彼女が、せめて護身の為に銃を携帯させてくれと懇願したためであり、それ故に腰のホルスターには立派なベレッタM92が見事に銀光りしていた。もっとも、そのグリップを木製に換装しているために、一般人が見れば玩具か何かと思うだろう。

 そしてこの集団に混じっているのを見れば、アダルトビデオの撮影か何かと勘違いすること請け負いだ。

「ダメダメ、マンティア仕事中」

 サクラが、一回り以上歳が離れている彼へと気遣わぬタメ口で説明して、指でバツ印を作ってやる。と、彼はそれを気にした様子もなく肩を落とした。

 他の連中を考えてみても――適当な人員が居ない。まともな男は多くいるが、その中でこの連中をまとめて、また危険から守ってやることなどできる者が居ないだろう。

「つーかよ、遊びに行くたって、どこ行くつもりだよ」

 危険があるとしても軟派男に誘われる程度のことだろう。彼女らならば逆にそれを楽しむように弄び、適当にあしらって終える筈だ。襲われたり、拉致されることなんてもっての外だ。

 彼女らは機関の中でも重要人物だ。下手に個人が動けば、機関からの報復で不自然な失踪を遂げることになる。

『まもなく五番線に品川・渋谷方面行きが参ります。危険ですので――』

 お決まりのフレーズがスピーカーから響いた後、それからややあって、電車は徐々に速度を落とす形でホームへと侵入した。


 まだ吸いかけのタバコを惜しそうに携帯灰皿に押しこみ、船坂はいくらか余裕のある車両へと入り込んでいく。が、二メートルに届かんとするその巨体が侵入した途端、周囲に奇妙な緊張が走った。

 圧倒的な威圧感。

 全てを凌駕するそのイカつい風貌。

 そして心のイラつきが表情に出ているのだろうか、ただでさえ年齢相応の威厳が出始めている顔は、その眉間にシワを寄せただけで顔を向けることすら恐ろしいようなモノになってきた。

 彼の巨体によって出来た空間には、残った六人の女性がぞろぞろと珍妙な組み合わせで入ってきた。座席はみな埋まっているために、対面の扉へ固まる形で彼女らは手すりや吊革に掴まりやがてやってくるであろう揺れに待ち構える。

 その中で――周囲の押し殺すようなざわめきの中で、船坂、エミリア、サクラを除く四名はちょっとした興奮を覚えるように周囲を見渡していた。もっとも、アンナは濃い黒のサングラスを掛けたまま、そのいつもとは大きく異なる空気を感じるだけだったが。

「へえ、これが噂の満員電車ねえ!」

 田舎者のように、アイリンが興味深くあたりを見る。他の乗客に押されてその身体前部を船坂に押し付ける形で、他の乗客に迷惑にならぬようにとある程度の常識を持っているような行動だ。

 しかし、車内にはまだいくらか余裕がある。一番人が多くなる扉部分でも、少し人との隙間を持って立っていられるほどのものだが。

「こ、こんなに人がいて……きゅ、窮屈じゃないのでしょうか……?」

 控えめにミシェルが言った。

「でもでも、こんなのに毎日乗ってる人も居るんですから、すごいですよねぇ……!」

 少しは知識があるようにイリスが続ける。

 アンナはサクラの肩を掴んだまま、うんうんと頷いた。

「ちょっとみんな、お上りさんみたいで恥ずかしいから黙っててくれる?」

 こんな風貌の連中でもみんな流暢な日本語だ。会話の内容の全ては周囲にだだ漏れている。任務でないことが幸いと言ったところだろうが、船坂は通常通りの任務として呼ばれればこんな所に来る羽目になっているのだから災難なのだろう。

「まったくだ。たかが移動手段で感動するなど、貴様等は一体どうやってここまで来たのかを確認しなおしてみろ」

 物質転送という超技術はこの地上には存在しない。極めて例外的で誰もが夢見るSF的なソレは、機関が独占する技術だった。

 だというのに、それを身近に利用している彼女らはこんなアナログチックな電車にいちいち感動していた。この乗るだけでも窮屈に感じられる鉄の塊が、敷かれるレールを時速約一○○キロから一五○キロ程度の速度で行き来し、最大で千と数百人が乗るというのだから驚きなのだろう。一般的な外国人旅行者が日本の電車を利用する際にもこういったリアクションが見られるのだから、こればかりは日本が特殊なのだと言うべきなのだろう。

 この事に於いては、発展途上国のようだと揶揄が所以である。とはいえ、安全性は極めて重視されてはいるが。

「す、すみません」

 ミシェルが照れがちに謝罪した。

「ちょっとハシャぎすぎちゃいまし……ひゃっ!」

 と、不意にイリスは小さな悲鳴を上げて、驚いたように肩を弾ませる。それから控えめに振り返る。彼女の目に映るのは、背広を着たの男の後ろ姿だけだった。

 勘違いかな。彼女はそう思って、少し乱れたスカートを正して前へと向き直った。

 エミリアはそれを狡猾なハンターの如き眼差しで視認していて、船坂の脇から、ミシェルとアイリンの間を抜ける。その際に上半身を柔らかな何かが嬲ったような気がしたが、それを意識すればなんだか己との違いに悲壮的になってしまいそうだから、と敢えて無視した。

 彼女はやがてイリスの背を前に押し、立ち位置を入れ替える。

 電車が揺れて、速度が落ち始めた。

 サラリーマン風の男の体が迫り、エミリアにぶつかる。が、意図的なものではなく、慣性が収まるよりも早く可及的速やかにその身体は引いていった。

 なるほど、勘違いか。

 彼女は頷き、つり革へと手を伸ばした。

 電車が停まる。

 近くで何人か、十一両含めて百人にも上る乗客が入れ替わる。

 人による圧迫感が先程よりも増して、息苦しくなった。

「これは、なんとも……」

 その豊満な胸をサクラの背中に押し付けて、ミシェルが苦しそうに漏らす。その背は人生も後半であろう年齢の女性の尻に押しつぶされていた。

「わ、わ、わ……」

 そうして何も出来ずに仲間内で圧迫され始めるイリスは、困惑したように両手を上げて彼女らの中心で固定された。小柄なのが功を奏したのか、押し潰されてはいないようだった。

「うわー、ねえフナサカ? ここから出たいんだけれど」

「お前ホントにふざけんなよ?」

「おいアイリン、流石の私もその発言は聞き逃せないな。そもそも電車に乗ろうなどと――」

 声量を抑えた嫌味な説教が、くどくどと始まった。地雷を踏んだかとアイリンは額を平手で打って、うんざりとしたような顔を扉の方へと向けて、適当に相槌を打って聞き流し始めていた。

 それを眺めるサクラは、肩に手を乗せるアンナを一瞥する。と、彼女もソレに気づいたのか、ふふんと鼻で笑うような仕草を取って、それに倣うようにヤレヤレとサクラも表情を綻ばせた。

 まるで平和だと思えた。

 こんな日も、たまにはいいのかも知れないと思えた。ただ、このあまりにも窮屈で不快すぎる満員電車は抜きとして。

 ――それから十分ほどが経過する。

 状況は和らいできたものの、それでも近くにいる乗客がいなくなるわけでもなかった。

 事件はそんな時に起こっていた。

 電車が停まる。すると、途端に周囲がざわついた。

 エミリアの肩が掴まれる。彼女が振り向くと、警察官らしき制服の男が二人、人垣をかき分けて道を開けていた。

「ちょっとあなた、いいですか?」

 かくしてその七人は、目的地への道のりもようやく半ばという所で、強制的に電車を降りる羽目となっていた。


「いや、一言も自分が警察官だ、などと口にしては居ないが」

 駅員室で、エミリアは詰問されていた。

「ならなんでわざわざ婦警さんの恰好してるの? もう視覚的情報からすごい強調してるよね、それ」

「……くっ」

 反論の仕様がない。

 非は完全にこちらにあって、エミリアもそれを認めてもなお反論できるほど図太くできているわけでもなかった。

 更に、拳銃が収まったホルスターは机の上に提示されており、背後で囁き合うように談笑する六人はてんで当てにならない。会話に加わるわけでもない船坂は、警察が出てきている以上確実に面倒になるからと、口を出さず、ただタバコを吸っているだけだった。

「これって軽犯罪法に引っかかるんだよね。確か――法令により定められた制服若しくは勲章、記章その他の標章若しくはこれらに似せて作った物を用いた者、はね。あと……」

 応援は呼ばれなかったのは、模範的に警官についていったお陰だろうか。

 一人がエミリアに対応するように彼女の対面の席に座り、もう一人は困り顔の駅員と同様に腕を組んで、その背後で立っていた。

 机の上に置かれる拳銃をホルスターごと手に取る男は、それからその重さを確かめ、留め金を外して自動拳銃を引きぬく。それからトリガーガードではなく、直接引き金に指を置く男はそれをまるで玩具でも扱うように眺めていた。

「よく出来てるねー。いくらしたの?」

 ボタン式のマガジンキャッチを押して、弾倉を吐き出させる。手のひらに載せる弾倉は複列弾倉ダブルカラムであり、9mmのパラベラム弾を最大装填数をちょうど収めていた。

 彼はそれを見るやいなや、表情をわざとらしくしかめてみせた。

「これ、改造しちゃってるねー」

「改造? 具体的に言ってみろ」

 愛銃を勝手に弄られてただでさえイラついていた。頭の硬い警察官だ。今にでもこの制服を脱ぎ捨てて下着姿になっても良かったが、生憎この格好でもかなりの寒さだ。到底出来る訳がなかった。

 しかしその上でそんな知った口を聞かれては……。

 彼女の我慢は、それだけで限界に達しそうになる。

「だってほら、俺ショットガンなら見たことあるけど、あれは実包にいっぱいBB弾入れるんだよね。でもこれ拳銃じゃん。無理じゃん。普通にアルミのヤツだよね。危ないよ、人怪我しちゃうから」

「怪我なぞしない」

 息の根が止まるから、それは怪我とは言わなくなる。

 彼女は言いかける言葉を飲み込んで、膝の上に乗せた手で力強く己の腿をつねっていた。

「まあいいけどさ。君たちはビザ持ってるの? 何をしに来たの?」

「話す必要はない」

「いやこれ任意聴取とか職質じゃないからね」

 何かを言い返してやろうかと思ったが、彼女はあまりこの国の法律に詳しいわけではない。一応日本に居るわけだが、法律というよりは暗黙の了解で保たれる秩序の中で生活しているのだ。秩序を乱すことは即ち死に直結する世界に済む彼女にとって、これほどまでにまどろっこしく周りくどくで気持ちの悪いものは、とても堪えられるものではなかった。

 殺すなら殺す。解放するなら解放。

 ある選択はこの二つだけで良いはずだ。

 ――素直にスーツで来れば良かった。

 今更になって、感情は一周して後悔に至る。

 しかしここで前科でもついてみれば、機関で笑いものになってしまう。どうしたものか。

 彼女が無意識のうちに太ももに忍ばせたバタフライナイフに手を伸ばした刹那、男は弾倉を収め、勢い良くスライドを引いていた。

 銃口をエミリアに向ける。無作法にも程があるが、その上引き金には指がかかっていた。

 ただ力を込めて指を弾くだけでエミリアは死ぬ。避けても、背後の誰かに被弾する。

 それはその場に居る七人はよく知っている威力だった。ただではすまない、冗談では終わらない。

 だというのに、男はへらへらと笑っていた。彼自身、煮え切らない応酬にストレスを感じていたのかも知れない。

「怪我、しないんでしょ? 友達とかとこういうことしてるの?」

「黙って銃を降ろせ」

「いい加減質問に答えろよ」

 語調が荒れる。

 いつしかアイリンの表情は引き締まっており、また船坂は面倒そうに口元を歪ませたまま紫煙をくゆらせていた。

 残る四名は怯えた様子で縮こまっている。

「当たると痛いんだろ? それを街中に持ち歩いてどうするつもりだったんだ。警官の姿を借りて、猟奇殺人犯になりきりたかったの? 人を殺す気もないくせに」

 しかし、そもそもこの男は警官としてどうなのだろうか。

 もっとまともな男は居なかったのか。あるいは、あまりにもストレスを抱えすぎて自暴自棄になっているだけなのか。少なくとも勤務中にそうなってしまう時点で、ひどく未熟なのだが。

 にしてもだ。

 装填数十五発。ここで一発失うのは勿体無い。予備弾倉は無いし、補充するために銃弾を購入するショップもない。火薬もない。薬莢もない。持ち歩けるのはこの銃と、それに備える銃弾だけなのだ。

 何があるか分からぬ地上では殆どサバイバルのようなものだ。下手なことで失えないものは割合に多い。

 そしてこんな所でケガをするわけにはいかないし、これ以上時間を浪費しすぎるのも勿体無い。

 それにいい加減開放してもらわなければ、エミリアはともかく他の連中が我慢ならなくなるかも知れないのだ。

 確かに迷惑をかけたのは彼女らだったが――。

「貴様ならこの状況からでも殺せるがな」

 ふと漏れた本心。

 その刹那に、変わる警官の表情。

 もうダメだ。そう判断したエミリアは、机に身を乗り出して拳銃へと手を伸ばした。

 銃身に触れる。しなやかな指で、素早く安全装置を弾いて施錠ロックし、拳銃を掴む。そしてスナップを効かせるように、銃ごと男の手をひねり上げた。

「っ、いたっ!?」

 警官が悲鳴をあげる。

 もう一人が反応するよりも早く、机の上に乗りかかったエミリアは、頭を掴んでそれを机に叩きつけた警官の側頭部に拳銃を突きつけていた。

 まるで疾風のような素早さ。なめらかな身のこなし。

 それだけで、彼らは彼女が只者ではないことを認識し――もしかしたら本当の婦警なのかも知れない。そうとさえ思い始めていた。

 そもそも彼女は肯定も否定もしていない。もしかしたら我々を試しているだけなのかも?

 不安が疑念へと昇格する。だが消えることなく伴った不安は、そのまま疑念をふくらませ続けていた。

「我々は何も問題を起こしに来たわけではないし、貴様等”一般人”に迷惑を掛けるつもりも毛頭ない。制服については素直に謝罪するし、すぐに着替えるが、銃を人に向けるのは違うと思わないか? そうされて、貴様の気分はどうだ?」

 怒りを発散するように、されど押し殺すように冷静に彼女は言葉を紡ぐ。

 至近距離でのアルミの弾が当たればどれほどに痛いのだろうか。警官は思いながら、静かに首を振った。

「も、もうしわけ――」

「私は質問しているんだ。なあ、こう銃を突き付けられた気分はどうだ? とな」

「いえ、あの――」

「いい加減質問に答えろよ」

 答えようとする台詞に被せるように、彼女はニヤリとして言った。

 銃口はさらに彼の側頭部に食らいつく。最早それ以上は完全に鬱憤晴らしだった。

「――申し訳ございませんでした」

 非常に不快であり恐怖を抱いた。などとの言葉をつらつらと連ねる男の最後の謝罪を最後に、彼女らはぞろぞろと、それに対して何も答えず沈黙を保ったまま、ようやく駅員室を後にした。

 船坂が幾本目かになるタバコに火をつける頃には、既に時刻は十一時を過ぎたところだった。

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